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第17章  動き出した歯車

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「帰ってくるの?」
 思わず待子が聞くと、佐伯さんは頭を振る。
「今日は、ここを…引き上げることにしたの」
何だか悔しそうに、下を向いて言う。
待子は思わず「えっ」とつぶやくと、
「引っ越すの?」声を上げた。
「うん…」
「どこ?」

 あんなにここに住むのを、誰よりも喜んでいたのに…
気に入っていたのではないのか、と待子はあの日の佐伯さんを思い出す。
 ここを出ていきたい、と思っていた自分が、結局はまだここに
残っているというのに…
どうして、という思いが、頭の中を渦巻いている。
「残念だなぁ」
心の底から、そう思う。
「あの人…サラリーマンじゃあなかったんだってね」
思い出すように、待子が佐伯さんに向かって話しかけると
何だか佐伯さんの顔が、見たことのないくらい、さえない表情を
浮かべている。
まさか…何かまずいことでも、言ったのか?
待子はあわてて、口をつぐむ。
佐伯さんは目を細めると…
「ここにいるの…とっても楽しかったなぁ~」
何だか残念そうに、つぶやいた。
「みんなと和気あいあいしてて、とってもよかったぁ」
 短い間だったけれども、佐伯さんはここにいる誰よりも…
この下宿暮らしを楽しんでいるように見えた。
誰にもなじまない、1階の外国人の2人とも、
案外気が合っているように、見えていた。
「ね、ホントにもう…あきらめちゃうの?」
思わず待子は強い口調で言う。
すると「うん」と佐伯さんは下を向くと
「なんかもう…怖くなっちゃった」
いつもの元気な佐伯さんの弱気な言葉が、ついにこぼれてきた。
「あの人ね…マイコさんの元ストーカーだったんだって!」
励ましたくて、待子は言葉を続ける。
「その人ね、たまたま佐伯さんを見かけて、
 目をつけていたらしいよ」
何を話しているんだ、と待子はいぶかりつつも、
それでも話を続けないといけない…
なぜだか待子はそう思っていた。
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