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西の国 ヴレンデール
045 ルーダン寺院①
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三人は朝食のあと、手持ちの路銀をヴレンデールの通貨ビシェクに両替した。
ちょうど草粥の袋がひとつ空になっていたので、それを共有資金保管袋に任命し、そこにいくらか入れてミルンが保管する。
ヴレンデールはワクサレアほど列車が普及していないので、当分はまたのんびり馬車の旅になりそうだ。
しかし資金はあっても行き先が決まっていなかった。とりあえずでヴレンデールに入ったはいいが、目的であるガエムトの信仰地域というのははっきりしておらず、具体的にどこに行けば会えるのかがわからなかったのだ。
なにせ相手は死者の神であるため表立って神殿の類は造られていない。また性質上、地元ではできるだけその名前さえ口にしないように努められている。
だいたい大陸の西部だということはわかっているが、この地域では忌神信仰自体はとても一般的で、ガエムト以外にもいる。適当なところで呼び出そうとして別人、もとい別神が出てきてしまっても困る。
地図を見ながら三人は話し合っていた。行き先が決まらないことには馬車を借りることもできない。
「とりあえず近場の宗教施設を片っ端から回ってみようよ。ガエムトに会う前に他の神さまの知識も仕入れておいたほうがよくない?」
「そうだな……えっと、近いところだとルーダン寺院か、ヤズディー廟ぐらいか。でもこういう霊廟って単なる昔の王族の墓だからそんなに見るもんねえかな」
「でもかなり古い廟のようですし、死者に関係する場所ならガエムトの手がかりがあるかもしれませんよ?」
「どっちも見る、……ってのは難しそうだねえ、方向ぜんぜん違うし」
地図で見るとルーダン寺院は北に、ヤズディー廟は南にある。
直線距離で見ると大したことはなさそうだが、その間は山脈が通っているため、実際には簡単に行き来できないようだ。
一応女子組から案内役をも任せられていたミルンはしばらく考えてから、寺院にしよう、と言った。
彼が知るかぎりガエムトの信仰地域は北寄りに広がっている。その南端がどこかはわからないが、とりあえず北西方向へ進めば間違いはない。ということらしい。
ずいぶんふわっとしている案内だなとララキは思ったが、押し付けるように任せてしまったのは自分たちなので文句は言うまい。
三人は馬車を借り、一路ルーダンへ。
初めのうちはワクサレアとあまり変わらない森の道を走っていたが、そのうち樹が減り、草原になり、さらに走るごとに草も減っていく。
たまに樹があってもなんだか乾いた感じのする空ろなもので、ほとんど葉もついていない。ついでに肌もなんだかかさかさしてきた。
どこまでも乾いた荒野が延々と続く、寂しい風景が広がっている。
たまに道の脇に白いものが転がっていることに気づき、よくよく眼を凝らしてみると、動物の骨だった。ウシかヤギだと思われるが、ばらばらに散っているので定かではない。
砂漠でもないのにこんなところで野垂れ死ぬのかなあ、とララキは不思議に思ったが、どうやら違うらしい。
あれはわざと地元の人たちが置いているらしいのだ、ミルン曰く。
「俺もよく知らんが、道祖神みたいなもんらしい。死んだ家畜を道路沿いに置くっていうのが」
「それって交通安全の神さまってことだよね? ……今は骨だけど、最初って死体でしょ? そんなの野生動物が集まってきて逆に危ない気がするけど」
「だから俺もよく知らんっての。たぶん忌神の関係なんじゃねえかな」
「ああ、家畜でも死んだものはあちらの領域ということですか」
それでなぜ道路沿いに死体を置くのか、それで交通安全になるのかはやはり謎だったが、この場に答えを知る人間はいない。ガエムトに会えたら聞いてみようかな、とララキは思った。
そこから実りある会話もないままひたすら荒野を駆け抜け、ようやく馬車がルーダンに到着したのは昼過ぎになってからだった。
イキエスを旅していたころのように馬車で移動中に襲われることはなかった、という意味ではとてもありがたかったが、かなり時間がかかった上に暇だった。
なんかもう長いこと紋唱を使っていない気もする。一週間結界に閉じ込められていたせいだろうか。
なんだかんだで南を出てからはわりと平和に旅をしている。
ゲルメストラは嫌な神だったが、迷路に閉じ込められただけで攻撃とかはされなかったし。南部の神が血気盛んなだけなのだろうか。
だから今のところ不安なのはタヌマン・クリャの追撃ぐらいだ。いつ来るかわからないそれに対してララキはもっと備えておいたほうがいい。
「そういえば、首都行って登録しないと中に入れてもらえない、なんてことはないの?」
「寺の中入るくらいなら大丈夫だよ。その代わり入館料は全額になるだろうけど、登録してきたところで外国人はそんなに割引されないだろうから、結果大して変わらん」
「あ、そう」
料金の話はしていないのだが、すぐそういう返事が出てくるところがほんとうにらしいと思う。
嫌だとか呆れるとかではなくて、ミルンってほんとミルンだよなー、と思う。
ともかく街の中央にでっかく構えた寺院へと三人は向かった。さすが街の名前を冠しているだけあって、誰に聞かなくてもこれがそうだと一目でわかる。
入り口にいた僧侶に入館希望を伝えると、料金箱らしい木箱を出されてにっこり微笑まれたが、具体的な額は言われなかった。どうやら入館料はお布施方式らしい。
ミルンはちょっと考えて三人分で三十ビシェク払った。ララキたちは相場がわからないのでそれをはらはらしながら見守っていたが、僧侶の笑顔が崩れたりはしなかったので、ほっと胸を撫で下ろした。
「よかった、ミルンが非常識な額出さなかったっぽくてほんとによかった」
「おまえは俺をなんだと思ってんだよ」
「ドケチだと思ってる」
「せめて倹約家っつってくれ」
「否定はしないんだ、自覚あるんだー」
相変わらずのやりとりにスニエリタがくすくす笑っている。
それはさておき寺院である。ルーダン寺院は外観からして立派だったが、門の中もかなり壮麗だった。
中央に大きな塔があり、その周りを四つの一回り小さな塔が囲っている。塔の間は中庭になっていて色とりどりの花が咲き乱れており、街のすぐ外に広がっている荒野とはまったくの別世界だった。
塔はどれも褐色のタイルで覆われているが、微妙に色合いの異なるタイルを組み合わせて表面にぼんやりと模様が描かれている。今は昼の太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。
入り口にいたのとは違う僧侶が案内を申し出てくれた。
彼はタイカと名乗った。どう見てもララキたちよりずっと歳下で、随分若いお坊さんがいるんだなあとララキは思ったが、まだ修行中の見習いらしい。こうして観光客を案内するのも修行のうちなんだとか。
「塔はすべてカラーンという名称です。建っている位置によって中央カラーン、北カラーンと呼び分けています。私たち修行僧が礼拝するときは南から一周して最後に中央カラーンに上がりますので、その順序でご案内しますね」
というわけで、まずは南カラーンへ。
塔の内部の壁は鮮やかな朱色に塗られていた。眼がちかちかするな、と思いながらタイカくんに従って靴を脱ぎ、渡された袋にそれを入れた。カラーン内は土足厳禁だそうだ。
思ったより中は広くはなかったが、それは中央に据えられた木像のせいだった。
像がでかければそれを支える台座も大きく、しかもその周りを柵で囲っているので、あとはふたりずつ通るのがせいぜいなくらいの幅しかない。
像は人の姿をしているが、だからといって人間かどうかはわからないのがこの世界なので、タイカくんに解説を求めた。
「これは聖人ホン・セレンの像です。このあたりはクシエリスルの神フォレンケを祀っていますが、ここを含めて四つの寺院があり、それぞれの建立者を四方のカラーンに聖人として祀るのです。こちらのホン・セレンは南のカグド寺院を建立された方で……」
「ああ、フォレンケ四大寺院ってやつですか?」
「はい、そうです。昔、まだヴレンデールがなかったころに、ヴレン人が寺院を四つ建てました。自分たちの住んでいる地域を囲むように四方に建てて、小さなヴレン人の国を守ろうとしたのです。
ここルーダンは東の寺で、クーレンカという尼僧が建立されました。東カラーンに行きましょう」
タイカくんは説明を続けながら南カラーンを出て、塔と塔を繋ぐ渡り廊下を歩いていく。
まだクシエリスル合意が成されていなかったほどの昔に、ヴレンデールという国を建てることになるヴレン人は、まだそれほど大きな勢力ではなかった。ルーダン、カグド、ヨーワシュ、デルヴェという四つの寺院を、それぞれ居住地の四方の果てに立てることで、宗教的に守るとともに民の結束を固めた。
また、高い塔はそのまま外敵の侵略を見張ることにも使われるなど、軍事的な用途も持っていた。
そのころのヴレン僧は、宗教者であると同時に兵士でもあった。
……ちなみに今日の僧侶はみんな平和主義者ですよ、とタイカくんはここでにっこりと微笑んで言った。
東カラーンに着くと、なるほど女性の像が祀られていた。尼僧とのことで頭は布に覆われている意匠だったが、身体の線は明らかにさっきのホンなんとかいう人より曲線を帯びているし、胸元が膨らんでもいる。どれくらい実際の本人に似せているかは知らないがけっこう美人だ。
ちなみにタイカくんは像の前に着くと、一礼したり何か作法らしい動きをする。案内しながらでも礼拝はしなければならないようだ。
続いて北カラーン、西カラーンと順に見ていく。
とはいえ、聖人のカラーン内には紋唱的な要素があまりなく、聖人そのものにもあまり興味がないので、タイカくんの熱心な説明は半分流し聞きになってしまった。申し訳ない。
ちなみに聖人のカラーンに紋唱が刻まれたりしていないのは、それだけ寺院が古いからのようだ。つまり紋唱技術が発達するより前に建てられているのである。
塔自体は何度も修繕されているため見た目はそこまで年季は入っていないが、一応歴史的には大陸内でも五本の指に入るほど古い建造物のようだ。
「では最後に中央カラーンに上がります。一旦庭に出ますので、靴を出して履いてくださいね」
満を持して最後の塔だ。中央のいちばん大きなこの塔こそ、この寺院を見にきた本来の目的であり、この地域に信仰される神フォレンケを祀っている。
この神のことはほとんど調べていないので、これこそタイカくんにしっかり説明してもらわねばならない。
美しい中庭を歩きながら、タイカくんと三人は中央カラーンへ。入り口はなぜか門から見て反対側にあり、今度は中庭を半周しなくてはならなかったが、花々がきれいで歩くのも楽しい。
「このようにカラーンの入り口は門からは見えませんが、これは、悪い精霊はまっすぐにしか進めないとされているためです。回り込むことができないので、悪霊はカラーンに入ってこられません。
庭を花で埋め尽くしているのも、これらの花には浄化の作用があるので、たいていの悪霊は清らかになるのです」
「あたしもなんだか清らかな気分になってる。きれいな庭っていいなあ」
「ふふ、そうです、人間にも効果はありますから。昔ここに泥棒が入ったことがありますが、その人も花に囲まれて心を入れ換えたので、何も盗まないで自首しました。そしてそのまま出家して僧になったという話です」
などと胡散臭い伝承も聞きつつ、再び靴を脱いで塔へ入る。
さすがに中央の塔ともなると四方のカラーンに比べて断然広く、内部に安置されているフォレンケの像が相対的に小さく感じるほどだった。実際にはフォレンケの像は聖人像より一回り大きいそうだ。
ここでもタイカくんは一礼から始まる一連の作法を行ったが、さすがに聖人と神とではすることが違うようで、何度か拝んでから祝詞を読み上げたりしていた。
最後に紋唱を行ったのを三人は見逃さなかった。すかさずミルンが質問する。──今の紋唱は?
「フォレンケさまにご挨拶したのです。私は素手なので、紋唱といっても動作だけですが、修行を終えて一人前になると僧正さまから指貫をもらえます。それを着けて行うとちゃんとした紋唱になります」
「できたら紋章と招言詩を書きとめさせてほしいんですが」
「いいですよ。あ、紙と筆を貸していただければ書きます。……どうも」
タイカくんがメモしてくれている間、フォレンケ像を観察した。
フォレンケの像は人の形をしていた。男神なのは股間を見れば一目瞭然だが、それでなくとも立派な体格をしており、背も高い。しかも人型のシッカと引けをとらない美形である。
本人、もとい本神がこのとおりの外見なら、獣の姿もさぞ勇ましいことだろう。なんの獣なのだろうか。
そこまで考えて、ふと思った。
この世界に完全に人型しかとらない神はいるのだろうか。今のところ半獣半人の神しか見聞きしたことがないが。
やがて紋唱を書き終えたタイカくんが、フォレンケにまつわる神話を話してくれた。
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三人は朝食のあと、手持ちの路銀をヴレンデールの通貨ビシェクに両替した。
ちょうど草粥の袋がひとつ空になっていたので、それを共有資金保管袋に任命し、そこにいくらか入れてミルンが保管する。
ヴレンデールはワクサレアほど列車が普及していないので、当分はまたのんびり馬車の旅になりそうだ。
しかし資金はあっても行き先が決まっていなかった。とりあえずでヴレンデールに入ったはいいが、目的であるガエムトの信仰地域というのははっきりしておらず、具体的にどこに行けば会えるのかがわからなかったのだ。
なにせ相手は死者の神であるため表立って神殿の類は造られていない。また性質上、地元ではできるだけその名前さえ口にしないように努められている。
だいたい大陸の西部だということはわかっているが、この地域では忌神信仰自体はとても一般的で、ガエムト以外にもいる。適当なところで呼び出そうとして別人、もとい別神が出てきてしまっても困る。
地図を見ながら三人は話し合っていた。行き先が決まらないことには馬車を借りることもできない。
「とりあえず近場の宗教施設を片っ端から回ってみようよ。ガエムトに会う前に他の神さまの知識も仕入れておいたほうがよくない?」
「そうだな……えっと、近いところだとルーダン寺院か、ヤズディー廟ぐらいか。でもこういう霊廟って単なる昔の王族の墓だからそんなに見るもんねえかな」
「でもかなり古い廟のようですし、死者に関係する場所ならガエムトの手がかりがあるかもしれませんよ?」
「どっちも見る、……ってのは難しそうだねえ、方向ぜんぜん違うし」
地図で見るとルーダン寺院は北に、ヤズディー廟は南にある。
直線距離で見ると大したことはなさそうだが、その間は山脈が通っているため、実際には簡単に行き来できないようだ。
一応女子組から案内役をも任せられていたミルンはしばらく考えてから、寺院にしよう、と言った。
彼が知るかぎりガエムトの信仰地域は北寄りに広がっている。その南端がどこかはわからないが、とりあえず北西方向へ進めば間違いはない。ということらしい。
ずいぶんふわっとしている案内だなとララキは思ったが、押し付けるように任せてしまったのは自分たちなので文句は言うまい。
三人は馬車を借り、一路ルーダンへ。
初めのうちはワクサレアとあまり変わらない森の道を走っていたが、そのうち樹が減り、草原になり、さらに走るごとに草も減っていく。
たまに樹があってもなんだか乾いた感じのする空ろなもので、ほとんど葉もついていない。ついでに肌もなんだかかさかさしてきた。
どこまでも乾いた荒野が延々と続く、寂しい風景が広がっている。
たまに道の脇に白いものが転がっていることに気づき、よくよく眼を凝らしてみると、動物の骨だった。ウシかヤギだと思われるが、ばらばらに散っているので定かではない。
砂漠でもないのにこんなところで野垂れ死ぬのかなあ、とララキは不思議に思ったが、どうやら違うらしい。
あれはわざと地元の人たちが置いているらしいのだ、ミルン曰く。
「俺もよく知らんが、道祖神みたいなもんらしい。死んだ家畜を道路沿いに置くっていうのが」
「それって交通安全の神さまってことだよね? ……今は骨だけど、最初って死体でしょ? そんなの野生動物が集まってきて逆に危ない気がするけど」
「だから俺もよく知らんっての。たぶん忌神の関係なんじゃねえかな」
「ああ、家畜でも死んだものはあちらの領域ということですか」
それでなぜ道路沿いに死体を置くのか、それで交通安全になるのかはやはり謎だったが、この場に答えを知る人間はいない。ガエムトに会えたら聞いてみようかな、とララキは思った。
そこから実りある会話もないままひたすら荒野を駆け抜け、ようやく馬車がルーダンに到着したのは昼過ぎになってからだった。
イキエスを旅していたころのように馬車で移動中に襲われることはなかった、という意味ではとてもありがたかったが、かなり時間がかかった上に暇だった。
なんかもう長いこと紋唱を使っていない気もする。一週間結界に閉じ込められていたせいだろうか。
なんだかんだで南を出てからはわりと平和に旅をしている。
ゲルメストラは嫌な神だったが、迷路に閉じ込められただけで攻撃とかはされなかったし。南部の神が血気盛んなだけなのだろうか。
だから今のところ不安なのはタヌマン・クリャの追撃ぐらいだ。いつ来るかわからないそれに対してララキはもっと備えておいたほうがいい。
「そういえば、首都行って登録しないと中に入れてもらえない、なんてことはないの?」
「寺の中入るくらいなら大丈夫だよ。その代わり入館料は全額になるだろうけど、登録してきたところで外国人はそんなに割引されないだろうから、結果大して変わらん」
「あ、そう」
料金の話はしていないのだが、すぐそういう返事が出てくるところがほんとうにらしいと思う。
嫌だとか呆れるとかではなくて、ミルンってほんとミルンだよなー、と思う。
ともかく街の中央にでっかく構えた寺院へと三人は向かった。さすが街の名前を冠しているだけあって、誰に聞かなくてもこれがそうだと一目でわかる。
入り口にいた僧侶に入館希望を伝えると、料金箱らしい木箱を出されてにっこり微笑まれたが、具体的な額は言われなかった。どうやら入館料はお布施方式らしい。
ミルンはちょっと考えて三人分で三十ビシェク払った。ララキたちは相場がわからないのでそれをはらはらしながら見守っていたが、僧侶の笑顔が崩れたりはしなかったので、ほっと胸を撫で下ろした。
「よかった、ミルンが非常識な額出さなかったっぽくてほんとによかった」
「おまえは俺をなんだと思ってんだよ」
「ドケチだと思ってる」
「せめて倹約家っつってくれ」
「否定はしないんだ、自覚あるんだー」
相変わらずのやりとりにスニエリタがくすくす笑っている。
それはさておき寺院である。ルーダン寺院は外観からして立派だったが、門の中もかなり壮麗だった。
中央に大きな塔があり、その周りを四つの一回り小さな塔が囲っている。塔の間は中庭になっていて色とりどりの花が咲き乱れており、街のすぐ外に広がっている荒野とはまったくの別世界だった。
塔はどれも褐色のタイルで覆われているが、微妙に色合いの異なるタイルを組み合わせて表面にぼんやりと模様が描かれている。今は昼の太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。
入り口にいたのとは違う僧侶が案内を申し出てくれた。
彼はタイカと名乗った。どう見てもララキたちよりずっと歳下で、随分若いお坊さんがいるんだなあとララキは思ったが、まだ修行中の見習いらしい。こうして観光客を案内するのも修行のうちなんだとか。
「塔はすべてカラーンという名称です。建っている位置によって中央カラーン、北カラーンと呼び分けています。私たち修行僧が礼拝するときは南から一周して最後に中央カラーンに上がりますので、その順序でご案内しますね」
というわけで、まずは南カラーンへ。
塔の内部の壁は鮮やかな朱色に塗られていた。眼がちかちかするな、と思いながらタイカくんに従って靴を脱ぎ、渡された袋にそれを入れた。カラーン内は土足厳禁だそうだ。
思ったより中は広くはなかったが、それは中央に据えられた木像のせいだった。
像がでかければそれを支える台座も大きく、しかもその周りを柵で囲っているので、あとはふたりずつ通るのがせいぜいなくらいの幅しかない。
像は人の姿をしているが、だからといって人間かどうかはわからないのがこの世界なので、タイカくんに解説を求めた。
「これは聖人ホン・セレンの像です。このあたりはクシエリスルの神フォレンケを祀っていますが、ここを含めて四つの寺院があり、それぞれの建立者を四方のカラーンに聖人として祀るのです。こちらのホン・セレンは南のカグド寺院を建立された方で……」
「ああ、フォレンケ四大寺院ってやつですか?」
「はい、そうです。昔、まだヴレンデールがなかったころに、ヴレン人が寺院を四つ建てました。自分たちの住んでいる地域を囲むように四方に建てて、小さなヴレン人の国を守ろうとしたのです。
ここルーダンは東の寺で、クーレンカという尼僧が建立されました。東カラーンに行きましょう」
タイカくんは説明を続けながら南カラーンを出て、塔と塔を繋ぐ渡り廊下を歩いていく。
まだクシエリスル合意が成されていなかったほどの昔に、ヴレンデールという国を建てることになるヴレン人は、まだそれほど大きな勢力ではなかった。ルーダン、カグド、ヨーワシュ、デルヴェという四つの寺院を、それぞれ居住地の四方の果てに立てることで、宗教的に守るとともに民の結束を固めた。
また、高い塔はそのまま外敵の侵略を見張ることにも使われるなど、軍事的な用途も持っていた。
そのころのヴレン僧は、宗教者であると同時に兵士でもあった。
……ちなみに今日の僧侶はみんな平和主義者ですよ、とタイカくんはここでにっこりと微笑んで言った。
東カラーンに着くと、なるほど女性の像が祀られていた。尼僧とのことで頭は布に覆われている意匠だったが、身体の線は明らかにさっきのホンなんとかいう人より曲線を帯びているし、胸元が膨らんでもいる。どれくらい実際の本人に似せているかは知らないがけっこう美人だ。
ちなみにタイカくんは像の前に着くと、一礼したり何か作法らしい動きをする。案内しながらでも礼拝はしなければならないようだ。
続いて北カラーン、西カラーンと順に見ていく。
とはいえ、聖人のカラーン内には紋唱的な要素があまりなく、聖人そのものにもあまり興味がないので、タイカくんの熱心な説明は半分流し聞きになってしまった。申し訳ない。
ちなみに聖人のカラーンに紋唱が刻まれたりしていないのは、それだけ寺院が古いからのようだ。つまり紋唱技術が発達するより前に建てられているのである。
塔自体は何度も修繕されているため見た目はそこまで年季は入っていないが、一応歴史的には大陸内でも五本の指に入るほど古い建造物のようだ。
「では最後に中央カラーンに上がります。一旦庭に出ますので、靴を出して履いてくださいね」
満を持して最後の塔だ。中央のいちばん大きなこの塔こそ、この寺院を見にきた本来の目的であり、この地域に信仰される神フォレンケを祀っている。
この神のことはほとんど調べていないので、これこそタイカくんにしっかり説明してもらわねばならない。
美しい中庭を歩きながら、タイカくんと三人は中央カラーンへ。入り口はなぜか門から見て反対側にあり、今度は中庭を半周しなくてはならなかったが、花々がきれいで歩くのも楽しい。
「このようにカラーンの入り口は門からは見えませんが、これは、悪い精霊はまっすぐにしか進めないとされているためです。回り込むことができないので、悪霊はカラーンに入ってこられません。
庭を花で埋め尽くしているのも、これらの花には浄化の作用があるので、たいていの悪霊は清らかになるのです」
「あたしもなんだか清らかな気分になってる。きれいな庭っていいなあ」
「ふふ、そうです、人間にも効果はありますから。昔ここに泥棒が入ったことがありますが、その人も花に囲まれて心を入れ換えたので、何も盗まないで自首しました。そしてそのまま出家して僧になったという話です」
などと胡散臭い伝承も聞きつつ、再び靴を脱いで塔へ入る。
さすがに中央の塔ともなると四方のカラーンに比べて断然広く、内部に安置されているフォレンケの像が相対的に小さく感じるほどだった。実際にはフォレンケの像は聖人像より一回り大きいそうだ。
ここでもタイカくんは一礼から始まる一連の作法を行ったが、さすがに聖人と神とではすることが違うようで、何度か拝んでから祝詞を読み上げたりしていた。
最後に紋唱を行ったのを三人は見逃さなかった。すかさずミルンが質問する。──今の紋唱は?
「フォレンケさまにご挨拶したのです。私は素手なので、紋唱といっても動作だけですが、修行を終えて一人前になると僧正さまから指貫をもらえます。それを着けて行うとちゃんとした紋唱になります」
「できたら紋章と招言詩を書きとめさせてほしいんですが」
「いいですよ。あ、紙と筆を貸していただければ書きます。……どうも」
タイカくんがメモしてくれている間、フォレンケ像を観察した。
フォレンケの像は人の形をしていた。男神なのは股間を見れば一目瞭然だが、それでなくとも立派な体格をしており、背も高い。しかも人型のシッカと引けをとらない美形である。
本人、もとい本神がこのとおりの外見なら、獣の姿もさぞ勇ましいことだろう。なんの獣なのだろうか。
そこまで考えて、ふと思った。
この世界に完全に人型しかとらない神はいるのだろうか。今のところ半獣半人の神しか見聞きしたことがないが。
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