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革命戦争編(親世代)

四十八話 拠点放棄、ディーなりの心配り

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 雨が降る中でディーたちが拠点に戻ると、武器輸送の荷車とラクダが止まっているのが見えた。
 ラクダの背にかかる布にはスハイル領の刺繍がしてある。
 そして……荷車のまわりには誰もいなかった。
 テントを貼っている様子もない。

 一足遅かった。もうここに残ったメンバーは、見つかっている。
 ゾワ、と鳥肌が立った。

 拠点に走り、兵が入り込んでいる姿に気づいて加速した。

「離しなさい、もうすぐ反乱軍の仲間たちがここに来る! 貴方たちは一網打尽にされてしまうんだから!」

 イーリスの声が、兵たちの集う先から聞こえた。

「ど、どうせ出任せだ。そんなのがいるならとっくに」

 守る。絶対、ガーニムなんかのところに連れて行かせない。
 ディーは疾走する勢いのまま、腰にさげたナイフを抜いて兵の背に飛び込んだ。

「ぐ、ぁ……」

 王国兵といえど、不意打ちで刺されてはひとたまりもない。なすすべもなく前のめりに倒れた。

「じゃーん。ディー君、呼ばれて参上~! おじさんたち、イーリスに手を出したらただじゃおかないからね!」
「ディー! 来てくれたのね」

 イーリスたちの不安を和らげようと、軽くおどけてみせる。
 張り詰めていたイーリスの顔に、喜色が浮かんだ。

「そんな、まさか、本当に反乱軍が来た!?」

 混合部隊のようだ。半分は王国兵、残る半分は傭兵に見える。

「その人たちに近寄らないでもらおうか。ここで引けば良し、引かないなら容赦しない」

 ファジュルが短剣を構えて敵兵に言う。エウフェミアも両手に短剣を持ち応戦の体勢に入っている。

「なぜ我々が反乱軍の要求に応じなければならない。みんな、姫様を守るぞ」

 三十代前半くらいだろうか。十人の兵を統率しているのは彼のようだ。無愛想な男が指揮をとる。
 姫《・》に被害がいかないようにするためだろう。都合のいいことに、兵たちは外まで出てきてくれた。

「わざわざ出てきてくれて助かった。おかげでこっちを使えるよ」

 エウフェミアが背にしていた武器《ジャーハ》に持ち替えた。矢をはめ、引き金に指をかけた。

 黒い矢が王国兵の太ももに突き刺さる。

「くそ、女が、戦場にいる、だと?」

 王国兵に女性兵はいないと聞いた。だからこその言葉だろう。エウフェミアが軽蔑の目で王国兵を見やる。

「男だから強い、女だから弱いと思っているなら赤子からやり直しな」
「チッ、舐めやがって」
「どっちが」

 王国兵が体勢を立て直す前に次の矢が肩に刺さった。

 ディーとファジュルも応戦する。
 まわりを見ると何故かサーディクがいない。スラムでの戦いを経験しているのだから、今更逃げるなんてことしない、はず。
 ディーと剣を交えていた傭兵が、ディーの後方で戦っているエウフェミアを睨む。

「おいエウフェミア。なんでお前、そっち側にいるんだ!」
「王子に雇われたからだよ」

 エウフェミアが事前に言っていたとおり、相手の傭兵は顔見知りらしい。メインの活動地が異なるだけ。同業と親交があるのは、ディーの旅一座でもよくある。

「スハイル領の奴らはそっち・・・につくのかい?」
「金をもらったからな。金で動くのが傭兵ってもんだろ、エウフェミア。王国側につけば、反乱軍の倍額出してもらえると思うぜ」
「あいにく、あたしの報酬は金じゃない。この人が国王になったら、流民にも国籍を与えてくれると約束してくれたから」

 帰る場所を持たない流民にとって、籍はこの国に帰ってきていいという標《しるべ》。

「ふん、傭兵すべてが国籍を望むと思ったら大間違いだ。俺は金さえ貰えれば何でもいい」

 傭兵でも、全員が帰る場所を望むわけではないと、男は笑う。

「ならアンタはボクたちの敵だね。バイバイおじさん」

 説得して味方になり得るならと手加減していたけれど、味方にならないなら障害物でしかない。
 エウフェミアと会話する方に意識が集中している男は隙だらけだった。

 ディーは剣の柄を振り上げ、傭兵の顎を打ち付ける。
 傭兵がのけぞったところに追撃、胸にナイフを突き立てる。

 これまで旅暮らしをしてきて、狩りで獣を殺して食べることはいくらでもあった。
 けれどやはり、獣を殺すのと人を殺めるのではわけが違う。

 ためらい、すきができれば自分の命が危ない。
 自分に言い聞かせて、ディーはナイフを押し込めた。

「残り六人。油断するな、ディー」

 顔を上げると、ファジュルとエウフェミアが連携して傭兵一人を沈めたところだった。

 あの司令塔の男と王国兵二人、傭兵三人。

「不意打ちだったとはいえ、たった三人でよくもここまで……」

 敵の司令塔が賞賛してくれる。

「サーディクはどこに行ったの」
「さあな。臆病風に吹かれたわけではないと思う」

 訝しむエウフェミアと、肩をすくめるファジュル。思い返ば洞穴に突入するときからいなかったような。
 用を足しにいったとかそんなところじゃないかと推測する。

「へへん。あんたら、のんきに戦っている場合じゃないと思うぜ」

 サーディクが、ジャーハを手にして現れた。来るときはそんなもの持っていなかったのに。
 矢をつがえてあるジャーハの照準を、司令塔の男に合わせる。

「貴様も反乱軍か? 戦っている場合じゃない、とはどういう意味だ」
「そのままの意味だって~」

 顎だけ動かして、とある方向を指し示す。
 ディーもつられてそちらを見た。

 黒煙が上がっている。岩場だらけのこの場所に、燃えるのなんて…………。

「た、大変だ!! 積荷が!!」

 王国兵と傭兵は、一気に青ざめた。
 全員武器を収め、燃え盛る荷車に戻っていく。

「さ、今のうちに逃げよーぜ、みんな」
「お前、積荷を燃やしたのか」
「それだけじゃねーぜ。ラクダを始末して、ジャーハと、こいつをちょろまかしてきたんだ」

 サーディクが腰に結んでいた革袋から複数の小瓶を取り出してみせる。瓶のラベルには毒の名前が書かれている。

「瓶のたぐいはこれで全部だ。毒は瓶に入ってるって先生が言ってたからよ。これを盗って、ついでに積んであった着火剤でボンと。ファジュル、もう盗むなって言ってたけど……これは窃盗の数に入らないよな?」
「そうだな。先に毒を奪うなんて、俺じゃ考え付きもしなかった。助かったよ、サーディク」

 ファジュルが眉尻を下げて笑う。サーディクはなんだか得意げだ。
 王国軍は荷車を引くラクダがいなくなり、積荷は燃え、しばらくは動けまい。消火に使う道具もろくにないのだから。


 ディーたちは急いで洞穴にいる仲間のところに戻った。
 
「ディー、よかった、きてくれて、よかったぁうぁあぁん!」
「ちょ、イーリス! 濡れるよ」

 洞穴に入った途端、イーリスが泣きながらディーにしがみついてきた。
 ディーよりも二つ年上なのに、迷子になった幼児のように泣きじゃくる。
 ディーは全身ずぶ濡れだから、抱きつくイーリスの服にも雨水が浸透している。それに、イーリスの胸は年頃の少女の中でもかなり豊かだ。抱きつかれれば否応なく当たる。
 そのことが妙に気恥ずかしくて、ディーは慌てた。


「無事でよかった、ルゥ」
「うん。イーリスさんが守ってくれたから。ファジュルも、無事でよかった」

 ファジュルが、十年ぶりの再会かってくらいの勢いでルゥルアを抱きしめている。そのことにツッコミをいれるとディーのほうが恥ずかしい思いをすると学習しているため、口に出さない。
 存分にルゥルアを抱きしめたあと、ファジュルは地に膝をついてユーニスと目線を合わせる。

「ユーニスも、怖い目に遭ったな。来るのが遅くなってすまなかった」
「大丈夫だよ兄ちゃん。おれ、怖くなかったもん!」
「そうか。ユーニスは強いな」
「へへへっ」

 大丈夫なんて言ってるけれど、ユーニスの足はガクガク震えている。ファジュルはユーニスの肩に手を乗せ、つとめて落ち着いた口調で話す。

「ユーニス、みんなも聞いてくれ。あいつらがまた来たら厄介だ。この隙に拠点を放棄して逃げよう」

 敵に見つかった以上、もう隠れ家としての価値はない。
 全員、身一つで荒野に飛び出した。



 ファジュルがルゥルアの手を引いて歩き、ラシードとナジャーがユーニスの手を取る。
 イーリスは黙リこくってディーの服の裾を摘んでいる。
 ずっと摘まれていると変なシワになりそう、なんて頭の片隅で思うけれど、イーリスの好きにさせておくことにした。たぶん襲撃を受けて不安でいっぱいだったから、藁《わら》にもすがる、ってやつだ。
 イーリスの気が済むまで藁でいよう。

 エウフェミアとサーディクは、追っ手警戒のため最後尾にいる。

 黙々と歩き続け、岩場を抜け荒野に出た。
 視界にスラム居住地区が入り、誰からともなく安堵の息がもれる。

「ふへー、安心したらボクお腹空いちゃったよ」
「オレもー。ナジャー、ついたらなんか作ってくれよ」
「わかりました。腕によりをかけますね」
「じゃあおれ、ばあちゃんの手伝いするー!」

 ユーニスがスラムの拠点目指して走り出す。

「ユーニス。足場が悪いから、走ると危ないよ」
「心配しすぎだよねーちゃん。だいじょーー、あわわっ!」

 ルゥルアが声をかけたが間に合わず、ユーニスは全身泥だらけになった。
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