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19 寄り添う言葉
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検品の仕事は思った以上にセンリに向いていたようだ。
作業場に入るときに挨拶する以外は会話することもなく、みんな黙々と製品を振り分けていく。
部品の欠け、歪み、傷。そういうものをチェックする。
見る人ごとに基準が違っていてはクオリティに差が出るから、この場合は必ず不良品に分ける、というものを覚える。
文字の読み書きやスムーズな会話の能力が著しく低下しているから、そういう能力を求められなくて良かった。
初日、川崎や知野に見てもらいながら仕分け、二日目には自分の目利きで仕分けられるようになっていた。
「秤さん、飲み込みが早いね。不良品をちゃんと見分けられているわ」
「……ありがとうございます」
センリの隣の席では、先輩の女性社員、音坂がセンリよりも素早く仕分けをしている。
分厚いメガネをかけた、小柄な人だ。
自己紹介のときに聴覚障害で完全に音が聞こえていないから、手話か筆談で要件を伝えてほしいと言われていた。
(ミオが、耳が聞こえないと働く先の選択肢が少ないと言っていたけれど、こういう仕事なら可能なんだ)
このチームは蛇場見に説明されたとおり、半分近くが障害者雇用枠で働く人で構成されている。
聴覚障害、身体障害、精神障害、知的障害。
車椅子で働いている人もいる。義手の人もいる。
そしてみんな、自分に与えられた仕事をこなしている。
障害を抱えているからといって、何もできないわけじゃない。
ここにいてくれるみんなの存在が、センリにとっては希望の光に見えた。
センリはまだならしの期間だから三時間であがるけれど、他のみんなはこれから昼休憩を取り後半の勤務に入る。
「おつかれさまでした」
自分の机のものを片付けて、挨拶をする。
音坂には、昨日家で練習した手話で伝える。
左手を握り、右手も拳にして、左手首を右手でトントンと二回叩く。
『おつかれさまでした』
毎日顔を合わせることになる人だから、というのもあるけれど、ミオの目線で話せるようになりたいというのもあった。
『ありがとう』
『おつかれさまでした』
まずこのニつを覚えた。
音坂はセンリが手話でお疲れ様を言うと思っていなかったようで、目を丸くしている。
『秤さんは手話、できるの? 昨日は手話してなかった』
メモに書いて聞かれ、センリもメモに書いて答える。
『ぼくの友だちも、しょうがいで耳がきこえにくい。あなたとも、はなしたくて、きのうからべんきょうはじめました』
漢字がなかなか出てこないのがもどかしい。
『書けば済むのに、わざわざ手話を覚えるの、面倒じゃない?』
『そんなことないです』
センリが書くと、音坂は目を細めて笑う。
『やさしい人ね』
都合のいい人、自分がないと言われることが多くて、優しいと言われるのは意外だった。
悪い意味で言われたわけではないのはわかる。
センリは笑って会釈して、職場を出る。
手話で挨拶できただけ、それだけでもなんだかうれしかった。
帰宅して、センリは治療をはじめた頃の日記を読み返してみた。
なおるのかわからない。くすりをのむいみがあるのかな。
はきそう、くるしい。むり。おとが、いたい。みみがいたい。
おきるのがつらい。ねているだけなのにつかれる。
読み返してみても、自分の日記はなかなかに暗い。
辛い、生きていたくない、始めたばかりのときは、そんな負の言葉ばかりを書き連ねていた日記は、十月から少しずつ明るい言葉に染まっていく。
ミオと海に行った。
海は人がすくなくて、広くて、あんしんする。
ミオはじぶんだけのおとを見つける。
ぼくも、じぶんだけのみちを見つけたい。
コウキにさそわれて、えのしまじんじゃに行った。
かいだんをのぼれなくて、エスカーをつかう。体力のなさをつうかんした。
コウキは何年もまえから、まいにちさんぽしてるから体力にじしんあるって言ってる。
見ならおう。
たかだいからみおろす海はきれいだ。
友だち二人のことが多く出てくる。
四つ葉のクローバーの栞を挟んでいた最新のページを開いて、今日の日記を書く。
今日はおぼえたしゅわで、おとさかさんにおつかれさまを言えた。
もっと、はなせるようになったら、ミオともしゅわでかいわできるかな。
おどろかせたい。
しゅわでさいしょに伝えたいのは、ありがとうだ。
であってくれて、ありがとう。
ぼくと友だちになってくれて、ありがとう。
ノートを閉じて、センリは横になる。
たった三時間てもかなり体力と精神力をを消耗した。
もともとは八時間勤務だったのに比べると半分以下だ。
起きているのがやっとの疲労感から、今のセンリの精一杯がここだとわかる。
「にーー」
「うん。マメも一緒に寝よう」
最近寒いから、タオルケットから布団になった。豆大福は綿布団のなかにもぐりこんで、足場をふみふみして固める。
やはり定位置である、センリのお腹のあたりがいいらしい。
頭をなでてやり、目を閉じる。
こうして一歩ずつ、できることを増やしていこう。
作業場に入るときに挨拶する以外は会話することもなく、みんな黙々と製品を振り分けていく。
部品の欠け、歪み、傷。そういうものをチェックする。
見る人ごとに基準が違っていてはクオリティに差が出るから、この場合は必ず不良品に分ける、というものを覚える。
文字の読み書きやスムーズな会話の能力が著しく低下しているから、そういう能力を求められなくて良かった。
初日、川崎や知野に見てもらいながら仕分け、二日目には自分の目利きで仕分けられるようになっていた。
「秤さん、飲み込みが早いね。不良品をちゃんと見分けられているわ」
「……ありがとうございます」
センリの隣の席では、先輩の女性社員、音坂がセンリよりも素早く仕分けをしている。
分厚いメガネをかけた、小柄な人だ。
自己紹介のときに聴覚障害で完全に音が聞こえていないから、手話か筆談で要件を伝えてほしいと言われていた。
(ミオが、耳が聞こえないと働く先の選択肢が少ないと言っていたけれど、こういう仕事なら可能なんだ)
このチームは蛇場見に説明されたとおり、半分近くが障害者雇用枠で働く人で構成されている。
聴覚障害、身体障害、精神障害、知的障害。
車椅子で働いている人もいる。義手の人もいる。
そしてみんな、自分に与えられた仕事をこなしている。
障害を抱えているからといって、何もできないわけじゃない。
ここにいてくれるみんなの存在が、センリにとっては希望の光に見えた。
センリはまだならしの期間だから三時間であがるけれど、他のみんなはこれから昼休憩を取り後半の勤務に入る。
「おつかれさまでした」
自分の机のものを片付けて、挨拶をする。
音坂には、昨日家で練習した手話で伝える。
左手を握り、右手も拳にして、左手首を右手でトントンと二回叩く。
『おつかれさまでした』
毎日顔を合わせることになる人だから、というのもあるけれど、ミオの目線で話せるようになりたいというのもあった。
『ありがとう』
『おつかれさまでした』
まずこのニつを覚えた。
音坂はセンリが手話でお疲れ様を言うと思っていなかったようで、目を丸くしている。
『秤さんは手話、できるの? 昨日は手話してなかった』
メモに書いて聞かれ、センリもメモに書いて答える。
『ぼくの友だちも、しょうがいで耳がきこえにくい。あなたとも、はなしたくて、きのうからべんきょうはじめました』
漢字がなかなか出てこないのがもどかしい。
『書けば済むのに、わざわざ手話を覚えるの、面倒じゃない?』
『そんなことないです』
センリが書くと、音坂は目を細めて笑う。
『やさしい人ね』
都合のいい人、自分がないと言われることが多くて、優しいと言われるのは意外だった。
悪い意味で言われたわけではないのはわかる。
センリは笑って会釈して、職場を出る。
手話で挨拶できただけ、それだけでもなんだかうれしかった。
帰宅して、センリは治療をはじめた頃の日記を読み返してみた。
なおるのかわからない。くすりをのむいみがあるのかな。
はきそう、くるしい。むり。おとが、いたい。みみがいたい。
おきるのがつらい。ねているだけなのにつかれる。
読み返してみても、自分の日記はなかなかに暗い。
辛い、生きていたくない、始めたばかりのときは、そんな負の言葉ばかりを書き連ねていた日記は、十月から少しずつ明るい言葉に染まっていく。
ミオと海に行った。
海は人がすくなくて、広くて、あんしんする。
ミオはじぶんだけのおとを見つける。
ぼくも、じぶんだけのみちを見つけたい。
コウキにさそわれて、えのしまじんじゃに行った。
かいだんをのぼれなくて、エスカーをつかう。体力のなさをつうかんした。
コウキは何年もまえから、まいにちさんぽしてるから体力にじしんあるって言ってる。
見ならおう。
たかだいからみおろす海はきれいだ。
友だち二人のことが多く出てくる。
四つ葉のクローバーの栞を挟んでいた最新のページを開いて、今日の日記を書く。
今日はおぼえたしゅわで、おとさかさんにおつかれさまを言えた。
もっと、はなせるようになったら、ミオともしゅわでかいわできるかな。
おどろかせたい。
しゅわでさいしょに伝えたいのは、ありがとうだ。
であってくれて、ありがとう。
ぼくと友だちになってくれて、ありがとう。
ノートを閉じて、センリは横になる。
たった三時間てもかなり体力と精神力をを消耗した。
もともとは八時間勤務だったのに比べると半分以下だ。
起きているのがやっとの疲労感から、今のセンリの精一杯がここだとわかる。
「にーー」
「うん。マメも一緒に寝よう」
最近寒いから、タオルケットから布団になった。豆大福は綿布団のなかにもぐりこんで、足場をふみふみして固める。
やはり定位置である、センリのお腹のあたりがいいらしい。
頭をなでてやり、目を閉じる。
こうして一歩ずつ、できることを増やしていこう。
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