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第二章 Lion Heart

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 夜の海は相変わらず暗くて波の音が大きい。
 車から降りて砂場を歩くとすぐに靴の中がジャリっとなった。蜜は裸足になると「冷たい」と言いながら笑っている。
 
 並んで歩きながら今日あったことを話し合った。

「そういえば太一と裕二のノートは蜜と全く同じで笑ったね」

 宿題を写させてくれと懇願していたノートは丸写しがモロバレなくらいしっかりと丁寧に同じ仕上がりになっていた。

「もう少しバレないような工夫はなかったのかね」

 言うと蜜はおかしそうに笑った。

「ですよね。ぼくも見ながら丸写しだなあって思ってました」

「次は自分でやれって言っといて」

 そういう他愛のない話をして過ごすだけでも楽しくて心が浮き立つ。恋愛ってこういうものなんだなとしみじみと味わった。

 それなりの年だしいくつかのお付き合いはしてきた。でも今思えばそれはモドキであって、本当に誰かを好きになったことはなかった。
 初恋と思っていた総一郎さんへの気持ちもあまりにも淡く、ただの憧れだったのかもしれないとさえ思う。その時は必死だったけど時が経てば懐かしいと思う程度だ。

 その他の恋人たちも告白されて特に問題はないから了承して、いくつかの経験をして終わる。
 だいたいいつも「私のこと好きじゃないでしょう」と怒られてフラれるパターンだ。

 今ならわかる
 ごめんなさい、好きじゃなかったです。

 誰かを好きになるとか愛おしいとか、本物は蜜で知った。
 まだ始まったばかりで何もしてないのにこんなに好きで大丈夫か怖くなる時もある。
 
 自分が自分じゃなくなる。コントロールがきかない不安定さ。まだおれも若かったんだなと苦く笑ってしまうような心地。どれもが心をざわつかせ落ち着かなくさせる。
 そんな気持ちの深さに蜜は気がつかないだろう。
 
「先生!」

 ぼーっとしていたからか、波打ち際ギリギリにいたらしく長く伸びてきた波に攫われる。靴がぐっしょりと濡れて慌てて飛び跳ねた。

「わっ」

「も~。さっきから濡れますよって言ってたのに」

 クスクスと笑う蜜が愛おしくて思わず抱きしめていた。すっぽりと胸の中に閉じとめてこのまま自分だけのものにしてしまいたい。

「先生?」

 苦しそうに顔を上げた蜜と視線が絡まる。引き寄せられるように唇を触れ合わせた。
 そのたび、慣れない蜜はびくりと体をすくませる。

 怯えないよう細心の注意を払って、ただ唇を合わせる。
 深いキスはしない。
 してしまったら自制できる自信がない。

 波の音に包まれる中、優しいキスをする。

 力を解くと蜜はぐったりと体を寄越してきた。心臓がバクバクとしているのが分かる。同じように周防だって高鳴っている。

「まだ慣れない?」

 聞くとコクコクと頷き「恥ずかしい」と答えた。

「先生とキスをするとフワフワしてきてわけがわからなくなってくる。柔らかくて気持ちよくてどうにかなりそう」

 ゴクリと喉が鳴った。
 こんなギリギリで保っているのにそんなことを言っちゃうのか。
 じゃあこれ以上のことをしたらどうなるんだろう。
 もっとグチャグチャにしてしまいたいし、あられもないほど乱してやりたい。
 そんな凶暴な熱を持つ周防をしったら愛想をつかすだろうか。

___しないけど。

 欲望をうまく飲み込んで微笑むと、ムギュっと蜜の頬をつまんだ。

「なにふるんでしゅか」

「いや、可愛いなって思って」

 余裕のあるふりをしてからかうように笑った。

「さて、靴も濡れたことだしそろそろ帰るか」

 蜜は名残惜しそうに黙り込んだけれど、コクンと頷いた。
 周防だってまだ帰らせたくない。もっと一緒にいたいし、夜も隣で過ごしてみたい。
 でもそれはまだ叶わないから、せめて大人のフリをする。

 蜜の家への道のりはお互いどうでもいいことをしゃべって、笑って、あっという間に過ぎてしまった。
 さすがに家の前に車を止める勇気はなくて、近くのコンビニで蜜を下ろした。

「気をつけて帰れよ」

 窓を開けて声をかけると蜜は頷き、コンビニの中へと消えていった。
 こんな風にアリバイをつくるように誤魔化し続ける自分たちの立場を思えばせつなくなる。

 ただ好きなだけなのに。堂々とできない関係を選んでしまったから仕方のないことだけれども。

 蜜がコンビニから出てきて家に帰るのを見届けて、やっと周防は車を動かした。

 あの家へ帰らなくてはならないと思うと気が重たい。

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