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本編
data24:自意識、意識、無意識 ◆
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────,24
花園研究所のGHにはこういう眉唾話がある。
朝一番にオフィスを覗いて最初に目に入ったものが、その日の運勢を決める──。
じゃあこれは今日一日ヒナトの運勢真っ青ブルーってことなんですか?
などとヒナトが思ってしまった程度には、朝から第一班オフィスは荒れていた。
物理的にではなく空気的にすさんでいるのだ。
というのも、オフィスのど真ん中で保育部からのお客さんが人目もはばからずに号泣していたからである。
小さな天才児たちは朝っぱらから喧嘩の真っ最中らしかった。
主にフーシャのほうが泣き喚いており、コータはややキレ気味にそれを宥めているという感じだ。
「そんなに怒ることないだろ、もぉ……!」
「だって、だって……ふぇぇぇッ」
ヒナトはまず室内を見回したが、班長や副官の姿はない。
それもある意味当然で、ヒナトは今日、お客さんがいるときくらい普段より張り切って掃除でもしようと思い立ち、いつもより早めに朝食を済ませてきたところなのだ。
だからそもそも、こんな時間にコータやフーシャがいることのほうが予想外なのだった。
それが喧嘩中なら尚更だ。いったい何がどうしてこんなことになったのだろう。
ともかくこれでは掃除どころではないので、ヒナトは急ぎふたりに駆け寄って仲裁を試みることにした。
「おはようコータくんフーシャちゃん、何かあったの~?」
愛想のバルブを全開にまで緩め、ともすれば胡散臭いほどの柔らかな笑顔を張り付けて特攻する。
イメージとしてはアツキの雰囲気だ。
彼女のように全身から穏やかほっこりオーラを発散しながら近寄れば、たいがいの戦意が喪失されるはず、というヒナトなりの計算に基づく演出である。
しかしながら直前までこちらの存在にすら気付いていなかったらしい新芽ふたりは、ヒナトの声にびくっと肩を震わせて驚愕の表情で振り向いた。
……その反応はちょっと傷つくからやめてほしい。お姉さんは怖くないよ。
「あ、秘書の……秘書さん」
しかもコータ少年、咄嗟にヒナトの名前を思い出せないという逆ファインプレーである。
「ヒナトだよ。で、朝からなんで騒いでるのかな? しかもここで?」
「……絵を見せたらフーちゃんが怒って」
「うぅ~……ッ」
え? ゑ?
絵……?
頭上にはてなマークを栽培し始めるヒナトを見て、コータが溜息混じりに何かを取り出した。
どうもフーシャの陰になって見えなかったらしい。
ヒナトはそれを受け取って見てみた。
ごくふつうの画用紙に描かれた、頭から胸上くらいまでの、窓辺に佇む少女の絵だ。
尋ねるまでもなく、絵のモデルとなっているのはフーシャだとわかる。
「……うっま! え、これ誰が描いたの!?」
「僕」
こともなげに少年は頷いたが、齢十歳そこそこの子どもの絵とは思えない出来栄えだった。
そもそもヒナトは絵が描けないし、描いたこともないし、つまり全く知識も技術もないのでなんとも言えないのではあるが……それにしても上手いとしか言いようがない。
写真かと見まごうほど完璧なデッサンで、造形から肌や髪、衣服の質感までもが見事に表現されている。
画材は鉛筆のようなのだが、黒一色の濃淡がこれほどまでに美しいとは。
コータ少年……これが天才児……頭の出来だけじゃなくて一芸を隠し持っているなんて……。
ヒナトは感動か衝撃かよくわからない感情で震えた。
一方、フーシャは喧嘩しているはずのコータに、まるでヒナトから隠れようとするような位置で引っ付いて泣いている。
結局仲がいいのか、それよりヒナトを拒絶する感情が上回ってるのか、どっちなんだろう。
個人的には前者であってほしいと思いつつ、ヒナトは訝る。
こんなに上手な絵を見て、彼女はいったい何を怒ることがあったのだろうか。
「えっと、フーシャちゃんはどうして怒っちゃったのかな……?」
「写実的すぎだって」
「……はい?」
「鼻の形が嫌いだからそこまで再現するなって。あとなんだっけ?」
「えぐッ……み、み、耳も、やだぁ……ッ」
わかるようなわからないような理由だった。
コンプレックスは誰にでもあるだろうし、それをこんな超絶技巧の美麗な肖像画で余すことなく表現されるのは嫌だったのだろう、というのはヒナトもわかる。
ヒナトだって仮に例えばコータがモデルを頼んできたとしたら、ちょっと胸と身長を盛ってくれるようお願いしたい。
あと小顔にして脚も長くしてほしい。
だが、だからって泣き喚いて怒るほどのことか、とも思ってしまうわけで。
ヒナトはぽかんとしてしまったが、どうやらもっと慣れているらしいコータが宥めるほうが話が早そうだった。
というか今のフーシャの状態ではヒナトが声をかけたところで聞いていない気がする。
よく考えたら、仲裁に入ってから一度も彼女からの返事がない。
「もう機嫌直してよ。これは描き直すから」
「でも、コーちゃ、これ、いっつも、捨て……捨てて、くれなッ……」
「だってこれはこれで気に入ってるし」
「……やだぁぁ……こんな、かわいくないの、持っててほしく、ないぃ……ッ」
「あーまたそう言う……! 僕はこれがいいんだよ! そのまんまのフーちゃんがいちばんかわいい!」
いや、やっぱり話が余計こじれそうだった。
というか喧嘩の内容が迷走を始めている。
聞いているこちらが恥ずかしい。
何これ?
ヒナトは何を聞かされているの?
そしてこの痴話喧嘩はいつまで続くの?
もはや仲裁を諦め始めたヒナトだったが、許してほしい。
この状況で第三者がどういう言葉をかければ事態が収拾するのかまったくわからないし思いつかないのだ。
もうこうなったら収まるまでふたりを別室で隔離するしかないんじゃなかろうか。
それにしても、とヒナトはまだまだ揉めつづける子どもたちを見て思った。
あんなに臆面もなく相手を褒めるコータもそうだが、それを聞いて良くも悪くも動じていないフーシャも、こんなやりとりに慣れてしまっているようなのだ。
大変そうだが、なんだか羨ましいと思ってしまうのは変だろうか。
そのままのきみがいちばんかわいい、なんて台詞を、果たしてヒナトの人生で聞く日があるとは思えないのだ。
むしろ褒めてもらえることすら稀だというのに。
いつもいつも、ヒナトの鼓膜を打つのは彼の口さがないお小言ばかり……。
……。なんでそこでソーヤが出てくるのだろう。
ヒナトは小首を傾げた。
秘書としてではなく一個人のソアとして褒められるのなら、別に相手はソーヤに限らなくてもいいのではないか。
基本的に花園ではソア同士の恋愛を認めてくれそうな雰囲気にはないけれど──そして許さないと明言されてもいないが──ヒナトだって、いつか誰か素敵な人となんかそういうアレをソレしてみたい的な願望がまったくないでもないというかあの、その。
えっと、その、だから……う、うわぁぁぁぁ……!
なんだか急に恥ずかしさが込み上げてきて、ヒナトは悶絶した。
なぜなら今、ヒナトがぼんやり妄想してみた甘ったるい幻想のお相手の顔はモザイクがかかっていたものの、さらさらの黒髪と深紅の眼がばっちり搭載されていたからなのだ。
そんな外見のソア、他に知らない。どう考えても第一班班長の俺様誰様ソーヤ様その人ではないか。
つまりヒナトはソーヤになんかこう甘い台詞を吐いてもらいたい願望でもあるっていうのか。
いやいやそんなはずはない。希望はもっと優しくて紳士的な人が……でもソーヤもたまには優しいこともなくはないし……。
背も高すぎないからちょうどいいかも……?
でもってこう、肩なんか抱かれちゃったりして……それで……。
「──あらあら、またやってるわね」
「ひぇいッ!?」
すっかり妄想に浸かっていたヒナトの脳は、聞きなれない女性の声によって急に現実の冷や水を浴びせられた。
思わず珍妙な悲鳴を上げてしまい、びっくりしすぎて半泣きになりながらふり返ると、扉のところに何人もの人影があるのでさらに驚く。
不思議そうな顔をしたソーヤとワタリ、そして、知らない女の人。
白衣を着ているからラボの職員だろうか。けれどヒナトには見覚えのない顔だ。
「……メイカちゃん! フーちゃん、メイカちゃんだよ」
「あ、お姉ちゃん……」
「さ、もう始業時間だからフーシャちゃんは二班の部屋にいきましょうか。サイネちゃんたちが待ってるわよ」
メイカと呼ばれた女性は手早く少年少女を引きはがし、少女をオフィスから連れていく。
ふたりもそれに一切抗うようすもなく、なんなら直前までの喧嘩のことも忘れてしまったように、またね、と朗らかに手を振り合ってさえいた。
強い、とヒナトは唸る。両者を扱い慣れているのだと一目でわかる。
このようすからしても、おそらくメイカはガーデンのほうに常駐している職員なのだろう。それならヒナトが知らなかったのも納得がいく。
コータたちを引き受けたときは、別の職員がオフィスまで連れてきてくれたからだ。
ともかくこれで無事に仕事が始められそうでやれやれである。
事前掃除はしそびれてしまったが、まあ仕方あるまい。
ヒナトがほっと胸を撫で下ろしたところで、しかし問題がまだ残っていた、というか新たな事案が発生していた。
というのも次に口を開いたのはソーヤだったからだ。
しかもその内容が。
「……ヒナ、そういやおまえ何やってたんだ? つーか顔すげー赤いな」
ぎっくん。
思わず硬直するヒナトは視線だけをぎぎぎと男子たちに向ける。
掃除道具の場所をコータに教えているワタリ、はまったく問題ないのだが、その手前で訝しげにこちらを見ているソーヤがよろしくない。ヒナトの精神衛生上まずい。
だってついさっきまでこの顔相手にあんな妄想をしていただなんて口が裂けても言えるはずがない。
逃げなければ、とヒナトの本能が叫ぶ。
なんなら前にも業務中にふけった妄想について泣きながら白状するまでねちっこく聞き出されたことがあったからだ。
眼をつけられたら絶対に喋らされてしまう。
そうなったら恥ずかしすぎて死ぬ。まだ死にたくない。そんな死因も嫌だ。
「……お茶淹れてきますね!!!」
ヒナトは全力で秘書のスキルカード『朝のお茶汲み』を切る。
そしてソーヤの回答を待つことなく、オフィスを飛び出したのだった。
→
花園研究所のGHにはこういう眉唾話がある。
朝一番にオフィスを覗いて最初に目に入ったものが、その日の運勢を決める──。
じゃあこれは今日一日ヒナトの運勢真っ青ブルーってことなんですか?
などとヒナトが思ってしまった程度には、朝から第一班オフィスは荒れていた。
物理的にではなく空気的にすさんでいるのだ。
というのも、オフィスのど真ん中で保育部からのお客さんが人目もはばからずに号泣していたからである。
小さな天才児たちは朝っぱらから喧嘩の真っ最中らしかった。
主にフーシャのほうが泣き喚いており、コータはややキレ気味にそれを宥めているという感じだ。
「そんなに怒ることないだろ、もぉ……!」
「だって、だって……ふぇぇぇッ」
ヒナトはまず室内を見回したが、班長や副官の姿はない。
それもある意味当然で、ヒナトは今日、お客さんがいるときくらい普段より張り切って掃除でもしようと思い立ち、いつもより早めに朝食を済ませてきたところなのだ。
だからそもそも、こんな時間にコータやフーシャがいることのほうが予想外なのだった。
それが喧嘩中なら尚更だ。いったい何がどうしてこんなことになったのだろう。
ともかくこれでは掃除どころではないので、ヒナトは急ぎふたりに駆け寄って仲裁を試みることにした。
「おはようコータくんフーシャちゃん、何かあったの~?」
愛想のバルブを全開にまで緩め、ともすれば胡散臭いほどの柔らかな笑顔を張り付けて特攻する。
イメージとしてはアツキの雰囲気だ。
彼女のように全身から穏やかほっこりオーラを発散しながら近寄れば、たいがいの戦意が喪失されるはず、というヒナトなりの計算に基づく演出である。
しかしながら直前までこちらの存在にすら気付いていなかったらしい新芽ふたりは、ヒナトの声にびくっと肩を震わせて驚愕の表情で振り向いた。
……その反応はちょっと傷つくからやめてほしい。お姉さんは怖くないよ。
「あ、秘書の……秘書さん」
しかもコータ少年、咄嗟にヒナトの名前を思い出せないという逆ファインプレーである。
「ヒナトだよ。で、朝からなんで騒いでるのかな? しかもここで?」
「……絵を見せたらフーちゃんが怒って」
「うぅ~……ッ」
え? ゑ?
絵……?
頭上にはてなマークを栽培し始めるヒナトを見て、コータが溜息混じりに何かを取り出した。
どうもフーシャの陰になって見えなかったらしい。
ヒナトはそれを受け取って見てみた。
ごくふつうの画用紙に描かれた、頭から胸上くらいまでの、窓辺に佇む少女の絵だ。
尋ねるまでもなく、絵のモデルとなっているのはフーシャだとわかる。
「……うっま! え、これ誰が描いたの!?」
「僕」
こともなげに少年は頷いたが、齢十歳そこそこの子どもの絵とは思えない出来栄えだった。
そもそもヒナトは絵が描けないし、描いたこともないし、つまり全く知識も技術もないのでなんとも言えないのではあるが……それにしても上手いとしか言いようがない。
写真かと見まごうほど完璧なデッサンで、造形から肌や髪、衣服の質感までもが見事に表現されている。
画材は鉛筆のようなのだが、黒一色の濃淡がこれほどまでに美しいとは。
コータ少年……これが天才児……頭の出来だけじゃなくて一芸を隠し持っているなんて……。
ヒナトは感動か衝撃かよくわからない感情で震えた。
一方、フーシャは喧嘩しているはずのコータに、まるでヒナトから隠れようとするような位置で引っ付いて泣いている。
結局仲がいいのか、それよりヒナトを拒絶する感情が上回ってるのか、どっちなんだろう。
個人的には前者であってほしいと思いつつ、ヒナトは訝る。
こんなに上手な絵を見て、彼女はいったい何を怒ることがあったのだろうか。
「えっと、フーシャちゃんはどうして怒っちゃったのかな……?」
「写実的すぎだって」
「……はい?」
「鼻の形が嫌いだからそこまで再現するなって。あとなんだっけ?」
「えぐッ……み、み、耳も、やだぁ……ッ」
わかるようなわからないような理由だった。
コンプレックスは誰にでもあるだろうし、それをこんな超絶技巧の美麗な肖像画で余すことなく表現されるのは嫌だったのだろう、というのはヒナトもわかる。
ヒナトだって仮に例えばコータがモデルを頼んできたとしたら、ちょっと胸と身長を盛ってくれるようお願いしたい。
あと小顔にして脚も長くしてほしい。
だが、だからって泣き喚いて怒るほどのことか、とも思ってしまうわけで。
ヒナトはぽかんとしてしまったが、どうやらもっと慣れているらしいコータが宥めるほうが話が早そうだった。
というか今のフーシャの状態ではヒナトが声をかけたところで聞いていない気がする。
よく考えたら、仲裁に入ってから一度も彼女からの返事がない。
「もう機嫌直してよ。これは描き直すから」
「でも、コーちゃ、これ、いっつも、捨て……捨てて、くれなッ……」
「だってこれはこれで気に入ってるし」
「……やだぁぁ……こんな、かわいくないの、持っててほしく、ないぃ……ッ」
「あーまたそう言う……! 僕はこれがいいんだよ! そのまんまのフーちゃんがいちばんかわいい!」
いや、やっぱり話が余計こじれそうだった。
というか喧嘩の内容が迷走を始めている。
聞いているこちらが恥ずかしい。
何これ?
ヒナトは何を聞かされているの?
そしてこの痴話喧嘩はいつまで続くの?
もはや仲裁を諦め始めたヒナトだったが、許してほしい。
この状況で第三者がどういう言葉をかければ事態が収拾するのかまったくわからないし思いつかないのだ。
もうこうなったら収まるまでふたりを別室で隔離するしかないんじゃなかろうか。
それにしても、とヒナトはまだまだ揉めつづける子どもたちを見て思った。
あんなに臆面もなく相手を褒めるコータもそうだが、それを聞いて良くも悪くも動じていないフーシャも、こんなやりとりに慣れてしまっているようなのだ。
大変そうだが、なんだか羨ましいと思ってしまうのは変だろうか。
そのままのきみがいちばんかわいい、なんて台詞を、果たしてヒナトの人生で聞く日があるとは思えないのだ。
むしろ褒めてもらえることすら稀だというのに。
いつもいつも、ヒナトの鼓膜を打つのは彼の口さがないお小言ばかり……。
……。なんでそこでソーヤが出てくるのだろう。
ヒナトは小首を傾げた。
秘書としてではなく一個人のソアとして褒められるのなら、別に相手はソーヤに限らなくてもいいのではないか。
基本的に花園ではソア同士の恋愛を認めてくれそうな雰囲気にはないけれど──そして許さないと明言されてもいないが──ヒナトだって、いつか誰か素敵な人となんかそういうアレをソレしてみたい的な願望がまったくないでもないというかあの、その。
えっと、その、だから……う、うわぁぁぁぁ……!
なんだか急に恥ずかしさが込み上げてきて、ヒナトは悶絶した。
なぜなら今、ヒナトがぼんやり妄想してみた甘ったるい幻想のお相手の顔はモザイクがかかっていたものの、さらさらの黒髪と深紅の眼がばっちり搭載されていたからなのだ。
そんな外見のソア、他に知らない。どう考えても第一班班長の俺様誰様ソーヤ様その人ではないか。
つまりヒナトはソーヤになんかこう甘い台詞を吐いてもらいたい願望でもあるっていうのか。
いやいやそんなはずはない。希望はもっと優しくて紳士的な人が……でもソーヤもたまには優しいこともなくはないし……。
背も高すぎないからちょうどいいかも……?
でもってこう、肩なんか抱かれちゃったりして……それで……。
「──あらあら、またやってるわね」
「ひぇいッ!?」
すっかり妄想に浸かっていたヒナトの脳は、聞きなれない女性の声によって急に現実の冷や水を浴びせられた。
思わず珍妙な悲鳴を上げてしまい、びっくりしすぎて半泣きになりながらふり返ると、扉のところに何人もの人影があるのでさらに驚く。
不思議そうな顔をしたソーヤとワタリ、そして、知らない女の人。
白衣を着ているからラボの職員だろうか。けれどヒナトには見覚えのない顔だ。
「……メイカちゃん! フーちゃん、メイカちゃんだよ」
「あ、お姉ちゃん……」
「さ、もう始業時間だからフーシャちゃんは二班の部屋にいきましょうか。サイネちゃんたちが待ってるわよ」
メイカと呼ばれた女性は手早く少年少女を引きはがし、少女をオフィスから連れていく。
ふたりもそれに一切抗うようすもなく、なんなら直前までの喧嘩のことも忘れてしまったように、またね、と朗らかに手を振り合ってさえいた。
強い、とヒナトは唸る。両者を扱い慣れているのだと一目でわかる。
このようすからしても、おそらくメイカはガーデンのほうに常駐している職員なのだろう。それならヒナトが知らなかったのも納得がいく。
コータたちを引き受けたときは、別の職員がオフィスまで連れてきてくれたからだ。
ともかくこれで無事に仕事が始められそうでやれやれである。
事前掃除はしそびれてしまったが、まあ仕方あるまい。
ヒナトがほっと胸を撫で下ろしたところで、しかし問題がまだ残っていた、というか新たな事案が発生していた。
というのも次に口を開いたのはソーヤだったからだ。
しかもその内容が。
「……ヒナ、そういやおまえ何やってたんだ? つーか顔すげー赤いな」
ぎっくん。
思わず硬直するヒナトは視線だけをぎぎぎと男子たちに向ける。
掃除道具の場所をコータに教えているワタリ、はまったく問題ないのだが、その手前で訝しげにこちらを見ているソーヤがよろしくない。ヒナトの精神衛生上まずい。
だってついさっきまでこの顔相手にあんな妄想をしていただなんて口が裂けても言えるはずがない。
逃げなければ、とヒナトの本能が叫ぶ。
なんなら前にも業務中にふけった妄想について泣きながら白状するまでねちっこく聞き出されたことがあったからだ。
眼をつけられたら絶対に喋らされてしまう。
そうなったら恥ずかしすぎて死ぬ。まだ死にたくない。そんな死因も嫌だ。
「……お茶淹れてきますね!!!」
ヒナトは全力で秘書のスキルカード『朝のお茶汲み』を切る。
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