ラストダンスはあなたと…

第１３章 今宵一夜だけは…

３４

　　だがもちろん、武雄のことは、恨んではいないけれど、
先輩や友人、バイトの店長や、バイト仲間にも…
きっとすごく迷惑をかけただろうな、と思うと、
いても立ってもいられなくなってきた…

　ふっと顔に陰りがさすと…山内さんはすぐに気が付き、
「ご家族は、どちらに？」
急に優しい口調で珠紀に聞いた。
「たぶん…知らないと思います」
そう言いながらも、知らせないでくれ…と、珠紀は強く思う。
　あの優しい人たちに、心配をかけたくない…
　特に、実家の父さん！
　心配して、ろくに装備も整えず、探しに来たりしたら、
　大変だぁ～
　ふいに我に返る。
珠紀は幼い頃に、母を亡くしたので、それ以来父と2人きりの生活だ…
大学に入ってからは、好きなことをして過ごしていたので…
父には、迷惑をかけ通しだ。
これ以上、心配をかけたくない。
珠紀は強く思う。
　だが常識的に考えると…
まずは親に1番に知らせることだろう…
（父さんは、どうしているんだろう？）
そう思うと…いてもたってもいられない気持になった。

　おそらく顔色がよくなかったのだろう。
「あなた…大丈夫？」
いきなり肩を揺さぶられた。
「えっ」
あわてて周りを見回すと
「あっ、大丈夫です」
大きな声で頭を振る。
　さっきまでのフワフワとした気持ちが、いきなり珠紀を
現実へと引き戻してくれる。
すると突然、父に会いに行きたい、と痛切に思うのだった。
　まさかいきなりホームシックに陥るなど、思ってもいなかったことで…
珠紀はひどく、驚いた。
今までそんなことなど、1度もなかったというのに…
こんな風に、数日閉じ込められただけで、曜日の感覚も
何もかも、わからなくなってしまうのか…と、
生まれて初めて自分の弱さに、気付かされるのだった。