虚像干渉

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2章

同級生

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階段から奇襲をかけてきた機動隊をしり目に、僕たちは話し合いを続けていた。何しろ難波に未来が視えているのだから、動揺する必要がなかった。僕たちは一度話し合いを止め、機動隊からどうやって逃げるのかを考えていた。
 機動隊の隊員たちは黒い服で身をまとっていた。重装備をしていた機動隊は奇襲をかけるのに失敗した。装備が重すぎて速く走れなかったのだ。そんな中、機動隊の隊長を含む三人が僕たちに近づいてきた。
「難波、隊員たちを放っておいて僕たちの方に向かってくる奴がいるぞ。もしかして、一番前を歩いているのが機動隊の隊長、松尾か?」
「そうだ、久遠。あいつが俺の因縁の相手松尾だ。いつも計画の途中で邪魔をしてくるんだ松尾は」
「あいつが松尾か……。イメージしていたのとかなり違うな、もっと厳ついイメージだったんだけど」
「そう思っても無理はないよな。機動隊の隊長と言われれば、誰でもそんな風に考えるだろう。だって、警察機構のトップだぞ、確かに俺も初めは驚かされたけど」
 松尾は二十後半の細身な男だった。身長はそれでも170センチはありそうだが、体格は隊長と言われる全軍の隊長よりも明らかに細身だった。
 近づいてくる松尾たちにさえ、動揺する必要もなかった。
 僕は部外者なので本当は早くこの会館から逃げ出したかったが、いつの間にか機動隊に囲まれて逃げられなくなっていた。難波は目の前のことだけに集中しろと言ったが、集中なんてできるはずがなかった。虚像干渉を使えなくなった僕にはどうすることもできなかった。
「隊長、奴らやっぱり味方じゃないんですか。話をしていましたし」
向日葵は言った。
「そうかもな。奴も仲間なら逃がすわけにはいかないよな」
「いや、絶対仲間でしょう隊長。覚えていないんですか、あの研究会社の事件」
「昴、何だそれは?」
「ほら、あったじゃないですか。不老不死の薬を作っている会社に、先に薬を完成させたという匿名のタレこみがあったあの事件ですよ」
「ああ、あれか。でも、なんで昴はその事件について知っているんだ。あの事件の時にはもうアメリカに行っていたんじゃなかったか?」
「それは今関係ないです。でも、あいつで間違いないですよ」
「言われてみれば、あんな奴だった気がするな。向日葵、あの事件の犯人って奴だったか」
「俺も今昴に言われて思い出しました。確かにあいつですよ。あの事件の犯人」
「そうか。難波の仲間か、なら奴も捕まえなければいけないな。お前ら、もう一人の男も逃げないように見張っておけ。難波の仲間だ、油断するな、何をしてくるか分からんぞ」
「分かりました」
僕の近くにいた隊員たちが松尾に言っていた。
僕は焦っていた。この会館から出られなくなっただけではなく、難波と一緒にいたために僕は難波の味方だと勘違いされ、捕まりそうになっていた。僕は難波の親友ではあるけれど、味方ではないつもりだった。難波は余裕をかましていたが、僕にはこの先どう行動したらいいのか分からなかった。難波から未来の話を聞いたのは奇襲だけだったからだ。
「難波、僕はどうしたらいいんだ?」
「その場にじっとして動かなければそれで十分だ」
「そうか……。でも難波、僕はこの会館から早く出たいんだ」
「分かった、この会館から出させてやる。その代り、俺の味方ではないことをしっかりと説明しろよ。そうじゃないとこの会館からは出られないぞ。未来の久遠はそれを成功させた。久遠ならできる。しっかりやれよ」
 難波は自ら松尾たちに向かって行った。
「隊長。難波がこちらに来ますよ」
「分かっている。何がしたいか分からんが、とりあえず俺が話す」
「そうですね」
向日葵と昴はそう言って一歩下がった。
「何の真似だ、難波。何か要求でもあるのか、もしかして、その人質を解放してやるから俺たちにこの場を退けってか。そんなことをしたらお前が逃げるだろ」
「何もかも見透かされるって気味が悪いな。まあ、そのとおりなんだけど。この人質を解放してやる。だから松尾、今は退いてくれないか?」
「無理な相談だ。第一にそいつはお前の味方だろ、国防省に電話をかけたのはそいつなんだからな」
「そこを何とか頼む向日葵」
 その場に居た難波以外の全員が、こいつは何を言っているのかとざわついていた。先ほどまで自分たちの隊長と話をしていたはずなのに、急に副隊長の向日葵に話が振られたのだから、ざわつくのも無理はなかった。しかし、よく見ると一人だけざわつきに参加していない隊員がいた。
「ほお、そこのお前は驚かないのか。となると俺と向日葵の関係を知っているのか。なら、お前は向日葵の関係者か、それも向日葵に近い存在。お前、向日葵の息子か」
 隊員たちのざわつきは一層増していた。
「へえ、難波さんって頭がいいんだ。驚かなかっただけでそこまで見透かされるなんて。そうだよ、向日葵――父さんの息子の昴って言います。父さんは気づいていないみたいですけど、難波さんって父さんの同級生ですね?」
「そこまで知っているのか。だとすれば昴、お前とはまたどこかで戦わなければいけないな」
「戦わなければって、どこかに行くつもりですか。行かせませんよ」
 隊員たちは難波と昴の話に耳を奪われていた。それは久遠、向日葵、松尾も同じことだった。
「いや、俺はこの場に残るつもりだぞ。ただ、俺の親友を危険に巻き込んでまでお前らと戦おうとは思わない。自分で言うのもなんだが、俺はお前らが思っているほど心は冷め切ってないぞ。松尾、お前なら分かるだろう。いや、向日葵に聞くべきか」
「俺はお前の事を覚えていない」
「そうかもな。俺は元々人との関わりを持ちたくない人間だったからな。まあ、いいや。でも、俺はお前の事を知っているぞ。確か自衛隊に入りたかった理由は……大事な人を守るため、だったかな。名前は……」
「もういい難波」
「俺のこと覚えていないんじゃなかったか?」
「覚えてないな。でも、よく考えたら名前だけは知っている、有名だったからな」
「俺は有名だったのか? 高校時代に特に何もした記憶がないんだが」
「お前自身は知らないかもな。隊長、危険です難波は――俺が覚えている難波なら、頭は高校の模試トップ、そして、全ての教科が満点に近かった。それだけじゃあありません、たぶん、不老不死の薬を作ったのが、難波以外だとしたら――それはおそらく、そこにいる奴でしょう。だとすれば、たった二人であの薬を作ったことになります。そんなこと普通の人間にはできません」
「そうだな、難波は危険だ。そんなこと分かっている。で、お前はどうしたいんだ?」
松尾は言った。
「俺は難波の要求を受けた方がいいと思います。どうせすぐに足がつくと思いますから」
「分かった。難波、お前の要求を聞こうじゃないか」

 僕は内心どうしたらいいか悩んでいた。この場から早く逃げ出したかったが、いざそうなると、難波を一人残して行くことに罪悪感が生まれた。難波のことだから大丈夫だと思うが、心配なのは何も難波だけではない。機動隊にも罪悪感が生まれた。難波は僕のいる前では人を殺すどころか、捕えていた人を解放しようとした。僕の言葉があってのものならば、難波はもし僕がこの場から消えたらどうするのだろう。平気で機動隊の隊員たちを殺すのだろうか。それだけは難波にして欲しくはなかった。
 だから悩んでいる。難波を一人残して行くのか――どちらにせよ、僕の一存で決めることはできない。何しろこの場で一番無力なのは僕なんだから。
「良かったな久遠。この会館から出てもいいらしいぞ」
難波は僕にしか聞きとれないほど小さな声でこうも言った。
「久遠、気をつけろよ。もしかしたら、会館を出てから捕まるかも知れんし、尾行されるかも知れん。要するに何をされるか分からんから気をつけろよ。じゃあ、また後でな」
「うん」
 短く返事を返した僕は、機動隊が奇襲をかけてきた階段から、僕が入ってきた所まで戻るため足を進めていた。
 松尾が難波の要求をどれほどの考えで聞き入れたのかは分からないが、とにかく入口に戻ってくるまで、隊員の誰一人も僕の後ろをついてこなかった。
「そういえば難波って関西弁じゃなかったっけ。まあ、いっか。それよりも問題はここからか。隊員がついてこなかったとはいえ、僕が此処から出ることは分かってるし、それなりに機動隊も何か手を打っているだろう。気をつけないと……」

「良かったのか、本当に俺の要求を受け入れて」
「どういう意味だ難波」
松尾は聞いた。
「そのまんまだ。あいつがいたから、俺はお前らを殺さなかった。だけどもうその必要は無くなった。この意味が分かるな。それと、もしあいつに尾行をつけるようなら俺は先に行かせて貰うぞ。どうせお前らは俺に勝てないんだから」
「難波さん、それもそうだね。でも、俺たちが何も手を打ってないわけじゃないか。あの人の家にはもう招待状が届いているよ、僕からのがね。内容は簡単だ、僕たちの仲間になれ。そうそれだけだ、馬鹿でも分かる、実に簡単だ。あの人はどうするんだろうね難波さん」
 とても丁寧な口調で言ってきた昴に難波は腹を立てていた。
「昴、お前はもっと普通にしゃべれないのか。なんで俺にだけ丁寧なんだ、気味が悪い」
「難波さんだってある意味そうじゃないですか。知ってますよ、難波さんって関西弁なんですよね。なんで関西弁で話さないのか分からないけど、それも変ですよ」
「本当に気味が悪いぞ昴。まあ、どうでもいいや。それよりも、大事な用事が入ってしまったもんで俺はこれで失礼するよ」
 難波は久遠がさっき使った階段の方に歩き出した。
「難波さん、ここは見逃してあげるよ」
「何を言っているんだ昴」
向日葵は怒っていた。追い詰めた敵をみすみす見逃す馬鹿なんてどこを探してもいないからだ。そんなことをしてしまっては、せっかく夕食のために捕まえた魚を、川に返すことと同じじゃないか、と。
「俺は昴の言うように、難波をこのまま行かせてもいいと思うぞ向日葵。奴の居場所も突き止めたんだからな。奴が難波に再び接触するのも時間の問題だろう。それよりも昴、招待状ってなんのことだ?」
「隊長……」
向日葵は呟いていたが、向日葵の言葉は届いていないのか松尾と昴の話は続いていた。
「ああ、あの話ですか。実は僕、初めから奴の正体を知っていましたよ。だから、家に招待状を置いてきたんです。仲間にならないかってね。たぶん、その話には乗ってくれないと思いますけど……。でも、難波と会うきっかけにでもなればいいかと思いまして」
「そうか、分かった。でも、あんまり一人で行動するなよ。本当にお前を気に食わない隊員が出てくるかもしれないからな」
「はい、気をつけます」
「向日葵、帰るぞ」
「隊長、本当に良かったのですか、難波を行かせて……」
「向日葵、昴の言ったとおり、奴は直ぐにでも難波に会うだろう、それに、昴は家まで割り出しているんだ。次に難波に会うのもそう遠い話ではないだろう。それまでに準備を進めないとな。どちらにせよ、今のままでは難波に負けることは分かっていた。俺自身この場で難波と戦うことはどうかと思っていた」
「でも……隊長。やっぱり此処で難波を捕らえた方がいいんじゃなかったですか?」
 松尾はため息を吐いた。いつもなら、松尾の言うことを第一に聞き、信じていた向日葵が今納得していないことに。そして、奇襲前に決めた目標を忘れていたからだった。
「はあ、向日葵。忘れたのか俺たちの目標を――確かに俺たちの目標は難波を捕えることだった。でもな、奇襲前に第二の目標を決めただろ、何だったか覚えているか?」
 松尾は向日葵に呆れていた。難波と同級生だと言われてから、向日葵は何かおかしかった。松尾は長い間向日葵と一緒にいたから、向日葵の異変に気付いていた。
「覚えていますよ。隊員の安全を確保するでしたよね。俺だってそれくらい覚えていますよ。でも、昴が難波と俺が同級生だって言った時から俺おかしくなったんですね。俺が高校を中退した理由は知っていますよね……隊長?」
「ああ、分かっているつもりだ」
 松尾は小さく答えた。
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