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序 天狗ノ章
壱ノ伍 雀、あらわる
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翌朝、フェノエレーゼはやかましい小鳥のさえずりに起こされました。
目を開けると見覚えのない古ぼけた家にいて、平たい布団で寝ていました。
背中には翼があったときの感覚もありません。
持ち上げた腕に深々刻まれた呪は、擦ってみたところで薄れる気配はありません。
翼を奪われた昨日の出来事が夢なら良かったのにと、落胆します。
「笛之さん! 起きとくれ」
「なんだ」
足音荒く、ヒナのおじいさんが入ってきました。
汗だくで、着物が乱れて裾が泥だらけ。顔色が良くありません。
「ヒナが……今朝からヒナの姿が見えねぇんだ。見てねえか」
「……あの子どもか。見ていないな」
「そうか、すまねえ。客人にこんなこと頼むのは気が引けるが……一緒に探してくれんかの。村のもんみんなで探してるんだ」
説明もそこそこに、おじいさんはまたヒナを探すために飛び出していきました。
昨日はついてくるとうるさかったのに、今日は家族に行き先も告げずにどこかに行ったきり。
自分からどこかに行ったのか、それとも……。
ヒナの村のように自然豊かな里山には、人間が気づいていないだけで妖怪の一匹や二匹当たり前にいます。
無害なものがいれば、そうでないものも。
なんの力ももたない人間の子どもが、害になる妖怪と出くわしたとしたら?
「……まったく、あの小娘に会ってからろくなことがない」
もう一度自分に刻まれた呪を睨み、フェノエレーゼは布団から起き上がりました。
ヒナを探すというのがおじいさんの願いなら、叶えるしかありません。
ここで探さないなんて選択をすればきっと、サルタヒコの呪は広がって、二度と空を飛べなくなってしまうでしょう。
下駄をつっかけてかしいだ引き戸を開けると、村人たちが大声でヒナの名を連呼しながら走り回っていました。
「ああ、笛之さん、朝飯も用意できずにすまんのぅ。ヒナはまだ見つからなくて。ああ、ヒナ……」
おばあさんがしわしわの顔をさらにしわくちゃにして泣き崩れました。背中をまるめて、ほっかむりにしていた手拭いで目元をぬぐいます。
「まだ探してないのはどこだ。あの小娘がいつも行く場所は?」
「思い当たる場所は全部探したんじゃが……」
震える声でおばあさんが答え、首を左右にふります。
『チッチッチッ。あの嬢ちゃんなら、あっし、夜明け頃に見ましたぜ!』
どこからか聞こえた、裏声かとおもうような高い声が自慢げに言った。
フェノエレーゼが声の主を探そうとあたりを見回しますが、近くにはおばあさんとフェノエレーゼ以外誰もいません。
いるとしたらそばを飛び回っている、まるまる太った雀くらいです。
『チッチッ。妖怪の旦那まで無視しないでおくれよ。あっしだよ!』
「……お前、妖か」
声の主は、フェノエレーゼの目線で羽をばたつかせている雀でした。
『チッチッ。いかにも。あっしは袂雀でさ。旦那が探しているのはあの童女でしょう。いやぁ旦那が妖怪で良かった。なんせあっしは妖怪になりたてで、妖力が弱いから。人間はあっしの声がわからねぇんでさ』
実際、おばあさんには声として聞こえていないようで、雀に話しかけるフェノエレーゼを不思議そうに見ています。
フェノエレーゼは力を封じられてしまっても妖怪でなくなったわけではないから、雀の言葉が聞き取れるようです。
雀は頼もしくもこう言いました。
『せんえつながらこの袂雀、旦那をあの子のところに案内しやしょう!』
目を開けると見覚えのない古ぼけた家にいて、平たい布団で寝ていました。
背中には翼があったときの感覚もありません。
持ち上げた腕に深々刻まれた呪は、擦ってみたところで薄れる気配はありません。
翼を奪われた昨日の出来事が夢なら良かったのにと、落胆します。
「笛之さん! 起きとくれ」
「なんだ」
足音荒く、ヒナのおじいさんが入ってきました。
汗だくで、着物が乱れて裾が泥だらけ。顔色が良くありません。
「ヒナが……今朝からヒナの姿が見えねぇんだ。見てねえか」
「……あの子どもか。見ていないな」
「そうか、すまねえ。客人にこんなこと頼むのは気が引けるが……一緒に探してくれんかの。村のもんみんなで探してるんだ」
説明もそこそこに、おじいさんはまたヒナを探すために飛び出していきました。
昨日はついてくるとうるさかったのに、今日は家族に行き先も告げずにどこかに行ったきり。
自分からどこかに行ったのか、それとも……。
ヒナの村のように自然豊かな里山には、人間が気づいていないだけで妖怪の一匹や二匹当たり前にいます。
無害なものがいれば、そうでないものも。
なんの力ももたない人間の子どもが、害になる妖怪と出くわしたとしたら?
「……まったく、あの小娘に会ってからろくなことがない」
もう一度自分に刻まれた呪を睨み、フェノエレーゼは布団から起き上がりました。
ヒナを探すというのがおじいさんの願いなら、叶えるしかありません。
ここで探さないなんて選択をすればきっと、サルタヒコの呪は広がって、二度と空を飛べなくなってしまうでしょう。
下駄をつっかけてかしいだ引き戸を開けると、村人たちが大声でヒナの名を連呼しながら走り回っていました。
「ああ、笛之さん、朝飯も用意できずにすまんのぅ。ヒナはまだ見つからなくて。ああ、ヒナ……」
おばあさんがしわしわの顔をさらにしわくちゃにして泣き崩れました。背中をまるめて、ほっかむりにしていた手拭いで目元をぬぐいます。
「まだ探してないのはどこだ。あの小娘がいつも行く場所は?」
「思い当たる場所は全部探したんじゃが……」
震える声でおばあさんが答え、首を左右にふります。
『チッチッチッ。あの嬢ちゃんなら、あっし、夜明け頃に見ましたぜ!』
どこからか聞こえた、裏声かとおもうような高い声が自慢げに言った。
フェノエレーゼが声の主を探そうとあたりを見回しますが、近くにはおばあさんとフェノエレーゼ以外誰もいません。
いるとしたらそばを飛び回っている、まるまる太った雀くらいです。
『チッチッ。妖怪の旦那まで無視しないでおくれよ。あっしだよ!』
「……お前、妖か」
声の主は、フェノエレーゼの目線で羽をばたつかせている雀でした。
『チッチッ。いかにも。あっしは袂雀でさ。旦那が探しているのはあの童女でしょう。いやぁ旦那が妖怪で良かった。なんせあっしは妖怪になりたてで、妖力が弱いから。人間はあっしの声がわからねぇんでさ』
実際、おばあさんには声として聞こえていないようで、雀に話しかけるフェノエレーゼを不思議そうに見ています。
フェノエレーゼは力を封じられてしまっても妖怪でなくなったわけではないから、雀の言葉が聞き取れるようです。
雀は頼もしくもこう言いました。
『せんえつながらこの袂雀、旦那をあの子のところに案内しやしょう!』
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