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第一章 First love
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「送ってくれてありがとうございました」
「いーや。また一緒に帰ろうな♡」
「や、それもお断りします」
「なんでだよ。マジでショック」
たいしてショックでもなさそうに笑いながら小石川は手をあげた。
「じゃーね、おやすみ」
「おやすみなさい」
小石川がいい人だってわかったけど、やっぱり蜜にとって特別なのは周防だけで。代わりになる人なんかどこにもいない。
今日、隠されていた過去を教えてもらってさらにその気持ちは募った。
大人なフリをしながら大きな傷を負った人。
いつかそれを周防の口から話してもらえる、それを受け止めることが出来る人になりたい。
遠ざかる小石川の車を見送りながら、蜜はそう強く誓う。
部屋に戻ってカバンの中のスマートフォンを取り出すと周防からのメッセージが入っていた。ほんの数分前だ。
もうプライベートでは連絡がもらえないと思っていたのに。ドキンと心臓がはねる。開く指が緊張で震えた。
『いまどこ?』と用件だけのメッセージがそこにあった。
今どこって? 疑問に思いながらスルスルと指を動かした。
『自宅です。さっき帰ってきました』と返すとすぐにリプライが届く。
『一人?』
どうしたんだろう。何を気にしているんだ?
蜜は首を傾げながら『はい、部屋で一人です』と返す。
途端に着信音が鳴る。
今度はメッセージではなく直接通話だった。
「先生?」
不審に思いながら出ると、まだ外にいるのか荒い音声と繋がった。車の行き交う音が途切れることなく聞こえる。
「ほんとに一人?」
「そうですけど……なんかありましたか?」
「いや、」と言葉を詰まらせる。少し待っていると「ごめん」と謝られた。
「なんかよくわかんないよな。ごめん。おれもわからん。でも圭吾の車に乗らなかった?」
「圭吾……?」
誰のことだろう。もしかして小石川のことか? 蜜の反応が鈍いことに気がついたのか「小石川先生」と言い直す。
「ああ、乗せてもらいました。バスの本数も少なかったので」
「なんで? そんなに仲良かった?」
どこか焦っているような周防の声に戸惑った。
「いえ、そんなには。時々話しかけられるくらいです。それもあの時先生に頼まれたものを取りに行ったのがきっかけですよ」
そうだ。最初はめっちゃ嫌な奴だと思っていたんだった。
ヘラヘラとしているようで実は何でも知ってる頭のいい人と書き換えられたけど。人って見た目だけじゃわからない。
変人だということには変わらないけど。
「それだけ?」
「はあ。小石川先生も父に会ったことがあるって聞きましたけど。でもそれっきりみたいな印象でした」
周防はまた黙って、二人の間に沈黙が続く。
蜜も今日聞いたことをしゃべるつもりはなかった。きっとベラベラと自分の過去を話されていたと知ったら気分が悪いだろう。
知らないふりで押し通すことにする。
「うん」と何に対してかわからない返事が返ってきた。
「先生?」
「ん。ごめん。急に電話して。ホント何してんだろな」
途方に暮れたような声だった。
だから安心させたくて言葉を続けた。
「先生の声を聴けて嬉しかったから全然オッケーです」
再び押し黙る。
あ、これは言っちゃダメだったか。蜜は慌てて繋いだ。
「や、先生の声ってなんか安心するっていうか。気持ちよくて古典の読みの時とか半分寝ちゃうくらい」
「寝てんのかよ」
やっと周防に笑みが戻ったようだった。ほっと胸をなでおろす。
「秘密ですよ」と返したら「バカ」と返ってきていつも通りの雰囲気になる。よかった。周防もホッとしたのかようやく先生らしい声になった。
「じゃ、ゆっくり休めよ」
「はい。おやすみなさい」
「明日の古典は寝かさねーから」
あれ。墓穴を掘ったかも。
悔やんだけれど、周防とまた普通に話せたからいいことにしよう。
やっぱり声を聴けたり話をできたりするのは嬉しい。
「いーや。また一緒に帰ろうな♡」
「や、それもお断りします」
「なんでだよ。マジでショック」
たいしてショックでもなさそうに笑いながら小石川は手をあげた。
「じゃーね、おやすみ」
「おやすみなさい」
小石川がいい人だってわかったけど、やっぱり蜜にとって特別なのは周防だけで。代わりになる人なんかどこにもいない。
今日、隠されていた過去を教えてもらってさらにその気持ちは募った。
大人なフリをしながら大きな傷を負った人。
いつかそれを周防の口から話してもらえる、それを受け止めることが出来る人になりたい。
遠ざかる小石川の車を見送りながら、蜜はそう強く誓う。
部屋に戻ってカバンの中のスマートフォンを取り出すと周防からのメッセージが入っていた。ほんの数分前だ。
もうプライベートでは連絡がもらえないと思っていたのに。ドキンと心臓がはねる。開く指が緊張で震えた。
『いまどこ?』と用件だけのメッセージがそこにあった。
今どこって? 疑問に思いながらスルスルと指を動かした。
『自宅です。さっき帰ってきました』と返すとすぐにリプライが届く。
『一人?』
どうしたんだろう。何を気にしているんだ?
蜜は首を傾げながら『はい、部屋で一人です』と返す。
途端に着信音が鳴る。
今度はメッセージではなく直接通話だった。
「先生?」
不審に思いながら出ると、まだ外にいるのか荒い音声と繋がった。車の行き交う音が途切れることなく聞こえる。
「ほんとに一人?」
「そうですけど……なんかありましたか?」
「いや、」と言葉を詰まらせる。少し待っていると「ごめん」と謝られた。
「なんかよくわかんないよな。ごめん。おれもわからん。でも圭吾の車に乗らなかった?」
「圭吾……?」
誰のことだろう。もしかして小石川のことか? 蜜の反応が鈍いことに気がついたのか「小石川先生」と言い直す。
「ああ、乗せてもらいました。バスの本数も少なかったので」
「なんで? そんなに仲良かった?」
どこか焦っているような周防の声に戸惑った。
「いえ、そんなには。時々話しかけられるくらいです。それもあの時先生に頼まれたものを取りに行ったのがきっかけですよ」
そうだ。最初はめっちゃ嫌な奴だと思っていたんだった。
ヘラヘラとしているようで実は何でも知ってる頭のいい人と書き換えられたけど。人って見た目だけじゃわからない。
変人だということには変わらないけど。
「それだけ?」
「はあ。小石川先生も父に会ったことがあるって聞きましたけど。でもそれっきりみたいな印象でした」
周防はまた黙って、二人の間に沈黙が続く。
蜜も今日聞いたことをしゃべるつもりはなかった。きっとベラベラと自分の過去を話されていたと知ったら気分が悪いだろう。
知らないふりで押し通すことにする。
「うん」と何に対してかわからない返事が返ってきた。
「先生?」
「ん。ごめん。急に電話して。ホント何してんだろな」
途方に暮れたような声だった。
だから安心させたくて言葉を続けた。
「先生の声を聴けて嬉しかったから全然オッケーです」
再び押し黙る。
あ、これは言っちゃダメだったか。蜜は慌てて繋いだ。
「や、先生の声ってなんか安心するっていうか。気持ちよくて古典の読みの時とか半分寝ちゃうくらい」
「寝てんのかよ」
やっと周防に笑みが戻ったようだった。ほっと胸をなでおろす。
「秘密ですよ」と返したら「バカ」と返ってきていつも通りの雰囲気になる。よかった。周防もホッとしたのかようやく先生らしい声になった。
「じゃ、ゆっくり休めよ」
「はい。おやすみなさい」
「明日の古典は寝かさねーから」
あれ。墓穴を掘ったかも。
悔やんだけれど、周防とまた普通に話せたからいいことにしよう。
やっぱり声を聴けたり話をできたりするのは嬉しい。
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