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革命戦争編(親世代)

十一話 誰がスラムを燃やしたか

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 ファジュルが決起した日の夕刻。
 城内は宴の準備のため、どこも慌ただしい。
 召使いたちが毒味の終わった料理を、宴の会場である広間に運び込んでいく。

 兵士の詰め所では大将のウスマーンが、人員配備の表を手に唸っていた。
 ウスマーンはもうすぐ五十になる。武力の衰えはないが、最近は右目の視力が落ちていて、モノクルのお世話になっていた。
 眉をひそめ、こめかみを指先で小刻みに叩く。
 ガラスごしに睨みつけているのは、本日の場内勤務担当の名前だ。

「ああもう。アムルはまだ来ていないのか。今日は城門の張番だというのに、けしからん」

 あいにくと今週いっぱいは姫の生誕祭。
 城内警備や町中の巡回など、この城下町にいる兵総出で仕事を回しているため、穴埋めをできる人はいなかった。
 誰が何時何分にどこを警備するか、分刻みでスケジュールを組んでいるのに、アムルがいない。
 苛立つのも仕方のないことだった。

 複数人の足音が兵士の詰め所に入ってくる。

「只今戻りました、大将殿」

 祭の警備に当たらせていた兵たちだ。
 渋い顔をしているウスマーンを見て、挙動不審になる。

「ま、まさか、だれかから密告がありましたか。ワタクシたちはきちんと巡回警備をしていたのであります!」
「わたしもです! けっして、市民に混じって踊ってなどいません」
「右に同じく!」

 三人ともあからさまな嘘を吐き、ウスマーンの眉間のシワが増えた。

「お前が頭に飾っている薔薇の花びらは、毎年踊りの広場で撒いている物だな。お前たちの巡回のルートは市場のはずだが」
「あっ……!!」

 指摘された兵は慌てて髪を手で払うけれどあとのまつり。

「え、えへへ。つい。楽しそうなもんだから」
「今日の給金はなしで構わないようだな」
「す、す、すみませんでしたーー!! だから無給だけは!」
「保身のための謝罪は謝罪とは言わん」
「はいいぃ!」

 ウスマーンは王と違って癇癪を起こし怒鳴り散らす人ではないが、ウスマーンの静かな怒りも恐ろしいものがある。
 何一つ間違ったことを言っていないため、一つ一つの説教が急所に刺さるのだ。

「……まあいい。巡回の報告を」

 ウスマーンに促され、三人の中でまとめ役の青年が敬礼する。

「は! 市場は異常なしです。昨日の火災はスラムの中だけで鎮火したもよう。町には物理的、人的被害ともにありません」
「そうか。他には」
「……そうですね、ひとつ、気になる噂を聞きました。『スラムに火を放ったのはシャヒドだ。そのまま自分がつけた火にまかれ死んだ』と、火傷を負った貧民の若者たちが話していたので」
「シャヒド……アムルのことか? 噂話にしてはやけに具体的だな」

 ただの日常会話やくだらない噂話程度なら、兵たちは報告したりしない。
 実際に火事の現場にいて放火犯を捕まえた人間でもないと、犯人の名前なんて言えないだろう。
 その噂が真実だという証拠はない。
 嘘だという証拠もまた、ない。
 アムルは今日出仕していないから、確認しようがなかった。

 若い兵は背中を丸め、不安そうに聞いてくる。

「…………わたしはアムルさんと話したことがないので、真偽の程はわかりません。善人の皮をかぶっていただけで、血は争えないというものなのでしょうか」
「憶測のみで決めるな!」
「し、失礼しました。警備の任に向かいます」

 ウスマーンにしては珍しく語気を荒らげたため、兵たちは急ぎ退室していった。

「うふふ。らしくないわねぇ、ウスマーン」

 兵たちと入れ替わるようにして、細身の男が入ってくる。長い黒髪を項で一本に束ねている男は、兵のような軽鎧を身に着けてはいない。

「何の用だ、ディヤ。召使いの仕事は休む間もないはずだろう」
「ワタシは城中の召使いの采配を振るのが役目で、肉体労働は召使いの仕事だもの」

 ディヤは部屋の主の断りもなしに、空いている長椅子に腰を落ち着け足を組む。あまりにも堂々としていて、どちらが大将かわからない。
 兵と召使い……管轄する群《むれ》は違えど二人とも一群の長。会話は部下たちに対するものに比べて砕け、とても気安い。

「外に買い出しに出ていた召使いも同じ話を聞いたらしくて、ワタシに確認してきたわ。『犯人と同じ名前の人が、兵にいましたよね。親が親なら息子も罪を犯すんですか?』って。いつからアンタは放火魔の上司になったの」 
「放火の命令なんぞするか。そもそも、ラシード殿にかけられた嫌疑からすでにおかしいんだ。私の知るラシード殿は、温厚で思慮深く、王からの信頼も厚かった。アシュラフ陛下を裏切るわけがない。それに、アムルも火を放つなん……」

 まくし立てるウスマーンの鼻先に、丁寧に爪を研いだ細い指先が当てられる。
 
「あら~。証拠もないのに憶測で判断するなって、自分でついさっき部下に言ったばかりじゃない。ラシードって人が無実なのはアナタの憶測にすぎないでしょ。アシュラフ陛下の背中にラシードの剣が刺さっていたのは事実よ」

 痛いところを突かれ、ウスマーンは口をつぐんだ。
 ディヤが城で働くようになったのは七年ほど前のこと。ラシードと面識がないから、真偽の判断材料は人となりではなく、現場に残された剣と、みんなの語る噂だけ。
 ディヤだけでなく国民の大半がそうだ。
 噂を信じている部下に怒りをぶつけたのは、八つ当たりにすぎない。

 ラシードが犯人ではないと思う根拠は、ウスマーンがラシードと言葉を交していた日々の記憶だけ。なんの証拠もない。
 それに、果実汁りんごジュースが振る舞われたあの日、ウスマーンも警備にあたる兵の一人だった。
 皆がジュースを受け取り口をつける中、ラシードだけは手を付けなかった。

「殿下誕生の祝いなのに飲まないのですか?」
「祝いの盃を飲めないこと、陛下には申し訳ないと思うが、昔からりんごだけはどうしても体に合わないんだ」

 困ったように答えるラシードは、少しかかってしまったと、赤くかぶれた手をかいた。
 あのジュースに強い睡眠薬が盛られていたとわかったのは、惨劇が起きた翌朝。
 ガーニムの証言とアシュラフ王の背に刺さった短剣が決め手となり、ラシードは王を殺した反逆者として手配された。

 果汁が数滴かかっただけであんなふうに手がかぶれてしまう人が、樽いっぱいの果実汁に薬を混ぜるなんてことできるのか。
 ウスマーンが兵の集会でラシード犯人説に異議を唱えたが、「ラシードの私物である剣が王に致命傷を与えていたという動かぬ証拠がある」と黙殺された。

 本当にラシードがやったのか、今でもウスマーンは疑問に思っている。


「ひと月もすればこんな噂、新しい噂に紛れて消えるわ。今週は忙しいんだから、馬鹿な噂にふりまわされて部下に八つ当たりしてんじゃないわよ」

 ディヤは言いたい放題言って、さっさと自分の仕事に戻っていってしまった。
 どうせすぐ消えていく、数多の噂の一つ。確かにディヤの言うとおりだ。
 ウスマーンは無理やり自分を納得させようとする。
 だが、なにかが胸に引っかかっているような気がして、どうにも気持ちが悪かった。
 

 

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