上 下
15 / 20

15 無償の愛は傷つける言葉よりも強い

しおりを挟む
 前回クリニックに突然お邪魔する形になってから数日。
 九月最初の通院日だ。
 日中に起きるのが辛いため、診察時間を夕方にしてもらった。


「あれからどうですか、秤さん。きちんと眠れていますか」
「あまり。悪夢を見て、数分眠って目が覚めるの繰り返しです」

 初田は静かに頷いて、カルテに書き込んでいく。 

「長期的に続くようなら薬を増やすべきですが、今のところは、寝る前にホットミルクを飲むことをオススメしましょう。これまでもお家で飲んでいたでしょうが、日課として夜寝る前のホットミルク。はちみつを大さじ一杯入れると美味しいです」
「ホットミルク?」

 そんなことで効果があるのか、疑問だ。

「その目は、疑っていますね」
「……それで寝付きが良くなるなら、薬がいらないじゃないですか」
「ミルクの成分には、ストレスを和らげる効果があるんですよ。眠りを誘発してくれます。騙す気はありませんが、騙されたと思って寝る前に飲んでみてください」

【初田ハートクリニックの、おいしいホットミルクのつくり方】と書かれたポストカードをくれた。レシピの横に、うさぎっぽいなにかが描かれている。

「このウサギは」
「娘が描いた、わたしの似顔絵です。似ているとネルさんが絶賛ぜっさんしていました」
「………………そうですか」

 初田がこのうさぎを似顔絵だと言うならそういうことにしよう。


 初田にはくれぐれも無理をしないよう釘を刺され、診察室を出た。
 クリニックの診察室を出ると、制服姿のコウキが待合室で本を読んでいた。
 傍らには学生鞄を置いている。
 

「あ、センリ! 良かった。今日会えると思って持ってきたんだ」
「え?」

 渡された袋には、鶴岡八幡宮の印がついている。

「なに?」
「お守り。センリが元気になりますようにって」

 開けてみると病気平癒守りが入っていた。もしかして、写真を送ってきた日はこれを買うために神社にいたのだろうか。

 自分と同じ患者に体調の心配をされるというのも不思議な話だけれど、その心遣いがあたたかくて嬉しい。
 色々考えて、センリのために選んでくれたものだ。素直に受け取ることにした。

「ありがとう。大事にするよ」

 お守りを箱から出して、ショルダーバッグに結んだ。

 今日はネルとは違う若い女性が受付にいる。
 ボブヘアの女性の胸元には、シノミヤという名札がついている。

「コウキくん、自立支援書類を出してください」
「あ、ごめんねしずさん。はいこれ」
「はい。お預かりします。先生に呼ばれるまで少しお待ちください」


 センリは会計と次の予約をしてクリニックをあとにした。薬局も、夏休みが終わって学生がいなくなったため、ほぼ待たずに受け取れた。
 薬の入った袋をさげて商店街に出る。


「あ、秤さん。こんばんは。間に合って良かった」
「はかりおにーちゃんだ」

 ネルがミツキの左手を引いて歩いてきた。ミツキは黄色い帽子に、幼稚園のスモックを着ている。

「こんばんは、ネルさん、ミツキちゃん」
「はかりおにーちゃん、あげゆ!」

 ミツキが右の手に握っていた何かを差し出す。
 センリはしゃがんでミツキと目線を合わせ、差し出されたものを受け取る。

 握られてクシャクシャになっているけれど、それは四つ葉のクローバーだった。

「あのね、ともこおばーちゃんが、よっつはっぱがあるのは、けんこーのオマモリっていってたの」
「誰かにあげるつもりで持っていたんじゃないの?」
「はかりおにーちゃんに」
「僕に?」

 なんで? とネルを見上げると、ネルはミツキの頭を撫でながら言う。

「前に会ったとき、お兄ちゃんが元気なかったからって。今日は秤さんが来る日だって話したら、帰りの公園で見つかるまでねばったんです」

 そんなことをしてなんの得にもならないのに。
 こんなに幼い子だ。大人みたいに、損得で動いてはいない。

 ただセンリの体のことを労って、元気になってほしい一心で四つ葉のクローバーを取ってきたんだろう。
 意図的にセンリを傷つける言葉を投げつけてくる人がいるのは確かだけど、こんなふうに優しさをくれる人もいる。

 支えてくれる先生やネルたち。
 お守りを買ってきてくれたコウキ。
 四つ葉のクローバーをくれたミツキ。
 何も言わず支えてくれるチヨと利男。

 他の何を忘れても、こういうことを、与えてもらった優しさを忘れずにいたい。

「ありがとうミツキちゃん。大事にするよ」

 センリは涙を拭い、精いっぱい笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

遅れてきた先生

kitamitio
現代文学
中学校の卒業が義務教育を終えるということにはどんな意味があるのだろう。 大学を卒業したが教員採用試験に合格できないまま、何年もの間臨時採用教師として中学校に勤務する北田道生。「正規」の先生たち以上にいろんな学校のいろんな先生達や、いろんな生徒達に接することで見えてきた「中学校のあるべき姿」に思いを深めていく主人公の生き方を描いています。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

馬鹿な男

桜小径
大衆娯楽
周りの見えない馬鹿な男の人生

処理中です...