ちょっと待ってよ、シンデレラ

daisysacky

文字の大きさ
上 下
107 / 370
scene 5 それは、魔女の館?

  19

しおりを挟む
 場も治まり、何人か項垂れている人はいたけれど問題もなく解散となった。


 月原家の人達は監視付きで一先ずは帰すことになる。

 今回の件は吸血鬼同士の事件となるため、ハンター協会は手を出すことはないし出来ないのだそう。


 月原家に関しては後日吸血鬼達だけで処遇が決められるだろう、と田神先生が報告してくれた。

 どうなるかは分からないけれど、もう私達に手を出してくることはないだろう。


 ……私が相愛の誓いを宣言したとき、伊織は希望を見るような目をしていた。

 多分、シェリーのことを考えたんだろう。

 まあ、どうするのかは彼らの自由だ。

 これ以上関わってこないのならそれでいい。


 始祖としての力はまだ扱える状態だけれど、力も馴染んで口調や態度がもとに戻ったからだろうか。

 周囲も多少は緊張がほぐれたみたいだった。


「凄いことしちゃったわね?」

 苦笑気味にそう言って近付いてきた嘉輪に、私も苦笑いで返す。

「うん、自分でもビックリだよ。……でも、やらずにはいられなかったんだ」

 永人と共にあるために。
 誰にも邪魔をされないために。


「そうね。……格好良かったわよ? 『これは相愛の誓いである。何人たりとも引き離すことは許されない!』だったかしら?」

 わざわざ声マネまでして再現する嘉輪に唇を尖らせる。

「からかわないでよ」

「ごめんごめん、でも格好良いと思ったのも本当よ?」

「ふふ……ありがとう」


 そうして笑い合った後、私は愛良の元へと向かった。

 愛良は会場で戦闘が始まる前には零士によって連れ出されていたらしい。

 事が終わった頃にはあてがわれた部屋に戻り、ベッドに寝かされていた。


「お姉ちゃん……綺麗……」

 会って第一声がそれだったせいもあって、心配していたのに気が抜けてしまう。

 偉そうな口調ではなくなっても最上の美しさはそのままなため、言いたくなるのも分かる気はするけれど……。


「愛良の方が綺麗だし可愛いぞ?」

 横になっている愛良の頭を愛おしそうに撫でながらそう言う零士は相変わらず。

 でも、始祖の魅力にすら惑わされないなんて逆にすごすぎる。

 今回ばかりはその愛良への思い、本気で称賛に値すると思った。


「どんな様子? 薬がまだ体に残っているんでしょう?」

 愛良に近付き状態をたずねる。

 吸血鬼なら少し時間を置けば分解出来るような量でも、人間である愛良はそう簡単にはいかない。

 体に影響が残るような薬ではないから、休んでいれば動けるようになるとはいえやっぱり時間はかかる。


「治してあげられればいいんだけど……」

 永人のように血流を操って薬の成分だけを吐き出させることは出来なくはない。

 でも、あれは永人が吸血鬼だから出来た事。

 人間の愛良にそんなことをすれば不整脈を起こしかねない。


「永人。さっき持っていた中和剤ってまだあるの? 愛良に使っても大丈夫?」

 完全な中和剤じゃないと言っていたけれど、少しでも愛良が楽になればいいと思って聞いた。
 でも永人は眉を寄せ「止めておいた方がいい」と口にする。

「あの中和剤は不完全だし、どっちかっていうと気つけ薬に近いからな。俺達が飲むことしか想定してねぇからちょっと無茶な配合したし……」

 だから人間である妹には飲ませない方がいいと言われた。

「そっか……」


 結局は自然と薬が抜けるのを待つ方がいいってことか……。

「大丈夫だよお姉ちゃん。意識はもうハッキリしてるし、一晩眠っているうちに体も自由に動かせるようになるだろうって言われたから」

「……うん」

 愛良の言う通りなのは分かっているけれど、それでも心配なものは心配だ。


「本当に大丈夫だよ。……零士先輩がついていてくれるから」

 でも、幸せそうな笑みでそんなことを口にされたら居座るわけにもいかない。


 というか、もしかしてお邪魔しちゃったのかな?


 なんて思ってしまう。

 仕方ないから、私は零士に口うるさいほど頼んだからね! と言い含めて愛良の部屋を出た。


***


「じゃあ永人、おやすみ」

 部屋の前まで来ると、私はずっとついて来てくれていた永人に向かってそう言った。

「……」

 でも永人は返事もせずスッと目を細める。

 不満を覚えていそうなその仕草に、私何かしたっけ? と疑問に思った。


「……おやすみ、じゃねぇよ」

「え?」

 低い声を出した永人は、私の肩を抱くようにしてそのまま部屋の中へ一緒に入ってしまう。

 そのまま後ろ手にドアを閉め、カチャリと鍵を掛けた。


 耳に届いたその音に、ドクンと心臓が大きく跳ねる。

 肩を抱く永人の手が熱い気がして、トクトクトクと心音が早まった。

 顎を掴まれ、上向かされる。

 電気もつけず薄暗い部屋の中、ギラつくような漆黒の瞳と目が合った。


「……今夜は、寝かせるつもりねぇから」

「あ……」

 その声音に確かな欲を感じて、ゾクリと体が震える。


 怖いわけじゃない。寒いわけでもない。

 むしろ、彼の視線や私に触れる手から熱が伝わって来たみたいで……熱い。


「二人きりで、ベッドもある。……そして時間もたっぷりあるしなぁ?」

「永人……」

「逃がさねぇよ」

「っ!」

 真剣な目と声が、更に私を昂らせる。


 強く私を求めてくれるその想いから、逃れる術なんて私にはない。

 だって、その想いこそ私が欲しいものだから。


「お前を奪って良いって、言ったよな?」

 小一時間前に言ったばかりの言葉。

「……うん、言ったよ」


「だったら俺は、遠慮なんかしねぇからな?」

 遠慮しないと言いながらも、手を出す前にこうして確認してくれている。

 そんな分かりづらい優しさも、私の好きな永人の一面。


「……うん。全霊を掛けて、奪ってくれるんだよね?」

 顎を掴む永人の手にそっと触れた。

 こうして想いを交わし触れ合うだけで、他のことが何も考えられなくなる。

 頭の中も心の中も、もう永人でいっぱいになっていた。


「ああ、奪いつくしてやるよ。お前のすべてが、俺でいっぱいになるくらいにな」

 妖艶さをも含んだ笑みが浮かべられる。


 もう永人でいっぱいになってるよ。


 その言葉は、すぐに唇を塞がれたせいで音にならなかった。

 でも、きっと伝わっている。


 だって、その後の行為で私達は溶け合ってしまうから。


 何度も触れる唇に、柔肌を撫でる彼の手に。

 与えられた熱で溶けて混ざり合うから。


 だからきっと、私の想いも伝わっている。


「永人……」

「ああ……聖良」


 名前を呼び合うだけでも、満たされる。

 好きで、大好きで、愛しい相手。

 私達を邪魔する者は、もういない。



 新月の夜は、月でさえ私達を邪魔することはないのだから――。




『妹が吸血鬼の花嫁になりました。』【完】
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...