虚像干渉

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3章

パラレルワールド

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「はあ、はあ……何があったんだ?」
「すごいな昴、お前の能力は最高だ。ただ志桜里には少し及ばないがな。志桜里も昴と同じで周りの人を過去、未来に連れて行くことができるんだ。志桜里の場合は十人以上連れて行けると思うが、今の昴の状態を見ていると一人が限界だな。良く頑張ったな昴」
「此処は……俺が知りたかった過去――お姉ちゃんの殺されかけた場所……」
 昴は本当に自分が虚像干渉を使えたことに驚いていた。
「そうだ、此処で志桜里が殺されかけた。犯人は未だに捕まっていないんだろ――犯人がこれで分かるぞ」
「そうだ、犯人は誰なんだ……」
 昴は辺りを見渡していた。久遠はこれから起こることを全て知っているのか冷静だった。仮にも自分の妻が殺されかけた過去を見ているのに、余りにも冷静過ぎて久遠の考えていることが分からず昴は気味が悪くなった。しかし、そんな事すらかき消す事実が分かった。
 向日葵と志桜里がすでに日が沈み暗くなった街路字を歩いていた。なぜか志桜里が向日葵を連れて街灯のない道に入って行った。
 そして目の前すらほぼ見えないなか、志桜里たちの前方から一人の人間が向かってきていた。
「あれが犯人か、あれ待てあれって……」
「ああ、そうだ。あれは僕だ」
 昴が見たのは隣に居た久遠本人だった。
「なんで久遠さんがお義父やお姉ちゃんを殺そうとしたんだ……なんで……」
 昴は驚きを隠せなかった。そして、隣に居る久遠に殴りかかった。
「僕だって本当はあんなことやりたくなかったんだ」
殴りかかってきた昴の拳を受け止めた久遠は冷静に話をつづけた。
「じゃあ、なんでなんだよ」
 昴は泣いていた。あの事件のせいで昴は大切な人を失い記憶まで失った。それなのに犯人が今自分の隣に居る。昴はもう泣くことしかできなかった。
「悪いな昴。でも、志桜里に頼まれたんだ。私の親友が夢を諦めているの。だから、親友の夢を叶えるために協力してって言われたんだ。まさかこんなことに協力するとは思わなかったけど……。でも、手加減はしたよ。志桜里の頑張りがなかったら今の向日葵はいない。そして、お義父に憧れて機動隊に入った昴、お前も存在しないことになるんだよ。確かに悪いことをした。でも、この事件の謎は解決しただろ、そろそろ戻ろうか昴」
「はい。これから先のことは見たくもないし……」
 
昴たちは昴の部屋に戻ってきた。戻ってきたといっても、元々この場所から動いていないわけなのだが昴は相当疲れていた。
「大丈夫か? まあ、初めての割には上出来だったぞ。それにあれだけの力を使ってこの疲れ様、お前は本当に良くやったよ。僕でも初めの頃は思いどおりにいかず疲れも相当きていたのに。でも、これで証明できたよな、昴も虚像干渉を使えることを――良かったじゃないか喜べよ」
「素直に喜べるのかな、僕だけこの能力を目覚めさせて……」
「いや、これで良かったんだ。昴がこの能力を目覚めさせなかった未来では、僕たちに未来は無かった」
 昴には一つの疑問が頭に過ぎった。自分や志桜里の虚像干渉には周りの人を一緒に連れて行くという能力がある。だとすれば、久遠にはどんな力があるのか――もし、虚像干渉にもう一つの能力があるとしたら――自分や志桜里と違う能力だとしたら……
昴はそんなことを考えていたつもりだった。しかし、昴の口からは考えていることが出ていて、全て久遠に聞かれていた。
「そうだな。僕にも昴や志桜里みたいにもう一つの能力があるよ。僕の場合はパラレルワールドというものの類かな。難波にどんな能力があるか僕には分からないけど……」
「パラレルワールド」
「そう、パラレルワールドだ。たとえばだな、今昴が虚像干渉を使えるようになったが、使えるようにならなかった未来もある。僕の場合はそれだけではなくて全ての未来が視える、いや過去も視えるな。要するにさっき言ったように、昴の能力が目覚めた後にも色々な分岐があるということだ」
「そんな凄い能力があるのに難波を止められないんですか?」
「昴、忘れたのか。僕は最近この能力を取り戻したばっかりなんだ。それまでは不老不死だけで何とか難波を止めようとしてきたんだ。これからは僕が難波を止める、誰にも邪魔はさせない。今までは昴たちのおかげで何とかなっていたが、それも今日で終わりだ。僕は明日難波に会いに行く、そして、そこで難波との決着をつける」
「そんなことができるんですか?」
 昴は久遠のことを信頼できると思い始めていた。でも、久遠が一人で止めるといって心配になった。自分も虚像干渉を使えるようになったのに、難波を止めることに参加できないのか。そんなことを考えながらも、心のどこかでまだ死にたくないと思う気持ちもあって、心の中で葛藤が生まれていた。
「昴、志桜里から話を聞いて、僕がまだ話していないことはないか。たぶん、それが一番重要なことだ」
 昴は一度に色々なことが頭を駆け回っていて考えられなくなっていた。でも、不意に何かを思い出した。思い出した所で頭の中を駆け回っていたものが消え、思い出したものの答えが見えてきた。
 昴は久遠に聞いた。昴はもう薬のことを知っていたから聞いてみてもいいと思った。しかし、いつもの昴ならここで聞かなかっただろう。それほどまでに昴は久遠を信頼していた。虚像干渉を目覚めさせることもでき、難波も止めることができると言った久遠の言葉を信じた。昴は余り人を信頼せず、一人で何事も進めることが好きだった。数少ない心を許すことができる人が一人増えた。
「その薬についてはさっき話したぞ。無効不死だ。だけど、僕一人で難波にそれを飲ませることは無理みたいだな。難波の虚像干渉のもう一つの能力が分からないし――同じ能力を持つもの同士が闘うとどうなるのか分からない。だから昴、力を貸してくれるか。もし、力を貸してくれると言ってくれるのなら……いやこの薬を渡すから今ここで考えてくれ――その薬は不老不死になれる薬だ。飲むか飲まないかは昴に任せる。昴が飲んでくれるの
なら、僕の持てる力を使って昴を絶対に助ける。だから昴、今ここで決めてくれ、飲むか
飲まないかを……」
 昴は答えに迷っていた。昴は確かに向日葵のように人を守る仕事がしたくて機動隊に入った。今がその時なんだと昴も頭では分かっているのだが、本当に自分に人を守る力があるのかと心配していた。しかし、昴はあの言葉を思い出して薬を飲むことに決めた。あの言葉とは、志桜里に昨日電話で言われた言葉だった。「昴くん……みんなを助けてあげて……これは昴くんにしかできない仕事なの」この言葉が昴の心を動かした。
「分かった。僕はこの薬を飲むよ、そして、みんなを助ける――それがお姉ちゃんと約束したことだから……」
「そうか」
 久遠は考えていた、いつ昴が志桜里とこんな約束をしていたのか。でも、そんなこと関係なかった。久遠と昴が手を組めば、難波の虚像干渉に置いて優位に立てると思ったからだ。
 昴は久遠の目の前で薬を飲んだ。確かに今ここで決めてくれたと言ったが、まさか目の前で薬を飲むとは思わなかった。昴は久遠にも覚悟を見せたかったのだろう。それを見た久遠は、昴の覚悟を確認した。確認なんかしなくても久遠は初めから昴を信じていた。信じるのに久遠は何の躊躇いも持たなかった。いや、持つ必要がなかった。志桜里の弟だからという理由で初めから信じていた。
「久遠さん飲んだよ。でも、不老不死の確認ってどうやるんですか?」
「簡単なことだよ、今ここで体の一部に傷をつける、この薬は僕が飲んだのと違ってね完成版なんだ、だから傷をつけた瞬間、細胞が活性化して傷口が何事も無かったかのようになる。失敗している可能性もあるからカッターナイフがいいかな。昴、カッターナイフあるかな?」
「ありますよ」
 昴は机の中からカッターナイフを取り出していた。机の中は綺麗に整理されてあった。もし、整理されていなければ多少時間がかかっただろう。
「よし、昴覚悟はいいな。いや、あの薬を飲んだ時点で覚悟は決まっているのかな。じゃあ、腕を出して、念のため脈は避けておくけど」
 最後の久遠の言い方が昴を不安にさせた。
「でも……いや、僕はみんなを、世界を救うんだ。お姉ちゃんは、みんなって言ったけど、そんな狭い範囲じゃダメなんだ、僕は世界を救いたい。うん、そうだそうしよう、だから久遠さん、お願い遠慮なく傷つけて」
 昴は完全に覚悟を決めた、世界を救うために。もしここで難波を止められなかったら日本だけではなく、海外にまで難波は手を出すだろう、そうさせないために久遠の味方をする。
 久遠は遠慮なくという昴の言葉を聞いて遠慮なく傷つけた。元から遠慮なくいくつもりだった。いくら昴が傷つけないでと言っても仕方がないことだった。何故ならあの薬の効果が確実に現れているか確かめなければいけなかったからだ。あの薬は効果が確実に現れることが多いが、稀に多少しか効果がない場合もある。もし、昴が後者だった場合、それを確かめられずに難波と戦って、昴が死んでしまっては意味がない。あれほど、自分が守ると言っておいて守れなかったら昴に申しわけない。
「うっ……あれ傷口がない」
 昴の傷口は久遠が切った途端すぐに塞がった。何事もなかったかのように、腕はいつも通り正常に機能していた。
それは、この世の理に反していた、そこで昴は改めて久遠や難波、志桜里がとんでもない事をしている事に気が付いた。そんな人たちに、武器以外の何も持たずに戦おうとしていた機動隊に呆れた。そして、難波が人を殺さなかった理由が分かった気がした。そして、久遠と同じ考えを持っていることに気付いた、更に親友ということを思い出した昴は、難波の計画について一つの考えが浮かんだ。
「すごいぞ昴、効果が確実に現れたな。それも完璧に――こんな完璧に現れた昴を見たことがない」
「それどういうことですか?」
 昴はすぐに久遠が言っていることを理解したが、間違っていたらいけないため聞いてみた。
「昴、分かってるんなら聞くなよ。まあ、いいか。パラレルワールドの中で完璧な効果が現れたのは一つの世界だけだったんだ。今その世界の未来を進むことに決まった。本当に運がいいな、完璧な効果が現れた昴と一緒に戦えるなんて」
「それは良かったです。僕としても完璧に現れてくれて良かったです。これでお姉ちゃんとの約束を守ることができる」
「じゃあ昴、これからは僕と一緒に行動してもらう。今から松尾の所に行くけど、昴の口から言ってくれ、僕は機動隊を辞めますって、頼むんだぞ」
「機動隊を辞める……。そうか、そうなるのか、分かりました機動隊を辞めます。だから、今度は僕からお願いします。久遠さん、僕と一緒に戦って、そして、難波を止めて世界を救ってください。それと、もう一つ。たぶん、難波さんのこの計画は……」
 昴は言うのを躊躇した。そんな簡単に難波の計画が久遠の為かも知れないと言ってもいいのか。もし言って、久遠が難波の味方になったらどうすればいいのか。昴の頭の中を飛び交っていた。
「昴、僕には未来が視えるんだよ。だから、話したくなければ話さなくていい」
昴はすぐに意味を理解した。パラレルワールドがあるという事は、話した未来もあれば、話さなかった未来もある。話しても未来が変わらない事を悟った昴は、久遠に話すことにした。
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