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弐 桜木精ノ章

弐ノ参 桜の村

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 ナギの言った道をひたすら歩くと、やがてつり橋が見えてきました。
 作られてからかなりの年月が経っているようで、風できしんでいます。
 一枚でも板を踏み外せば下を流れる河に落ちてしまうでしょう。

「フエノさん。橋、ぼろぼろね」

「そうだな」

 気のない返事をして、フェノエレーゼは橋を渡ります。足を踏み出すと腐りかけの板が耳障りな音を立てます。

『チチチ。旦那、口数が減ってますな。さっきの兄さんの言葉を気にしてるんでさ?』

 雀がフェノエレーゼの目線を飛び回ります。

「おんみょうりょー? ってところにいけば、フエノさんは羽を取り戻せるかもって言ってたね」

「行くわけなかろう。陰陽寮は妖怪祓いを生業とする者たちの本拠地。そもそも私が気にしているのはその事ではない」

 下駄を鳴らして、川沿いを蛇行する道を行きます。
 文字は読めないけれど、古びた木の立て札がたっています。

『だんなー。その事でないって、なんなんすー?』

 気の抜ける声で鳴きながら、雀はフェノエレーゼの肩に止まります。

「お前達、気づかないか? 村に近づくにつれて木が減っている。そこらじゅう切り株だらけじゃないか」

「もしかして村の人のおうちをたてるのかな? 木がないとおうちはたてられないもの」

 当たり前みたいに返ってきたヒナの言葉に、苛立ちがつのります。

 ーーだから人間は嫌いなんだ。

 フェノエレーゼも理不尽に森を奪われたから、あてどなく各地を旅していました。
 人間はみんな、獣やあやかしのすみかを奪ったことをなんとも思わないで当たり前の顔をしている。それが許せないのです。

「あの男、依頼を受けて妖怪を退治しに来たと言ったな。その妖怪はなにか人に危害を加えたのか? そうでないなら、なぜ人間の都合で狩られなければならない」

 やり場のない怒りに、フェノエレーゼの声音も強くなります。

「えっとね、よくわからないけど、ナギさんはこっちの方から来たんだから、いらいした人がこの先の村にいるんじゃないかな」

「ふん。村で依頼主に聞けばわかるか。お前も少しは役に立つな」

 だんだんと表情が険しくなるフェノエレーゼに、雀は身の危険を覚えます。

『だだだ、旦那? みけんのシワがえらいことになってまさ。……なにか良くないこと考えてまさ?』

「なに、悪いことではない。時と場合によってはあの男の祓いの儀の邪魔してやろうと思っただけだ。祓われる妖怪も救えるしいい事ずくめではないか」

 雀だって、妖怪だからというだけで追いかけ回されて退治されるのなんてご免です。

 とは言ってもナギの仕事の邪魔をしたら、ろくなことにならないんじゃないかと思います。
 雀の言わんとしていることを察して、フェノエレーゼは笑います。

「ふん、私は簡単に祓われるほど弱くはない。それにあの男……一見人間だが、人間とは違う気配がした」

「えーと、フエノさんがさっきのお兄さんの仕事をじゃますると、ようかいさんを助けられる? おにいさん、悪い人なの?」

「私にとっては、な」

 ヒナは納得いかなそうに首をかしげながらも、歩きます。
 ヒナと雀の「お腹へった」を十回は聞いた頃、霧の向こうに村が見えてきました。

「あ、フエノさん。着いたよ! 早くご飯にしよ!」

『ちちち。めしめしめしめしー!』

 目を輝かせてヒナが走り出します。雀もヒナの頭に飛びうつって歌います。

 茅葺き屋根の家が並び、木で作られた荷車には瓜や大根が積んであります。
 ヒナがいた村よりはるかに家が多く、一つ一つが立派なものでした。
 新しく家をたてるのでしょう。
 大工が家の枠組みを作っている姿もあります。

 切り株はこの村の家を建てるためだったのだとわかりました。
 自分の森もこうやって奪われていったのかと思うと、怒りとも悔しさともつかぬ憤りが込み上げてきます。

「……さて、依頼主を探さねばな」
 
 フェノエレーゼは桜木精を祓うよう依頼した張本人を探すため、行動をはじめました。
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