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第一章 First love
Happiness
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校舎はまだ祭りの余韻に浸り、にぎやかな声があちこちから聞こえている。本来ならあちら側にいれたはずなのにタイミングが一つ狂えば違う世界が広がってしまう。
蜜が誰にも見つからないよう人気のない廊下を通り保健室へとたどり着いた。
「痛かっただろ」
傷の手当てをしながら何気ない世間話の間に保健医は言った。
コクリと頷く。今までの人生でこんな怪我をしたことも殴られたこともない。喧嘩だってしたことがないのになぜこんな目にと悔しさが蘇る。
いくら考えても吉崎を許せるはずがなかった。
「怖かったよな。もし何か心配とかあったらいつでもきていいからね」
「はい」
治療を終えるとちょうど周防が保健室へと入ってきた。手には蜜の荷物を持っている。
「太一と裕二が探してた。具合悪くて帰ったって言っといたから」
「あ、そうだ。合流しようって話してたんだ」
スマホにはたくさんの着信があった。
どこにいるんだーとか、大丈夫かーとか心配する言葉がたくさん届いている。
あとで連絡をしようと思ったけどいい言い訳が見つからない。
「手当は終わったのであとはお願いします」
見送られて保健室を出ると周防は黙ったまま先に進んだ。
助手席のドアを開けてくれて、乗り込むと懐かしい周防の車の匂いがした。
ホッとしたのも束の間で、車を動かしてからも周防は黙ったままだった。重たい空気が車内を満たす。
無言が続くと気まずくて、蜜はモゾモゾと体を動かした。
こんなイベントの日に問題を起こした蜜にイラついているのかとか、やっぱり迷惑をかけたことを怒っているのかとか不安な考えがグルグルと頭を巡る。
すっかり夜になり暗くなった川沿いの道は街灯もチラホラとしかなく、人の気配もなくて静かだった。
よく待ち合わせをしていた場所に着くと何故か車を止めた。
ライトが消されると一気に静寂に包まれる。
「はぁ」と息を吐き、ハンドルに体をもたらせて俯く周防に蜜はおそるおそる声をかけた。
「先生ごめんなさい」
周防は顔だけを蜜の方に向けると「なんで?」と聞いた。
「なんで蜜が謝るの? お前もなんか悪いことしたの?」
「こんなお祭りの日に先生に迷惑をかけてしまったから……」
せっかくの学校祭でみんなは楽しそうにしていて、先生たちだって満喫しているはずだったのに。蜜の不注意であんな大事になる事件を起こしてしまった。
周防は体を起こすと蜜に向き直った。
「お前が誘ったの? 違うだろ。何も悪く無いんだから謝る事ない」
「でも」
だったら何でさっきから何も言ってくれないのか。
無言でいられると何もわからなくて不安になる。嫌われたくないから気にしてしまう。
蜜もうつむくと周防の手が伸びてきて頬に触れた。
「ごめん。怒ってない。ちょっと動揺してて、落ち着くまで待って」
顔を上げると困ったように笑う周防がいた。
いつもより少しだけ幼い表情に蜜はコクコクと頷いた。ありがと、と小さな返事がかえってくる。
「お前になら迷惑をかけられてもいいって思うんだけど、それってダメなことかな」
「えっ」
意味が分からず聞き返すとスリスリと頬を撫でながら周防は続けた。
「マジで困惑してるの。お前のあんな姿を見た瞬間頭の中がパーンって弾けてわけがわかんなくなった。あんな風にしたやつが許せなくて自分が先生なんだってことも全部飛んだ。止められなかったら何をしてたかわかんなかった」
どうしたらいいのかな、と途方に暮れたような声が漏れた。
「お前の両親にも、恩師にも、恥ずかしいと思うことは絶対にしないと決めていたんだ。顔向けできないことは絶対しないって。でもさ、ダメだろ、あんなさ、他の男が蜜に触るなんて許せるはずがないだろ」
先生。と仰ぐように呟く。
目を閉じると周防の手のぬくもりだけを感じた。暖かくて蜜を安心させる、大好きな人。
「わかってんだろ。蜜の事好きなんだよ。大切だと思ってるし自分のものにしたくて仕方ない。でもダメだって決めてるから。決めてるのに……」
周防は蜜の切れた唇の端に触れた。
ピリっと痛みが走るけど逸らさなかった。まっすぐに見つめ合う。
「他の男にこんな風に傷つけられないでよ。助けられない場所にいかないでよ。お前が安心して生徒でいてくれなきゃおれはどうしていいかわからなくなる」
まるで迷子のように頼りなげに揺れる瞳に吸い込まれた。
蜜を想っているのが伝わってくる。もう誤魔化しきれないほど気持ちが通じ合っている。
教師と言う枷に必死にしがみつく周防を助けてあげれないけど、一緒に罪を背負っていくことはできる。
「先生が好き」
そっと目を閉じると息をのむ音がした。
ふ、とまるで空気のように唇に触れる。
吉崎と交わしたキスとは全然違うもの。
優しくて安心できて柔らかく笑みを浮かべたくなってしまうもの。
まるで傷をいやすかのような小さなキスに蜜は痺れた。
目を開けると泣き笑いのような表情をした周防がいた。きっと蜜も同じような顔をしている。
「ダメな教師になっちゃうじゃん」
「ぼくはもっとダメな生徒です」
蜜が誰にも見つからないよう人気のない廊下を通り保健室へとたどり着いた。
「痛かっただろ」
傷の手当てをしながら何気ない世間話の間に保健医は言った。
コクリと頷く。今までの人生でこんな怪我をしたことも殴られたこともない。喧嘩だってしたことがないのになぜこんな目にと悔しさが蘇る。
いくら考えても吉崎を許せるはずがなかった。
「怖かったよな。もし何か心配とかあったらいつでもきていいからね」
「はい」
治療を終えるとちょうど周防が保健室へと入ってきた。手には蜜の荷物を持っている。
「太一と裕二が探してた。具合悪くて帰ったって言っといたから」
「あ、そうだ。合流しようって話してたんだ」
スマホにはたくさんの着信があった。
どこにいるんだーとか、大丈夫かーとか心配する言葉がたくさん届いている。
あとで連絡をしようと思ったけどいい言い訳が見つからない。
「手当は終わったのであとはお願いします」
見送られて保健室を出ると周防は黙ったまま先に進んだ。
助手席のドアを開けてくれて、乗り込むと懐かしい周防の車の匂いがした。
ホッとしたのも束の間で、車を動かしてからも周防は黙ったままだった。重たい空気が車内を満たす。
無言が続くと気まずくて、蜜はモゾモゾと体を動かした。
こんなイベントの日に問題を起こした蜜にイラついているのかとか、やっぱり迷惑をかけたことを怒っているのかとか不安な考えがグルグルと頭を巡る。
すっかり夜になり暗くなった川沿いの道は街灯もチラホラとしかなく、人の気配もなくて静かだった。
よく待ち合わせをしていた場所に着くと何故か車を止めた。
ライトが消されると一気に静寂に包まれる。
「はぁ」と息を吐き、ハンドルに体をもたらせて俯く周防に蜜はおそるおそる声をかけた。
「先生ごめんなさい」
周防は顔だけを蜜の方に向けると「なんで?」と聞いた。
「なんで蜜が謝るの? お前もなんか悪いことしたの?」
「こんなお祭りの日に先生に迷惑をかけてしまったから……」
せっかくの学校祭でみんなは楽しそうにしていて、先生たちだって満喫しているはずだったのに。蜜の不注意であんな大事になる事件を起こしてしまった。
周防は体を起こすと蜜に向き直った。
「お前が誘ったの? 違うだろ。何も悪く無いんだから謝る事ない」
「でも」
だったら何でさっきから何も言ってくれないのか。
無言でいられると何もわからなくて不安になる。嫌われたくないから気にしてしまう。
蜜もうつむくと周防の手が伸びてきて頬に触れた。
「ごめん。怒ってない。ちょっと動揺してて、落ち着くまで待って」
顔を上げると困ったように笑う周防がいた。
いつもより少しだけ幼い表情に蜜はコクコクと頷いた。ありがと、と小さな返事がかえってくる。
「お前になら迷惑をかけられてもいいって思うんだけど、それってダメなことかな」
「えっ」
意味が分からず聞き返すとスリスリと頬を撫でながら周防は続けた。
「マジで困惑してるの。お前のあんな姿を見た瞬間頭の中がパーンって弾けてわけがわかんなくなった。あんな風にしたやつが許せなくて自分が先生なんだってことも全部飛んだ。止められなかったら何をしてたかわかんなかった」
どうしたらいいのかな、と途方に暮れたような声が漏れた。
「お前の両親にも、恩師にも、恥ずかしいと思うことは絶対にしないと決めていたんだ。顔向けできないことは絶対しないって。でもさ、ダメだろ、あんなさ、他の男が蜜に触るなんて許せるはずがないだろ」
先生。と仰ぐように呟く。
目を閉じると周防の手のぬくもりだけを感じた。暖かくて蜜を安心させる、大好きな人。
「わかってんだろ。蜜の事好きなんだよ。大切だと思ってるし自分のものにしたくて仕方ない。でもダメだって決めてるから。決めてるのに……」
周防は蜜の切れた唇の端に触れた。
ピリっと痛みが走るけど逸らさなかった。まっすぐに見つめ合う。
「他の男にこんな風に傷つけられないでよ。助けられない場所にいかないでよ。お前が安心して生徒でいてくれなきゃおれはどうしていいかわからなくなる」
まるで迷子のように頼りなげに揺れる瞳に吸い込まれた。
蜜を想っているのが伝わってくる。もう誤魔化しきれないほど気持ちが通じ合っている。
教師と言う枷に必死にしがみつく周防を助けてあげれないけど、一緒に罪を背負っていくことはできる。
「先生が好き」
そっと目を閉じると息をのむ音がした。
ふ、とまるで空気のように唇に触れる。
吉崎と交わしたキスとは全然違うもの。
優しくて安心できて柔らかく笑みを浮かべたくなってしまうもの。
まるで傷をいやすかのような小さなキスに蜜は痺れた。
目を開けると泣き笑いのような表情をした周防がいた。きっと蜜も同じような顔をしている。
「ダメな教師になっちゃうじゃん」
「ぼくはもっとダメな生徒です」
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