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第一章 First love

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「まあ詳しくはわからないけど、そうやって悩むのはいいことだよ、たくさん苦しめばいい。そうしないとなんもわかんない大人になっちゃうからね。鈍いまま大人になる方がヤバイ」

「でも、なんかさ、はあ……」

 ふがいなさに大きなため息が出た。

 わかっているのだ、頭では。
 周防にも過去があるし、大人になるまでにたくさんのことがあっただろう。一人で生きているわけじゃないからいろんな人と出会って付き合いがあって、いろんなことがあって今に繋がっている。

 理屈ではわかっている。

 父や母と昔出会っているのも悪いことは何一つない。蜜の方が後から出会って、しかもまだほんの数か月しか付き合いがない。そりゃ関係の深さが違うことくらいわかっている。

 わかっているけど悔しい。
 蜜を特別にしてほしいから。
 他の誰より理解していたいから。
 周防が自分のものになればいいのに。

 誰かを好きだというのが独占欲でしかないならそれって幸せなんだろうか。
 恋ってもっとウキウキしているものじゃないのか。

「しんどいなー」

 カウンターに突っ伏して呟くと、父の大きなてのひらが蜜の頭を撫でた。周防とは違う手。懐かしい父の手。

「しんどくても悩め。答えを見つけて大人になってくんだから。でもしんどかったらちゃんと息抜きもしろ。いつでもここに来ればいいしさ、話なんていくらでも聞いてやるから」
「ん……ありがと」

 離れていてもやっぱり父は蜜の父だった。秘密基地のように安心して逃げ込める。頼れる避難所のような場所。
 モヤモヤがあるといつだって蜜はここにきて、辛いカレーを食べて話してスッキリして帰る。

 父と話すといつも思考がクリアになって楽になる。今回もそうだ。解決はしないけど悩めばいいのかと開き直った。

「ありがと、めっちゃスッキリした」

 ここに来た時の鬱屈とした気持ちが今は楽になっている。来てよかった。

「お店も始まるでしょ。そろそろ帰るね」

 蜜は立ち上がると財布を取り出した。それを見た父が「バカ」と怒った。

「こどもに飯を食わせて金を取る親がどこにいるんだっつの」
「そっか、うん、ごちそうさまでした」
「送っていけないけど、気をつけて帰れよ」
「ありがと」
 
 ドアを開けようとした蜜の背中に声がかかる。

「めいっぱい悩めよ。で、またいつでもおいで。もっとうまいカレーを食わせてやるからさ」

「楽しみにしてる」
 
 店を出ると同時にお客さんが入っていった。父のいらっしゃいませという声が外まで聞こえてくる。
 商売繁盛だ。
 
 佐藤の父との関係もうまくいっているけれどどうしても深い話をすることにためらいがある。遠慮してしまうというか、やっぱり他人だからという気持ちがどこかにあるのだ。

 だからこそ、あんなに嫉妬してしまうのかもしれない。

 これが父が相手だったらどうだったんだろう。仕方ないかなとすぐに思えたのだろうか。いや、やっぱり嫉妬する。
 周防を繋ぎとめるのは自分でいたい。

 自分の中にこんな欲望があるなんて知らなかった。
 他の誰でもない周防が欲しい。自分だけを見て欲しい。好きになってほしい。

 蜜はバスを乗り継ぎながらずっとそのことを考えていた。
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