虚像干渉

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最終章

久遠恒平

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 久遠が難波の計画を止めてから何年の月日が経ったのだろうか。恒平はたくましく成長し、昨年高校を卒業した。
 計画を止めてから知ったことだが、難波にも恒平と同い年の息子がいることが分かった。
 しかも、難波の息子は偽名を使って恒平と同じ高校に在学し、卒業していた。
「父さん。今から大切な話をしたいんだけど、母さんや昴さんを集めて貰っていいかな?」
 恒平が急に大切な話をしたいと言ってきて久遠は驚いていた。恒平は普段から学校の事や他の話もたくさんしていたため、大切な話と聞いて何か嫌な予感が久遠にはした。
「分かった。すぐに呼ぶよ」
 久遠はジーパンのポケットから携帯を取り出して、志桜里たちに電話をかけた。難波はあの事件があったから家に居させていたが、志桜里や昴は仕事をしていた。今日も仕事で出かけていたが電話はすぐに繋がった。久遠は仕事をしていたが、今日は休みを取っていた。虚像干渉を使って今日のことが分かっていたからだ。
「僕だけど、今から家に帰ってきてくれないかな。恒平が大切な話があるって」
 志桜里も昴もすぐに帰ってくると言ってくれた。
 志桜里たちの仕事場は家からそう遠くはなかったものの、久遠は恒平から先にその話を聞くことにした。
 恒平がこれからどんなことを話そうと、この会話が家の外に漏れる心配はなかった。あの事件の後、母の実家を自分たちで改造して作り変えた。防音装備もその時に取り付けていた。そのため、どんなに多きな声で話そうと、その声が外に漏れる心配はなかった。
「で、話とは何だ恒平?」
 長方形のテーブルを久遠、恒平、難波の順で囲んで座った。
 そして、恒平は淡々と語りだした。
「実は、難波さんの息子が虚像干渉を使って、この世界を滅ぼそうとしているんだ」
 難波は驚きを隠せなかった。それは久遠も同じだった。
 難波から息子の話を聞いていたが、恒平と同じ高校だと分かったのは、恒平からその話を聞いたからだ。難波はあの事件の前から息子とは会えていないらしい。だから、難波自身も息子がどこでどうしているのか分かっていない。
「俺の息子が……。もしかして、その理由って……」
 そのやり取りだけで、久遠は難波の息子がやりたいことの想像ができた。
「そう、難波さんが父さんの為にしたあの事件と同じだよ。でも、あいつの場合は少し違うんだ。それは、難波さんは人を殺さなかったのに対し、あいつは平気で人を殺すことができる。それもそのはず、だってあの事件の時の真犯人は……」
「まさか……。でも、あいつはあの時……まだ子供だったんだぞ」
「そう、そこが問題なんだよ。でも、あいつの特技を知ったら納得すると思うよ。あいつは人を洗脳するのが得意なんだ。あの事件の時も、機動隊の人やたくさんの人を洗脳して、人を殺していたんだ。そして、さらに恐ろしいのが……」
「虚像干渉のもう一つの能力……」
 久遠は嫌な予感が当たっているか確かめる為、恒平にそう聞いた。
 久遠たちが虚像干渉を使っても、その存在を知ることができない能力が存在するのではないのかと考えていた。そして、恒平から恐ろしいと聞いて、自分の考えが間違っていな
いと確信した。
「そう、あいつの虚像干渉の付与能力……。それは無自存在といって、自分の存在を人に悟られないようにできるんだ。もちろん、父さんたちの虚像干渉でも見ることはできないよ。だから、いくら父さんたちが真犯人を探しても無理だったんだ。でも、僕にはあいつの居場所が分かる」
「恒平にも、俺たちの知らん、もう一つの能力があるんか?」
 難波は聞いていた。
 久遠は自分たちが知らないもう一つの能力が、恒平にあることまでは分かっていた。ただ、恒平は志桜里と同じ能力を使えるはずだった。それなのに恒平には、もう一つどころか何個かの能力があることが分かって驚いていた。
「僕にも付与能力はあるけど……。でも、難波さん何か勘違いしてない」
「俺が何か勘違しているか?」
 難波はその答えに不思議そうな顔をしていた。そして、何なぜ自分の勘違いを指摘されたのか、何を勘違いしているのか、難波には分からなかった。
「難波さん。虚像干渉の付与能力は一つじゃないんだよ。僕の付与能力は母さんと同じで、周りの人を自分の意思で未来や過去に連れて行くことができる。で、ここからが大切な話だよ。僕のもう一つの能力は、あいつの無自存在を打ち消すことができる唯一の能力、有自存在。有自存在は、この世にある全てのものを何一つ隠すことなく見ることができる。たとえ、それが過去や未来でも……。だから、僕はあいつの居場所を知ることができる。それに、この能力は母さんでも使えるよ。ただ、父さんたちの時は無自存在を使える人がいなかった。いや使わなかったんだよね難波さん」
「良く分かったな、俺が無自存在を使えたことを。俺は人殺しをしたくなかった。だから、あえてこの能力を使わず久遠に俺の居場所を分からせていた。そして、久遠はちゃんと俺の計画の意味を分かったうえで俺を止めてくれた。本当にこの能力を使わなくて良かったと思っている」
 久遠は恒平に聞きたいことができた。それは難波も同じだっただろう。でも、話が終わるのを待っていたかのように、志桜里たちが帰ってきた。
「やっぱり、僕があいつを止めないとね。父さんたちの時みたいに……。難波さん、母さんたちに今の話をしておいてくれるかな。父さん、あいつの所に今から行きたいんだけど、一緒に来てくれる?」
「分かった。一緒に行ってやる」
「ありがとう。父さん……」
 志桜里たちは、先程まで恒平と久遠が座っていた所に腰を下ろした。難波は志桜里たちに説明を始めた。
 難波が説明を始めた頃、久遠が運転する車の助手席に恒平は座り、難波の息子、友人の元へ向かっていた。
 久遠は虚像干渉を使って未来を視たが、恒平に言われた場所に行っても、難波の息子の姿は無かった。
 しかし、恒平に言われた場所に着いたとき、確かにそこには友人の姿があった。しかも、その場所は難波との決着をつけた国防省だった。
 友人はあの事件の後、建て替えられた国防省の入り口に立っていた。そこで、ようやく久遠は恒平と友人の能力が恐ろしいことが分かった。シートベルトを外した恒平は、友人のもとへ向かっていた。その後に続いて久遠はシートベルトを外して車から降りたが、シートベルトは荒い音を立てながら頼りなさげに戻って行った。それを見た久遠は、これからの事を言われているようで不吉に思った。
 友人は恒平たちを見ると、恒平たちを誘うかのように、少し歩いた所にある公園へ向かった。その誘いに、恒平たちは従い公園へ行った。公園に着いた瞬間、恒平は友人に話しかけた。
「友人。もうやめようよこんなこと。分かってるよ、最近の事故や事件は、お前が起こしてるんだろ。だって、すぐに分かるよ。友達や親友がいる時に殺人者が現れて、どれだけその絆が強いか確かめてるんだ。絆が強いとその殺人者は、襲った人たちを見逃しているだって。そんなことをするのは友人しかないだろ」
「ああ、そうだ。最近の事件の殆どは俺がやっている。でも、これだけは俺がやらないといけないんだ」
「この世界の人たちに本当の親友が何なのかを教えるためなのかな?」
 久遠は友人に言った。難波の息子なら、そう考えるに違いないと思ったからだ。
難波は親友の為にあの事件を起こしたが、友人が最近の事件を起こしていると分かった以上、そう考えているとしか思えなかった。
「そうですよ久遠さん。でも、父さんは親友の為に起こしたが、俺の場合は少し違う。だって、あの事件の真相が新聞に載ったにも関わらず、この世界の誰一人、親友と言うものがどんなものなのかを分かってない。それどころか、今の人たちはあの事件のことが頭の片隅にしか残ってない。いや、記憶の片隅にすら残ってないのかもしれない。だから、父さんは甘いんだ。あなたの為にした所までは良かった。でも、どうせなら親友という大切さを、あなたにだけ分かって貰うのではなく、この世界の人たち全員に知って貰うべきだったんだ。あの時、俺みたいに大量に人を殺して、父さんは世界を変えるだけではなく、親友の大切さを分かって貰えば良かったんだ」
「友人、確かにそうかもしれない。でも、人を殺してまであいつはこの世界を変えようともしなかったし、親友の大切さも分からせようともしなかった。だって、その親友が人殺しを許さなかったからだ。お前は何か勘違いをしている。人を殺すことで親友の大切さを知って貰えると思っている。でも、僕はそんな簡単な話でないと思うよ」
「分かってますよ。でも……俺は……親友の大切さを知って貰いたいんだ。だから、俺は殺人を続ける。止めたいのなら好きにしてくれ、でも、俺はまだ足りないと思う、これだけでこの世界の人たちに分からせるのは……。だから、今はさよならだな。恒平、久遠さん止めたいのなら止めてください、いや俺を止めてください。俺はもう逃げも隠れもしません、無自存在も使いません。だから……俺を止めてください。俺は止めてくれるまで殺人はやめませんよ」
「だから、僕の話を聞いてた。人殺しは駄目だって」
「恒平こそ俺の話を聞いてたか。俺は人を殺してでも、知って貰いたいんだって」
「分かった。じゃあこうしようか。友人くんが後一ヶ月で、この世界の人に親友の大切さを知って貰うことが出来たら、僕たちは君に協力するよ。でも、一ヶ月で知って貰うことが出来なかったら、その時は素直にあの薬を飲んでくれるかい」
「分かりました。そういうことだ恒平、俺は後一ヶ月でこの世界の人たちに思い知らせてやる。でも、無理だったときは止めてくれよな。じゃあ、一ヶ月後にこの場所で……」
 そう言って友人は公園から走り去って行った。友人の姿が見えなくなるまで、恒平は父親が止めなかったことを悔やんでいた。
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