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3 インコの鳥かごに押し込められた白鳥
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勉強する気が完全になくなってしまったユメは、やおらリュックを背負った。
「あー、やめやめ。勉強おわり! ミチルちゃん、気晴らし行こ! あたし鎌倉来たことほとんどないから、江ノ電乗りたい。バスケアニメの聖地行ってみたい!」
「えええぇ……。ユメは勉強するために来たんだよね?」
ユメの家は厚木。神奈川県でも内陸側になる。海を見たい気持ちはわからなくもないけれど、勉強を投げてどうするつもりなのか。
家庭教師なのに、生徒のほうが家に居なくなったら教えようもない。
かといってやる気スイッチオフのユメに無理やりシャーペンを持たせても、勉強嫌いが加速するだけ。
ミチルが困っていると、母は助け船を出すどころかユメの意見を採用した。
「いいんじゃない、ミチル。あなたも長いこと外に出てないでしょう。おひさまの光を浴びたら少しは気分が晴れるんじゃないかしら」
「えええぇ……」
「お父さんには勉強中断したこと、ナイショにしておいてあげるから。ね?」
母までもが気分転換推奨みたいなことを言う。
ミチルは顔の筋肉が引きつるのを感じた。
勉強を教えるようにお願いしてきたのは母なのに、今は休みも大事よねと言う。おおいに矛盾している。
いつの間に買ったのか、鎌倉おすすめショップガイド最新号なんてものを押し付けてくる。
真ん中のページにふせんが挟んである。
「これを貸してあげるから行ってらっしゃい」
「わーい。これがあれば良いスポットわかるじゃん! 伯母ちゃんありがと! 行こう、ミチルちゃん」
「……観光から帰ってきたら、ちゃんと勉強するって約束できる? この三日遊んで終わりはだめだからね。何も教えられなかったら、叔母さんに申し訳なくなるよ」
「するする! ちゃんと勉強する! わーい! 観光観光!」
一人で行かせたら夕方まで遊び呆けて帰ってこないかもしれないし、帰ったら勉強するという言葉を信用するしかない。
ごみ捨て以外で外に出るなんておよそ半年ぶり。
ミチルは諦めて、母が持ってきたツバの広いチューリップハットを受け取る。
スニーカーを突っ掛けるミチルの背に、母が声をかける。
「あのね、ミチル。お父さんはああ言っているけれど、私は思うの。歩くんは決して道を間違えてはいなかった」
「……?」
振り返るミチル。真剣な目をした母と目が合う。
「昔ね、お義父さんとお義母さんが、歩くんのお友達に頼んだの。『家出なんて馬鹿な真似、やめるようきみも説得してくれ』って。けれど、彼は歩くんの背中を押した。『白鳥をインコの鳥かごに押し込めるのは間違っているよ。歩には自由が似合う』と言ってね。今ならお友達の言った意味がわかる。親の作った鳥かごは安全だけど、広い世界を飛びたい歩くんにとって足枷でしかなかった」
白鳥だのインコだの、母が伝えたいことの主旨が掴めなくて、ミチルは首を傾げる。
「なに、それ? 歩叔父さんは人間でしょ。それに家出を推奨するなんて、そのお友達、無責任な人だね」
「…………いつかミチルにもわかるわ。無責任なのではなくて、大切だからこそ、かごを出てほしかったの」
いつかなんて来なさそうだと思いながら、ミチルはユメを追って玄関を出た。
「あー、やめやめ。勉強おわり! ミチルちゃん、気晴らし行こ! あたし鎌倉来たことほとんどないから、江ノ電乗りたい。バスケアニメの聖地行ってみたい!」
「えええぇ……。ユメは勉強するために来たんだよね?」
ユメの家は厚木。神奈川県でも内陸側になる。海を見たい気持ちはわからなくもないけれど、勉強を投げてどうするつもりなのか。
家庭教師なのに、生徒のほうが家に居なくなったら教えようもない。
かといってやる気スイッチオフのユメに無理やりシャーペンを持たせても、勉強嫌いが加速するだけ。
ミチルが困っていると、母は助け船を出すどころかユメの意見を採用した。
「いいんじゃない、ミチル。あなたも長いこと外に出てないでしょう。おひさまの光を浴びたら少しは気分が晴れるんじゃないかしら」
「えええぇ……」
「お父さんには勉強中断したこと、ナイショにしておいてあげるから。ね?」
母までもが気分転換推奨みたいなことを言う。
ミチルは顔の筋肉が引きつるのを感じた。
勉強を教えるようにお願いしてきたのは母なのに、今は休みも大事よねと言う。おおいに矛盾している。
いつの間に買ったのか、鎌倉おすすめショップガイド最新号なんてものを押し付けてくる。
真ん中のページにふせんが挟んである。
「これを貸してあげるから行ってらっしゃい」
「わーい。これがあれば良いスポットわかるじゃん! 伯母ちゃんありがと! 行こう、ミチルちゃん」
「……観光から帰ってきたら、ちゃんと勉強するって約束できる? この三日遊んで終わりはだめだからね。何も教えられなかったら、叔母さんに申し訳なくなるよ」
「するする! ちゃんと勉強する! わーい! 観光観光!」
一人で行かせたら夕方まで遊び呆けて帰ってこないかもしれないし、帰ったら勉強するという言葉を信用するしかない。
ごみ捨て以外で外に出るなんておよそ半年ぶり。
ミチルは諦めて、母が持ってきたツバの広いチューリップハットを受け取る。
スニーカーを突っ掛けるミチルの背に、母が声をかける。
「あのね、ミチル。お父さんはああ言っているけれど、私は思うの。歩くんは決して道を間違えてはいなかった」
「……?」
振り返るミチル。真剣な目をした母と目が合う。
「昔ね、お義父さんとお義母さんが、歩くんのお友達に頼んだの。『家出なんて馬鹿な真似、やめるようきみも説得してくれ』って。けれど、彼は歩くんの背中を押した。『白鳥をインコの鳥かごに押し込めるのは間違っているよ。歩には自由が似合う』と言ってね。今ならお友達の言った意味がわかる。親の作った鳥かごは安全だけど、広い世界を飛びたい歩くんにとって足枷でしかなかった」
白鳥だのインコだの、母が伝えたいことの主旨が掴めなくて、ミチルは首を傾げる。
「なに、それ? 歩叔父さんは人間でしょ。それに家出を推奨するなんて、そのお友達、無責任な人だね」
「…………いつかミチルにもわかるわ。無責任なのではなくて、大切だからこそ、かごを出てほしかったの」
いつかなんて来なさそうだと思いながら、ミチルはユメを追って玄関を出た。
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