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革命戦争編(親世代)

三十五話 与えられた二択、ウスマーンの答え

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 地下牢に繋がれてからどれくらいの日数が経っただろう。

 鎖で繋がれたまま、ウスマーンは考える。

 この牢は四角く切り出した石を積んで作られているため、空気は常に冷たい。通気用の僅かな隙間から射し込む光で、今が朝なのか夜なのかをかろうじて把握している。

 髭が伸び放題、櫛《くし》がないから髪は乱れたまま。着替えなんてできないし、風呂もないから汗と血とあか・・がひどく臭う。
 何も知らない人間がここに踏み込んだなら、誰もウスマーンだと気付かず、貧民が囚われているとでも思うのだろう。


 扉が開く音がした。
 落ち着いた足音で、それがディヤのものだとわかる。ディヤは日に一度、食事を運んでくる役目を与えられている。
 もうそんな時間なのだろうか。
 食べ物の匂いがしないため、食事を持ってきたわけではないようだ。

 なら、ディヤはなんのためにここに来た?

 カンテラが置かれ、視界が明るくなる。

「ごきげんよう、ウスマーン。ずいぶん薄汚れたわねえ」
「そうだろうとも。ここから動けないからな」

 怒るのも馬鹿げている。
 ディヤは部下が目の前で何人も殺されるのに馴れきってしまったのか、人が悲惨な目に遭わされているのを見ても動じない。

「あら、動揺してほしいわけ? なんて痛々しい姿。かわいそうにって。陛下の目の前で思うまま嘆いてご覧なさい。自分の首も斬られるから。アタシは自分の命が大事なの」
「……怒りと悲しみを、自我で抑制できるのだから恐れ入る」

 そうやって割り切らないと自分が殺されるのだから、嫌でも馴れないといけなかったのだ。召使いたちの束ね役にこれほど適した人間は他にいないだろう。

「そうそう。無駄話をしている場合じゃなかった。陛下からのご命令よ。“ここから出して病院に入れてやるから、軍の指揮をせよ。反乱軍が傭兵を味方につけて手勢を増やしている”」
「自分が不利になってきたから、私を使うと。どこまでも人を道具扱いする王だな」

 あまりにも横暴で、失笑してしまった。

「ウスマーン。陛下の望みどおりに王国軍を指揮して、王子率いる反乱軍を滅ぼし尽くすか、命令に背くか。妹が人質になっていること、忘れていないでしょ」
「……ああ。覚えている」

 ウスマーンは揺れる灯りの中で、自分を見下ろすディヤを見る。

 王子と妹の命を天秤にかけなければならないなんて。
 ガーニム政権を終わらせるためには、ファジュル王子に勝って貰わなければならない。
 だが、ファジュル王子に有利になるよう指揮すれば、ガーニムはすぐに気づく。
 そしてマッカを殺すだろう。
 逆らった罰だと言って。

 マッカには幸せになって欲しかった。
 ガーニムなんかではなく、まっとうな男と結婚して平穏に生涯を送って欲しかった。

 なのに、ウスマーンのせいでマッカは本人の知らぬところで命の危険にさらされる。
 こんな目に遭わされてまでガーニムに仕えるなど、愚か者のすることだ。妹が人質でないならとっくに見切りをつけて反乱軍側についている。

 そう。妹が人質でないのなら。

 マッカの安全と王子の勝利、両立させることは本当に不可能なのだろうか。
 ウスマーンは考え、唯一それを可能にする案を思いついた。

「ディヤ。友として、最初で最期の頼みだ──私を、殺してくれ」
「…………は?」

 ディヤは眉をひそめる。

「マッカに生きてほしい。そして、ファジュル様を危険に晒すような指揮もしたくはない。私が死ねば、マッカは人質としての価値を失う。運が良ければ離縁して、マッカを開放してくれるかもしれない」
「狂ってるわ与えられた選択肢を無視して、死を選ぶなんて」
「私が死ぬことが誰にとっても最良の道になるのならば、この命潔く捨てよう」

 ディヤが目を見開く。
 これは嘘偽りないウスマーンの気持ちだ。
 バカだと笑われようとも、唯一望むのは、妹が平穏に暮らせる国になること。
 そのためにもファジュル王子の勝利は必須。

「……ラシード殿もナジャーもいない。配下で城の隠し通路を知っているのはもう、私とお前だけだ。もしもファジュル様がお前を頼って来たなら、そのときは手を貸してやってほしい」

 しばらくの沈黙のあと、ディヤは長く息を吐く。それから肩を落として苦笑した。

「バカね。本当に、バカ。こんな目に遭ってなお、誰かのためになることしか考えてないなんて。自分の命を最優先にしているアタシがバカみたいじゃない」

 言いながら、腰にさげていた短剣《ジャンビーヤ》を抜いた。

「そこまで覚悟を決めているなら、あんたの望む道へ進ませてあげる。感謝なさい」
「ああ。ありがとう、ディヤ。どうかマッカに伝えてくれ。私はお前の幸せを願っていると」



 ────



「首尾はどうだ、ディヤ。あまりにも遅いから見に来てやったぞ」

 ガーニムが地下牢に入ってきた。

「煩わせてしまって申し訳ありません、陛下。あまりにも抵抗するものですから、つい」

 ディヤの足元には血だまりができている。うつ伏せに倒れたウスマーン。ディヤの握る短剣から伝ったしずくが、血だまりに落ちる。

「まあいい。それ・・がファジュルの軍に下るよりはマシだ。ビラールに指揮をとらせておこう。それ・・は他の人間に見られないように捨てておけ。近くの部屋にちょうど隠し通路があるだろう」
「そうします」
「ククッ。一国の大将だった男がスラムでネズミの餌になるなんて、なんと似合いの最期だろうな。しばらくは美味い酒が飲めそうだ」

 高笑いするガーニム。残虐王の名に恥じない姿に、ディヤは跪いて頭を垂れる。
 ディヤの衣服も血がにじみ、赤く染まっていく。

「では、片付けたら御部屋に葡萄酒とチーズを運びますね。王妃様には」
「同じものを」

 短く言って、ガーニムは出ていく。もうウスマーンのことなどどうでもいいのだろう。
 扉の向こうに足音が消え、ディヤは倒れたウスマーンに視線をやる。

「御心のままに。……ね、ウスマーン」
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