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15 無償の愛は傷つける言葉よりも強い

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 前回クリニックに突然お邪魔する形になってから数日。
 九月最初の通院日だ。
 日中に起きるのが辛いため、診察時間を夕方にしてもらった。


「あれからどうですか、秤さん。きちんと眠れていますか」
「あまり。悪夢を見て、数分眠って目が覚めるの繰り返しです」

 初田は静かに頷いて、カルテに書き込んでいく。 

「長期的に続くようなら薬を増やすべきですが、今のところは、寝る前にホットミルクを飲むことをオススメしましょう。これまでもお家で飲んでいたでしょうが、日課として夜寝る前のホットミルク。はちみつを大さじ一杯入れると美味しいです」
「ホットミルク?」

 そんなことで効果があるのか、疑問だ。

「その目は、疑っていますね」
「……それで寝付きが良くなるなら、薬がいらないじゃないですか」
「ミルクの成分には、ストレスを和らげる効果があるんですよ。眠りを誘発してくれます。騙す気はありませんが、騙されたと思って寝る前に飲んでみてください」

【初田ハートクリニックの、おいしいホットミルクのつくり方】と書かれたポストカードをくれた。レシピの横に、うさぎっぽいなにかが描かれている。

「このウサギは」
「娘が描いた、わたしの似顔絵です。似ているとネルさんが絶賛ぜっさんしていました」
「………………そうですか」

 初田がこのうさぎを似顔絵だと言うならそういうことにしよう。


 初田にはくれぐれも無理をしないよう釘を刺され、診察室を出た。
 クリニックの診察室を出ると、制服姿のコウキが待合室で本を読んでいた。
 傍らには学生鞄を置いている。
 

「あ、センリ! 良かった。今日会えると思って持ってきたんだ」
「え?」

 渡された袋には、鶴岡八幡宮の印がついている。

「なに?」
「お守り。センリが元気になりますようにって」

 開けてみると病気平癒守りが入っていた。もしかして、写真を送ってきた日はこれを買うために神社にいたのだろうか。

 自分と同じ患者に体調の心配をされるというのも不思議な話だけれど、その心遣いがあたたかくて嬉しい。
 色々考えて、センリのために選んでくれたものだ。素直に受け取ることにした。

「ありがとう。大事にするよ」

 お守りを箱から出して、ショルダーバッグに結んだ。

 今日はネルとは違う若い女性が受付にいる。
 ボブヘアの女性の胸元には、シノミヤという名札がついている。

「コウキくん、自立支援書類を出してください」
「あ、ごめんねしずさん。はいこれ」
「はい。お預かりします。先生に呼ばれるまで少しお待ちください」


 センリは会計と次の予約をしてクリニックをあとにした。薬局も、夏休みが終わって学生がいなくなったため、ほぼ待たずに受け取れた。
 薬の入った袋をさげて商店街に出る。


「あ、秤さん。こんばんは。間に合って良かった」
「はかりおにーちゃんだ」

 ネルがミツキの左手を引いて歩いてきた。ミツキは黄色い帽子に、幼稚園のスモックを着ている。

「こんばんは、ネルさん、ミツキちゃん」
「はかりおにーちゃん、あげゆ!」

 ミツキが右の手に握っていた何かを差し出す。
 センリはしゃがんでミツキと目線を合わせ、差し出されたものを受け取る。

 握られてクシャクシャになっているけれど、それは四つ葉のクローバーだった。

「あのね、ともこおばーちゃんが、よっつはっぱがあるのは、けんこーのオマモリっていってたの」
「誰かにあげるつもりで持っていたんじゃないの?」
「はかりおにーちゃんに」
「僕に?」

 なんで? とネルを見上げると、ネルはミツキの頭を撫でながら言う。

「前に会ったとき、お兄ちゃんが元気なかったからって。今日は秤さんが来る日だって話したら、帰りの公園で見つかるまでねばったんです」

 そんなことをしてなんの得にもならないのに。
 こんなに幼い子だ。大人みたいに、損得で動いてはいない。

 ただセンリの体のことを労って、元気になってほしい一心で四つ葉のクローバーを取ってきたんだろう。
 意図的にセンリを傷つける言葉を投げつけてくる人がいるのは確かだけど、こんなふうに優しさをくれる人もいる。

 支えてくれる先生やネルたち。
 お守りを買ってきてくれたコウキ。
 四つ葉のクローバーをくれたミツキ。
 何も言わず支えてくれるチヨと利男。

 他の何を忘れても、こういうことを、与えてもらった優しさを忘れずにいたい。

「ありがとうミツキちゃん。大事にするよ」

 センリは涙を拭い、精いっぱい笑った。
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