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第一章 First love
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「はいよ、お待たせ」
グレイビーボートに注がれたカレーは薄いブラウンで、家庭で食べるカレーの色とは全然違う。
カレールーを使わずスパイスをふんだんに使っているからだろう、刺激的な香りが鼻腔いっぱいに広がった。
煮込まれこまかくなった野菜などの具材がソースの中に溶け込んでいるのをレードルでご飯にかけ、口に入れた。
「んんんま!」
父の味だった。
こればかりはどんなに工夫しても作ることが出来ない。
辛さもマックスにあげたせいで全身にどっと汗がにじんでくる。顔が赤くなり舌がヒリヒリとする。口を開けたら火を噴けそうだ。
「やっぱり父さんのカレーはうまいね」
夢中になって食べて辛すぎて何回も水をお代わりをした。冷たい水がヒリつく口腔内を優しくなだめるけれど、再びカレーを口に入れたら一瞬でかききえた。
びっしりと汗をかくとともに憂鬱な気持ちもどこかへ吹き飛んでしまう。うつうつと抱えていたものもスパイスの豊潤さにかき消されていくようだった。
食べ終わったころには一仕事を終えたような爽快感があった。マラソンを走り終わって脱力した時にも似ている。
「いい食べっぷりだねえ」
手を休め、蜜が食べるのをじっと見ていた父が満足そうにつぶやいた。
「蜜が美味しそうに食べてくれるのが一番うれしいわ」
「うそだね、結子さんの方だろ」
再婚した奥さんの名前を出すと「バレたか」と舌を出した。
「結子ちゃんも美味しいってもりもり食べてくれるからな」
「そうだね」
母が佐藤になって間もなく父もだいぶ若い女の人と再婚した。すごく元気でパワーあふれる人だった。
いつも笑っていて豪快な結子さんに蜜もすぐに懐いて好きになった。
去年こどもが産まれて、蜜にはもうひとりの兄弟が出来た。女の子で真珠という。
結子さんに似てプクプクと血色のいい元気な子だった。
「さて、なんか話したいことでもあった?」
仕込みを再開しながら何でもないことのように父は言う。物事にあまり動じない父の余裕が蜜にも欲しい。
「あった。自分があまりにもこどもで落ち込んでるところ」
「へー。こどもだって自覚するようなことがあったんだ?」
父は鍋をグルグルと混ぜている。蜜はそれを眺めながら「んー」と呟いた。
「思い通りにならないこととか、どうしようもできないことで腹を立てたりさ。仕方ないじゃんってわかってるのに悔しいとか。なんかグルグルしてばっかりでそれを顔に出しちゃうのもかっこ悪い」
「それはかっこ悪いけど思春期だからなー」
「思春期?」
「そー。蜜くらいの歳の男なんてみんなそんな感じだろ。友達だって平気な顔をしてるくせに腹ん中ではいろいろあると思うぜ」
「そうかな」
太一も裕二もしっかり自分の道を持ってしそうだし、蜜みたいに駄々をこねたりしてるとは思えない。もっと大人な感じがする。
「いやいや、そういうもんだって。感情が安定しなくて、いつも何かに腹を立ててさ。俺もそうだったし」
「父さんはそうだね、いつも問題を起こしていそう」
「おい」
ダスターが奥から飛んできた。なんつー店主だ。投げ返すときれいにキャッチされた。
「まあ、その通りだけどな」
ガハハっと笑う父につられて蜜も笑った。
グレイビーボートに注がれたカレーは薄いブラウンで、家庭で食べるカレーの色とは全然違う。
カレールーを使わずスパイスをふんだんに使っているからだろう、刺激的な香りが鼻腔いっぱいに広がった。
煮込まれこまかくなった野菜などの具材がソースの中に溶け込んでいるのをレードルでご飯にかけ、口に入れた。
「んんんま!」
父の味だった。
こればかりはどんなに工夫しても作ることが出来ない。
辛さもマックスにあげたせいで全身にどっと汗がにじんでくる。顔が赤くなり舌がヒリヒリとする。口を開けたら火を噴けそうだ。
「やっぱり父さんのカレーはうまいね」
夢中になって食べて辛すぎて何回も水をお代わりをした。冷たい水がヒリつく口腔内を優しくなだめるけれど、再びカレーを口に入れたら一瞬でかききえた。
びっしりと汗をかくとともに憂鬱な気持ちもどこかへ吹き飛んでしまう。うつうつと抱えていたものもスパイスの豊潤さにかき消されていくようだった。
食べ終わったころには一仕事を終えたような爽快感があった。マラソンを走り終わって脱力した時にも似ている。
「いい食べっぷりだねえ」
手を休め、蜜が食べるのをじっと見ていた父が満足そうにつぶやいた。
「蜜が美味しそうに食べてくれるのが一番うれしいわ」
「うそだね、結子さんの方だろ」
再婚した奥さんの名前を出すと「バレたか」と舌を出した。
「結子ちゃんも美味しいってもりもり食べてくれるからな」
「そうだね」
母が佐藤になって間もなく父もだいぶ若い女の人と再婚した。すごく元気でパワーあふれる人だった。
いつも笑っていて豪快な結子さんに蜜もすぐに懐いて好きになった。
去年こどもが産まれて、蜜にはもうひとりの兄弟が出来た。女の子で真珠という。
結子さんに似てプクプクと血色のいい元気な子だった。
「さて、なんか話したいことでもあった?」
仕込みを再開しながら何でもないことのように父は言う。物事にあまり動じない父の余裕が蜜にも欲しい。
「あった。自分があまりにもこどもで落ち込んでるところ」
「へー。こどもだって自覚するようなことがあったんだ?」
父は鍋をグルグルと混ぜている。蜜はそれを眺めながら「んー」と呟いた。
「思い通りにならないこととか、どうしようもできないことで腹を立てたりさ。仕方ないじゃんってわかってるのに悔しいとか。なんかグルグルしてばっかりでそれを顔に出しちゃうのもかっこ悪い」
「それはかっこ悪いけど思春期だからなー」
「思春期?」
「そー。蜜くらいの歳の男なんてみんなそんな感じだろ。友達だって平気な顔をしてるくせに腹ん中ではいろいろあると思うぜ」
「そうかな」
太一も裕二もしっかり自分の道を持ってしそうだし、蜜みたいに駄々をこねたりしてるとは思えない。もっと大人な感じがする。
「いやいや、そういうもんだって。感情が安定しなくて、いつも何かに腹を立ててさ。俺もそうだったし」
「父さんはそうだね、いつも問題を起こしていそう」
「おい」
ダスターが奥から飛んできた。なんつー店主だ。投げ返すときれいにキャッチされた。
「まあ、その通りだけどな」
ガハハっと笑う父につられて蜜も笑った。
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