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第三章 sugar sugar honey

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 名残惜しいけれどいつまでも立ち止まっていられない。
 手を振りそれぞれに別れると後ろから声をかけられた。見ると小石川だった。泣きすぎて腫れた目が大変なことになっている。

「みっつ、卒業おめでとう」

「先生、いろいろありがとうございました」

 頭を下げると、まるで涙腺が壊れたように再び瞳が潤みだす。整った顔がくしゃりと歪んだ。

「もう泣かないでくださいよ」

「だって、みんな、いなくなっちゃって、俺だけ残されてさみしい」

 子どもみたいなセリフを口にするとまた泣き出した。
 慰めるように背中をさするととウルルっと上目遣いに蜜を見た。あざとさをこんな時に発揮しなくてもいい。

「先生は? 周防先生の後を追わないんですか?」

 蜜の卒業を見届けると言った小石川にここに残る理由はなくなった。周防を追って自分も母校に赴任する案もあるはずだ。
 だけど小石川はここに残るという。

「レオとみっつを見ててさ。俺も、ちゃんと好きな人と恋愛したいなって思った。あと、初めて担任をもって生徒と向き合って……ホントまじでびっくりだけど、教師っていいなって思ったからさ……ここでがんばるわ」

「そうですね。先生すごくいい先生だったから。きっと頼りにしてる生徒がたくさんいますよ」

「うううっ、そうやって、また泣かせるうううう」

 しまった。号泣しはじめた。
 ぼろぼろと大粒の涙が地面を濡らす。大人がこんな風に泣くのを見たことがない。

「ああ、もうどうしようかな。先生、泣かないでよ」

「みっつがいなくなるのもいやだあ」

 収拾がつかない。
 まあいいか。たくさんお世話になってきたし最後くらい胸をかそう。抱き寄せてポンポンとすると蜜より大きな子供はグスグスと鼻を鳴らしながら泣き続けた。

 こんなの周防に見つかったらただじゃすまないかも。ふとかすめた嫌な予感が当たらないことを祈る。
「は~」と息を吐きながら小石川は蜜の首筋に頭をすり寄せた。

「やっぱ、みっつのこと好きだわ。俺に乗り換えない?」

「さっきの却下です。さよなら」

 突き放すと、半泣きなくせにいつもの顔でクククっと笑った。

「嘘。幸せになりなよ。応援してるからさ。あいつのこともよろしくね」

 そう言いながら自分のスマホを目の前にかざした。そこには抱き寄せる蜜の動画が残されていた。

「ちょ、なんですかそれ!!」

「レオに見せびらかしてやろっかなって思って。もう既読になってるしウケル」

「え、マジですか。え? ほんとに送ったの?」

 すぐに蜜のスマホが鳴りだした。周防からだった。小石川はさっきまでのしおらしさはどうしたのか腹を抱えて笑い転げている。

 知らないふりをすると後が面倒だし、慌てて通話にすると低い声が聞こえてきた。

「蜜? なにあれ」

 開口一番がそれだった。声がヤバイ。

「なんでもないから。誤解です。ちょっと小石川先生何してくれたんですか」

 スピーカーにして小石川にも聞こえるようにすると、あはははっと大声で笑って「うらやましーだろ」と挑戦的な声を出した。

「みっつのハグいただきました!」

「ふざけんなよ、圭吾今すぐ行くからそこにいろよ」

「残念でした。レオはこれから卒業式だろ。担任じゃなくても参列しなきゃだめだもんね。俺だけみっつの可愛い卒業式姿をナマで見れてます」

「……マジ許さん」

 声が本気だった。
 どうするんだ、明日会う予定なのに。

「先生。ホントに何でもないから怒んないで」

「蜜は油断しすぎ。そんな無防備でどうすんの? これから先不安だわ」

「ま~幸せにやってよ」

 爆弾を落とした本人はスッキリとした顔をしている。

「これからの君たちへの餞」

「どこがだよ。マジで次あったら覚えとけよ」

「うん、会いに来てくれるの待ってる」

「つか先に密な。覚悟しとけ」

「え、先生?!」

 とばっちりもいいところじゃないか?
 だけど通話はそこで切れて、かけなおしても繋がらなかった。これから周防も先生としての行事に参加なんだ。仕方ない。明日会ったら謝ろう。

「ま、そんなわけでさ、俺もここでがんばるから会いたくなったらいつでもおいでな」

 ポンと肩を叩く小石川はしっかりと教師の顔つきで言った。コロコロとよく表情の変わる人だ。大人なのに子供みたいで、だからこそ憎めない。

「じゃあね、みっつ。いってらっしゃい」

「先生……」

 背中を押されるように踏み出した。
 もう振り返らない。ここでの時間は終わったのだ。

「行ってきます」

 力強く答えて、蜜は未来への一歩を踏み出した。

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