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本編
data22:手に入れたもの≠失ったもの
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────,22
その日、ついにヒナトは居場所を奪われた。
なんて言うとなんだか大袈裟で重大な事件が起きたかのようだが、事情はいたってシンプルかつ平和だ。
単に物理的な意味で椅子を取られただけだし、しかも相手は例のそっくりさんでもなければタニラでもなく、ガーデンから短期間だけ実習に来ているソアの小さな男の子である。
小さいといっても彼はガーデンでは最年長で、近々『眠り』に入ることになっている。
その前に一週間ほどGHで先んじてオフィス業務に触れるのが花園では恒例となっている、らしい──というのもヒナト自身にその記憶がないので、今回初めて知ったとしか思えなかった。
ともかくこの期間さえ終わればキャロライン(ヒナトの使っていたパソコン)の前の席は再びヒナトに返される。
それに七日間うしろで突っ立っているのもなんだからというわけで、今のヒナトには折り畳み式のパイプ椅子が用意されていた。
まあ、それはそれでなんか、侘しいものがあったが。
とはいえヒナトに現状をそれほど気に病む必要がないのだけは確かな事実だ。
……だった、はずなのだが。
「この解読式を見ながらこれを読んでみな」
「えっと……アミノ酸」
「正解。よーしじゃあ次はちょっと長くなるぞ。これだ」
「んー……フェニルアラニン」
最近までヒナトのために暗号化が解除された文章ばかり表示していたキャロラインだったが、今日は朝からずっと以前のような意味不明な英数字の羅列に戻されていた。
少年はその画面上に記された単語を、別ウィンドウのこれまた暗号にしか思えない解読式なるものと照らし合わせながら、さほど長い時間悩むこともなくすらすらと答えていく。
彼を朝からつきっきりで指導しているのはソーヤだ。
曰く「ヒナには任せておけねえ」。
ちなみにワタリは我関せずといったようすで通常業務に明け暮れているが、実習生がいるからといってその分そちらの量が減らされているわけではないので、当然といえば当然である。
というか本来なら少年の世話を秘書が担当することをラボやガーデンでも想定しているのだろう。
第一班においてはそうできないだけであって。
だからソーヤの発言にも、なんかちょっと切ないけど頷けてしまうヒナトだった。
しかしながら、ヒナトの胸を去来する感情は他にもある。
ソーヤがこうも熱心に少年の世話をしているのが意外に思えるのだ。
たぶん以前のニノリの一件があったから、彼は子どもが苦手なのだとヒナトは思い込んでいた。
ところがソーヤは今朝から一度も嫌そうな顔を見せてはいないし、むしろ逆で、ずっと楽しそうなのだ。
それを見ていると、なぜだかこちらも嬉しくなる。
「そろそろ見ずにいけるか?」
「うん、たぶんできる」
「口調に気をつけろ。返事は「はい」、「できる」じゃなくて「できます」な」
「えっと……はい、次から気をつけます」
「よろしい」
ちなみに少年の名前はコータというらしい。
実習生は彼のほかにもうひとり女の子がいて、彼女は第二班が受け持っている。
どちらを預かるかはこちらで選んでいいと班長の出た会議で言われたそうだが、その際に受け取った資料には顔写真は載っていなかった。
開示されたのはガーデンにおける活動記録や勉強の成績など、数値化された個々の能力ばかりで、容姿や性格といった情報は除外されているのだ。
顔はともかく性格は事前情報として有用なのでは、とヒナトなどは思うのだが。
とりあえず、資料によればコータはかなり優秀らしい。
まあ知らなかったとしても今このようすを見ていれば充分わかる。
しばらくするとコータは解読式の情報をすっかり頭に取り込んで、もう照らし合わせずとも長い文章をすんなり読めるようになってしまった。
ソーヤが事前に用意したという簡単な作業も、手順を聞けばある程度はできてしまうし、ちょっとつまずいても軽く質問すれば超えて次に進めるようになっていく。
それもかなりの短時間で。
目を見張るようなその成長速度にヒナトはいっそ戦慄した。
といっても彼の賢さにではない。
このコータ少年がとくにとびぬけた天才というわけではなく、花園のソアとしてはこれが標準的であることに、だ。
前から薄々思ってはいたが、やはりヒナトひとりだけが何かおかしい。
今までひそかに心の依り代だった、他のソアに比べたらGHに来て日が浅いからかもしれない、とかいう楽観的思考が今まさに全否定されようとしている。
「なんか……ヒナとぜんぜん違うな」
ついに恐れていた言葉がソーヤの口から飛び出した。
さすがに隣のワタリも苦笑している。
「ソーヤさんひどいです! ワタリさんも何か言ってくださいよ!」
「うーん、まあ……どっちもひどいね」
「ワタリさん!!」
フォローを求める相手を間違えたヒナトだった。
ワタリはけらけら笑っているし、ソーヤはさすがに失言だったと思ったのか黙っている。
このいたたまれない空間をよくわかっていないコータがきょとんとしているのだけがある意味救いだった。
さすがに泣きそうになっていると、気付いたワタリがちょっと慌てたようすで立ち上がる。
少し珍しいものが見られたなと心の隅っこで思いつつも、とても今のヒナトにそれを眺める余裕はない。
ワタリはヒナトの肩にぽんと手を置きながら、優しい声で言った。
「ごめんね、いじわる言って。人それぞれ得意不得意があるから、ヒナトちゃんはヒナトちゃんの得意なところをがんばってくれればいいよ」
「あたしの得意なとこってなんですかぁ……」
「そうだねえ、いてくれると場が和むとかじゃないかな。僕とソーヤだけだと殺伐とするから」
「さつばつ……?」
なんだそれ、と小首を傾げたヒナトにソーヤが声をかける。
「あー、……ヒナ、茶淹れてきてくれよ。あれも最近、なんだ、多少マシになってきたしな」
「……! はい!」
「コータくんは何がいい? コーヒーか紅茶……あとおいしいココアがあるけど」
「えっと、じゃあ、ココアください」
ワタリのわかりやすい誘導にコータ少年は素直に乗ってくれた。
ともかく男子ふたりの精一杯の気遣いにヒナトはなんとか気を取り直し、ともすればやや機嫌を良くしながらオフィスを出ていく。
でも、だって、そうでしょう。
今のは一応はヒナトが待ち望んでいたとおりの、さりげなーいお褒めの言葉なのだから!
自分で成長していると思ってはいても、やはり誰かから──それもソーヤからの言葉があるのとないのとでは天地の差だ。
ふたりがかりでこんなにフォローされたのなんて初めてかもしれない。
さすがにコータというある意味での部外者がいたからだろうか。
最初はどうなることかと思ったけれど、これなら実習受け入れ期間もなんとかなるかも。
と、まあヒナトは鼻歌まじりに階段を下りるのだった。
・・・・・
一方、残った男子二人は秘書の出立を見送ったあと、そろって肩を竦めていたとは、ヒナトは知る由もなかった。
「あんまヒナに暴言吐くなよ。フォローがめんどくせえ」
「最初に爆弾投げたのはそっちだろ。まあ僕もつい悪ノリしたのは反省するけど……しかし『多少マシになってきた』ってのはさすがに雑すぎないか? それで喜ぶのはあの子ぐらいだ」
「そのヒナ相手なんだからいいじゃねえか」
ソーヤは溜息を吐きながらそう言って姿勢を崩した。
そして真顔でふたりの会話を聞いていたコータに、ここで見聞きしたことは他所で言うなよ、と耳打ちする。
秘書の扱いがあまりに雑なことがラボの人間に知れたらまずい。
今のところ問題になるほどひどくはないつもりだが、伝言ゲームで歪められるのが怖いのだ。
まかり間違っても「第一班では班長と副官による秘書いじめが横行している」などと伝えられたらまずい。
たださすがに今回に限ってはふたりとも言動がよろしくなかったという自覚がある。
よりによってガーデンから実習生を預かっているときにこれはいけない。
コータ少年は普段の第一班を知らないのだから、いつもこうなのだと思われては困る。
……あ、いや、普段もそんなに変わらないか?
「でも実際、お茶淹れるのは上手になったよね。誰に習ったのか知らないけどいいことだ」
「……タニラだろ」
「そうは思えないけど。何、本人から聞いたの?」
「聞かなくても味でわかる」
ワタリが嫌な笑みを浮かべてソーヤを見ている。
それを極力気にしないふりをして、ソーヤはドアのほうを見た。
ヒナトが戻ってくる気配はない。
もちろんさっき出ていったばかりなのだし、もともとヒナトはお茶汲みに時間をかけるほうなので、当たり前といえばそうなのだが、なぜだか確かめずにいられなかった。
沈黙を守るドアを睨みながら、ソーヤはまた溜息を吐きそうになった。
秘書たちの確執を知っていれば、タニラがヒナトに指導などするはずがないと思うのも無理はない。
むしろソーヤだってそう思う。
だからこそ驚いたのだ、ここ最近ヒナトの淹れてくるコーヒーが、前にタニラに淹れてもらったのと同じ味になったと気付いたときは。
飲みやすさでいえば格段に良くなった。その点に関しては、実際はマシになったどころではない。
それを素直に褒めてやれないのはソーヤ個人の問題で、ワタリもそれがわかっているから、ソーヤの弱さを嘲笑っているのだ。
ヒナトは何も悪くない。
だからソーヤも、ワタリに対して何も抗議ができない。
何もかもがワタリの言うとおりだ。
悪いのはソーヤであって、ヒナトではないのだ……元を辿ればタニラと彼女がたびたび揉めていたのだって、そもそも間に立っていたソーヤが仲裁するべきだったのに、しなかった。
できなかった。
そのうえ、それらをすべて棚に上げて、ソーヤの本心はこんなことを思ってしまう。
「……あのくそまずいコーヒーが飲みてえ」
「それを本人に言えばいいのに」
──言えるかよ。
ソーヤはやはりコータに向かい、俺がこんなこと言ってたなんてヒナトには絶対言うなよ、と含めておいた。
→
その日、ついにヒナトは居場所を奪われた。
なんて言うとなんだか大袈裟で重大な事件が起きたかのようだが、事情はいたってシンプルかつ平和だ。
単に物理的な意味で椅子を取られただけだし、しかも相手は例のそっくりさんでもなければタニラでもなく、ガーデンから短期間だけ実習に来ているソアの小さな男の子である。
小さいといっても彼はガーデンでは最年長で、近々『眠り』に入ることになっている。
その前に一週間ほどGHで先んじてオフィス業務に触れるのが花園では恒例となっている、らしい──というのもヒナト自身にその記憶がないので、今回初めて知ったとしか思えなかった。
ともかくこの期間さえ終わればキャロライン(ヒナトの使っていたパソコン)の前の席は再びヒナトに返される。
それに七日間うしろで突っ立っているのもなんだからというわけで、今のヒナトには折り畳み式のパイプ椅子が用意されていた。
まあ、それはそれでなんか、侘しいものがあったが。
とはいえヒナトに現状をそれほど気に病む必要がないのだけは確かな事実だ。
……だった、はずなのだが。
「この解読式を見ながらこれを読んでみな」
「えっと……アミノ酸」
「正解。よーしじゃあ次はちょっと長くなるぞ。これだ」
「んー……フェニルアラニン」
最近までヒナトのために暗号化が解除された文章ばかり表示していたキャロラインだったが、今日は朝からずっと以前のような意味不明な英数字の羅列に戻されていた。
少年はその画面上に記された単語を、別ウィンドウのこれまた暗号にしか思えない解読式なるものと照らし合わせながら、さほど長い時間悩むこともなくすらすらと答えていく。
彼を朝からつきっきりで指導しているのはソーヤだ。
曰く「ヒナには任せておけねえ」。
ちなみにワタリは我関せずといったようすで通常業務に明け暮れているが、実習生がいるからといってその分そちらの量が減らされているわけではないので、当然といえば当然である。
というか本来なら少年の世話を秘書が担当することをラボやガーデンでも想定しているのだろう。
第一班においてはそうできないだけであって。
だからソーヤの発言にも、なんかちょっと切ないけど頷けてしまうヒナトだった。
しかしながら、ヒナトの胸を去来する感情は他にもある。
ソーヤがこうも熱心に少年の世話をしているのが意外に思えるのだ。
たぶん以前のニノリの一件があったから、彼は子どもが苦手なのだとヒナトは思い込んでいた。
ところがソーヤは今朝から一度も嫌そうな顔を見せてはいないし、むしろ逆で、ずっと楽しそうなのだ。
それを見ていると、なぜだかこちらも嬉しくなる。
「そろそろ見ずにいけるか?」
「うん、たぶんできる」
「口調に気をつけろ。返事は「はい」、「できる」じゃなくて「できます」な」
「えっと……はい、次から気をつけます」
「よろしい」
ちなみに少年の名前はコータというらしい。
実習生は彼のほかにもうひとり女の子がいて、彼女は第二班が受け持っている。
どちらを預かるかはこちらで選んでいいと班長の出た会議で言われたそうだが、その際に受け取った資料には顔写真は載っていなかった。
開示されたのはガーデンにおける活動記録や勉強の成績など、数値化された個々の能力ばかりで、容姿や性格といった情報は除外されているのだ。
顔はともかく性格は事前情報として有用なのでは、とヒナトなどは思うのだが。
とりあえず、資料によればコータはかなり優秀らしい。
まあ知らなかったとしても今このようすを見ていれば充分わかる。
しばらくするとコータは解読式の情報をすっかり頭に取り込んで、もう照らし合わせずとも長い文章をすんなり読めるようになってしまった。
ソーヤが事前に用意したという簡単な作業も、手順を聞けばある程度はできてしまうし、ちょっとつまずいても軽く質問すれば超えて次に進めるようになっていく。
それもかなりの短時間で。
目を見張るようなその成長速度にヒナトはいっそ戦慄した。
といっても彼の賢さにではない。
このコータ少年がとくにとびぬけた天才というわけではなく、花園のソアとしてはこれが標準的であることに、だ。
前から薄々思ってはいたが、やはりヒナトひとりだけが何かおかしい。
今までひそかに心の依り代だった、他のソアに比べたらGHに来て日が浅いからかもしれない、とかいう楽観的思考が今まさに全否定されようとしている。
「なんか……ヒナとぜんぜん違うな」
ついに恐れていた言葉がソーヤの口から飛び出した。
さすがに隣のワタリも苦笑している。
「ソーヤさんひどいです! ワタリさんも何か言ってくださいよ!」
「うーん、まあ……どっちもひどいね」
「ワタリさん!!」
フォローを求める相手を間違えたヒナトだった。
ワタリはけらけら笑っているし、ソーヤはさすがに失言だったと思ったのか黙っている。
このいたたまれない空間をよくわかっていないコータがきょとんとしているのだけがある意味救いだった。
さすがに泣きそうになっていると、気付いたワタリがちょっと慌てたようすで立ち上がる。
少し珍しいものが見られたなと心の隅っこで思いつつも、とても今のヒナトにそれを眺める余裕はない。
ワタリはヒナトの肩にぽんと手を置きながら、優しい声で言った。
「ごめんね、いじわる言って。人それぞれ得意不得意があるから、ヒナトちゃんはヒナトちゃんの得意なところをがんばってくれればいいよ」
「あたしの得意なとこってなんですかぁ……」
「そうだねえ、いてくれると場が和むとかじゃないかな。僕とソーヤだけだと殺伐とするから」
「さつばつ……?」
なんだそれ、と小首を傾げたヒナトにソーヤが声をかける。
「あー、……ヒナ、茶淹れてきてくれよ。あれも最近、なんだ、多少マシになってきたしな」
「……! はい!」
「コータくんは何がいい? コーヒーか紅茶……あとおいしいココアがあるけど」
「えっと、じゃあ、ココアください」
ワタリのわかりやすい誘導にコータ少年は素直に乗ってくれた。
ともかく男子ふたりの精一杯の気遣いにヒナトはなんとか気を取り直し、ともすればやや機嫌を良くしながらオフィスを出ていく。
でも、だって、そうでしょう。
今のは一応はヒナトが待ち望んでいたとおりの、さりげなーいお褒めの言葉なのだから!
自分で成長していると思ってはいても、やはり誰かから──それもソーヤからの言葉があるのとないのとでは天地の差だ。
ふたりがかりでこんなにフォローされたのなんて初めてかもしれない。
さすがにコータというある意味での部外者がいたからだろうか。
最初はどうなることかと思ったけれど、これなら実習受け入れ期間もなんとかなるかも。
と、まあヒナトは鼻歌まじりに階段を下りるのだった。
・・・・・
一方、残った男子二人は秘書の出立を見送ったあと、そろって肩を竦めていたとは、ヒナトは知る由もなかった。
「あんまヒナに暴言吐くなよ。フォローがめんどくせえ」
「最初に爆弾投げたのはそっちだろ。まあ僕もつい悪ノリしたのは反省するけど……しかし『多少マシになってきた』ってのはさすがに雑すぎないか? それで喜ぶのはあの子ぐらいだ」
「そのヒナ相手なんだからいいじゃねえか」
ソーヤは溜息を吐きながらそう言って姿勢を崩した。
そして真顔でふたりの会話を聞いていたコータに、ここで見聞きしたことは他所で言うなよ、と耳打ちする。
秘書の扱いがあまりに雑なことがラボの人間に知れたらまずい。
今のところ問題になるほどひどくはないつもりだが、伝言ゲームで歪められるのが怖いのだ。
まかり間違っても「第一班では班長と副官による秘書いじめが横行している」などと伝えられたらまずい。
たださすがに今回に限ってはふたりとも言動がよろしくなかったという自覚がある。
よりによってガーデンから実習生を預かっているときにこれはいけない。
コータ少年は普段の第一班を知らないのだから、いつもこうなのだと思われては困る。
……あ、いや、普段もそんなに変わらないか?
「でも実際、お茶淹れるのは上手になったよね。誰に習ったのか知らないけどいいことだ」
「……タニラだろ」
「そうは思えないけど。何、本人から聞いたの?」
「聞かなくても味でわかる」
ワタリが嫌な笑みを浮かべてソーヤを見ている。
それを極力気にしないふりをして、ソーヤはドアのほうを見た。
ヒナトが戻ってくる気配はない。
もちろんさっき出ていったばかりなのだし、もともとヒナトはお茶汲みに時間をかけるほうなので、当たり前といえばそうなのだが、なぜだか確かめずにいられなかった。
沈黙を守るドアを睨みながら、ソーヤはまた溜息を吐きそうになった。
秘書たちの確執を知っていれば、タニラがヒナトに指導などするはずがないと思うのも無理はない。
むしろソーヤだってそう思う。
だからこそ驚いたのだ、ここ最近ヒナトの淹れてくるコーヒーが、前にタニラに淹れてもらったのと同じ味になったと気付いたときは。
飲みやすさでいえば格段に良くなった。その点に関しては、実際はマシになったどころではない。
それを素直に褒めてやれないのはソーヤ個人の問題で、ワタリもそれがわかっているから、ソーヤの弱さを嘲笑っているのだ。
ヒナトは何も悪くない。
だからソーヤも、ワタリに対して何も抗議ができない。
何もかもがワタリの言うとおりだ。
悪いのはソーヤであって、ヒナトではないのだ……元を辿ればタニラと彼女がたびたび揉めていたのだって、そもそも間に立っていたソーヤが仲裁するべきだったのに、しなかった。
できなかった。
そのうえ、それらをすべて棚に上げて、ソーヤの本心はこんなことを思ってしまう。
「……あのくそまずいコーヒーが飲みてえ」
「それを本人に言えばいいのに」
──言えるかよ。
ソーヤはやはりコータに向かい、俺がこんなこと言ってたなんてヒナトには絶対言うなよ、と含めておいた。
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