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本編
data40:星に願いを
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────,40
片づけを終え、お茶を淹れて、ようやく一息つけそうだとヒナトは安堵した。
厳密にはソーヤの肩揉みとかいう未知のミッションが残っているわけだが、たぶんそれはそんなに難しくはないだろう。
なにせ肩を揉めばいいだけだし、しかもその間は彼の背後に回るわけだから視線を気にしなくてもいいのだ、……とヒナトは呑気に構えていた。
あとから思えばやったこともない仕事を軽く考えすぎである。
まずいことに気付いたのは、ジャケットを脱いだソーヤの肩に手を置いた瞬間だった。
思ったより近い。
目の前にさらさらの黒髪があって、ほんのりシャンプーの香りと汗の臭いがヒナトのところまで漂ってきている。
それらに加えて掌に感じる体温がヒナトの脳を刺激して、いつかの記憶を呼び覚ますのだ。
ソーヤの部屋で──ドアの内側で、泣きじゃくるヒナトを彼がずっと抱きしめていてくれたあの日のことを。
思わず顔が赤くなり、なんてとんでもない経験をしてしまったんだと叫びたくなる。
しかしソーヤにこの動揺を悟られてはまずい。
ヒナトはぐっと堪えて口を固く結び、できるだけ心を無にして、もくもくと硬く張りつめたソーヤの肩を指圧した。
「……なんかおまえ鼻息荒くね?」
「んぶッ……き、気のせいじゃないですかね……!?」
鼻呼吸に切り替えていたのが仇となったか。
誤魔化すべく手にめいっぱい力を込めたところ、痛いというクレームをいただきはしたが、話題を逸らすのには成功したらしい。
ふいにワタリが立ち上がり、オフィスを出て行った。
何も言っていかなかったということはトイレか何かだろう。
ヒナトは気にせずマッサージを続ける。
やっているうちに慣れてきたものの、ついでにちょっと手がだるくなってきたのだが、たぶんソーヤがいいと言うまでは止めてはいけない。
早く終わらないかなあ、と正直に思ったところでソーヤが口を開いた。
「……ヒナ、明日の夜ちょっと付き合え」
「え?」
「具体的には飯と風呂の後な。集合場所は……まあ、階段でいいか。待ち合わせる時間は九時四十五分、もちろん遅刻厳禁だぞ、いいな」
「え、え、何ですか急に」
というかなぜ明日? しかも夜?
どういうことだかさっぱりわからないヒナトだったが、この状況なのでソーヤの顔も見えやしない。
「理由はそんとき話す。つーか、見りゃあわかる。とにかく来いよ。
……あ、あと肩はもういい」
ソーヤはそう言ってヒナトの手を軽く払った。
とりあえず肩揉みの任務から解放されたことにはほっとしつつ、急な夜間呼び出しの意味はまだわからないのでヒナトはその後も追及したが、ソーヤは何も教えてくれなかった。
曰く、当日になればわかる。
その一点張りを崩せないまま、ワタリも戻ってきたのでその場はうやむやになってしまったのだった。
当然ながらもやっとしたものが頭を離れないヒナトはその後も仕事が捗らなかった。
午後も。
次の日の朝も、昼食を挟んでその午後に至るまで。
なんならその夕食の席にまでずっと。
未だかつてないほど長いもやもやに支配されていたヒナトであった。
もやもやしすぎて顔までもやもやしていたらしく、昼はアツキに心配され、午後はワタリから可哀想な子を見る眼で見られたが、それにすら構っていられなかった。
自分でもなんでこんなにひっかかっているんだろうと不思議になるくらいだ。
いくら考えても原因として思い浮かぶのはひとつ。
ソーヤからの初めてのお誘いであること、ただそれだけだ。
だいたい夜でないといけない用事とはなんなのだろう?
どうしてヒナトを指名したのだろう? それともタニラやエイワも呼ばれているのだろうか?
でもって集合時間がかなり遅いが、消灯には間に合うのだろうか?
そんな数多の疑問に苛まれて夕食の味も楽しめなかった。
ともかく早めにお風呂を済ませ、自室でごろごろしながら時間を待つ。
しかしベッドの他に転がれる場所もないせいか、いつの間にかヒナトはうとうとしていた。
幸いすぐ起きられたものの、慌ててベッドサイドの時計を見るとすでに九時四十四分を示しており、思わず悲鳴を上げて飛び起きる。
遅刻は厳禁と言われたからには遅れたらお小言をくらうのは必至だ。
慌てて自室を飛び出し階段へと一目散に走る。
あまり物音を立てると同じ階に暮らしている他のソアの迷惑になるかも、という考えはこのときヒナトの頭にはなかった。
階段の上階へと続く踊り場に、ソーヤがいる。
わたわたと駆け寄ってくるヒナトを見て、少し呆れたように笑ってから腕時計を確認した彼は、手にしていた布っぽいものをヒナトの頭に放り投げた。
避ける暇もなく顔面でそれを受け止め、ヒナトはもがく。
「わっぷ、なんですかこれ」
「冷えるから着とけ。たぶんパジャマで来るだろうと思って持ってきたけど正解だったな」
「着……あ、上着だ」
それはソーヤの私物と思しきブルゾンだった。
ヒナトには少し大きいが、寝間着の上から羽織るのには問題ないだろう。
しかし花園の建物内は一日中適温に保たれているのだが。
「ギリ遅刻じゃねえけど、もうちょい余裕持って来いよ。途中で誰かに会ってねえだろうな」
「会ってないです。……えっと、会ってたらなんかまずいんですか?」
「いや、相手によっちゃ面倒かもってだけだ。それじゃ行くぞ」
「行くってどこですか?」
「屋上」
おく……屋上?
なんで夜中にそんなところに?
これまた意味のわからない回答だったが、どうせ聞いても答えてくれないんだろうな、とすでに諦めつつあったヒナトは大人しく彼に続いて階段を上った。
しかしここは三階で、屋上は十一階の上である。
八階分の高さを上るのは容易ではない。
エレベーターに乗ればいいのに、と何度も思ったが、こんな時間に使ったら夜勤の職員が飛んでくるかもしれない。
花園に警備員はいないけれど、代わりにラボでカメラやセンサーの情報を監視しているらしいのだ。
果てしなく続く階段は、非常灯と廊下から漏れる明かりのみしかないために薄暗い。
しかも電気のついている廊下は誰かが暮らしていてトイレのある階のみ、それも昼間に比べて明度を下げているようで、階段の奥まったところまでは光が届いていない。
なんだかちょっと不気味で、疲れもあってヒナトの歩みは遅くなる。
というかソーヤは大丈夫なんだろうか。
ただでさえ病を抱えた身体で、階段を上り続けるのは負担にならないのだろうか。
そんなことを思った矢先、ソーヤの手が前方から伸びてきて、ヒナトの腕を掴んだ。
「遅えんだよ、時間がおしてる」
ヒナトがその言葉に何か言い返すことはなかった。
そのまま腕を引かれてもたもたと階段を上りながら、またあの胸のドキドキ感に襲われてしまったためである。
それに握られているところが熱いし、あと今さらながら借りている上着からソーヤの匂いがすることにも気付いてしまったのだ。
暗くてよかったと心から思った。
今ならどんなに顔が真っ赤でも気づかれないだろうし、喋らなくても、階段を上り続けて疲れているせいだと思われるだろう。
なんだか頭がふわふわしてきて、足の疲れを忘れかけたころ、ようやく屋上に着いた。
夜なのだし施錠されていそうなものだが、ソーヤは難なく扉を開ける。
とたんに涼しい風が吹き込んできて、たしかにパジャマ一枚では冷えるのかも、とヒナトは納得した。
昼間は洗濯物を干している場所だが、夜なのでそれらは撤去されていて、あるのは物言わぬ物干し台の隊列だけだ。
なんだか昼に見るよりも広く思えるし、林立する鉄の柱たちがどこか気味が悪い。
どうしてこんなところに、しかも苦労をしてこなければならなかったのか、未だにヒナトの疑問は晴れていなかったが、ソーヤはまだ何も言わずにヒナトをフェンスのそばまで連れて行った。
山の中だけあって周囲は真っ暗だが、少し遠くには湖のように広がる明かりの群れが見える。
色とりどりに輝いていて美しい。
「わぁ、きれーい……あれって街ですよね? みんな寝ないのかなぁ」
「ああ、昼間に寝て夜に活動する人間もいるらしいぜ」
「へー。……もしかして、あたしにあれを見せようと思ってたんですか、ソーヤさん」
「いや」
ソーヤは両手をポケットに突っ込んで──ちなみに彼は私服姿だった──空を見上げた。
「もっと上を見てみな。もう始まってる」
不思議な言いかただった。
まるで何かのイベントのようだが、ここは山の中でしかも夜だ。
とにかくヒナトも彼に倣って空を仰いでみたけれど、真っ黒な空にあちこち星が瞬いているだけで、確かにそれも美しいといえばそうなのだが……。
「……あっ!」
何かが空を走ったのが見えた。
なぜ見えたかってそれが明るく輝いていたからで、つまりそれも、星の仲間には違いない。
「流れ星!? あたし初めて見ました! ソーヤさんは──」
「まだはしゃぐ段階じゃねえぞ。ほらまたきた」
「あっ、あっすごい! また!」
ひとつ、またひとつと星屑が空を泳いでいく。
闇の中を駆け抜けていく光はいったいどこを目指しているのだろう。
もしかしたら、ひとつくらい花園に落ちてくることもあるんじゃないか、なんて思ってしまう。
流れ星の数は少しずつ増えていくようだった。
なんともいえない幻想的なその眺めに、ヒナトは時間を忘れて見入っていた。
いくつか見届けたあとで『流れ星が落ちる前に三回唱えたら願いごとが叶う』という話を思い出したヒナトは、慌ててなぜか胸の前で両手を合わせる。
もしかしたらポーズも重要かもしれないからだ。
けれど星にお願いしたいことなんて、そうすぐに思いつかない。
思わず横を見る。
よくよく考えたらすごく近くにソーヤがいて、一瞬どきりとしたが、幸か不幸かかなり暗いので彼の顔はよく見えなかった。
でも横顔なら見慣れているから、簡単に想像できる。
毎日隣の席に座って見ているのだから。
そしてこれからもずっと、その位置で──ソーヤが班長で、ヒナトは彼の秘書でいたい。
ああ、それだ。
(お星さま、お願いです。
ソーヤさんの病気が治りますように。それでずっと一緒にいられますように)
→
片づけを終え、お茶を淹れて、ようやく一息つけそうだとヒナトは安堵した。
厳密にはソーヤの肩揉みとかいう未知のミッションが残っているわけだが、たぶんそれはそんなに難しくはないだろう。
なにせ肩を揉めばいいだけだし、しかもその間は彼の背後に回るわけだから視線を気にしなくてもいいのだ、……とヒナトは呑気に構えていた。
あとから思えばやったこともない仕事を軽く考えすぎである。
まずいことに気付いたのは、ジャケットを脱いだソーヤの肩に手を置いた瞬間だった。
思ったより近い。
目の前にさらさらの黒髪があって、ほんのりシャンプーの香りと汗の臭いがヒナトのところまで漂ってきている。
それらに加えて掌に感じる体温がヒナトの脳を刺激して、いつかの記憶を呼び覚ますのだ。
ソーヤの部屋で──ドアの内側で、泣きじゃくるヒナトを彼がずっと抱きしめていてくれたあの日のことを。
思わず顔が赤くなり、なんてとんでもない経験をしてしまったんだと叫びたくなる。
しかしソーヤにこの動揺を悟られてはまずい。
ヒナトはぐっと堪えて口を固く結び、できるだけ心を無にして、もくもくと硬く張りつめたソーヤの肩を指圧した。
「……なんかおまえ鼻息荒くね?」
「んぶッ……き、気のせいじゃないですかね……!?」
鼻呼吸に切り替えていたのが仇となったか。
誤魔化すべく手にめいっぱい力を込めたところ、痛いというクレームをいただきはしたが、話題を逸らすのには成功したらしい。
ふいにワタリが立ち上がり、オフィスを出て行った。
何も言っていかなかったということはトイレか何かだろう。
ヒナトは気にせずマッサージを続ける。
やっているうちに慣れてきたものの、ついでにちょっと手がだるくなってきたのだが、たぶんソーヤがいいと言うまでは止めてはいけない。
早く終わらないかなあ、と正直に思ったところでソーヤが口を開いた。
「……ヒナ、明日の夜ちょっと付き合え」
「え?」
「具体的には飯と風呂の後な。集合場所は……まあ、階段でいいか。待ち合わせる時間は九時四十五分、もちろん遅刻厳禁だぞ、いいな」
「え、え、何ですか急に」
というかなぜ明日? しかも夜?
どういうことだかさっぱりわからないヒナトだったが、この状況なのでソーヤの顔も見えやしない。
「理由はそんとき話す。つーか、見りゃあわかる。とにかく来いよ。
……あ、あと肩はもういい」
ソーヤはそう言ってヒナトの手を軽く払った。
とりあえず肩揉みの任務から解放されたことにはほっとしつつ、急な夜間呼び出しの意味はまだわからないのでヒナトはその後も追及したが、ソーヤは何も教えてくれなかった。
曰く、当日になればわかる。
その一点張りを崩せないまま、ワタリも戻ってきたのでその場はうやむやになってしまったのだった。
当然ながらもやっとしたものが頭を離れないヒナトはその後も仕事が捗らなかった。
午後も。
次の日の朝も、昼食を挟んでその午後に至るまで。
なんならその夕食の席にまでずっと。
未だかつてないほど長いもやもやに支配されていたヒナトであった。
もやもやしすぎて顔までもやもやしていたらしく、昼はアツキに心配され、午後はワタリから可哀想な子を見る眼で見られたが、それにすら構っていられなかった。
自分でもなんでこんなにひっかかっているんだろうと不思議になるくらいだ。
いくら考えても原因として思い浮かぶのはひとつ。
ソーヤからの初めてのお誘いであること、ただそれだけだ。
だいたい夜でないといけない用事とはなんなのだろう?
どうしてヒナトを指名したのだろう? それともタニラやエイワも呼ばれているのだろうか?
でもって集合時間がかなり遅いが、消灯には間に合うのだろうか?
そんな数多の疑問に苛まれて夕食の味も楽しめなかった。
ともかく早めにお風呂を済ませ、自室でごろごろしながら時間を待つ。
しかしベッドの他に転がれる場所もないせいか、いつの間にかヒナトはうとうとしていた。
幸いすぐ起きられたものの、慌ててベッドサイドの時計を見るとすでに九時四十四分を示しており、思わず悲鳴を上げて飛び起きる。
遅刻は厳禁と言われたからには遅れたらお小言をくらうのは必至だ。
慌てて自室を飛び出し階段へと一目散に走る。
あまり物音を立てると同じ階に暮らしている他のソアの迷惑になるかも、という考えはこのときヒナトの頭にはなかった。
階段の上階へと続く踊り場に、ソーヤがいる。
わたわたと駆け寄ってくるヒナトを見て、少し呆れたように笑ってから腕時計を確認した彼は、手にしていた布っぽいものをヒナトの頭に放り投げた。
避ける暇もなく顔面でそれを受け止め、ヒナトはもがく。
「わっぷ、なんですかこれ」
「冷えるから着とけ。たぶんパジャマで来るだろうと思って持ってきたけど正解だったな」
「着……あ、上着だ」
それはソーヤの私物と思しきブルゾンだった。
ヒナトには少し大きいが、寝間着の上から羽織るのには問題ないだろう。
しかし花園の建物内は一日中適温に保たれているのだが。
「ギリ遅刻じゃねえけど、もうちょい余裕持って来いよ。途中で誰かに会ってねえだろうな」
「会ってないです。……えっと、会ってたらなんかまずいんですか?」
「いや、相手によっちゃ面倒かもってだけだ。それじゃ行くぞ」
「行くってどこですか?」
「屋上」
おく……屋上?
なんで夜中にそんなところに?
これまた意味のわからない回答だったが、どうせ聞いても答えてくれないんだろうな、とすでに諦めつつあったヒナトは大人しく彼に続いて階段を上った。
しかしここは三階で、屋上は十一階の上である。
八階分の高さを上るのは容易ではない。
エレベーターに乗ればいいのに、と何度も思ったが、こんな時間に使ったら夜勤の職員が飛んでくるかもしれない。
花園に警備員はいないけれど、代わりにラボでカメラやセンサーの情報を監視しているらしいのだ。
果てしなく続く階段は、非常灯と廊下から漏れる明かりのみしかないために薄暗い。
しかも電気のついている廊下は誰かが暮らしていてトイレのある階のみ、それも昼間に比べて明度を下げているようで、階段の奥まったところまでは光が届いていない。
なんだかちょっと不気味で、疲れもあってヒナトの歩みは遅くなる。
というかソーヤは大丈夫なんだろうか。
ただでさえ病を抱えた身体で、階段を上り続けるのは負担にならないのだろうか。
そんなことを思った矢先、ソーヤの手が前方から伸びてきて、ヒナトの腕を掴んだ。
「遅えんだよ、時間がおしてる」
ヒナトがその言葉に何か言い返すことはなかった。
そのまま腕を引かれてもたもたと階段を上りながら、またあの胸のドキドキ感に襲われてしまったためである。
それに握られているところが熱いし、あと今さらながら借りている上着からソーヤの匂いがすることにも気付いてしまったのだ。
暗くてよかったと心から思った。
今ならどんなに顔が真っ赤でも気づかれないだろうし、喋らなくても、階段を上り続けて疲れているせいだと思われるだろう。
なんだか頭がふわふわしてきて、足の疲れを忘れかけたころ、ようやく屋上に着いた。
夜なのだし施錠されていそうなものだが、ソーヤは難なく扉を開ける。
とたんに涼しい風が吹き込んできて、たしかにパジャマ一枚では冷えるのかも、とヒナトは納得した。
昼間は洗濯物を干している場所だが、夜なのでそれらは撤去されていて、あるのは物言わぬ物干し台の隊列だけだ。
なんだか昼に見るよりも広く思えるし、林立する鉄の柱たちがどこか気味が悪い。
どうしてこんなところに、しかも苦労をしてこなければならなかったのか、未だにヒナトの疑問は晴れていなかったが、ソーヤはまだ何も言わずにヒナトをフェンスのそばまで連れて行った。
山の中だけあって周囲は真っ暗だが、少し遠くには湖のように広がる明かりの群れが見える。
色とりどりに輝いていて美しい。
「わぁ、きれーい……あれって街ですよね? みんな寝ないのかなぁ」
「ああ、昼間に寝て夜に活動する人間もいるらしいぜ」
「へー。……もしかして、あたしにあれを見せようと思ってたんですか、ソーヤさん」
「いや」
ソーヤは両手をポケットに突っ込んで──ちなみに彼は私服姿だった──空を見上げた。
「もっと上を見てみな。もう始まってる」
不思議な言いかただった。
まるで何かのイベントのようだが、ここは山の中でしかも夜だ。
とにかくヒナトも彼に倣って空を仰いでみたけれど、真っ黒な空にあちこち星が瞬いているだけで、確かにそれも美しいといえばそうなのだが……。
「……あっ!」
何かが空を走ったのが見えた。
なぜ見えたかってそれが明るく輝いていたからで、つまりそれも、星の仲間には違いない。
「流れ星!? あたし初めて見ました! ソーヤさんは──」
「まだはしゃぐ段階じゃねえぞ。ほらまたきた」
「あっ、あっすごい! また!」
ひとつ、またひとつと星屑が空を泳いでいく。
闇の中を駆け抜けていく光はいったいどこを目指しているのだろう。
もしかしたら、ひとつくらい花園に落ちてくることもあるんじゃないか、なんて思ってしまう。
流れ星の数は少しずつ増えていくようだった。
なんともいえない幻想的なその眺めに、ヒナトは時間を忘れて見入っていた。
いくつか見届けたあとで『流れ星が落ちる前に三回唱えたら願いごとが叶う』という話を思い出したヒナトは、慌ててなぜか胸の前で両手を合わせる。
もしかしたらポーズも重要かもしれないからだ。
けれど星にお願いしたいことなんて、そうすぐに思いつかない。
思わず横を見る。
よくよく考えたらすごく近くにソーヤがいて、一瞬どきりとしたが、幸か不幸かかなり暗いので彼の顔はよく見えなかった。
でも横顔なら見慣れているから、簡単に想像できる。
毎日隣の席に座って見ているのだから。
そしてこれからもずっと、その位置で──ソーヤが班長で、ヒナトは彼の秘書でいたい。
ああ、それだ。
(お星さま、お願いです。
ソーヤさんの病気が治りますように。それでずっと一緒にいられますように)
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