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第二話 心ほかほか、トマトがゆ①

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 閉店後、歩はすぐに初斗の家を訪ねた。

 リビングに通され、初斗の同居人である根津美ねづみネルが紅茶をいれてくれる。
 ティースプーンは持ち手がにくきゅうデザイン。シュガーポットの蓋はネコ耳のかたちになっている。
 あきらかにネルの趣味が反映されていて、微笑ましい。

 初斗はとくに私物にこだわりがないので、ネルの好きなようにさせた結果がこれだ。
 それを初斗が文句一つ言わず、涼しい顔で使っているのだからおかしいったらありゃしないのだ。

「それで、うちに来た理由はアリスさんに関してかな」
「ええそうよ。まかないを作ることにしたから、現状のアリスちゃんが食べていいものと摂らない方がいいものを教えて」

 歩が何を聞くか、初斗は最初から察していたらしい。テーブルに一冊の冊子を出した。
【胃に優しい食事】というタイトルで、中は食材・調理法の消化時間一覧表になっている。

「それをあげる。揚げ物と、スパイス・炭酸などの刺激物あとは体を冷やす食事は避けて欲しい。たとえば冷や奴より湯豆腐、冷や汁より温かい味噌汁。夏野菜は体を冷やす作用があるから、調理法に気をつけて」

 夏野菜、というとトマトも含まれる。トマト料理にすると約束したから、アリスのためにもどうにかして使いたいところ。

「トマトはだめかしら?」

「煮るか焼くか蒸すか、温かくして食べれば大丈夫」

 さすが医者。何も見ていないのに、すらすら答えが出てくる。歩は冊子の空きスペースに今言われたことをメモする。
 初斗は紅茶に口をつけ、感慨深そうに微笑む。

「思った通り。歩に任せてよかったよ」

「なによ急に」

「わたしにはことあるごとに突っかってくるのに、歩とはうまくやっているみたいだから」

「つっかかるって……それはにいさんの言い方の問題なの。『アリスさんはすぐ怒るから手負いの獣みたいですよね』なんて言われたら怒って当然。なだめるの大変だったんだから」

 ネルがジト目になる。手負いの獣、なんて乙女を評する言葉じゃない。

「ああ、初斗って昔から無神経だもんね。フォローすることが多いでしょ、ネルちゃん」
「うん。どんまい、私」

 精神科医としてはとても優秀なのだが、歯に衣着せない物言いのせいで、しょっちゅう虎の尾を踏む。
 話題の渦中の初斗は、視線を明後日の方向にやっている。気に食わない話題を無視する悪い癖だ。
 わざとらしい咳払いをひとつして、初斗はしきりなおした。

「食事療法に関することなら答えられるから、いつでも聞いてくれ」
「そのつもりよ。立っているものは親でも使えって言うじゃない。存分にこき使うわ」

 初斗とは十五歳で出会って、もう二十四年経つ。お互いに気の置けない相手だから、遠慮なんてしない。

「そうそう、アリスさんが吐き戻すようなら教えてほしいな。医者や家族の見ていないところでやる患者がけっこういるから。癖が直っていないなら、わたしが主治医として注意する」

 初斗は「こんなかんじでね」と、指を自分の喉に入れる動きをする。

「アリスちゃんがすごく痩せているのはそのせいなのね」
「患者の個人情報になるから詳しくは言えないけど、そう。アリスさんは太るのが怖くて、食べることをやめてしまったんだ」




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