sugar sugar honey! 甘くとろける恋をしよう

乃木のき

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第三章 sugar sugar honey

進む道

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 日暮れが早くなった。
 放課後の廊下の窓から茜色に染まる空を眺めていたら遠くから名前を呼ばれた。振り返ると小石川だった。

「みっつー」

 廊下を走っちゃいけませんと言う側の教師が、早足を通り越したスピードで近づいてくる。あの人こんなに機敏に動けたんだなと見当違いなところに感心していると、たどり着くなりガシっと肩を掴まれた。

「おめでとう!」

「……えっ」

「決まったって連絡が来た。合格おめでとう」
 
 冬の始まりの事だった。
 進学を希望した大学の推薦入試の合否が届いたのだ。

「ほんとですか」

「今。連絡が来て。早く教えたくて探したよ」

「わ、すご。ありがとうございます」

 お礼を言いながらどこか夢を見ているような心境だ。
 クラスのほとんどはこれから試験があるとピリピリしているというのに、こんなに早くお先に失礼できてしまった。
 もちろん推薦を狙っているのは他にもいるから蜜だけじゃない。どういう反応を示せばいいのか迷っていると、小石川は自分の事のように喜んでくれている。

「いや~やっぱ嬉しいもんだな。こうやって一人ひとり決まっていくと安心するわ」

 小石川らしくない先生っぽいセリフに思わず笑ってしまった。
 去年までの彼なら「どうでもいいんだけど」と言いそうなのに。最初こそ大丈夫かと不安だった担任だったけど、今では結構頼りがいがある。

「はやく教えてあげな」

「ですね、連絡します」

 まずは両親に。
 母に合格を伝えると蜜以上に喜んでいる。電話を切るとすぐに折り返しかかってきて、何事かと思うと仕事中の父が待ちきれずにかけてきたようだった。

「蜜、おめでとう」

「ありがとう、お父さん」

 胸にあったごちゃごちゃが消えてから、実の父と同じように思えるようになってきた。どこか他人行儀で距離を作っていたのは自分だ。
 素直に向き合うと父はとてもいい人で周防が憧れたのがすこしだけわかる。

「嬉しいけど少しだけさみしいのは勝手な気持ちだな」

「ぼくも同じだよ」

 蜜が進学先に決めたのは地元の大学ではなかった。
 自分がこの先何をしていきたいのか考えた末に「図書館司書」という選択があった。

 高校の三年間、図書委員として働き最後は委員長を経験した。
 最初は蜜の顔を拝む為に通ってきた人たちが、そのうち本の面白さに目覚めていく。オススメを紹介し、面白かったと言ってくれてまた次を借りていく。
 そんな人が増えるにつれてやりがいを感じた先に、この先もこういう仕事をしていきたいと思えたのだ。

 図書館の司書になるためにいろんな方法があったけれど、せっかくなら専門的に学びたい。そうすると選択は少なく、遠くに行くしかなかった。

 また離れてしまう。
 そのことに悩んだけれど背中を押してくれたのはやっぱり周防だった。

「蜜のやりたいことを選べ」

 どんなに遠くたって気持ちは変わらないし、たった数年離れたくらいで何も変わらない。
 この先も一緒に生きていくために、どちらかが我慢したり身を引くのはやめよう。隣に立って行こう。

 その言葉に覚悟を決めたのだ。

 常に進んでいく周防に置いていかれないように。パートナーとして恥ずかしくないように。
 堂々と周防の恋人でいたいから蜜も進む。

 父との通話を終えて周防に電話をするとちょうど手が空いていたらしくすぐに繋がった。合格を知らせると安堵したように息をついた。

「よかったな。おめでとう! 蜜、がんばったな」

「でも推薦ってどこかズルしたような気になります」

「なんで? そんなことないよ。蜜が今まで頑張ってきたことが身を結んだだけ。堂々としてろ」

 周防は蜜のうしろめたさをすぐに見抜いた。
 必死に勉強しこれからいくつもの試験を受けるクラスメイト達と足並みをそろえることが出来ない。自分だけ早々に楽になってしまったことにどこか罪悪感を感じてしまう。

 素直に喜んでいいのか迷ったのはそのせいだ。

 だけど周防は堂々としていいという。そういうものなんだと。

「それより今のうちにたくさん親孝行しておけよ。離れてからじゃ何もしてやれなくなるからさ」

 電話の向こうで誰かが周防を呼ぶ声がした。相変わらず忙しそうだ。

「また後で電話するから。それと、今度合格祝いしような」

「はい、じゃあ、また」

 通話が切れた。
 ポケットにスマホをしまうと窓からの景色に目を戻した。すでに暗くなり始めている。
 あと数か月もすればこの学校ともお別れだ。
 周防との思い出がたくさん詰まった場所から離れたくない気持ちと、新しい世界への希望とが交錯する。
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