桜ハウスへいらっしゃい!

daisysacky

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第17章  動き出した歯車

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「そんなことしたら…遊べなくなっちゃう!」
 杏子は心配そうに、待子を見上げる。
「家に帰ったら、きっと…待子の母さん、バイトさせてくれなくなるかも」
 杏子は知っているのだ。
待子の母親が、どんなに厳しいか、ということも。
派手な服装も、ダメ。
派手な口紅も、ダメ。
男からの電話も、ダメ。
門限はもちろん、死ぬ気で守らないと、ダメ。
もちろん、男の人と遅くまでデートしてもいけないのだ…

「そんなことしてたら、待子、彼氏が出来ないよぉ」
自分のことのように、悲鳴のような声を上げるので…
待子はこの優しい友の肩に、そっと手を触れると
「杏子、ありがと。私は大丈夫よ」と寂しそうに微笑んだ。

「なんだ、そんなこと?」
 カウンターから、マスターが近付いて来ると、ポンと待子の肩をたたく。
「そんなら、うちの近くに住めばいい」
「でも…引っ越しのお金が」
「それ、問題ないよ」
「なんですか、それ?」
 マスターはいたずらっぽく、ニヤリと笑う。
「以前にね、丁度寮代わりに、アパートを借りているのがあって、
 たまたま空いているのが、あるんだ。
 行くとこないなら、待子ちゃん、そこに住めばいい」
ここ数日の悩みが、あっさりとこの一言で、解消されるのだった。
「えっ」
信じられない、という顔をして、待子はマスターを見上げる。
大体マスターが、アパートを借りているなどと、聞いたことがないのだ。
「昔、サラさんが住んでたトコがあるんだ。
 よかったら、明日にでも越せるよ」
明るい調子で言う。

「えっ、マスター!
 家主さんも、してるの?」
 先ほどまで、窓際の席で、静かに新聞を読んでいた中年のサラリーマンの
男性が、意外そうな顔をして、待子たちの会話に割り込んできた。
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