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本編(つづき)
data58:それぞれの思惑
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────,58
まだ心臓がばくばく鳴っていてうるさいし痛いし恥ずかしいし、可能ならこの場で転がって何か叫びながら気が済むまで悶絶していたい。
実際そうするわけにはいかないことをなんとか理解できたヒナトは口許を手で押さえて呻くのが精一杯だった。
顔がめちゃくちゃ近かった。いや近かったのは顔だけじゃなかったがその詳細を思い出すと頭が破裂しそうだから敢えて考えない。考えてはいけない。
それに、あれだ、それよりもっとすごいことがあった。
たしかに触れていた。
というか当たってしまっていた、という表現のほうが正確だが要するに同じことだ。
口と口がくっついていわゆるひとつのキスというやつがヒナトの身に起きていたのは間違いようのない事実であるわけでつまりはあれが乙女の果てしない憧れのひとつであるファーストキスということになってしまうことも否定はしきれないのであってつまりはその。
「あ、あた、たし、そ、そ、ソーヤさ、んと、き、ききき、~ッ!?」
そのつもりもなかったのにうっかり声に出してしまったが、どのみちまともな発声などできようもない状態だった。
ヒナトは絶叫しそうな口を再びぐっと押えてもう一度その場にうずくまる。
なんていうか思っていたのとは違った。
さほど具体的に妄想していたわけではないのだが、もっとこう素敵でロマンチックな雰囲気で甘ったるい感じなのかという夢を抱いていたし、なんならイチゴかレモンの味がすることさえ期待していたのだ。
どうせならかわいい服を着てきれいな色のリップを塗ってから臨みたかった。
味なんてしなかった。
ただ思ったよりも柔らかい、そして少しかさついたものが、ふにょっと当たっただけ。
それだけなのに、いやそれだけでヒナトの心身を再起不能にするには充分すぎる破壊力だった。
たぶんもう顔どころか全身真っ赤だし、身体中の血が沸騰したみたいだし、頭なんてもう太鼓を打ち鳴らしているみたいにどんどんがんがん大騒ぎだ。
悲しいわけではまったくないが、心が落ち着かなさすぎて涙が出てくる。
このままではまずい。
お茶の用意ができそうにないし、もたもたしているうちに誰かが来たらどうしよう。
そして、それがもしもタニラだった日には、もうヒナトは生きてオフィスに帰れるかどうかもわからない。
ヒナトがソーヤに恋をしているということは、タニラが秘書としてだけでなく女としてもライバルになってしまったということなのだと、今さらながら気が付いたのだ。
「し、しんこきゅう……しよ……すー、はぁぁ……」
努めて深く息を吐きながら、もう一度ゆっくりと立ち上がる。
敢えてやかんに手を伸ばしたのは、どうにかして気を紛らわせるためだった。
じっとしているよりは身体を動かしたほうがまだマシだ。
できたらもっと激しい運動のほうがいいのだけれど、さすがに仕事をほっぽり出してフィットネスルームに駆け込むのはまずい。
水を落としながら、しかしどう頑張っても他のことなど考えられなかった。
意識して深呼吸を続けても、どうにもならない。
ソーヤはどう思っているのだろう。
さっきのことは間違いなくただの事故だったわけで、彼は今どんな気持ちでいるのだろう。
嫌だったかな、と考えると胸がずきんと痛むが、実際のところどうかはわからない──ここを出ていったときは彼もかなり動揺していて、その先の感情までは見えなかった。
(ソーヤさんも初めてだったのかな。それとも、タニラさんとしたことあるとか……?)
止せばいいのにそんなことを考えてしまい、また新しく涙が滲む。
苦しい。
給湯室に来たときは違う苦しさでいっぱいだったけれど、そのほうがもしかしたら多少マシだったかもしれない。
結局そのことをソーヤに問い詰められずに済んだから、それだけは少しだけありがたいけれど、だからといってこのあとどんな顔でオフィスに戻ればいいかわからない。
ただでさえわかりやすいことに定評のあるヒナトなのだ。顔に出さない自信がない。
でも、戻ったらミチルがいる。
彼女の冷たい目線を浴びたら少しはこのふわついた感情も落ち着くかもしれない。
それはそれでまたしんどいけれど、……そしてまた給湯室に逃げてワタリに心配されて、その繰り返しになってしまうかもしれないけれど。
どんなに仲良くしようと頑張っても、向こうは身体中でヒナトを拒否している。
前ほどひどい言葉は返ってこないけれど、それはふたりきりになるのを避けているからで、たぶんミチルが攻撃の手を緩めたわけではない。
でもそれはいい。
ヒナトの掲げる目標は、彼女と友だちになることではないから。
できたらそうなれるといいな、とは思っているけれど、それ自体を目指しているわけじゃない。
──だけど。
「ソーヤさんの秘書はあたしだもん……」
独りごちながら、ヒナトは水を止めた。
最近閉まりの悪くなった蛇口から、ぽたぽたと滴り落ちるそれを、まるで自分の未練みたいに見下ろしている。
自分が出来の悪い人間だということは自覚している。
もともと天才児として作られたソアではないこともそうだが、それを抜きにしたって、備品を壊したり転んだり予定の管理ができなかったりするのは無能の域に入るだろう。
誰かの助けになるどころか、いつだって周りの足を引っ張ってばかりいる。
けれどヒナトはそういう己のダメなところを、あまり悲観しすぎないようにして生きてきた。
虚勢を張っていたというより、そんな自分を己の補佐として指名したソーヤという人間がいたから、それがヒナトの支えだった。
何ができなくても、何をしくじっても、ソーヤさえヒナトを見捨てないでくれるならそれでよかった。
だから秘書の肩書きに固執してきたのだ。
それを取り上げられてしまったら、もう何も残らないと感じていたから。
なのに今、ここ最近、ヒナトがしていることと言えば、その何より大切な『ソーヤの秘書』の立場をミチルに譲るための工作なのだ。
オフィスに彼女が馴染めるように、そして他班の友人たちとも親しめるように仲立ちをしている。
言ってしまえばヒナトのこれまでの生活を切り売りしているようなもので、頭では必要なことだからと納得できても、心がすり減るのは当たり前だろう。
ほんとうは、そんなことしたくない。
傷つけてくるとわかっている相手にわざわざ関わりたくない。
向こうにしたって迷惑だろう。ミチルはヒナトのことが嫌いなのだ。
どうしてここまで嫌われたのかは、実を言うと未だにはっきりとは知らないのだけれど、とにかく根深い感情らしいことはヒナトですら察している。
でも、やらなくてはいけない。
たぶんもう時間はあまり残されていない。
──いつかヒナトがいなくなったときに、代わりにソーヤを支える秘書が必要だから、ミチルに任せるしかないのだ。
・・・・・*
このところヒナトが挙動不審でない日などないが、今日はとくにおかしいらしい。
幸いなのはここ数日と違ってミチルにうざったく絡んでこないことで、つまりやたら時間をかけて給湯室から戻ってきたあとは人が変わったように静かに大人しくしていた。
そのようすはミチルがオフィスに来た当初の彼女を思い出させるが、かといって落ち込んでいる風でもない。
ただじっと椅子の上で縮こまっているだけ。
どうせなら何か弱味を握りたいミチルとしては、ようすが変わった原因を知りたい。
先に戻ってきたソーヤにはワタリが何か言っていたし、それに聞き耳を立ててはいたが、彼らのやりとりからは何も想像がつかなかった。
これは関わった時間の違いなのかもしれない。
それはそれで腹が立つ。
もしソーヤの『眠り』に問題が起こらなかったら、初めからここにいたのはミチルだったはずなのに。
おもむろにヒナトを睨むと、ふとヒナトがこちらの視線に気づき、少し驚いたような顔をした。
「……ど、どうかした……?」
「べつに。……あ、そうだ。これちょっと見て」
「え、えと? ……えーと……」
ちょっとした思いつきで作業中の画面を見せると、ヒナトの表情がどんどん困惑に染まっていく。
前から気付いてはいたが彼女は暗号化された文章が読めないのだ。
解除式がコンピュータに組み込まれていないため、個々で記憶して複数の解読式を脳内で組み合わせるというアナログな方法が必要になるが、ソアでないヒナトにはそんな芸当はできない。
こちらが何を尋ねたのかわからないのだろう。
泣きそうな顔になりながら、うまくかわす言葉も思いつかずに口をもごもごやっている姿が滑稽で、ミチルは思わず吹き出しそうになった。
「どうかしたか?」
何て言っていじめてやろうか考えていたら、背後から声がかかる。
振り向くと少し機嫌の悪そうな紅い眼がこちらを睨むように見ていたので、さすがにミチルもちょっと驚いて、喉がひゅっと小さく鳴った。
「……べつに、何も……」
「問題があるようなら俺に言え。それがヒナやワタリのことでもだ、まず班長の俺を通せ」
「わかりました。……でもほんとうに、大したことじゃないですから」
「ならいい」
ふんと鼻で息をして、ソーヤはデスクに向き直る。
その尊大な態度と口調、そして何よりさっきのあの眼つきに、ミチルは言いようのない感情が噴き上げてくるのを感じていた。
腹の底がぞわぞわする。
なぜミチルがあんな眼差しを受けなければならないのだ。
こっちは何年もおまえたちのせいで苦しんできたというのに、恨みを吐くことすら許さないつもりか。
ぎりぎりと奥歯を噛み締めながらミチルも姿勢を戻す。
だがもう画面上の文字など目に入らないし、瞳に映したところでそれを読もうという気にはなれなかった。
どうにかこの感情を晴らしたい。
ソーヤがそれほどヒナトを大切に思うのなら、ヒナトを痛めつけたら彼も傷つくだろうか。
しかしそれでまたミチルに怒りを向けてくるのも癪だし、先にソーヤを潰したほうがいいのではないか、しかしどうやって──どうせ放っておいてもそのうち死にそうなやつに手を出す意味があるか?
あれこれ考えて、そして、もう一度ヒナトを見た。
また小さくなってこちらも考えごとに耽っているようすだが、ミチルのそれと違うのは、彼女が頬を赤らめていることだった。
ソーヤに庇われて嬉しくなっているのだろうと思うと、その顔に唾を吐きかけてやりたい気持ちになる。
だが、敢えてミチルは笑った。
誰にも気づかれないよう静かに、かすかに、そして最大限の悪意を込めて。
──次の手を思いついた。
→
まだ心臓がばくばく鳴っていてうるさいし痛いし恥ずかしいし、可能ならこの場で転がって何か叫びながら気が済むまで悶絶していたい。
実際そうするわけにはいかないことをなんとか理解できたヒナトは口許を手で押さえて呻くのが精一杯だった。
顔がめちゃくちゃ近かった。いや近かったのは顔だけじゃなかったがその詳細を思い出すと頭が破裂しそうだから敢えて考えない。考えてはいけない。
それに、あれだ、それよりもっとすごいことがあった。
たしかに触れていた。
というか当たってしまっていた、という表現のほうが正確だが要するに同じことだ。
口と口がくっついていわゆるひとつのキスというやつがヒナトの身に起きていたのは間違いようのない事実であるわけでつまりはあれが乙女の果てしない憧れのひとつであるファーストキスということになってしまうことも否定はしきれないのであってつまりはその。
「あ、あた、たし、そ、そ、ソーヤさ、んと、き、ききき、~ッ!?」
そのつもりもなかったのにうっかり声に出してしまったが、どのみちまともな発声などできようもない状態だった。
ヒナトは絶叫しそうな口を再びぐっと押えてもう一度その場にうずくまる。
なんていうか思っていたのとは違った。
さほど具体的に妄想していたわけではないのだが、もっとこう素敵でロマンチックな雰囲気で甘ったるい感じなのかという夢を抱いていたし、なんならイチゴかレモンの味がすることさえ期待していたのだ。
どうせならかわいい服を着てきれいな色のリップを塗ってから臨みたかった。
味なんてしなかった。
ただ思ったよりも柔らかい、そして少しかさついたものが、ふにょっと当たっただけ。
それだけなのに、いやそれだけでヒナトの心身を再起不能にするには充分すぎる破壊力だった。
たぶんもう顔どころか全身真っ赤だし、身体中の血が沸騰したみたいだし、頭なんてもう太鼓を打ち鳴らしているみたいにどんどんがんがん大騒ぎだ。
悲しいわけではまったくないが、心が落ち着かなさすぎて涙が出てくる。
このままではまずい。
お茶の用意ができそうにないし、もたもたしているうちに誰かが来たらどうしよう。
そして、それがもしもタニラだった日には、もうヒナトは生きてオフィスに帰れるかどうかもわからない。
ヒナトがソーヤに恋をしているということは、タニラが秘書としてだけでなく女としてもライバルになってしまったということなのだと、今さらながら気が付いたのだ。
「し、しんこきゅう……しよ……すー、はぁぁ……」
努めて深く息を吐きながら、もう一度ゆっくりと立ち上がる。
敢えてやかんに手を伸ばしたのは、どうにかして気を紛らわせるためだった。
じっとしているよりは身体を動かしたほうがまだマシだ。
できたらもっと激しい運動のほうがいいのだけれど、さすがに仕事をほっぽり出してフィットネスルームに駆け込むのはまずい。
水を落としながら、しかしどう頑張っても他のことなど考えられなかった。
意識して深呼吸を続けても、どうにもならない。
ソーヤはどう思っているのだろう。
さっきのことは間違いなくただの事故だったわけで、彼は今どんな気持ちでいるのだろう。
嫌だったかな、と考えると胸がずきんと痛むが、実際のところどうかはわからない──ここを出ていったときは彼もかなり動揺していて、その先の感情までは見えなかった。
(ソーヤさんも初めてだったのかな。それとも、タニラさんとしたことあるとか……?)
止せばいいのにそんなことを考えてしまい、また新しく涙が滲む。
苦しい。
給湯室に来たときは違う苦しさでいっぱいだったけれど、そのほうがもしかしたら多少マシだったかもしれない。
結局そのことをソーヤに問い詰められずに済んだから、それだけは少しだけありがたいけれど、だからといってこのあとどんな顔でオフィスに戻ればいいかわからない。
ただでさえわかりやすいことに定評のあるヒナトなのだ。顔に出さない自信がない。
でも、戻ったらミチルがいる。
彼女の冷たい目線を浴びたら少しはこのふわついた感情も落ち着くかもしれない。
それはそれでまたしんどいけれど、……そしてまた給湯室に逃げてワタリに心配されて、その繰り返しになってしまうかもしれないけれど。
どんなに仲良くしようと頑張っても、向こうは身体中でヒナトを拒否している。
前ほどひどい言葉は返ってこないけれど、それはふたりきりになるのを避けているからで、たぶんミチルが攻撃の手を緩めたわけではない。
でもそれはいい。
ヒナトの掲げる目標は、彼女と友だちになることではないから。
できたらそうなれるといいな、とは思っているけれど、それ自体を目指しているわけじゃない。
──だけど。
「ソーヤさんの秘書はあたしだもん……」
独りごちながら、ヒナトは水を止めた。
最近閉まりの悪くなった蛇口から、ぽたぽたと滴り落ちるそれを、まるで自分の未練みたいに見下ろしている。
自分が出来の悪い人間だということは自覚している。
もともと天才児として作られたソアではないこともそうだが、それを抜きにしたって、備品を壊したり転んだり予定の管理ができなかったりするのは無能の域に入るだろう。
誰かの助けになるどころか、いつだって周りの足を引っ張ってばかりいる。
けれどヒナトはそういう己のダメなところを、あまり悲観しすぎないようにして生きてきた。
虚勢を張っていたというより、そんな自分を己の補佐として指名したソーヤという人間がいたから、それがヒナトの支えだった。
何ができなくても、何をしくじっても、ソーヤさえヒナトを見捨てないでくれるならそれでよかった。
だから秘書の肩書きに固執してきたのだ。
それを取り上げられてしまったら、もう何も残らないと感じていたから。
なのに今、ここ最近、ヒナトがしていることと言えば、その何より大切な『ソーヤの秘書』の立場をミチルに譲るための工作なのだ。
オフィスに彼女が馴染めるように、そして他班の友人たちとも親しめるように仲立ちをしている。
言ってしまえばヒナトのこれまでの生活を切り売りしているようなもので、頭では必要なことだからと納得できても、心がすり減るのは当たり前だろう。
ほんとうは、そんなことしたくない。
傷つけてくるとわかっている相手にわざわざ関わりたくない。
向こうにしたって迷惑だろう。ミチルはヒナトのことが嫌いなのだ。
どうしてここまで嫌われたのかは、実を言うと未だにはっきりとは知らないのだけれど、とにかく根深い感情らしいことはヒナトですら察している。
でも、やらなくてはいけない。
たぶんもう時間はあまり残されていない。
──いつかヒナトがいなくなったときに、代わりにソーヤを支える秘書が必要だから、ミチルに任せるしかないのだ。
・・・・・*
このところヒナトが挙動不審でない日などないが、今日はとくにおかしいらしい。
幸いなのはここ数日と違ってミチルにうざったく絡んでこないことで、つまりやたら時間をかけて給湯室から戻ってきたあとは人が変わったように静かに大人しくしていた。
そのようすはミチルがオフィスに来た当初の彼女を思い出させるが、かといって落ち込んでいる風でもない。
ただじっと椅子の上で縮こまっているだけ。
どうせなら何か弱味を握りたいミチルとしては、ようすが変わった原因を知りたい。
先に戻ってきたソーヤにはワタリが何か言っていたし、それに聞き耳を立ててはいたが、彼らのやりとりからは何も想像がつかなかった。
これは関わった時間の違いなのかもしれない。
それはそれで腹が立つ。
もしソーヤの『眠り』に問題が起こらなかったら、初めからここにいたのはミチルだったはずなのに。
おもむろにヒナトを睨むと、ふとヒナトがこちらの視線に気づき、少し驚いたような顔をした。
「……ど、どうかした……?」
「べつに。……あ、そうだ。これちょっと見て」
「え、えと? ……えーと……」
ちょっとした思いつきで作業中の画面を見せると、ヒナトの表情がどんどん困惑に染まっていく。
前から気付いてはいたが彼女は暗号化された文章が読めないのだ。
解除式がコンピュータに組み込まれていないため、個々で記憶して複数の解読式を脳内で組み合わせるというアナログな方法が必要になるが、ソアでないヒナトにはそんな芸当はできない。
こちらが何を尋ねたのかわからないのだろう。
泣きそうな顔になりながら、うまくかわす言葉も思いつかずに口をもごもごやっている姿が滑稽で、ミチルは思わず吹き出しそうになった。
「どうかしたか?」
何て言っていじめてやろうか考えていたら、背後から声がかかる。
振り向くと少し機嫌の悪そうな紅い眼がこちらを睨むように見ていたので、さすがにミチルもちょっと驚いて、喉がひゅっと小さく鳴った。
「……べつに、何も……」
「問題があるようなら俺に言え。それがヒナやワタリのことでもだ、まず班長の俺を通せ」
「わかりました。……でもほんとうに、大したことじゃないですから」
「ならいい」
ふんと鼻で息をして、ソーヤはデスクに向き直る。
その尊大な態度と口調、そして何よりさっきのあの眼つきに、ミチルは言いようのない感情が噴き上げてくるのを感じていた。
腹の底がぞわぞわする。
なぜミチルがあんな眼差しを受けなければならないのだ。
こっちは何年もおまえたちのせいで苦しんできたというのに、恨みを吐くことすら許さないつもりか。
ぎりぎりと奥歯を噛み締めながらミチルも姿勢を戻す。
だがもう画面上の文字など目に入らないし、瞳に映したところでそれを読もうという気にはなれなかった。
どうにかこの感情を晴らしたい。
ソーヤがそれほどヒナトを大切に思うのなら、ヒナトを痛めつけたら彼も傷つくだろうか。
しかしそれでまたミチルに怒りを向けてくるのも癪だし、先にソーヤを潰したほうがいいのではないか、しかしどうやって──どうせ放っておいてもそのうち死にそうなやつに手を出す意味があるか?
あれこれ考えて、そして、もう一度ヒナトを見た。
また小さくなってこちらも考えごとに耽っているようすだが、ミチルのそれと違うのは、彼女が頬を赤らめていることだった。
ソーヤに庇われて嬉しくなっているのだろうと思うと、その顔に唾を吐きかけてやりたい気持ちになる。
だが、敢えてミチルは笑った。
誰にも気づかれないよう静かに、かすかに、そして最大限の悪意を込めて。
──次の手を思いついた。
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