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第二章 Lion Heart
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「ただいま」
周防が玄関を開けるとパタパタと小さな足音がリビングから聞こえてきた。ピンクのエプロンがひらりと現れる。
「おかえりなさい。ダーリン」
ツインテールの4歳児がませた仕草で妻のフリをする。
「ただいまハニー。会いたかったよ」
答えて小さな体を抱き上げた。
いつもより高くなった視界に姪の愛衣は大喜びできゃっきゃとはしゃいでいる。
幼稚園で人妻ごっこがはやっているらしい愛衣は獅子をダーリンと呼び、自分をハニーと言えと強制した。
おままごとじゃないのかと驚くと、そんな子供じみたことはしないと一蹴された。恐ろしい世の中だ。
キッチンに顔を出すと一番上の姉の京子が調理にかかりきりになっていた。
「ねーちゃん来てたんだ」
「お疲れ様。先生ってけっこう遅いのね。ほら愛衣、ダーリンに飲み物を出してあげて」
「はあい。待っててね」
ピョンと飛び降りると踏み台を使って冷蔵庫の中から炭酸飲料を取り出した。
ありがたくいただくと喉を刺激が抜けていった。仕事の後の一杯はうまい。甘いジュースをゴクゴクと飲む周防に姉が呆れた視線をよこした。
「あんたその見た目でビールがだめっていうのがね。甘いものばっかりで糖尿に気を付けなよ」
「大丈夫だって。なーハニー、ジュース美味いもんなあ」
お酒が飲めないわけではない。
ただビールの苦さが苦手なのだ。付き合いがある時はカクテルかサワー系で乗り切っている。
「母さんは?」
「ちょっと寝るって」
「そっか」
周防はソファに体を預けると、ふう、っと息を吐いた。
20代も後半といういい歳なのに、いまだに実家暮らしなのには訳がある。
4人きょうだいの末っ子で上に姉が3人。ついに待望の男子だった周防は母の愛情をたっぷりと受けて育った。
人見知りで大人しくいつも母のそばを離れなかった末息子を母はめちゃくちゃ可愛がった。
そして体の大きな周防にアメフトを勧めたのは父だった。
大学で有名な選手だった父の現役時代のプレイを見せてもらうたびかっこいいと思ったし、大人になっても仲の良いチームの絆の強さに周防は惹かれた。
だから周防も迷わずアメフトを始めた。
あんな乱暴なスポーツをさせるなんてと反対していた母だったけれど、周防が早くから頭角を現すとようやく応援してくれるようになった。
だけど周防の怪我によって家庭はぎくしゃくとし始めた。
JAPANを背負って立つという期待を裏切った事に父ががっかりしたのは目に見えてわかった。
さんざん自慢してきた仲間たちに顔向けができないと、あんなに濃厚だった集まりからも遠ざかった。
母はそんな不協和音を一心に受け止め、体調を崩しがちになった。
今まで何もかもが手の中にあると思っていたのに、怪我は一気に不幸へと突き落とした。自分のせいで家庭が壊れていくのを見ているのがなによりもつらい。
恩師や総一郎の救いの手があったから乗り越えた困難も、両親を助けてはくれなかったらしい。
病気がちな母を置いて家を出ることはできなかったし、家に近寄らなくなった父を責めることもできなかった。全ては周防がおこしてしまった事故が原因なのだ。
だけど「あんたが1人で責任を負う必要はない」と結婚してからも姉がこうやって手助けをしてくれる。周防一人じゃ抱えきれなかった。
「ほら、ご飯たべちゃいな」
「いつもありがとな」
テーブルに並べられた出来立ての食事はおいしそうで、周防は手を合わせてから口をつけた。母の味によく似ていてうまい。
「お礼はあのお菓子でいいよ」
向かいの椅子に腰を掛けながら京子はニコリと笑った。
「前に食べさせてもらったすごくおいしい和菓子。あれが食べたい」
催促されたのはゆめのや限定のお菓子の事だった。予約しなきゃ買えない季節のお楽しみ。
蜜を送って近くまでいくくせに、その足でお店に寄るには良心が痛み最近はご無沙汰になっている。
「あーちゃんも食べたい」
「そっか、あーちゃんも食べたいなら買ってくるか」
「やったー。あーちゃん可愛い花火みたいなゼリーがいいな」
「ああ。水まんじゅうね。あれは花火の時だけしか買えないから、ほかの可愛いお菓子を買ってくるな」
去年の夏。
花火大会の前に行ったゆめのやの臨時店舗で蜜が売っていた水まんじゅう。
あの日蜜に告白をされた。嬉しかったのに涙を飲んでお断りしたのを思い出すと今でも胸が痛い。
ギュっと涙をこらえた蜜を抱きしめてしまいそうで、必死に我慢したんだった。
両親の期待を裏切ってしまった自分がこれ以上幸せになっていいのか。いつだってブレーキをかける感情に今もつきまとわれている。
また裏切ることになってしまったら。またがっかりさせてしまったら。これ以上迷惑をかけたくない。
そういう思いがいつでも周防の足を引っ張る。
もう十分大人なのにまとわりつく呪いをどう解いていいのかわからない。
周防が玄関を開けるとパタパタと小さな足音がリビングから聞こえてきた。ピンクのエプロンがひらりと現れる。
「おかえりなさい。ダーリン」
ツインテールの4歳児がませた仕草で妻のフリをする。
「ただいまハニー。会いたかったよ」
答えて小さな体を抱き上げた。
いつもより高くなった視界に姪の愛衣は大喜びできゃっきゃとはしゃいでいる。
幼稚園で人妻ごっこがはやっているらしい愛衣は獅子をダーリンと呼び、自分をハニーと言えと強制した。
おままごとじゃないのかと驚くと、そんな子供じみたことはしないと一蹴された。恐ろしい世の中だ。
キッチンに顔を出すと一番上の姉の京子が調理にかかりきりになっていた。
「ねーちゃん来てたんだ」
「お疲れ様。先生ってけっこう遅いのね。ほら愛衣、ダーリンに飲み物を出してあげて」
「はあい。待っててね」
ピョンと飛び降りると踏み台を使って冷蔵庫の中から炭酸飲料を取り出した。
ありがたくいただくと喉を刺激が抜けていった。仕事の後の一杯はうまい。甘いジュースをゴクゴクと飲む周防に姉が呆れた視線をよこした。
「あんたその見た目でビールがだめっていうのがね。甘いものばっかりで糖尿に気を付けなよ」
「大丈夫だって。なーハニー、ジュース美味いもんなあ」
お酒が飲めないわけではない。
ただビールの苦さが苦手なのだ。付き合いがある時はカクテルかサワー系で乗り切っている。
「母さんは?」
「ちょっと寝るって」
「そっか」
周防はソファに体を預けると、ふう、っと息を吐いた。
20代も後半といういい歳なのに、いまだに実家暮らしなのには訳がある。
4人きょうだいの末っ子で上に姉が3人。ついに待望の男子だった周防は母の愛情をたっぷりと受けて育った。
人見知りで大人しくいつも母のそばを離れなかった末息子を母はめちゃくちゃ可愛がった。
そして体の大きな周防にアメフトを勧めたのは父だった。
大学で有名な選手だった父の現役時代のプレイを見せてもらうたびかっこいいと思ったし、大人になっても仲の良いチームの絆の強さに周防は惹かれた。
だから周防も迷わずアメフトを始めた。
あんな乱暴なスポーツをさせるなんてと反対していた母だったけれど、周防が早くから頭角を現すとようやく応援してくれるようになった。
だけど周防の怪我によって家庭はぎくしゃくとし始めた。
JAPANを背負って立つという期待を裏切った事に父ががっかりしたのは目に見えてわかった。
さんざん自慢してきた仲間たちに顔向けができないと、あんなに濃厚だった集まりからも遠ざかった。
母はそんな不協和音を一心に受け止め、体調を崩しがちになった。
今まで何もかもが手の中にあると思っていたのに、怪我は一気に不幸へと突き落とした。自分のせいで家庭が壊れていくのを見ているのがなによりもつらい。
恩師や総一郎の救いの手があったから乗り越えた困難も、両親を助けてはくれなかったらしい。
病気がちな母を置いて家を出ることはできなかったし、家に近寄らなくなった父を責めることもできなかった。全ては周防がおこしてしまった事故が原因なのだ。
だけど「あんたが1人で責任を負う必要はない」と結婚してからも姉がこうやって手助けをしてくれる。周防一人じゃ抱えきれなかった。
「ほら、ご飯たべちゃいな」
「いつもありがとな」
テーブルに並べられた出来立ての食事はおいしそうで、周防は手を合わせてから口をつけた。母の味によく似ていてうまい。
「お礼はあのお菓子でいいよ」
向かいの椅子に腰を掛けながら京子はニコリと笑った。
「前に食べさせてもらったすごくおいしい和菓子。あれが食べたい」
催促されたのはゆめのや限定のお菓子の事だった。予約しなきゃ買えない季節のお楽しみ。
蜜を送って近くまでいくくせに、その足でお店に寄るには良心が痛み最近はご無沙汰になっている。
「あーちゃんも食べたい」
「そっか、あーちゃんも食べたいなら買ってくるか」
「やったー。あーちゃん可愛い花火みたいなゼリーがいいな」
「ああ。水まんじゅうね。あれは花火の時だけしか買えないから、ほかの可愛いお菓子を買ってくるな」
去年の夏。
花火大会の前に行ったゆめのやの臨時店舗で蜜が売っていた水まんじゅう。
あの日蜜に告白をされた。嬉しかったのに涙を飲んでお断りしたのを思い出すと今でも胸が痛い。
ギュっと涙をこらえた蜜を抱きしめてしまいそうで、必死に我慢したんだった。
両親の期待を裏切ってしまった自分がこれ以上幸せになっていいのか。いつだってブレーキをかける感情に今もつきまとわれている。
また裏切ることになってしまったら。またがっかりさせてしまったら。これ以上迷惑をかけたくない。
そういう思いがいつでも周防の足を引っ張る。
もう十分大人なのにまとわりつく呪いをどう解いていいのかわからない。
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