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その背に、みんなの命を背負っている②

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 浮浪者たちが追ってこれないよう駅まで引きずって戻り、初斗をぶん殴る。

「あのねえ初斗。兄貴を探したい気持ちは痛いほどわかるんだけどね、こんなことして、あんたに何かあったらネルちゃんはどうなるのよ! ネルちゃんの人生を預かっている身で、何してんの。バカなの!? それに、アリスちゃんだってまだ治療が終わってないのよ!?」


 ここまで激昂したのは、歩の人生で初めてかもしれない。
 アメリカで全財産スられたときですら、ここまで頭に血が上ったりしなかった。

 初斗の肩には、家族であるネルをはじめ、クリニックに通っている患者全員の命がかかっている。

 ここで平也の協力者に捕まって大けがでもさせられたら、生きて帰れなかったら、初斗を信じて通院している患者たちを裏切ることになる。
 アリスだって、初斗を信じて通院を続けている。
 

 初斗は歩に怒鳴り返したりはしなかった。視線を落として、消え入りそうな声でつぶやく。

「……すみません」
「謝るならアタシでなく、ネルちゃんに謝りなさい」
「はい」

 帰りの電車の中で、初斗はポツポツとこれまでのことを打ち明けてきた。
 終電だからほかに乗客はおらず、話が途切れると車体が揺れる音、走行音しかしない。


「平也があの店に出入りしているって聞いて、いてもたってもいられなかったんだ。闇医者をやってて、もしかしたら、平也の連絡先を知っている人がいるかもしれない……でも、最近全然姿を見せないって言われた。誰も連絡先を知らないし、聞こうとするとすごく怒ったんだって」

 自分から店に姿を現すけれど、自分に連絡してくることは許さない。
 それは誰のことも信用していない、そして、あの浮浪者たちは金づるでしかないということだ。
 金を得るための拠点はあのバーだけではないから、簡単に切り捨てられるともとれる。


「……どうするのが、正解だと思う?」

 すがるように、初斗が歩を見る。即断即決の初斗が意見を求めてくるのはとても珍しい。それくらいに追い詰められているのだ。

「そうね……。あんたやアタシたち、まわりのみんなに危険が及ばない方法があるとしたら、これよ」

 歩はスマホを出して、あるホームページを見せた。
 未解決事件公開捜査の特番だ。毎年定期定期にテレビで放映される、殺人事件や強盗事件などのドキュメント番組。

 事件発生から十年。
 初斗の兄が父親を殺害した事件は、いまなお犯人の行方が掴めないまま。
 コネでもなんでもつかって、ここにコンタクトをとればいい。
 この手の番組でよくある、【犯人の現在の姿を予想したCG】よりも確実に今の平也の姿を再現しているのが初斗だ。報道番組が食いつかないはずがない。

 ネット社会の今なら、さらにSNSでの呼びかけも加えれば爆発的に情報が拡散される。

「一か八か、やってみる価値があると思わない?」
「……それであぶりだせるなら、やります」
「そう来なくっちゃ!」

 初斗が顔を上げる。

 頭がきちんと回り始めたようだ。さっきまでの絶望しきった顔が嘘のように生気にあふれている。

 それから数日後、初斗にもコネがあったようで、番組のディレクターやスタッフとコンタクトを取っていた。

 そして、月末放送される公開捜査特番に出演することが決定した。
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