オフィーリアへの献歌

夢 浮橋(ゆめの/うきはし)

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09‐幽霊と料理男子未満

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 一応ガンちゃんが見えたという幽霊の特徴とか聞いてみたけど、ただのゴーちゃんだった。
 俺に見えないだけで黒髪ロング白ワンピJKの幽霊がもう一人いるんなら知らんけど。いたらゴーちゃんが反応しそうだが。

 ただ、俺にはゴーちゃんってけっこうかわいく見える(この場合、顔というより雰囲気が)んだけど、ガンちゃんには怖く見えたらしい。
 具体的にどんなかは聞かなかったけど。

「心当たりないってんなら、おまえを見てたのは俺の勘違いかもな。だとしたら、まーたあいつらのどっちかがやらかしたか……」
「あ、違う違う、泣かせた心当たりはないけどその子のことは知ってる」
「……どういうことだ? つかおまえも見えんのか」
「あの子だけね」

 あいつら、というのはスタジオに残ってるバカふたりのことです。いやしくも前科者(女を泣かせる的な意味で)なのでこのように言われます。
 まあどっちもガンちゃんにガッツリ〆られてからは大人しくしてるけど。
 つーか、あいつらがやらかすたびに速攻でガンちゃんにバレてた理由がわかった。ガンちゃんは根っからの霊感持ちで、生霊とかがくっついてるのが見えるからすぐわかるんだって。

 俺はガンちゃんにさらっと事情を話した。
 ゴーちゃんは俺のファンで、成仏するために俺を訪ねてきたこと。弔いの歌作りのためにかれこれ四日うちにいること。
 誰が聞いてもそう簡単には信じられない話だけど、ガンちゃんなら笑わずに聞いてくれると俺は知っている。

 事実、ガンちゃんは一言も茶々をいれずに耳を傾けてくれた。顔はずっと険しいままだったけど。
 まあそれも俺のことを心配してくれてるからなので、やっぱいい人だわ。

「成仏ってなぁ……。とりあえず、おまえに害はねえんだな?」
「ないない。むしろ和むというか癒されるというか」

 生活が潤うというか。……ある意味では余計に渇くともいうか。

「ならいいけどよ。でももしなんかあったらすぐ言えよ」
「うん。ありがとね」

 ガンちゃんはそれ以上はあれこれ言わず、励ますように俺の肩をぽんぽん叩いてから、またスタジオに戻っていった。やたら叩くのが好きなのはドラマーの習性か何か?

 なんにしても、こういう男になりたいもんですね。としみじみ思った俺だった。
 とりあえず筋トレしようかな。なんか人としての余裕ってそのへんから出てきそうな気しない?


 帰り道で、俺はゴーちゃんにガンちゃんのことを教えてあげた。
 すっげー今さらだけど音が似てて間違えそう。ゴーちゃんとガンちゃん。外見は真逆だけど。

 ゴーちゃんも、なんとなくガンちゃんが見えてるような気はしたらしくて、部屋の隅に行ったのもそのせいらしい。
 あとやっぱり顔が怖いからだって。厳つい男は苦手みたい。
 強面だけどめちゃくちゃいい人だよと教えてあげたら、ゴーちゃんはちょっとほっとした顔をした。

「たぶん見慣れてるんだね。私のことも、最初ちらっと見ただけで、あとはずっと無視してたし」
「ちっちゃいときかららしいよ、見えるの」
「やっぱり。……でもよかった、お祓いとかされなくて」

 いや、見えるだけで拝み屋とかとは違うでしょ。
 と思ったけど、何かあったら言えって言ってたから、なんかそういう伝手でもあるのかもしれない。

 まあでもそれを確かめることはないだろう。だってゴーちゃんは俺の歌で成仏できる予定だから。
 それに、もし仮に成仏できなかったとしても彼女が俺に悪さをするとは思えない。
 最初のころは祟られないかとビビってたけど、ゴーちゃんのことを知れば知るほど、そんなことする子じゃないと思えてきた。

 なんならずっと幽霊のまま俺のとこにいるかい?
 ……なんてことは思っても言わない。彼女は成仏したがってるし、俺だって、いつかは生身の彼女がほしい。

「あ、そういや帰っても食うもんないわ。どっか寄ってくか」
「そろそろお夕飯だもんね。……そういえば、イオって料理はしないの?」
「したほうが経済的なんだけどねー。バイト終わって帰ってくるとそんな余裕ないって感じ。一応フライパンくらいは持ってるけど」

 あと自炊って継続してやらないと食材をダメにするしね。独り暮らし向けに使い切れる少量でも売ってるけど、そのぶん割高だし。
 だから俺は日持ちするレトルトと缶だけ買い溜め。

「ゴーちゃんは料理できんの?」
「あんまり……うちお母さんが専業主婦だから、たまに手伝ってただけ」
「へー」

 さらっと言ってるけど、今日び母親が専業主婦ってことは父親の稼ぎが相当いいよね。
 服装とかお嬢系だなとは思ってたけどマジでいいとこのおうちの子なのか。
 はー、そんな子から見た今の俺の暮らしぶりってさぞ悲惨だろう。好き好んでしてるんだからいいけどさ。

 きっと、というか絶対だけど、俺がギタリストじゃなかったら、ゴーちゃんは俺に見向きもしなかったろうな。
 俺が今までのどっかでバンド辞めてたら、今ごろ出逢いもしなかった。

 そしてせっかく会えたのに、俺たちの時間は恐ろしいほど有限だ。それは誰しもそうかもないけど、とりあえず俺が知ってるどんな関係よりも、ずっと短い。
 ゴーちゃんがあとどれくらいこの世に留まるのかわからない。
 俺が歌を完成させる前に、ゴーちゃんの意思とは関係なく旅立ってしまう可能性だってあるかもしれない。

 それは絶対に耐えられないってことを、俺はもう知ってる。

 俺の足は、自然と飲食店の集まるエリアではなく、スーパーのあるほうに向かっていた。
 外食だと人の眼が気になる。今日はただでさえあまり話ができていないから、家で、ふたりきりでのんびりしたい。
 そのためなら久々にフライパンが仕事したっていいだろう。

 スーパーが見えたところでゴーちゃんも俺の考えに気付いたらしくて、なぜかふっと笑った。
 ほんの一瞬のその笑顔がなぜか印象に残った。ちょうど街灯の光が上から差し込んで、いい具合の透けっぷりだったせいかもしれない。

 カット野菜と味付き肉、あとなんか気分でビールをカゴに放り込む。最近飲んでなかったし。
 あとプリンにクリームと果物が載ったスイーツを一個、これは言わなかったけど、俺じゃなくてゴーちゃん用に。
 それだけ買ってとっとと帰った。

 さて、久々に出したフライパンは美しく輝いていた。使用頻度が低すぎてぜんぜん汚れてない。
 適当に油を引いて、とくに順番とか考えずに肉と野菜をまとめて放り込んだ俺を見て、ゴーちゃんはなんだか楽しそうにしている。

「男の人が料理してるのって、なんかいい」
「そうなの?」
「うん。これでエプロンしてくれたらもっといいかな」
「持ってないなー」

 ふーん。ゴーちゃんは料理男子がお好みですか。

 数分後、肉さえ火が通ってれば食えるでしょの精神で火を止める。
 それを皿に移して、ビールとスイーツも持ってローテーブルへ。もちろんスイーツは蓋を開けてゴーちゃんの前へ。

「え、これ私のなの?」
「うん。好きかなと思って。それとも肉のほうがよかった?」
「ううん、これがいい。ありがと」

 本音じゃないかもしれないけど、俺の気持ちを慮ってそう言ってくれてるんでも嬉しいね。
 まあ、俺はとりあえずビール。とくに好きというわけでないけど、なんか俺の中で、あらゆる酒の中でビールがいちばん手軽な存在だ。
 炭酸入ってるからかな。単品ならチューハイでもいいけど、飯と一緒に甘いやつ飲むのはいまいち好きじゃない。

「……何、ビール気になんの?」

 なんかゴーちゃんが興味ありげに見ていたので訊くと、彼女は驚いたのかぴゃっと肩を震わせた。かわいいかよ。

「イオもお酒飲むんだって思って……あと、どんな味するのかなって……」
「まあふつうに嗜んでるね。ゴーちゃんは飲んだことないんだ?」
「だって未成年だもん」

 そりゃそうだが、世の中それをちゃんと守ってない人もいっぱいいるからさ。
 酒も煙草もエロ関係も、なんだかんだで厳密には守られてないっていうか。どれも買ったりするぶんには身分証がいるけど、誰かが買ってきたやつはもうグレー、場所さえわかれば誰だって手が出せる。
 俺も酒に関しては、十代のときにつるんでた他のバンドの飲み会で飲まされて覚えたクチだ。もう時効だから許して。

 それを律儀に守ってるあたり真面目だなあというか。
 やっぱいいとこのお嬢さんぽいなというか。そりゃ親も厳しくするわな。

 まあでも、幽霊の彼女に現世の法律なんて関係なかろうし。

「嗅いでみ」

 缶をゴーちゃんに向けて差し出す俺は、まさしく悪い大人だった。俺を騙してウーロン茶とウーロンハイをすり替えた先輩と大差ない。
 ゴーちゃんは最初びっくりした顔をして、それから少しあたふたしたあと、覚悟を決めたみたいな表情になってビールを嗅いだ。なんだかんだ、やっぱり興味はあったんだろう。

 すんすん、と数秒吸い込んでから、ゴーちゃんはへにょりとその場に沈んだ。


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