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あした命が終わるなら
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「陽太くん。きみは明日死ぬよ」
バイト帰り、夜道で不思議な人が現れて言った。
古い絵本に出てくる悪い魔法使いみたいな、真っ黒いローブにフードを目深にかぶった、見るからに怪しい人だ。
二十二時をまわっていることもあってひとけはまばら。
あー、二十年生きてりゃ、夜道で変態にも会うか。
ストリッパーや通り魔が来るんだから、余命宣告する変人もいそうだ。
「あんた、初対面だろ。なんで俺の名前を知っている?」
「死神だからだよ………って、スマホで110押そうとするとのやめてくれないかな」
今時の自称死神は、警察が怖いらしい。
死神は男か女か判別できない不思議な声で、おどける。
「自称じゃなくて死神だよ」
「証拠を出せ。エイプリルフールなら三ヶ月前に終わっているぞ。健康診断の結果も、すぐ入院しろなんて結果は出てない」
「はー、最近の日本人はみんなそれ。エビデンスエビデンスエビデンスうっさい。病死以外にもいっぱい死に方はあるのにさ。……まあいいや。こうすりゃ信じるかい」
死神の腕が、俺の腹を突き抜けた。
幽霊? マジック?
腹から背中に突き抜けた白い手が、ピースサインを作る。
「陽太くん。人が死ぬのは天命だから、どうあがいても君は死ぬ。回避方法はない。小説やアニメみたいに、違う世界に転生できるなんてこともない。終わりの次はない」
「俺はまだ二十歳になったばかりなのに」
「そうだね、親元を離れて独り暮らしをはじめて二年目の、二十歳。大宮にいるご両親と仲があんまりよろしくないね。正月もゴールデンウィークも、お盆も実家に帰らないなんて。バイト先の店長が帰れるようにシフト調整してくれたのに」
家族との関係性も知っているなんて。
名前だけならバイト先に確かめればいいことだけど、赤の他人が知り得ないことまで知っているなんて、何なんだコイツ。
「だから、死神だよ」
思考まで読めるのか、死神はケラケラ笑う。
サラリーマン風のおっさんが、俺の横を通り過ぎていく。
一度もこちらを見ることなく。
俺の目の前にかなり怪しい格好をしたやつがいるのに、俺の腹に人の手が突き刺さっているのに、叫びもせず通り過ぎた。
見えていないのか、こいつのことが。
急に、目の前の死神は本当に死神なのかと思えてきた。
「……………死ぬって、明日の何時頃」
「日付が変わってすぐ死のうが二十三時五十九分に死のうが、明日で終わるのに変わらないじゃないか」
「全然違う」
「大差ないよ。明日には違いない。それにね、死神は死期が迫った人にしか見えないんだ。だから親切で、明日死ぬよって教えてあげるんだよ」
楽しげな笑い声を最後に、死神の姿は闇に溶けて消えていった。
アパートに帰ってすぐ、俺はベッドに寝転がる。
「明日死ぬ、って言われてもな。ハハッ誰が信じるんだよそんな嘘」
乾いた笑いが、虚しく部屋に響く。
声が震えていた。
動揺するなって、無理に決まってんだろ。
何か将来やりたいことがあったわけではない。
学生時代、特別成績優秀だったわけではない。高校での成績は、塾に通ってようやく中の上に入れていたくらいだ。
スポーツや文化の方面で何か成し遂げるわけでもなく、漫画やアニメならモブ枠。
恋人もいないし、高校時代の友だちも卒業した今は疎遠。
バイト先の人は挨拶を交わす程度の仲でしかない。
「俺が明日死んで、誰が困るだろう……」
誰も困らない。きっと、両親すら。
明日の何時に終わるかもわからない命、今日消えても誰困らない空気のような存在。
そう考えると、これまでの二十年が虚しく思えた。
いつの間にか眠っていて、朝の八時になっていた。
何もせず終わるのはもったいない。
スマホと折り財布だけポケットに突っ込んでアパートを出た。
ワンルーム六畳の安アパートが終の棲家とか、笑える。
今日がバイト休みの日で良かった。
普段歩かない道を行って、野良猫や民家の植木鉢に咲く花など、普段見過ごしていた景色をじっくりと眺めながら、スマホを向ける。
娘を真ん中にして手を繋ぎ、のんびり歩く家族がいる。
手を繋いで歩くだけなのに、幼稚園の年少くらいの娘はキャッキャッと声をあげて跳ねている。
(いいなぁ。俺、一度だって、ああいう時間を持ったことなかったな)
親父は仕事人間のくせに、俺の成績が下がると怒った。
怒られたくなくて、仕方なく塾に通っていた。
お袋は、俺が塾から帰るとパート先の愚痴やくだらない世間話ばかり。
「愚痴るのやめてくれない? ただでさえ学校と塾で疲れてんのに」と言えば
「あたしはあんたを塾にやるためにパートに出てやってるのに! 服は脱ぎっぱなしで皿洗いも風呂掃除もしてくれない。なら、愚痴を聞くくらいしてよ」
当時は女ってメンドクセ、と思った。
今独り暮らしするようになって、部屋が脱ぎ捨てた服と読みかけで放置したマンガだらけの汚部屋となっていて、自分でも汚ねぇと思う。
あの家がそれなりにキレイを保てていたのは、お袋のおかげだ。
インフルエンザになって1週間バイトを休んだ月は、収入がガタ落ちした。
独り暮らしの生活費を維持するのすら危ういかもと思った。
休まず働いてくれていた親父にも、感謝すべきなんだろう。
今さらだ。
顔を合わせれば喧嘩ばかりで、離れてしまえば年一すら会いたいとも思わない。さっき歩いていたような親子のような、仲良しじゃない。
そういう家族だったのに、今日命が終わってしまうなら、最後に顔を見ておきたい。
顔を合わせればきっと喧嘩になるのに。
電車に揺られて大宮駅へ。
何も変わっていない。
俺の命はあと何分、あるんだろう。
どう終わるんだろう。
きっと、「死神にきみはもう死ぬよと言われた」なんて話せば、この車両内にいる全員大笑いする。
俺も、赤の他人がそんなことを言い出したら精神科に行くことをすすめる。
駅から歩いて、学生時代の通学路だった道を歩く。
「あれ、ここは爺さんが住んでいるボロ屋だったのに」
見慣れたボロ家は、コインパーキングになっていた。
日向ぼっこが日課の爺さんが住んでいた。けっこう年だったから、死んだあと遺族が更地にして売ったんだろう。
景色が少しずつ変わって、故郷は知らない町になっていく。
夕方、実家の前についた。
もう明かりがついていて、カーテンの影で親父も帰宅しているのがわかる。
ここまで会いに来て、急に、親父たちに会わなくてもいいんじゃないかって気がしてきた。
チャイムを押そうとして、手を引っ込める。
帰ろうかな。帰る前に道の途中で死ぬかもしれない。
死神は、なんだって俺に死期を教えたんだ。知らなけりゃ、俺はここに来なかったし。
たぶん普段の休日と同じ過ごし方なら、何もせず夕方まで寝て、起きたらスーパーの割引弁当を買っていた。
こんな、変に悩まずポックリ逝っていただろうに。
扉の向こう、パタパタと足音が近づいてきて、玄関ポーチの明かりがついた。
お袋が扉を開けた。
「陽太!? 来るなら連絡くらいしなさいよ。父さんが、玄関前に人影が見えるって言うから誰かと思った」
「……よう」
何を言えばいいのか。
俺は普段、親父やお袋と何を話していたっけ。
見たところおふくろは、特に代わり映えしない。
部屋着の古い花柄スウェットに、ボーダーのハーフパンツ姿。ファッションセンス壊滅的だから、オシャレと程遠い。
「陽太だって?」
お袋の声を聞いて親父も出てきた。
神経質そうに、メガネを指で押し上げる。
「どうした。こんな時間に連絡もなく」
「いや、別に。もういいから帰るわ」
親との最後の思い出が喧嘩なんて、なんか嫌だ。
死んだら嫌とか嬉しいとかそういう感覚も消えるんだろうけれど、それでも、嫌だ。
「待ってよ、陽太。夕飯まだでしょ。食べていきなさい。それにあんたちゃんと向こうで食べてるの? ちょっとやつれてるわよ」
断る口実が思いつかなくて、久しぶりに実家にあがった。
もうこんな家帰らねーよ、って、思ってたのにな。
食卓にはスーパーの惣菜半分、野菜スープと、野菜炒めはお袋の手製。
高級じゃない、特別うまいわけでもない
ありふれた味だ。でも、馴染みの味。
最後の晩餐がお袋の飯で良かった。
とくに話が弾むわけでもないし、親父はひたすらお袋の雑談をきいて頷いているだけなのに。
笑われる覚悟で、俺は昨夜のことを話す。
死神を名乗る変人に会ったこと、今日俺の命が終わると言われたこと。
"詐欺師に騙されたんだよ"と笑い飛ばされるかと思ったら、ふたりとも黙って聞いてくれた。
「それで会いに来てくれたの?」
「悪いかよ」
「悪くないよ。そう。なら、今夜は家にいなさい」
「なんで」
お袋の、"なら"の意味がわからない。
「その死神ってのに会ったのが夢ならただ実家で寝るだけ。本当でも、ここにいたらちゃんと看取れるだろう。そのへんで野垂れ死にされたら、かなわん」
親父が顔に似合わないことを言う。
「……ばかみてー」
一人で悩んでたのが、バカみたいだ。
死ぬのがわかる前に、もっと早く帰ってくれば良かった。
俺は最後にひとつだけ、頼む。
「親父、お袋。写真、撮らないか? 一枚でいいから」
「どうやって?」
「スマホのインカメラ使えばできる」
年季が入って穴の開いているソファに三人で座り、腕をめ一杯伸ばしてインカメラ撮影する。
最初で最後の家族三人が揃う写真だ。
自分の部屋に入ると、そこはきれいに掃除されていた。
ホコリ一つ落ちていない。布団も、太陽の匂いがする。
俺は家を出て以来一度も帰らなかったのに、いつ帰ってきてもいいようにしてあった。
なんで。
愚痴ばっかりで、喧嘩ばっかりで、仲良くなんて、なかったのに。
涙が止まらなかった。
布団にもぐりこんで、まぶたを閉じると意識が落ちていく。
ああ、もう終わりなんだな。
死ぬ前にやりたいことが親の顔を見る事くらいなんて、寂しい人生だったな、俺。
でも不思議と、後悔は無い。
陽太はそのまま、眠るように息を引き取った。
両親が、「陽太が死神の言葉を聞いて最後に会いに来たんだ」と話しても、大半の人はただの偶然だろうと笑う。
両親は偶然ではないと思った。
最後の家族写真が遺影として使われた。
普段ほとんど笑わない子だったのに、写真の中の陽太は、これまで生きた中で一番幸せそうに笑っていた。
End
バイト帰り、夜道で不思議な人が現れて言った。
古い絵本に出てくる悪い魔法使いみたいな、真っ黒いローブにフードを目深にかぶった、見るからに怪しい人だ。
二十二時をまわっていることもあってひとけはまばら。
あー、二十年生きてりゃ、夜道で変態にも会うか。
ストリッパーや通り魔が来るんだから、余命宣告する変人もいそうだ。
「あんた、初対面だろ。なんで俺の名前を知っている?」
「死神だからだよ………って、スマホで110押そうとするとのやめてくれないかな」
今時の自称死神は、警察が怖いらしい。
死神は男か女か判別できない不思議な声で、おどける。
「自称じゃなくて死神だよ」
「証拠を出せ。エイプリルフールなら三ヶ月前に終わっているぞ。健康診断の結果も、すぐ入院しろなんて結果は出てない」
「はー、最近の日本人はみんなそれ。エビデンスエビデンスエビデンスうっさい。病死以外にもいっぱい死に方はあるのにさ。……まあいいや。こうすりゃ信じるかい」
死神の腕が、俺の腹を突き抜けた。
幽霊? マジック?
腹から背中に突き抜けた白い手が、ピースサインを作る。
「陽太くん。人が死ぬのは天命だから、どうあがいても君は死ぬ。回避方法はない。小説やアニメみたいに、違う世界に転生できるなんてこともない。終わりの次はない」
「俺はまだ二十歳になったばかりなのに」
「そうだね、親元を離れて独り暮らしをはじめて二年目の、二十歳。大宮にいるご両親と仲があんまりよろしくないね。正月もゴールデンウィークも、お盆も実家に帰らないなんて。バイト先の店長が帰れるようにシフト調整してくれたのに」
家族との関係性も知っているなんて。
名前だけならバイト先に確かめればいいことだけど、赤の他人が知り得ないことまで知っているなんて、何なんだコイツ。
「だから、死神だよ」
思考まで読めるのか、死神はケラケラ笑う。
サラリーマン風のおっさんが、俺の横を通り過ぎていく。
一度もこちらを見ることなく。
俺の目の前にかなり怪しい格好をしたやつがいるのに、俺の腹に人の手が突き刺さっているのに、叫びもせず通り過ぎた。
見えていないのか、こいつのことが。
急に、目の前の死神は本当に死神なのかと思えてきた。
「……………死ぬって、明日の何時頃」
「日付が変わってすぐ死のうが二十三時五十九分に死のうが、明日で終わるのに変わらないじゃないか」
「全然違う」
「大差ないよ。明日には違いない。それにね、死神は死期が迫った人にしか見えないんだ。だから親切で、明日死ぬよって教えてあげるんだよ」
楽しげな笑い声を最後に、死神の姿は闇に溶けて消えていった。
アパートに帰ってすぐ、俺はベッドに寝転がる。
「明日死ぬ、って言われてもな。ハハッ誰が信じるんだよそんな嘘」
乾いた笑いが、虚しく部屋に響く。
声が震えていた。
動揺するなって、無理に決まってんだろ。
何か将来やりたいことがあったわけではない。
学生時代、特別成績優秀だったわけではない。高校での成績は、塾に通ってようやく中の上に入れていたくらいだ。
スポーツや文化の方面で何か成し遂げるわけでもなく、漫画やアニメならモブ枠。
恋人もいないし、高校時代の友だちも卒業した今は疎遠。
バイト先の人は挨拶を交わす程度の仲でしかない。
「俺が明日死んで、誰が困るだろう……」
誰も困らない。きっと、両親すら。
明日の何時に終わるかもわからない命、今日消えても誰困らない空気のような存在。
そう考えると、これまでの二十年が虚しく思えた。
いつの間にか眠っていて、朝の八時になっていた。
何もせず終わるのはもったいない。
スマホと折り財布だけポケットに突っ込んでアパートを出た。
ワンルーム六畳の安アパートが終の棲家とか、笑える。
今日がバイト休みの日で良かった。
普段歩かない道を行って、野良猫や民家の植木鉢に咲く花など、普段見過ごしていた景色をじっくりと眺めながら、スマホを向ける。
娘を真ん中にして手を繋ぎ、のんびり歩く家族がいる。
手を繋いで歩くだけなのに、幼稚園の年少くらいの娘はキャッキャッと声をあげて跳ねている。
(いいなぁ。俺、一度だって、ああいう時間を持ったことなかったな)
親父は仕事人間のくせに、俺の成績が下がると怒った。
怒られたくなくて、仕方なく塾に通っていた。
お袋は、俺が塾から帰るとパート先の愚痴やくだらない世間話ばかり。
「愚痴るのやめてくれない? ただでさえ学校と塾で疲れてんのに」と言えば
「あたしはあんたを塾にやるためにパートに出てやってるのに! 服は脱ぎっぱなしで皿洗いも風呂掃除もしてくれない。なら、愚痴を聞くくらいしてよ」
当時は女ってメンドクセ、と思った。
今独り暮らしするようになって、部屋が脱ぎ捨てた服と読みかけで放置したマンガだらけの汚部屋となっていて、自分でも汚ねぇと思う。
あの家がそれなりにキレイを保てていたのは、お袋のおかげだ。
インフルエンザになって1週間バイトを休んだ月は、収入がガタ落ちした。
独り暮らしの生活費を維持するのすら危ういかもと思った。
休まず働いてくれていた親父にも、感謝すべきなんだろう。
今さらだ。
顔を合わせれば喧嘩ばかりで、離れてしまえば年一すら会いたいとも思わない。さっき歩いていたような親子のような、仲良しじゃない。
そういう家族だったのに、今日命が終わってしまうなら、最後に顔を見ておきたい。
顔を合わせればきっと喧嘩になるのに。
電車に揺られて大宮駅へ。
何も変わっていない。
俺の命はあと何分、あるんだろう。
どう終わるんだろう。
きっと、「死神にきみはもう死ぬよと言われた」なんて話せば、この車両内にいる全員大笑いする。
俺も、赤の他人がそんなことを言い出したら精神科に行くことをすすめる。
駅から歩いて、学生時代の通学路だった道を歩く。
「あれ、ここは爺さんが住んでいるボロ屋だったのに」
見慣れたボロ家は、コインパーキングになっていた。
日向ぼっこが日課の爺さんが住んでいた。けっこう年だったから、死んだあと遺族が更地にして売ったんだろう。
景色が少しずつ変わって、故郷は知らない町になっていく。
夕方、実家の前についた。
もう明かりがついていて、カーテンの影で親父も帰宅しているのがわかる。
ここまで会いに来て、急に、親父たちに会わなくてもいいんじゃないかって気がしてきた。
チャイムを押そうとして、手を引っ込める。
帰ろうかな。帰る前に道の途中で死ぬかもしれない。
死神は、なんだって俺に死期を教えたんだ。知らなけりゃ、俺はここに来なかったし。
たぶん普段の休日と同じ過ごし方なら、何もせず夕方まで寝て、起きたらスーパーの割引弁当を買っていた。
こんな、変に悩まずポックリ逝っていただろうに。
扉の向こう、パタパタと足音が近づいてきて、玄関ポーチの明かりがついた。
お袋が扉を開けた。
「陽太!? 来るなら連絡くらいしなさいよ。父さんが、玄関前に人影が見えるって言うから誰かと思った」
「……よう」
何を言えばいいのか。
俺は普段、親父やお袋と何を話していたっけ。
見たところおふくろは、特に代わり映えしない。
部屋着の古い花柄スウェットに、ボーダーのハーフパンツ姿。ファッションセンス壊滅的だから、オシャレと程遠い。
「陽太だって?」
お袋の声を聞いて親父も出てきた。
神経質そうに、メガネを指で押し上げる。
「どうした。こんな時間に連絡もなく」
「いや、別に。もういいから帰るわ」
親との最後の思い出が喧嘩なんて、なんか嫌だ。
死んだら嫌とか嬉しいとかそういう感覚も消えるんだろうけれど、それでも、嫌だ。
「待ってよ、陽太。夕飯まだでしょ。食べていきなさい。それにあんたちゃんと向こうで食べてるの? ちょっとやつれてるわよ」
断る口実が思いつかなくて、久しぶりに実家にあがった。
もうこんな家帰らねーよ、って、思ってたのにな。
食卓にはスーパーの惣菜半分、野菜スープと、野菜炒めはお袋の手製。
高級じゃない、特別うまいわけでもない
ありふれた味だ。でも、馴染みの味。
最後の晩餐がお袋の飯で良かった。
とくに話が弾むわけでもないし、親父はひたすらお袋の雑談をきいて頷いているだけなのに。
笑われる覚悟で、俺は昨夜のことを話す。
死神を名乗る変人に会ったこと、今日俺の命が終わると言われたこと。
"詐欺師に騙されたんだよ"と笑い飛ばされるかと思ったら、ふたりとも黙って聞いてくれた。
「それで会いに来てくれたの?」
「悪いかよ」
「悪くないよ。そう。なら、今夜は家にいなさい」
「なんで」
お袋の、"なら"の意味がわからない。
「その死神ってのに会ったのが夢ならただ実家で寝るだけ。本当でも、ここにいたらちゃんと看取れるだろう。そのへんで野垂れ死にされたら、かなわん」
親父が顔に似合わないことを言う。
「……ばかみてー」
一人で悩んでたのが、バカみたいだ。
死ぬのがわかる前に、もっと早く帰ってくれば良かった。
俺は最後にひとつだけ、頼む。
「親父、お袋。写真、撮らないか? 一枚でいいから」
「どうやって?」
「スマホのインカメラ使えばできる」
年季が入って穴の開いているソファに三人で座り、腕をめ一杯伸ばしてインカメラ撮影する。
最初で最後の家族三人が揃う写真だ。
自分の部屋に入ると、そこはきれいに掃除されていた。
ホコリ一つ落ちていない。布団も、太陽の匂いがする。
俺は家を出て以来一度も帰らなかったのに、いつ帰ってきてもいいようにしてあった。
なんで。
愚痴ばっかりで、喧嘩ばっかりで、仲良くなんて、なかったのに。
涙が止まらなかった。
布団にもぐりこんで、まぶたを閉じると意識が落ちていく。
ああ、もう終わりなんだな。
死ぬ前にやりたいことが親の顔を見る事くらいなんて、寂しい人生だったな、俺。
でも不思議と、後悔は無い。
陽太はそのまま、眠るように息を引き取った。
両親が、「陽太が死神の言葉を聞いて最後に会いに来たんだ」と話しても、大半の人はただの偶然だろうと笑う。
両親は偶然ではないと思った。
最後の家族写真が遺影として使われた。
普段ほとんど笑わない子だったのに、写真の中の陽太は、これまで生きた中で一番幸せそうに笑っていた。
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6/1 現代文学ジャンル1位ありがとうございました<(_ _)>

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