ラストダンスはあなたと…

第１３章 今宵一夜だけは…

２８

　　彼が勢いよく振り向くと、丁度船がバランスを失い、
グラリと大きく揺れて、ひっくり返る。
「きゃぁ！」
思わず珠紀が悲鳴を上げると、バシャンと水面に投げ出された。
「何をやっているんだ？」
　もちろん彼がいきなり立ち上がったせいもあるけれど…
珠紀は多くは語らず、
「ごめんなさい」と小さくつぶやいた。

「あなたは…醜くいなんて、ない。
　あなたは本当は…優しくて、思いやりのある…
　素晴らしい人なのよ」
そううめくように言うけれど、彼はキュッと顔をしかめる。
「本当は…そう思っていないくせに」
吐き出すように言うと、
「違うわ」
ずぶぬれのまま、立ち上がると、まっすぐに彼を見据えた。
　じぃっと探るように、見る武雄の視線を、そらすことなく
見据えると…先に目をそらしたのは、彼の方だった。

「何をしている？風邪を引くぞ」
ごまかすように、珠紀に言うと、スッと手を差し出す。
その手をためらいがちに、じぃっと見ると
「上がれ！」と叫んだ。
ためらいがちに、一緒にいた頃を思い出した。
「いいから、早く！
　風邪をひいたら、その分、帰る日が伸びるだけだ」
ブスリとそう言うと、さすがの珠紀もあわてた。
　
　本当はもっと、彼のことを知りたい、と思う。
けれども　もっと目には見えないバリアを、すでに
張り巡らされているのだ、と思う。
すでに全身がずぶぬれだったけれど、なぜだかちっとも嫌じゃないことに、
あらためて気が付いた。
（一体　どうしたって、言うのだろう？）
珠紀は自分の心の変化に、気付いたけれども、
おそらくは全部、気のせいだ…と、珠紀は全力で否定的だった。
だけども自分でも、うまく言葉にすることが出来ない。
ただ黙って、立ち上がることしかできなかった。