虚像干渉

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3章

斎藤元帥

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 次の日の朝、居間に敷いた布団から初めに目を覚ましたのは昴だった。誰も起きていなかったため昴は携帯の電源を入れて時刻を確認した。
「六時か……まだ少し早いかな。でも、久遠さんやお姉ちゃんにもお世話になってるんだし、朝食でも作ってみるか」
 昴は冷蔵庫を開けて食材を確認した。中に入っていたのは卵とキャベツ、千切り生姜――他にも色々あったが、昴は卵とキャベツを使って朝食を作ることにした。
 卵を三個とキャベツの千切りを使って、お好み焼き風卵焼きを作ることにした。ボウルに卵を三個割って、千切りにしたキャベツを入れ、それをかき混ぜフライパンで焼いた。焦げることもなく上手に出来た卵焼きを、皿に盛り付けてテーブルに置いた。冷蔵庫の横にあった茶色い小型の食器棚から橋とコップを出してテーブルの上に並べた。久遠たちが起きてきたらすぐに朝食を食べられる準備が整っていた。
 昴は久遠たちがまだ寝ていることを確認して、起きてくるまでの間、未来を視にいくことにした。
「はあ、良く寝た」
 久遠は起きてすぐに昴が起きていることに気付いた。
 昴は椅子に座って瞑想をしていた。
「昴。ああ、未来を視ているのか。朝食の準備がしてあるじゃないか。そうか、昴が作ってくれたのか」
 久遠は志桜里と恒平を起こした。
「志桜里、恒平、朝だぞ」
「はあ、竜也くん。おはよお」
「お父さん、おはよう」
 志桜里と恒平はパジャマを脱いで着替えていた。志桜里はピンクのパジャマを着ていた。こうしてみると、志桜里はまだ高校生に見えた。恒平はキャラクターのパジャマを着ていた。そして、恒平にはまだ幼さが残っているように見えた。着替え終わった志桜里たちは、朝食を食べるためテーブルの前に座った。
「昴、みんな起きたぞ。朝食を食べようか」
 そう久遠が言った時、ちょうど昴が虚像干渉を使い終わった。
「あれ、久遠さんたち起きていたんだ」
「今起きたんだ。昴、ありがとな朝食を作ってくれて。じゃあ、食べようか」
「そうですね。食べますか」
 久遠たちは昴の作った卵焼きを一口サイズに切って口へ運んだ。
「昴、美味しいなこれ」
「うん、美味しい」
「うん、美味しいね。昴くん、難波君の計画を止められたら作り方教えてね」
「分かった。難波を止められたら教えてあげるよ」
 久遠たちは昴の作った卵焼きを残さず食べた。昴は食べ終わった食器を洗おうとした。「洗わなくていいよ」
志桜里が昴にそう声をかけた。その意味はすぐに分かった。
「昴、そろそろ出かけるぞ。虚像干渉で難波の居場所は分かっているが、どうもどの未来でも難波は今日の内に日本全土を支配するみたいだ。支配と言ってもその県のトップを叩いて、その県の人々を好き勝手できるようにするらしい。そして、好き勝手できるようになった人々を監視し人間の心理を知りたいんだと思う。もし、それで人というものの本性が分かれば、難波は本気で日本だけではなく、世界を滅ぼしにかかるだろう。だから昴、急がないといけない」
「分かりました。少しだけ準備をさせてください」
「そうだな。何があっても薬だけはなくさず持っておけよ」
 昴が昨日、恒平が居た部屋に準備をしに行くと久遠は志桜里と話をした。
「志桜里は家に残ってて、何かあれば連絡するから。薬は志桜里も何時でも使えるようにしておいて。大丈夫、僕と昴で難波を止めるから。僕が志桜里に家に残って欲しいのは、志桜里の安全を確保するためでもあるけれど、理由は他にあるんだ。そのことは昴から聞いたな?」
「うん、聞いているよ。難波君は計画を実行しているけれど人は殺していない、殺しているのは他の人だってことでしょ」
「そう、知ってるんならいいんだ。僕はまだその犯人が分からないけど、何か嫌な予感がするんだ。此処に来るとかじゃなくて……、その犯人が僕たちに近い人だと思うんだ」
「近い人……。でも、久遠くんが分からないなら私にも分からないね。分かった、そっちは任せて、調べてみるから。だから、久遠くんは難波君のことを頼んだよ」
「うん。任せといて、絶対に止めてくるから」
 会話が終わるのを待っていたのか昴が隣の部屋から出てきた。昴の格好は機動隊の時の重装備ではなく、軽装で銃を二丁と薬を腰のベルトについているケースに隠していた。
「久遠さん準備できました」
「分かった。じゃあ、行こうか昴。志桜里、恒平、行ってくるね」
「うん。行ってらっしゃい」
「お父さん、行ってらっしゃい」
 久遠たちは階段を使ってトイレから地上へ出た。割れている窓ガラスから外に出た久遠たちは、昨日盗んできた車に乗って難波が居る場所へと向かった。難波が国防省に居ることは虚像干渉を使うことで知った。
「難波は国防省にいる。僕は難波が斎藤元帥に会いに行ったんだと思うけど、昴はどう思う?」
「たぶん、久遠さんの言う通りだと思います。僕は一回会ったことがあるんですが、あの人相当の格闘技の使い手ですよ。それだけじゃなくて特に護身術がやばいです。たぶん、難波が武器を持たずに挑んだのなら、互角かそれ以上の戦いをすると思いますよ。それだけやばいんです、覚悟しておかないと……」
「そうか、分かった。だとすればどうやって難波を止めるかだな。いや、待てよ。難波と互角の戦いをするんだったよな」
「たぶんですよ。でも、難波と互角に戦えるだけの実力はあると思います」
「そうか、なら逆にそいつを利用しよう。僕は自分の力で難波を止めたいとずっと思って
きた。でも、それだけの戦いをしていたのなら利用してやろう。あいつが難波と戦っている間に僕たちは難波に薬を打ち込む。虚像干渉のもう一つの能力は分からないが、僕たち二人が未来を視ながら戦いに参加すれば、必ず難波を止めることができるだろう。だから昴、頼むよ、僕と一緒に難波を止めてくれ」
「分かってます。難波を止めましょう」
 家から国防省まではそう遠くなかった。昨日の会館から十分した場所にそれはあった。しかし、道が崩れていたために遠回りをしたせいか、予定よりも時間が少しずれてしまった。
「思ったより時間がかかったな。昴、覚悟はいいな、必ず難波を止めるぞ」
「はい。行きましょう久遠さん」
 久遠たちは国防省に乗り込んだ。国防省の中は激しく荒らされていて足の踏み場が無かった。
 しかも、荒らされていただけではなく、怪我をした人たちが床に転がっていた。怪我をした人たちは、久遠たちが入って来たのを見ると助けを求めていた。しかし、久遠たちはその言葉に耳を貸している時間はなかった。怪我をしていると言っても大した怪我では無かった。多くの人達はかすり傷程度で、本当に助けを求めている人は数少なかった。
 久遠たちはその場を通り抜けて難波が居る場所へと向かった。
 国防省の中で斎藤元帥が居る場所は、斎藤だけの為に作られた部屋だった。斎藤は元陸軍の大尉、そして、全軍隊の指導者だった。一時期狙われていたことがあったため、斎藤の部屋には監視カメラ、騒音防止や鉄の扉など世界最新鋭の防犯システムが用いられていた。騒音防止が備わっているのは至極簡単な理由だった。命を狙われている斎藤に政府は拳銃の使用を認めていた。たとえ、拳銃をその部屋で使って殺したとしても罪に問われないことになっている。さらに斎藤は格闘技のレベル、特に護身術に関しては世界トップクラスの実力の持ち主で、いざという時部屋に誰かが助けに来た場合、来た人が逆に斎藤の邪魔をするかもしれないからだ。
 斎藤の部屋の前まで来た久遠たちは目を丸くした。斎藤の部屋が予想以上の広さだったからだ。驚くのも無理はなかった。個室かと思っていたのが、最上階のフロア全体が斎藤の部屋だったからだ。
 扉一枚隔てた向こうでは難波と斎藤が闘っていた。二人ともかなり体力を消耗しているのか息が上がっていた。しかし、それは斎藤が難波に匹敵するだけの力を持っていたという事だ。扉を開けて、その光景を見た久遠たちは思った。
「久遠さん、今なら難波に注射を打てませんか?」
 昴は今が絶好のチャンスだと考えていた。
「そうだな、どうせ難波には分かっているだろうし。昴、行くぞ。僕たちのどちらかが難波に注射を打たなければいけないんだ」
「そうですね。行きましょう」
 久遠たちは注射を片手に斎藤の部屋に乗り込んだ。難波はすでに分かっていたのか、驚くことはなかった。斎藤の方は誰だという問いかけの目で久遠たちを見ていた。今の状況になってから出てきたということは、自分を助けに来たわけではないことをすぐに察した。となれば難波の味方かと斎藤が思っても無理がない。何しろ久遠たちの片手には注射器が握られていたからだ。しかし、久遠たちは斎藤の目に答えることは無く、難波の方へと歩み寄っていた。斎藤は自分の命の危機を悟っただろう。そんな斎藤の前で久遠たちが取った行動は持っていた注射器で難波に何かを注入する姿だった。
「難波、未来はもう知ってるんだよな。難波、僕の為にこんな馬鹿げたことをしてくれてありがとう。でも、もういいんだ。難波は難波でいてくれ、僕の為にこんな馬鹿げたことはしないでくれ」
「久遠……やっと分かったんだな。俺がこんな馬鹿げた計画を立てて実行している理由を……」
「ああ、分かったよ。だから僕は此処に居る。難波、これからは僕たちと一緒に……一緒に僕の家に住もう、もちろん昴お前もだ。みんな家族だ、これからは僕が面倒見てやる。だから難波、昴、僕や志桜里、恒平と一緒に住まないか?」
「久遠は昔から何も変わらないな。まあ、久遠に計画を止めて貰ったんだ。それに、俺の願いは叶ったからな」
「願いが叶った。難波の願いは僕と同じじゃないんか?」
「何を言っているんだ。俺は親友の願いを叶えようとしたんじゃないか」
「難波さん、いくら親友でもそんな馬鹿げたことはしませんよ。ましてや友達ではそんなことは考えられないし。難波さんの親友の基準って何なんですか?」
 昴は驚いていた。どこの世界に親友の為に世界を敵に回すようなことをできる人間がいるんだろうか。そんなに親友を思うのなら友達という言葉は一体何の為、誰の為にあるんだ。そんな事を思っていた昴は難波にそう聞かずにはいられなかった。その問いに対して難波は……
「昴、まず友達というのは何の為にいるんだ。友達はただの話し相手だろ。じゃあ、親友は何の為にいるんだ。俺は親友というのは、その親友の為なら自分の身をも犠牲にできるものだと思うんだ。だから、こんな馬鹿げたことをしたんだ」
 難波が話し終わったところで、入口で膝をつけ息を整えていた斎藤が言った。
「お前たち何をしているんだ。今入って来た君たちは難波の味方ではないのか?」
「僕たちは難波の計画を止めに来ただけです。だから、僕たちはもうこの場を去ります。
それと斎藤さん、難波は連れて帰りますんで」
「何を言っているんだ君たちは。難波は世界を敵に回した奴なんだぞ。それを分かって言っているのか?」
「分かっています。でも、斎藤さんも気づいているんでしょ、難波が殺人者ではないことを。確かに最初の爆弾は難波が作り使用したことには違いないです。でも、会館で殺されていた人たちに使われていた格闘技は難波のものではなかったでしょ。なら分かっていますよね」
 久遠は威圧するように斎藤に言ってその場を去った。昴と難波は久遠の後に続いて部屋から出て行った。
 難波を連れて帰ることに斎藤は何も言わなかった。そして、斎藤が僕たちを追ってくるようなこともしなかった。昴が松尾から盗聴器の話を聞いてから、昴が調べた調査書を処分していていたため、僕たちの居場所を探すことが無理だったのだろう。どちらにせよ、今の難波を捕える理由が機動隊や国防省にはなかった。
 この事件の真犯人はまだ分からないが、難波の計画を止めることができて本当に良かったと僕は思っている。最後はあっけなく決着がついたが、難波があの終わり方で良かったと言うのだからいいのだろう。そして、難波の親友に対する思いが分かって良かった。
 それから僕たちは、あの事件の真犯人を探すため虚像干渉を使っていたが、結局見つけることはできなかった。ただ一人恒平を除いては……
 一足遅く国防省に着いた松尾たちは、斎藤の元へ向かっていた。その途中で久遠たちと出会った。そこで松尾たちは、久遠から全てを聞いた。
「隊長、全て終わりましたね。後は真の殺人者を見つけるだけですね」
「そうだな、向日葵」
 久遠たちが国防省を後にしてから、斎藤の元へ着き手を貸した松尾と向日葵は言った。
「向日葵、機動隊は今日で解散にしよう。真の殺人者はあいつらが見つけてくれるだろうが、多分人手が足りなくなることもあるだろう。その時は、俺たちで今度は手助けしてやろう」
「何を言っているんだ」
 斎藤は言った。
「そのままの意味です。機動隊は今日で解散。今までお世話になりました斎藤さん。ありがとうございました」
「待て……」
 松尾と向日葵は、すでにその場から立ち去っていた。斎藤に手を貸していたのは、かつての機動隊のメンバーだった。
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