背守り

佐藤たま

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悲劇のヒロイン気取っても周りは知ったことじゃないんだ

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 今日は梅雨の合間の晴天で、ずいぶん前にねねが植えていた種が、一斉に芽を出していた。
 フウセンカズラという緑色のフウセンのような実がなるツル性植物。
 種は小さくて丸くて、黒コショウの粒か某お腹痛の時に飲む丸薬に似ている。しかし、フウセンカズラの種には白色のハート模様が入っているて可愛らしくもある。
 ねねが隣の部屋の叔母さんに去年もらったものを、今年は植えてみることにしたのだ。3週間くらい前のこと、
「お母さん、種出てこないよ?」
「ほんとだね? でも、まだ植えてから3日しか経ってないしね」
 そんな話をしていたけれど、日々が忙しく種のことなんかすっかり忘れてしまっていた。
「お母さん、芽が出た!」
「植えた種全部出てるよ」
 裏の窓を開けに行ってくれたねねが、忘れられていたプランターにある芽を発見してくれたのだ。
「よかったね、その種全然発芽しないからお母さん忘れてたよ。」
「全部出てるんなら、お寝坊さんだけど、元気な種だったんだね」
「ねねみたい」とくすくす笑う。
「えー、お母さんみたい」
「いやいや、ねねみたい」
 
 そんなたわいもない言い合いが幸せだと感じる。
 相変わらず、正社員の口は決まらないけれど、パートと内職は続けている。

 時々、ひたすらダンボールを組み立てるバイトにも行く。そこは自転車で行けばすぐの場所だということと、その日の終わりにお金を支払ってくれるから、ものすごく助かるのだ。
「おはようございます」
 倉庫に入りながら挨拶して周りを見回す。
 いつもいるリーダー的な存在の人がキビキビ仕事をこなしていく。だが、最近わかってきたことがあって、一つの仕事場があれば、そこには不器用な人、少し意地悪な人、うまいこと怠けている人がちゃんと存在することだ。

 机の端にいるメガネの少しぽっちゃりしたおばさんは、作業は丁寧だけど、遅い。もっと丁寧な仕事を要求される仕事に就けば活かせる個性も、このダンボール組み立てには必要ない。
 その隣にいる不器用な細身の女性は、とにかく遅い。昨日までスタートから3番目の作業にいたが、ボトルネックになっているので、皆が迷惑そうな視線をおくっていた。
 
「不器用でもさ、上達しようとするんならいいけど、上達しようと努力もしないですみませんみたいな顔するの腹立つよね」
「そうそう、そのくせ定時になったら誰より先にさっさと帰るしな」

 休憩時間、花壇前のブロックに腰掛け数人が会話している。
「言うて、ダンボールだよ? 不器用もクソもないと思うんだけど、どうしたらあんなにぐずぐず作業出来るんだか?」

 たぶん、彼女たちが話しているのは、ボトルネックさんのことだ。
 ここでは、別段チームワークも要求されないから、名札も用意されていないので名前はわからない。
 別段、話しかけにも行かないので、心の中では「ボトルネックさん」と呼ぶしかない。

「あのさ、思うんだけど不器用だから努力して当然だと思ってるとこが間違ってるんじゃない?」と、
 別の新人の女性が口を挟んだ。

「どういうこと?」
 私が思ったことと同じことを、隣に座っていたお姉さんが聞いた。

「不器用な人の性格がひとつとは限らないと言うか…、不器用=性格がいいわけじゃない。まあ、あの人は性格は悪くなくて要領が悪いだけなのかもしれないけれどね」

「要領が悪い人に早くやれと怒っても出来ないだろうし、性格が悪い人に怒っても、「すみませんすみませんって」とりあえず謝っておけばいいだろくらいにしか思ってないでしょうしね。どちらにせよ怒り損かも」

「じゃあ、始業時間にダンボールをいる人数で割ってノルマ決めて、あの人は流れ作業から外したらいいんじゃない? あの人も怒られなくて済むしさ」

「なんか、イジメっぽい」
 新人さんは、眉間にシワを寄せている。

「じゃあ、彼女を一番最後の仕事にしたらいいんじゃない? そしたらボトルネックにはならない」
 
 みんな納得したようなしてないような微妙な空気が流れたけれど、そのまま最後にする案が採用された。

 午後からの作業ではボトルネックさんの担当は一番最後になった。

「ボトルネックさん」は、要領が悪いのか性格が悪いのかどっちなんだろう。そう思うと気になるが、見てるだけではどっちかなんて、わからないが当然のことながら彼女の手前には作りかけのダンボールが山積みされていった。

 壁の時計を見ると16時15分になっていた。17時まであと45分。完全なノルマ性ではないが、入っている人数に合わせた量が運び込まれているわけなので、残っているものは、誰かが残って片付けていく。
 もちろんその分の残業代は出るわけだけれども、今の状態を見る限りボトルネックさんは残業確定だろう。

 こちらの作業は大体終わりの予測が見えてきている。そんな予測を立てていた時、横の新人さんに肩をとんとんと叩かれる。

「私、今日残業したくないから、ここの作業抜けて、あっち行ってきていいですか?」の声に別の人が反応する。

「え、助けるの? 助けたら、あいつ外した意味なくね?」
「遅いのにしっかり昼休憩はとるし、定時には帰るしさ。甘やかしたらつけあがるよ」

「確かにそうかもしれないけど、世の中ってこんなもんじゃないかなって」
「出来の悪いのや悪者を排除しても仕方ないってことを言ってる?」
「はい。あの人を排除したらまだその次の人のアラが見えてくるんじゃないかな? そうしたらずっと感じ悪いままなのかもなって」
「確かに」
「別に彼女の味方したいわけでもないけど、そんな感じかなぁって」

「てわけで、ここ抜けます」

 実際、彼女ひとり抜けたところで作業は終わるのでみんな文句も言わなかった。

 いいと悪いの2つじゃないって考えたこともなかったなと、2人の作業を見ながら思う。
 何が間違いで何が正解かわからないこともたくさんあるが、最終的に新人さんの選択が、作業としては一番効率が良かったことに違いはなかった。

 自分を取り巻く環境の中だけの意見を持つのは、危ういことなんだとタカヒロが亡くなってから痛感しているが、ボトルネックさんを取り巻く環境やここまでの人生は、私とはまた違うのだ。
 結果は結果で彼女は仕事ができないのには変わりないが、それを一方的に責めるのは正解ではないことはわかった。

 不器用なのも旦那が突然死んだのも他人にしてみれば、知ったことじゃないんだ。

私は今までの常識は捨てて、ねねと生き延びることを第一優先にしていこうと腹を括った。

「私、子どもが待っているので5時10分まで手伝ったら帰ります」

10分だけ腹を括れなかった自分に、笑えたけど、それでいい。

明日はまた違う私かもしれないし

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