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本編(つづき)
data59:花の色は移ろい気まぐれ
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────,59
朝が来るたび、まだ生きていることを知る。
夜になるたび、まだ死ねないことを悔やむ。
そんな生活をもうずっと続けている。
・・・・・*
今日もソーヤは来るだろうか、とそわそわしていたヒナトだったが、午前中はさっぱり何の連絡もなかった。
おかげで無駄に作業が捗らない結果になっているが、ワタリはそれについて何も言わない。
毎日叱られるのもしんどいけれど、放置されるのも寂しいものだなと思いながら、ヒナトは今日も食堂に行く。
今日も全力でミチルを誘っていたのだが、すげなく断られてしまった。
何か用事があるというようなことを言っていたので、感情的に拒否されたわけではないようなのが少し嬉しいような。
そして彼女の不在にどこかほっと安堵してしまうような、そんな自分にちょっと凹んでしまうような。
なんともいえない複雑な気持ちにもやっとしながら、トレーを抱えて席に着く。
「おつかれ~」
「お疲れ」
「お疲れさまー。ちなみに今日はミチルいないでーす」
「あ、そなの」
やはりいつもの面子は安心感が違うな、とか思いながら天丼に箸を突っ込む。
ちょっと甘いタレが染みたごはんが好きなのでメニューにあるとすぐ頼んでしまうのだが、今日はいつもと違い、秋らしくてんぷらの内容がキノコや秋ナスになっていた。
美味しい秋の味覚を味わいながら、ヒナトはしみじみと思う。
ソーヤさんはどうしてるのかなあ、と。
食事も医務部の病室で食べているようだが、ひとりで寂しくはないだろうか。
それにきっとこちらとはメニューも違うだろうし、などと思えば思うほど、この美味しい天丼を彼にも味わってほしかったという気持ちが募る。
「医務部って何食べるのかなあ」
気付けばそんなことを声に出して呟いていた。
それを聞いて、ミネストローネを飲んでいたサイネが、総合栄養食とかじゃないのと適当そうに答える。
それってどんなのだろう。
名前から見た目や雰囲気がちっとも想像できない。
もちろんヒナトは食べたことがないが、果たして美味しいんだろうか。
「ソーくんの体調がそんなにひどくなきゃ、食堂のもの持ってってもらえてると思うよ~」
「そうね。消化器がダメになってたらそれこそゼリーとか点滴だろうけど」
「ゼリーはちょっと美味しそう……でもごはんがそれは嫌かも……」
おやつのゼリーなら好きだが、食事はやっぱりお米やパンや麺がいい。歯ごたえって大事だ。
次にソーヤがオフィスに戻ってきたら、どんなものを食べているか聞いてみようか。
聞きたいことはたくさんある。
話したいことも、……あるような、ないような。
昨日あんなことがあったのでまだ顔を見るのは恥ずかしいけど、そのうちお見舞いにいきたい。
会いたい。
顔を見たいし声を聞きたいし、それに、他にももっと、そう、例えば。
いつかのように手を繋いで、ふたりでどこかを目指すような思い出を、また作りたいと思う。
彼が素敵な星空を見せてくれたように、ヒナトも何か幸せな驚きをあげたい。
それが具体的にどんなものかという考えはまったくないけれど、なんでもいいから思いつくまで考えていたい。
そしてそして、いつか、できるなら。
あなたのことが大好きです。と、言葉にして贈れたらどんなにいいだろうか。
そんなことを思いながらのランチだった。
夢想に耽っていたのでサイネとアツキがどんな話をしていたのかは覚えていないが、もし重要な話だったらヒナトの頭をはたいてでも現実に戻してくれただろうから、たぶん大したことのない雑談だったのだろう。
とヒナトは思っていたが、実際のところ、ヒナトがぼんやりしてるのをふたりして呆れたり微笑んでいたりしたというのが現実だったりする。ヒナトは知らないままだったが。
・・・・・+
同じころ、ソーヤの病室を訪ねてきた者がいた。
時間は昼食中とはいえ、誰と会話を弾ませることもない環境だったので、ソーヤはとっくに食べ終わっていた。
食後の暇を持て余して古い業務記録のファイルを読み漁っているところだったのだ。
別にそれらを読んでも面白くもないのだが、自分が第一班の班長としてすごしてきた時間を、記録を通して振り返る……というややセンチメンタルな作業が、今のソーヤの数少ない趣味と化していたのである。
ノックのあと、失礼しますと言って入ってきたのは、ヒナト──もしくはミチル、だった。
一瞥して区別がつかないのをどうにかしてほしい、と誰かに愚痴りたくなるくらい、彼女たちの見た目だけはよく似ている。
「お疲れさまです。差し入れ、持ってきました!」
にこりと笑って明るい口調でそう言われ、差し出された新しいファイルを受け取りながら、ソーヤは一瞬考える。
「ヒナ……じゃねえよな」
「え? どうしてそう思うんですか?」
「ブローチ」
平たい胸元を指差してそう言うと、彼女はいたずらっぽくくすりと笑った。
ヒナトは先日の外出以降、ひまわりのブローチを制服のジャケットにつけている。
それ自体はもともと彼女の趣味で始めたことで、決してミチルとの差別化のためにしたのではないが、外見で区別するときのちょうどいい判断材料となっていた。
もっとも普段は言動に違いがありすぎて、少し喋らせればすぐ見分けはつくのだが。
それにブローチの件がなくても今日ばかりはわかったと思う。
昨日あんな形で、事故とはいえ彼女にキスと呼べなくもないことをしてしまったソーヤを、ヒナトのほうからノコノコ訪ねてくるはずがない。
「もうバレちゃった。そうです、あたしはミチル。残念でしたか?」
「べつに……何しにきたんだ」
「え、だから差し入れですよもちろん。最近それをよく頼まれるってワタリさんに聞いたんです。ワタリさんもあなたの代理で大変そうだから、これくらいはあたしも手伝おうと思いまして。
それに、ついでにあなたのお見舞いもしたくって……」
答えながらミチルは壁際に立てかけてある折りたたみ椅子を取った。
それを広げてベッドの横に置くので、まさかと思ったら、当然だがそこに腰かけたのだ。
何を考えているのだろう。
ソーヤとミチルはまだ知り合って日が浅く、親しくはないどころか、どちらかというとその逆だ。
突然やってきて班内の空気を荒らした挙句にヒナトを追い詰めた彼女のことを、ソーヤは内心では今もまったく許していない。
したがって単独で見舞いになど来られてもちっともありがたくはないし、したい話もないのだが、ミチルはどう見ても長居する態度を示している。
「調子はどうですか?」
「どうもこうも、なんも変わんねえよ。良くはなってねえけど悪くもなってねえ」
「それは安心していいんでしょうか」
妙な質問に、ソーヤは怪訝な顔になるのを隠さなかった。
その表情を見てミチルは困ったように肩を竦める。
「……ごめんなさい。あたしなんかに心配されても迷惑ですよね」
「そうじゃねえけど……なんつーかその、今までとずいぶん態度が違うんで」
「ああ、……それも含めて、今日はあたし、あなたに謝ろうと思ってきたんです……」
ミチルはそう言って、立ち上がり、ソーヤの目の前まで来た。
そして半ば横たわった状態のソーヤに視線の高さを合わせるように、その場で床に立膝をついた。
少女の手がソーヤのそれをとり、きゅっと握られる。
そしてヒナトとそっくりな顔をしたミチルは、ヒナトがそうするのと同じように泣きそうな眼をして、ヒナトとそっくりな声で、ヒナトが言うのと同じような口調で続けた。
「今までごめんなさい。あなたがそんなに、ヒナトのことを大事にしてるなんて、知らなかった。
それにあたし……ずっと勘違いしてたんです。あたしの話、ちょっと聞いてくれませんか」
拒めるはずもない。
断れるはずがない。
ミチルは正確にソーヤの弱い部分を突いてきた、そうとしか考えられなかった。
気付けばソーヤは頷いていて、とりあえず座れよ、としか言えなかった。
頷き返したミチルは折りたたみ椅子を引き寄せ、ベッドにぴったりくっつくような状態で座ると、静かな声で話し始める。
──あたしはずっと、あなたを恨んでました。あなたとヒナトをね。
そしてそこから語られたのは、ソーヤが思いもよらぬ、ミチルが受けてきた信じがたい処遇だったのである。
→
朝が来るたび、まだ生きていることを知る。
夜になるたび、まだ死ねないことを悔やむ。
そんな生活をもうずっと続けている。
・・・・・*
今日もソーヤは来るだろうか、とそわそわしていたヒナトだったが、午前中はさっぱり何の連絡もなかった。
おかげで無駄に作業が捗らない結果になっているが、ワタリはそれについて何も言わない。
毎日叱られるのもしんどいけれど、放置されるのも寂しいものだなと思いながら、ヒナトは今日も食堂に行く。
今日も全力でミチルを誘っていたのだが、すげなく断られてしまった。
何か用事があるというようなことを言っていたので、感情的に拒否されたわけではないようなのが少し嬉しいような。
そして彼女の不在にどこかほっと安堵してしまうような、そんな自分にちょっと凹んでしまうような。
なんともいえない複雑な気持ちにもやっとしながら、トレーを抱えて席に着く。
「おつかれ~」
「お疲れ」
「お疲れさまー。ちなみに今日はミチルいないでーす」
「あ、そなの」
やはりいつもの面子は安心感が違うな、とか思いながら天丼に箸を突っ込む。
ちょっと甘いタレが染みたごはんが好きなのでメニューにあるとすぐ頼んでしまうのだが、今日はいつもと違い、秋らしくてんぷらの内容がキノコや秋ナスになっていた。
美味しい秋の味覚を味わいながら、ヒナトはしみじみと思う。
ソーヤさんはどうしてるのかなあ、と。
食事も医務部の病室で食べているようだが、ひとりで寂しくはないだろうか。
それにきっとこちらとはメニューも違うだろうし、などと思えば思うほど、この美味しい天丼を彼にも味わってほしかったという気持ちが募る。
「医務部って何食べるのかなあ」
気付けばそんなことを声に出して呟いていた。
それを聞いて、ミネストローネを飲んでいたサイネが、総合栄養食とかじゃないのと適当そうに答える。
それってどんなのだろう。
名前から見た目や雰囲気がちっとも想像できない。
もちろんヒナトは食べたことがないが、果たして美味しいんだろうか。
「ソーくんの体調がそんなにひどくなきゃ、食堂のもの持ってってもらえてると思うよ~」
「そうね。消化器がダメになってたらそれこそゼリーとか点滴だろうけど」
「ゼリーはちょっと美味しそう……でもごはんがそれは嫌かも……」
おやつのゼリーなら好きだが、食事はやっぱりお米やパンや麺がいい。歯ごたえって大事だ。
次にソーヤがオフィスに戻ってきたら、どんなものを食べているか聞いてみようか。
聞きたいことはたくさんある。
話したいことも、……あるような、ないような。
昨日あんなことがあったのでまだ顔を見るのは恥ずかしいけど、そのうちお見舞いにいきたい。
会いたい。
顔を見たいし声を聞きたいし、それに、他にももっと、そう、例えば。
いつかのように手を繋いで、ふたりでどこかを目指すような思い出を、また作りたいと思う。
彼が素敵な星空を見せてくれたように、ヒナトも何か幸せな驚きをあげたい。
それが具体的にどんなものかという考えはまったくないけれど、なんでもいいから思いつくまで考えていたい。
そしてそして、いつか、できるなら。
あなたのことが大好きです。と、言葉にして贈れたらどんなにいいだろうか。
そんなことを思いながらのランチだった。
夢想に耽っていたのでサイネとアツキがどんな話をしていたのかは覚えていないが、もし重要な話だったらヒナトの頭をはたいてでも現実に戻してくれただろうから、たぶん大したことのない雑談だったのだろう。
とヒナトは思っていたが、実際のところ、ヒナトがぼんやりしてるのをふたりして呆れたり微笑んでいたりしたというのが現実だったりする。ヒナトは知らないままだったが。
・・・・・+
同じころ、ソーヤの病室を訪ねてきた者がいた。
時間は昼食中とはいえ、誰と会話を弾ませることもない環境だったので、ソーヤはとっくに食べ終わっていた。
食後の暇を持て余して古い業務記録のファイルを読み漁っているところだったのだ。
別にそれらを読んでも面白くもないのだが、自分が第一班の班長としてすごしてきた時間を、記録を通して振り返る……というややセンチメンタルな作業が、今のソーヤの数少ない趣味と化していたのである。
ノックのあと、失礼しますと言って入ってきたのは、ヒナト──もしくはミチル、だった。
一瞥して区別がつかないのをどうにかしてほしい、と誰かに愚痴りたくなるくらい、彼女たちの見た目だけはよく似ている。
「お疲れさまです。差し入れ、持ってきました!」
にこりと笑って明るい口調でそう言われ、差し出された新しいファイルを受け取りながら、ソーヤは一瞬考える。
「ヒナ……じゃねえよな」
「え? どうしてそう思うんですか?」
「ブローチ」
平たい胸元を指差してそう言うと、彼女はいたずらっぽくくすりと笑った。
ヒナトは先日の外出以降、ひまわりのブローチを制服のジャケットにつけている。
それ自体はもともと彼女の趣味で始めたことで、決してミチルとの差別化のためにしたのではないが、外見で区別するときのちょうどいい判断材料となっていた。
もっとも普段は言動に違いがありすぎて、少し喋らせればすぐ見分けはつくのだが。
それにブローチの件がなくても今日ばかりはわかったと思う。
昨日あんな形で、事故とはいえ彼女にキスと呼べなくもないことをしてしまったソーヤを、ヒナトのほうからノコノコ訪ねてくるはずがない。
「もうバレちゃった。そうです、あたしはミチル。残念でしたか?」
「べつに……何しにきたんだ」
「え、だから差し入れですよもちろん。最近それをよく頼まれるってワタリさんに聞いたんです。ワタリさんもあなたの代理で大変そうだから、これくらいはあたしも手伝おうと思いまして。
それに、ついでにあなたのお見舞いもしたくって……」
答えながらミチルは壁際に立てかけてある折りたたみ椅子を取った。
それを広げてベッドの横に置くので、まさかと思ったら、当然だがそこに腰かけたのだ。
何を考えているのだろう。
ソーヤとミチルはまだ知り合って日が浅く、親しくはないどころか、どちらかというとその逆だ。
突然やってきて班内の空気を荒らした挙句にヒナトを追い詰めた彼女のことを、ソーヤは内心では今もまったく許していない。
したがって単独で見舞いになど来られてもちっともありがたくはないし、したい話もないのだが、ミチルはどう見ても長居する態度を示している。
「調子はどうですか?」
「どうもこうも、なんも変わんねえよ。良くはなってねえけど悪くもなってねえ」
「それは安心していいんでしょうか」
妙な質問に、ソーヤは怪訝な顔になるのを隠さなかった。
その表情を見てミチルは困ったように肩を竦める。
「……ごめんなさい。あたしなんかに心配されても迷惑ですよね」
「そうじゃねえけど……なんつーかその、今までとずいぶん態度が違うんで」
「ああ、……それも含めて、今日はあたし、あなたに謝ろうと思ってきたんです……」
ミチルはそう言って、立ち上がり、ソーヤの目の前まで来た。
そして半ば横たわった状態のソーヤに視線の高さを合わせるように、その場で床に立膝をついた。
少女の手がソーヤのそれをとり、きゅっと握られる。
そしてヒナトとそっくりな顔をしたミチルは、ヒナトがそうするのと同じように泣きそうな眼をして、ヒナトとそっくりな声で、ヒナトが言うのと同じような口調で続けた。
「今までごめんなさい。あなたがそんなに、ヒナトのことを大事にしてるなんて、知らなかった。
それにあたし……ずっと勘違いしてたんです。あたしの話、ちょっと聞いてくれませんか」
拒めるはずもない。
断れるはずがない。
ミチルは正確にソーヤの弱い部分を突いてきた、そうとしか考えられなかった。
気付けばソーヤは頷いていて、とりあえず座れよ、としか言えなかった。
頷き返したミチルは折りたたみ椅子を引き寄せ、ベッドにぴったりくっつくような状態で座ると、静かな声で話し始める。
──あたしはずっと、あなたを恨んでました。あなたとヒナトをね。
そしてそこから語られたのは、ソーヤが思いもよらぬ、ミチルが受けてきた信じがたい処遇だったのである。
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