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第三十七話 アリスの決意と、約束
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三月一日。
受験の合否が発表される日だ。
アリスは出勤してから、店の前の掃除をするけれど、結果が気になってそわそわしていた。
気もそぞろでショーウインドウを拭いていると、初田がクリニック前の掃除をするために出てきた。
英国紳士を思わせるスーツにホウキとチリトリという組み合わせはなんだかとっても目立つ。
「おはようございます、アリスさん。結果発表、今日でしたよね」
「……おはよう先生。またバツ掃除なの?」
「なぜ、わたしが掃除をするのと罰が紐付けられているんですか。今日は冷えるから、ネルさんにはクリニックの中の準備をお願いしているだけです。妊婦が体を冷やしちゃいけないんですよ」
表情の変化に乏しい初斗だけど、ちょっとだけ怪訝そうな顔をしている。
「それで、最近の学校はウェブで合格発表なんでしょう? どうなりました?」
「気が早い。九時公開だからまだアクセスしてもなにもないよ」
「そうですか……」
もしかして見たかったのか、残念そうに肩を落としながらホウキを動かしている。
その姿が店内から見えたみたいで、歩も店から出てきた。
「あら初斗。まーたバツ掃除させられているの? だからネコの大根おろしはつぶしちゃダメって言ったじゃない」
「…………なんで歩まで同じこと言うんだい。わたしはネルさんが体を冷やさないようにと思って自主的に掃除をしているだけなのに……」
「日頃の行いが悪いからねぇ……」
旧友にすら容赦なく言われて、初斗が不自然に視線をそらした。
三人で話していると、ペットショップから蜻一も顔を出す。
「おや先生。今度は何をやらかしたんじゃ? おおかた金魚鉢にシールを貼ってはがしあとがついたとか……」
「なんでみんな、わたしがなにかやらかしたと思うんです!?」
半泣きになる初斗を見て、歩が腹を抱えて笑った。
開店作業をすべて終えてから、アリスと歩は店のパソコンで合格発表のページに飛ぶ。
試験のときに渡されたログインパスワードを入力する。
「アリスちゃん。ログインするわよ。覚悟はできた?」
「は、はい!」
心臓の音がうるさくて、頭を振る。アリスは汗ばむ手を伸ばし、エンターキーを押した。
表示されたのは合格の二文字。
見間違いじゃない。手の甲で目をこすって二度見したけど、変わらず二文字がそこにある。
「ご、ごうかく……。夢じゃ、ないよね」
「夢じゃないわ。合格おめでとうアリスちゃん!」
アリスは気づくと泣いていた。
リナのようになれ、リナは高校で成績優秀だったのに妹のお前は入学すらできないなんて。親に言われた数々の言葉を思い出す。
ちゃんと高校入試を突破したから、今後親に会うことがあったとしても、もうあんな風に馬鹿にされなくてもいい。
せっかく合格できたのに、最初に浮かぶのが縁を切った家族のことなのがなんとも言えない。
その場にへたりこんだアリスの背中を歩がゆっくりとなでる。
それだけですごく安心した。
涙が止まってから、アリスは顔を上げる。
「ありがとう、歩さん。あたし、ここで雇ってもらってなかったら……ずっとダメな子のままだった。先生がここに連れてきてくれても、働き先がないままだったらどうしようもなかった」
「あなたはダメな子じゃないわ。出会ったときから、頑張り屋さんだったじゃない」
出会った日からずっと変わらず、歩はアリスをまるごと肯定して、背中を押す。
背に触れている手の温かさに、改めて歩のことが好きだと感じた。
「あたしが前向きになれたのは、歩さんのおかげ。歩さんがこうして、あたしを支えてくれたから。だから、あたしも歩さんを支えられるようになりたい。仕事のことだけじゃなくて、もっとたくさん」
深呼吸して、この一年積もってきたいろんな気持ちを言葉にする。
「今のあたしは、まだやっと入学が決まったばかりで頼りないから……きちんと卒業できたら、そのとき歩さんに恋人も奥さんもいなかったら、あたしをそばに置いて欲しい」
歩は大きく瞬きして、それからふわりと微笑む。
「そう。それがあなたの答えなのね。じゃあ、四年後を楽しみにしているわ。そのときは、そうね。アリスちゃんが一番行きたい国に連れて行ってあげる」
それが歩の答え。
アリスの頬に、さっきとはまた違う涙が流れる。
「……うん、あたしがんばる。ちゃんと卒業するから、待ってて」
いつか来るその日のために、アリスと歩は顔を見合わせて笑った。
受験の合否が発表される日だ。
アリスは出勤してから、店の前の掃除をするけれど、結果が気になってそわそわしていた。
気もそぞろでショーウインドウを拭いていると、初田がクリニック前の掃除をするために出てきた。
英国紳士を思わせるスーツにホウキとチリトリという組み合わせはなんだかとっても目立つ。
「おはようございます、アリスさん。結果発表、今日でしたよね」
「……おはよう先生。またバツ掃除なの?」
「なぜ、わたしが掃除をするのと罰が紐付けられているんですか。今日は冷えるから、ネルさんにはクリニックの中の準備をお願いしているだけです。妊婦が体を冷やしちゃいけないんですよ」
表情の変化に乏しい初斗だけど、ちょっとだけ怪訝そうな顔をしている。
「それで、最近の学校はウェブで合格発表なんでしょう? どうなりました?」
「気が早い。九時公開だからまだアクセスしてもなにもないよ」
「そうですか……」
もしかして見たかったのか、残念そうに肩を落としながらホウキを動かしている。
その姿が店内から見えたみたいで、歩も店から出てきた。
「あら初斗。まーたバツ掃除させられているの? だからネコの大根おろしはつぶしちゃダメって言ったじゃない」
「…………なんで歩まで同じこと言うんだい。わたしはネルさんが体を冷やさないようにと思って自主的に掃除をしているだけなのに……」
「日頃の行いが悪いからねぇ……」
旧友にすら容赦なく言われて、初斗が不自然に視線をそらした。
三人で話していると、ペットショップから蜻一も顔を出す。
「おや先生。今度は何をやらかしたんじゃ? おおかた金魚鉢にシールを貼ってはがしあとがついたとか……」
「なんでみんな、わたしがなにかやらかしたと思うんです!?」
半泣きになる初斗を見て、歩が腹を抱えて笑った。
開店作業をすべて終えてから、アリスと歩は店のパソコンで合格発表のページに飛ぶ。
試験のときに渡されたログインパスワードを入力する。
「アリスちゃん。ログインするわよ。覚悟はできた?」
「は、はい!」
心臓の音がうるさくて、頭を振る。アリスは汗ばむ手を伸ばし、エンターキーを押した。
表示されたのは合格の二文字。
見間違いじゃない。手の甲で目をこすって二度見したけど、変わらず二文字がそこにある。
「ご、ごうかく……。夢じゃ、ないよね」
「夢じゃないわ。合格おめでとうアリスちゃん!」
アリスは気づくと泣いていた。
リナのようになれ、リナは高校で成績優秀だったのに妹のお前は入学すらできないなんて。親に言われた数々の言葉を思い出す。
ちゃんと高校入試を突破したから、今後親に会うことがあったとしても、もうあんな風に馬鹿にされなくてもいい。
せっかく合格できたのに、最初に浮かぶのが縁を切った家族のことなのがなんとも言えない。
その場にへたりこんだアリスの背中を歩がゆっくりとなでる。
それだけですごく安心した。
涙が止まってから、アリスは顔を上げる。
「ありがとう、歩さん。あたし、ここで雇ってもらってなかったら……ずっとダメな子のままだった。先生がここに連れてきてくれても、働き先がないままだったらどうしようもなかった」
「あなたはダメな子じゃないわ。出会ったときから、頑張り屋さんだったじゃない」
出会った日からずっと変わらず、歩はアリスをまるごと肯定して、背中を押す。
背に触れている手の温かさに、改めて歩のことが好きだと感じた。
「あたしが前向きになれたのは、歩さんのおかげ。歩さんがこうして、あたしを支えてくれたから。だから、あたしも歩さんを支えられるようになりたい。仕事のことだけじゃなくて、もっとたくさん」
深呼吸して、この一年積もってきたいろんな気持ちを言葉にする。
「今のあたしは、まだやっと入学が決まったばかりで頼りないから……きちんと卒業できたら、そのとき歩さんに恋人も奥さんもいなかったら、あたしをそばに置いて欲しい」
歩は大きく瞬きして、それからふわりと微笑む。
「そう。それがあなたの答えなのね。じゃあ、四年後を楽しみにしているわ。そのときは、そうね。アリスちゃんが一番行きたい国に連れて行ってあげる」
それが歩の答え。
アリスの頬に、さっきとはまた違う涙が流れる。
「……うん、あたしがんばる。ちゃんと卒業するから、待ってて」
いつか来るその日のために、アリスと歩は顔を見合わせて笑った。
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