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革命戦争編(親世代)

二十話 新しい生活と、城下の異変

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 拠点に移った翌朝。
 ファジュルは洞穴の住居部で目を覚ました。
 腕の中にいるルゥルアが静かに寝息を立てている。細い肩に、ずれた毛布をかけてやる。

 岩場で直接横になると体を痛めてしまうため、下には綿を詰めた敷布を敷いている。ナジャーが使い古しの布で作ったお手製の敷布。おかげで寝心地は快適だ。
 スラムでは常にあった臭いもないし、虫やネズミが足元をかけまわることもない。
 人々の生活する喧騒も聞こえないから、まったく別の世界に来てしまったかのようだ。

 しばらくして、ルゥルアも目を覚ました。
 再び眠りに落ちそうになりながら、ファジュルの胸に擦り寄る。
 それがあまりにも可愛くて、ファジュルはルゥルアの頬に手を添えて唇を奪う。
 今ので眠気が吹き飛んだらしく、ルゥルアは顔を赤らめ、責めるような目でファジュルを見る。

「……ファジュル。おはよう」
「おはよう、ルゥ。そろそろ起きよう」
「うん。そのまえに、髪」

 寝る前に解いていたファジュルの髪に、ルゥルアが触れる。
 ファジュル本人としては、長くすると手入れが面倒だから、切ってしまってもいいと思う。けれどルゥルアが、「長いほうが似合うから切らないで」という。
 他の誰かが言うなら余計なお世話だと無視するが、他ならぬルゥルアのお願いを聞かないわけにはいかない。
 そんなわけで、ファジュルは今日もルゥルアに髪を結われている。

 外に出ると、もう他のみんなは起きていた。
 なぜか、ユーニスとディーが二人でサーディクを蹴っている。

「…………何してんだお前ら」
「あ! 聞いてよ兄さん! このバカのイビキと歯ぎしりがひどすぎて眠れなかったんだよ。寝不足で具合悪くなったらどうしてくれんのさ!」
「はぁ!? オレはイビキなんてかいてねぇよ! そういうディーだって寝相最悪じゃねえか! オレ夜の間に四回殴られたぞ!」
「うっさーい! サーディクのせいで、おれ眠れなかったんだからな! 口に砂つめてやるーー!」
「さんせーい。ボクもこいつの鼻塞ぎたい」

 ファジュルとルゥルアは顔を見合わせ、喧嘩の原因に呆れて失笑する。

 拠点の寝所は男性陣一つと女性陣一つ。
 あとはヨハンの診療室。ここにら医薬品もまとめる。
 洞穴内部が二室に分かれているところは、食料や雑貨の備蓄庫、武器庫として。
 そして作戦会議部屋。ここに仕切りを作り、ファジュルの寝所を兼ねている。
 つまりファジュルは、他の男性陣と寝床が違う。

 ユーニスとディーの怒りっぷりを見ると、腹に据えかねるほどひどいイビキだと予測できた。みんなには悪いが、別室でよかった。

 ルゥルアはナジャーと一緒に朝食を作るため、いったん別行動だ。
 ファジュルは蹴り合う三人を見なかったことにして、アムルのもとに行く。 

「ファジュル様、食事の前に軽く手合わせしておきましょう。日が高くなると砂漠の熱が来ますから」

 ここに来てからアムルが剣術、武術の手ほどきをしてくれることとなった。反乱を起こす以上、戦いを避けて通れない。
 そのため、アムルが剣術の手ほどきをしてくれることになった。 
 フォーゲル一座が剣舞の訓練に使っている木剣を三本、剣の鍛錬のために借り受けている。

「ガーニムが自分で戦うことはほぼないと思いますが、彼は全盛期、国一の剣士と言われた人です。まともに剣を握ったことのない人が立ち向かって、勝てる相手ではありません。ファジュル様は自身を守るためにも、まず最低限の型を覚えてください」
「わかった」

 足場の安定した広場でアムルが基本の型、振り方や剣の受け方。直接剣を握り体に覚え込ませる。

「握りが甘い。もう少し強く。利き手で支えるようにして」
「こうか」
「目標から目は逸らさず、相手の動きをよく観察して、次の手を考える」

 剣を握ったことがないファジュルの動きは隙だらけで心もとない。打ち込んでも片手であしらわれてしまう。

「兄さん、ボクが見本としてアムルさんと打ち合おうか。これでも親父と姉貴の剣舞に付き合わされてるから、得意なんだ」
「そうか。なら頼めるか」
「任せてよ」

 ぐるぐると肩を回して準備運動をするディーに、木剣を渡す。ディーは右手で受け取ると、一気に距離を詰めてアムルに打ち込んだ。アムルは剣で受け、ディーの一撃を軽くいなす。

「おっと。勢いがあるな」
「ふふん。ボクがまだ若いからって油断すると痛い目見るよ。せいっ!!」

 受け流されても二回三回と踏み込み素早く剣を突き、振り上げる。剣舞をやっているだけあって踊るような流れる動き。
 ディーは自分よりはるかに強いと、ファジュルは感じる。

「とまあこんな感じで、ボクの場合速さを活かした戦いが主なんだ。兄さんなら力があると思うし、実戦では長剣でもいけるかもね」
「それは武器を手に入れてからな。今はこれ一本しかないから」

 そう言って、ファジュルは腰に提げた父親の形見に手を添える。古めかしい剣はラシードが長年きちんと手入れをしていたから、サビ一つなく輝きを誇っている。
 
「真剣の練習するにしても、構えを覚えてまともに動けるようになってからにしなよね、兄さん。握りが甘くて剣をふっとばされたら仲間も危ないんだから」
「ああ。気をつける」

 ディーと交代してまたアムルに型を習い、ディーと打ち合う練習をする。汗が滲んだ頃にイーリスが呼びに来た。

「ナジャーが、ご飯ができたって」
「わーい。ボクお腹空いたー」

 よく見るとイーリスの両手の指の何本かに包帯が巻かれ、赤く血が滲んでいる。昨日まではなんともなかったはず。ディーがそのことにツッコむ。

「イーリス、何なのその指。蛇にでも噛まれた?」
「なななな、なんでもありません! 蛇なんて出てませんから!」
「普通、何もなくて怪我なんてする?」

 慌てて後ろ手になるイーリス。どうやら隠したくなるような理由らしい。ディーがまだ何か聞こうとして、イーリスがこの場から逃げ出した。
 
 煮炊き場から、ナジャーが鍋を持ってくる。ユーニスが重ねた皿を危なっかしい様子で運んでくる。

「へへへ。おれ、ばあちゃんの料理手伝ったぞ。偉いだろー」
「ああ。偉いな、ユーニス」

 ナジャーが作ったのは人参《にんじん》と芋の入った簡素なスープだ。器に盛られたスープから湯気がたつ。テーブルなんてものはないから、各々適当な場所に腰を下ろしていただく。
 ファジュルは細木の木陰に、ルゥルアと並んで座る。
 器を受け取ったはいいものの、スプーンの持ち方が正しいかどうか怪しい。
 当たり前のことを知らない生活をしてきたことが、少し虚しい。

「……調理された温かいものを食べるなんて、生まれて初めてかもしれないな。スプーンはこう持つのが正しいのか?」
「こうよ、ファジュル」

 ルゥルアはスラムに来るまではごく普通の家庭で暮らしていたから、食器の持ち方は一通りわかる。自分で持ってファジュルに見せる。

「ありがとう、ルゥ」
「どういたしまして」

 スプーンでスープをすくってすする。温かくて美味しい。人参は火が通り切っていないものがいくつかあるようだが、食べる分には問題ない。

「芋はきれいに揃っているのに、人参だけやたらでかくて形が歪なのはなんなんだ?」
「人参はイーリスさんが切ったの。ナジャーさんに教わりながら。わたしは味付けと、火加減をみていたの」
「……そうなのか。美味しいな」
「ファジュルがそう言ってくれて良かった」

 あの指の傷は包丁をうまく使えずに負ったものか。イーリスなりに何かできることを増やそうとした結果。
 ディーが聞いたら大笑いしそうだ。

 食べ終えて食器を洗う場に持っていって、ふとまだ使われていない食器があることに気づく。

「先生は? もう起きているはずだよな」
「食事の前に、ヨアヒム殿のテントを片付ける手伝いをすると言っておった」

 ラシードが答える。
 ヨアヒムの一座もこのあたりにテントをはって泊まった。今日、準備ができ次第ルベルタに向けて経つという。
 座員の半分以上がルベルタ人であるため、彼らなりに母国で知人のつてを使い、協力者を募るつもりなのだ。

「なら、俺も手伝おう。かなり世話になったから」
「おお、行ってくるといい」

 ヨアヒムの一座のテントは、もうほとんど収納が終わっていた。ヨハンとヨアヒム、座員たちが深刻そうな顔で話をしていた。

「何かあったのか」
「あぁ。さっきここを通った商人から聞いたんだ。君たちも警戒しておいたほうがいいだろう」
「……警戒? 何に?」

 警戒しなければならないようなことが起きた。ファジュルはつばを飲む。

「彼らはの捜索を続けるつもりらしいですよ」
「はあ!? 手紙は確かにウスマーンに渡したのに、どうして」
「家出の手紙一つで逃してくれるほど、ガーニムは寛容な人間ではなかったと言うことでしょう。みんなとこれからのことについて話し合わなければなりません」
「そうだな」

 ヨアヒムは手綱を握り、ラクダの背に乗ってファジュルに言う。

「僕たちは予定通りルベルタに戻るよ。ディーは君たちの助けになれると思うから、迷惑でなければここに置いてやってくれないか」
「ああ。ディーがいると助かる。こちらからもお願いしたいところだった。いろいろとありがとう」
「礼には及ばないよ」

 一座が発《た》つのを見送って、ファジュルとヨハンは拠点に引き返す。



 作戦室に仲間を集め、城下の様子を伝えると、イーリスはその場に崩れ落ちる。両手で顔をおおい、震えている。

「そんな……。兵たちは今も私が誘拐されたと思って捜索を続けているというの?」
「ウスマーン様は職務に忠実な方。手紙は確実に陛下に届けてくれたでしょう。それでも“誘拐された姫の捜索”が続いているなら、王命に他なりません」

 アムルが考えを口にする。ウスマーンとガーニム両名の近くで働いていたからこその言葉だ。
 ヨハンは顎に手を当て、思案にふける。

「今みたいにイーリスが動揺する、嘘を教えこまれた兵たちに申し訳ないと思って出てくると考えてのことでしょう」
「絶対戻っちゃだめだよ、イーリス。あのジジイがイーリスをおびき出すためにやっているんだから」
「……でも」

 ディーに諭されても、イーリスの顔は曇ったままだ。
 イーリスの気持ちはわかるが、今出ていくのは得策とは言えない。ラシードが横目でイーリスを見て、提言する。

「このまま出ていかなければ、ガーニムは業を煮やして何か他の手を打ってくるだろう。今は余計なことをせず、様子を見るべきだろう」
「はいはいー、じゃあオレがスラムに戻って、何か動きがあったらこっちに連絡するってのはどうよ」
「サーディク一人だけが行っても、何かあったときに連絡できる者がいなくなるだろう」

 そこで手を挙げたのはヨハンだ。

「ぼくが行こう。ぼくなら旅人のふりをして、町で聞き込みをすることもできるからね。あちらに何か動きがあれば、手紙をサーディクに託そう」
「やったー。ありがとな、先生!」

 サーディクとヨハンが城下の様子を見に行き、三日後、サーディクが伝書を届けに帰って来た。



 ──ガーニムが再婚する。
 それと、兵が姫の誘拐犯・・・を見つけたらしい。近日中に公開処刑が行われる予定──

 ファジュルたちのメンバーは誰も欠けていない。ヨアヒムの一座の人間でもなさそうだ。
 だとしたら、ガーニムは誰を断頭台に送るつもりなのか。

 イーリスをおびき出す罠に違いないが、本当に無関係の誰かが濡れ衣を着せられて処刑されるのならば止めたい。
 ファジュルたちは相談した上で、ファジュルとアムル、サーディクが城下に戻ることになった。
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