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おまけのSS
月が綺麗ですね
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【まだ蜜が高校生の時の小話】
夕食を食べ終え部屋でのんびりしていたら周防からメッセージが届いた。
___これから会える?
時間は8時近くなっている。
___どうしたんですか?
夜に何事かと思えば、今日は月食だから一緒に見ないかという誘いだった。
母に「クラスのやつらと月を見てくる」と言えばちょっとだけ眉をひそめながらも納得したようにうなずいた。
「今日は珍しい月が見えるってニュースでもやってたものね」
そういえばクラスの天文部の奴らが数日前から大興奮だったことを思い出した。
遅くならないうちに帰ると約束をして家を出ると、離れた場所に周防の車が止まっていた。
「こんばんは」
運転席をのぞき込むと学校と同じ姿の周防がいた。もしかして今まで残って仕事をしていたんだろうか。
聞けば「大人は大変なんですよ」と疲れた顔を見せる。
「じゃあ早く帰った方がいいんじゃないんですか?」
「そういう哀しいこと言わないの。蜜の顔を見たら一気に疲れも吹き飛ぶから大丈夫」
車は高台にある広い公園へと向かった。
ぽつりぽつりと街灯があるくらいの暗さは天体観測にちょうど良かった。眼下には街の明かりがキラキラと瞬いている。
同じことを考えている人も多いらしく、公園はそれなりにこんでみんなが空を見上げていた。
ベンチはどこも埋まっているから芝生の上にシートを敷いて寝転がった。
並んで横になるといつもより距離を近く感じてドキドキする。
暗くてよく見えないことを言い訳に手を繋いだ。
いつもと見え方の違う夜空は広く深い紺色で、小さな星がチカチカと点滅をしている。星座に詳しくないからどれが何座とかわからないけど、夜空にロマンを感じる気持ちはよくわかった。
静かな闇の中に光る星たちがまるで物語を語るように囁いてくるようだ。
「蜜、あっち見て」
周防の指の先を見ると低い場所に赤くぼんやりとした月が見えた。月食と言うから満月から徐々にかけていくのかとイメージしていたけど、今日の月は最初からかけた状態で昇ってくるんだって、と説明された。
「欠け始めのころにはまだ月が登ってないから始まりは見られないってさ。なんでも見える場所で起こるってわけじゃないんだな」
「へえ」
まるで自分たちのようだなと蜜は思った。
公には無いものだけど、誰も知らない場所で始まった恋。二人の関係は確かなのに他からは見ることが出来ない。
ひっそりと隠れた場所でスタートしているのに間違いなく存在している。
「今回はスーパームーンで月食で、あとなんだっけ、なんだかっていう特別な満月だって地学の先生に教えてもらった」
「天文部の奴らも興奮してました。なんかわかるな」
見たことのない赤い月が細く照る様は神秘的で夢中になってみてしまう。変わらないようで徐々に姿を変えていく月は、気がつけばさらに細くなっていく。
不思議だ。
誰かがそうしたいと思ったわけじゃなく、誰かの都合で変化させているわけじゃないのに月は自分のリズムで周り、地球も自分の生態を全うしている。
その積み重ねで月や太陽が欠けたり丸くなったりしているのだ。
そこには人間の想像もつかないサイクルがあって、誰かに気を使ったり人目を気にしたりということがない。
ただそこにあるだけ。
なのに惹きつけてやまない。
「綺麗ですね」
蜜は月を見上げたまま呟いた。
「赤くて、いつもと違うのに輝いていて、綺麗だ」
隣に寝転ぶ周防が静かになったので様子をうかがうと、じっと蜜のことを見つめていた。バチリと目が合う。
「先生。月を見に来たんじゃないんですか?」
「見に来たけど、蜜の方が綺麗だ」
照れもせず恥ずかしいセリフを口にする周防のほっぺたをつねってやった。
「そういうこと! 言うのやめてください」
「なんで? 思ったこと言ったらダメ?」
「ダメ」
「どうして」
どうしてって、好きな人にそんなことを言われて平気でいれるはずがない。心臓はバクバクするし赤くなった顔が元に戻らない。
夜でよかった。
絶対に変な顔をしている。
周防の大きなてのひらが蜜の頬を撫でた。
「熱くなってる」
「誰のせい」
「だって、月が綺麗だっていうから」
スリスリと頬を撫でながら柔らかく微笑む周防から目が離せなくなる。
「それって愛していますって言ってるのと一緒だろ」
かの有名な文豪夏目漱石が「I love you」をそう訳したという。
なんてロマンティックで大人な訳し方、とうっとりしている場合じゃない。
「ちが、月が、赤くて、不思議で、綺麗だから、」
「うん、ほんと幻想的だよな」
そう言いながら蜜から視線を外してくれない。見つめ合う距離が近すぎてどうしていいのかわからない。
目を閉じればいいのか。
でも、それじゃ。
周防の顔が近づいてくる。
息がかかる。
蜜はやっぱりどうしようもなくて、目を閉じた。
唇が離れていくとぬくもりまで消えたようで少し寒くなる。
震えた蜜に気がついたのか「おいで」と抱きしめてくれた。二人を包むブランケットのなかでぎゅっと抱きしめあう。
「見て、蜜。月が綺麗だ」
頭上にある月はまだ細くて赤いけど、さっきより少しだけ輝きを増してきたように見えた。時計を見ると月食のピークは過ぎていた。
徐々に光を取り戻す月は太く力強く本来の姿へと戻っていく。赤から眩しい銀色に変わっていって、世紀のイベントは終わりへと向かっていった。
それでも月はそこにある。
地球も変わらずここにあって、月は昇って朝になると沈んでいく。
何も変わらないけど変わっていく。
「あと少しだけ」
「……はい」
周防のぬくもりに包まれたまま、蜜は変わっていく自分たちに思いを馳せた。
fin
夕食を食べ終え部屋でのんびりしていたら周防からメッセージが届いた。
___これから会える?
時間は8時近くなっている。
___どうしたんですか?
夜に何事かと思えば、今日は月食だから一緒に見ないかという誘いだった。
母に「クラスのやつらと月を見てくる」と言えばちょっとだけ眉をひそめながらも納得したようにうなずいた。
「今日は珍しい月が見えるってニュースでもやってたものね」
そういえばクラスの天文部の奴らが数日前から大興奮だったことを思い出した。
遅くならないうちに帰ると約束をして家を出ると、離れた場所に周防の車が止まっていた。
「こんばんは」
運転席をのぞき込むと学校と同じ姿の周防がいた。もしかして今まで残って仕事をしていたんだろうか。
聞けば「大人は大変なんですよ」と疲れた顔を見せる。
「じゃあ早く帰った方がいいんじゃないんですか?」
「そういう哀しいこと言わないの。蜜の顔を見たら一気に疲れも吹き飛ぶから大丈夫」
車は高台にある広い公園へと向かった。
ぽつりぽつりと街灯があるくらいの暗さは天体観測にちょうど良かった。眼下には街の明かりがキラキラと瞬いている。
同じことを考えている人も多いらしく、公園はそれなりにこんでみんなが空を見上げていた。
ベンチはどこも埋まっているから芝生の上にシートを敷いて寝転がった。
並んで横になるといつもより距離を近く感じてドキドキする。
暗くてよく見えないことを言い訳に手を繋いだ。
いつもと見え方の違う夜空は広く深い紺色で、小さな星がチカチカと点滅をしている。星座に詳しくないからどれが何座とかわからないけど、夜空にロマンを感じる気持ちはよくわかった。
静かな闇の中に光る星たちがまるで物語を語るように囁いてくるようだ。
「蜜、あっち見て」
周防の指の先を見ると低い場所に赤くぼんやりとした月が見えた。月食と言うから満月から徐々にかけていくのかとイメージしていたけど、今日の月は最初からかけた状態で昇ってくるんだって、と説明された。
「欠け始めのころにはまだ月が登ってないから始まりは見られないってさ。なんでも見える場所で起こるってわけじゃないんだな」
「へえ」
まるで自分たちのようだなと蜜は思った。
公には無いものだけど、誰も知らない場所で始まった恋。二人の関係は確かなのに他からは見ることが出来ない。
ひっそりと隠れた場所でスタートしているのに間違いなく存在している。
「今回はスーパームーンで月食で、あとなんだっけ、なんだかっていう特別な満月だって地学の先生に教えてもらった」
「天文部の奴らも興奮してました。なんかわかるな」
見たことのない赤い月が細く照る様は神秘的で夢中になってみてしまう。変わらないようで徐々に姿を変えていく月は、気がつけばさらに細くなっていく。
不思議だ。
誰かがそうしたいと思ったわけじゃなく、誰かの都合で変化させているわけじゃないのに月は自分のリズムで周り、地球も自分の生態を全うしている。
その積み重ねで月や太陽が欠けたり丸くなったりしているのだ。
そこには人間の想像もつかないサイクルがあって、誰かに気を使ったり人目を気にしたりということがない。
ただそこにあるだけ。
なのに惹きつけてやまない。
「綺麗ですね」
蜜は月を見上げたまま呟いた。
「赤くて、いつもと違うのに輝いていて、綺麗だ」
隣に寝転ぶ周防が静かになったので様子をうかがうと、じっと蜜のことを見つめていた。バチリと目が合う。
「先生。月を見に来たんじゃないんですか?」
「見に来たけど、蜜の方が綺麗だ」
照れもせず恥ずかしいセリフを口にする周防のほっぺたをつねってやった。
「そういうこと! 言うのやめてください」
「なんで? 思ったこと言ったらダメ?」
「ダメ」
「どうして」
どうしてって、好きな人にそんなことを言われて平気でいれるはずがない。心臓はバクバクするし赤くなった顔が元に戻らない。
夜でよかった。
絶対に変な顔をしている。
周防の大きなてのひらが蜜の頬を撫でた。
「熱くなってる」
「誰のせい」
「だって、月が綺麗だっていうから」
スリスリと頬を撫でながら柔らかく微笑む周防から目が離せなくなる。
「それって愛していますって言ってるのと一緒だろ」
かの有名な文豪夏目漱石が「I love you」をそう訳したという。
なんてロマンティックで大人な訳し方、とうっとりしている場合じゃない。
「ちが、月が、赤くて、不思議で、綺麗だから、」
「うん、ほんと幻想的だよな」
そう言いながら蜜から視線を外してくれない。見つめ合う距離が近すぎてどうしていいのかわからない。
目を閉じればいいのか。
でも、それじゃ。
周防の顔が近づいてくる。
息がかかる。
蜜はやっぱりどうしようもなくて、目を閉じた。
唇が離れていくとぬくもりまで消えたようで少し寒くなる。
震えた蜜に気がついたのか「おいで」と抱きしめてくれた。二人を包むブランケットのなかでぎゅっと抱きしめあう。
「見て、蜜。月が綺麗だ」
頭上にある月はまだ細くて赤いけど、さっきより少しだけ輝きを増してきたように見えた。時計を見ると月食のピークは過ぎていた。
徐々に光を取り戻す月は太く力強く本来の姿へと戻っていく。赤から眩しい銀色に変わっていって、世紀のイベントは終わりへと向かっていった。
それでも月はそこにある。
地球も変わらずここにあって、月は昇って朝になると沈んでいく。
何も変わらないけど変わっていく。
「あと少しだけ」
「……はい」
周防のぬくもりに包まれたまま、蜜は変わっていく自分たちに思いを馳せた。
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