上 下
35 / 119
第一章 First love

3

しおりを挟む
「はいよ、お待たせ」
 グレイビーボートに注がれたカレーは薄いブラウンで、家庭で食べるカレーの色とは全然違う。
 カレールーを使わずスパイスをふんだんに使っているからだろう、刺激的な香りが鼻腔いっぱいに広がった。
 煮込まれこまかくなった野菜などの具材がソースの中に溶け込んでいるのをレードルでご飯にかけ、口に入れた。

「んんんま!」
 父の味だった。
 こればかりはどんなに工夫しても作ることが出来ない。
 辛さもマックスにあげたせいで全身にどっと汗がにじんでくる。顔が赤くなり舌がヒリヒリとする。口を開けたら火を噴けそうだ。

「やっぱり父さんのカレーはうまいね」
 夢中になって食べて辛すぎて何回も水をお代わりをした。冷たい水がヒリつく口腔内を優しくなだめるけれど、再びカレーを口に入れたら一瞬でかききえた。
 びっしりと汗をかくとともに憂鬱な気持ちもどこかへ吹き飛んでしまう。うつうつと抱えていたものもスパイスの豊潤さにかき消されていくようだった。
 食べ終わったころには一仕事を終えたような爽快感があった。マラソンを走り終わって脱力した時にも似ている。

「いい食べっぷりだねえ」
 手を休め、蜜が食べるのをじっと見ていた父が満足そうにつぶやいた。
「蜜が美味しそうに食べてくれるのが一番うれしいわ」
「うそだね、結子さんの方だろ」
 再婚した奥さんの名前を出すと「バレたか」と舌を出した。
「結子ちゃんも美味しいってもりもり食べてくれるからな」
「そうだね」

 母が佐藤になって間もなく父もだいぶ若い女の人と再婚した。すごく元気でパワーあふれる人だった。
 いつも笑っていて豪快な結子さんに蜜もすぐに懐いて好きになった。
 去年こどもが産まれて、蜜にはもうひとりの兄弟が出来た。女の子で真珠まりという。
 結子さんに似てプクプクと血色のいい元気な子だった。

「さて、なんか話したいことでもあった?」
 仕込みを再開しながら何でもないことのように父は言う。物事にあまり動じない父の余裕が蜜にも欲しい。
「あった。自分があまりにもこどもで落ち込んでるところ」
「へー。こどもだって自覚するようなことがあったんだ?」
 父は鍋をグルグルと混ぜている。蜜はそれを眺めながら「んー」と呟いた。

「思い通りにならないこととか、どうしようもできないことで腹を立てたりさ。仕方ないじゃんってわかってるのに悔しいとか。なんかグルグルしてばっかりでそれを顔に出しちゃうのもかっこ悪い」
「それはかっこ悪いけど思春期だからなー」
「思春期?」
「そー。蜜くらいの歳の男なんてみんなそんな感じだろ。友達だって平気な顔をしてるくせに腹ん中ではいろいろあると思うぜ」
「そうかな」
 太一も裕二もしっかり自分の道を持ってしそうだし、蜜みたいに駄々をこねたりしてるとは思えない。もっと大人な感じがする。
「いやいや、そういうもんだって。感情が安定しなくて、いつも何かに腹を立ててさ。俺もそうだったし」
「父さんはそうだね、いつも問題を起こしていそう」
「おい」
 ダスターが奥から飛んできた。なんつー店主だ。投げ返すときれいにキャッチされた。
「まあ、その通りだけどな」
 ガハハっと笑う父につられて蜜も笑った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冬月シバの一夜の過ち

麻木香豆
BL
 離婚して宿なし職なしの元刑事だった冬月シバ。警察学校を主席で卒業、刑事時代は剣道も国内の警察署で日本一。事件解決も独自のルートで解決に導くことも多く、優秀ではあったがなかなか問題ありな破天荒な男。  この男がなぜ冒頭のように宿無し職無しになったのも説明するまでもないだろう。  かつての女癖が仇になり結婚しても子供が産まれても変わらず女遊びをしまくり。それを妻は知ってて泳がせていたが3人目の娘が生まれたあと、流石に度が超えてしまったらし捨てられたのだ。  でもそんな男、シバにはひっきりなしに女性たちが現れて彼の魅力に落ちて深い関係になるのである。とても不思議なことに。  だがこの時ばかりは過去の女性たちからは流石に愛想をつかれ誰にも相手にされず、最後は泣きついて元上司に仕事をもらうがなぜかことごとく続かない。トラブルばかりが起こり厄年並みについていない。 そんな時に元警察一の剣道の腕前を持つシバに対して、とある高校の剣道部の顧問になってを2年以内に優勝に導かせるという依頼が来たのであった。しかしもう一つ条件がたったのだ。もしできないのならその剣道部は廃部になるとのこと。  2年だなんて楽勝だ! と。そしてさらに昼はその学校の用務員の仕事をし、寝泊まりできる社員寮もあるとのこと。宿あり職ありということで飛びつくシバ。  もちろん好きな剣道もできるからと、意気揚々。    しかし今まで互角の相手と戦っていたプライド高い男シバは指導も未経験、高校生の格下相手に指導することが納得がいかない。  そんな中、その高校の剣道部の顧問の湊音という男と出会う。しかし湊音はシバにとってはかなりの難しい気質で扱いや接し方に困り果てるが出会ってすぐの夜に歓迎会をしたときにベロベロに酔った湊音と関係を持ってしまった。  この一夜の過ちをきっかけに次第に互いの過去や性格を知っていき惹かれあっていく。  高校の理事長でもあるジュリの魅力にも取り憑かれながらも  それと同時に元剣道部の顧問のひき逃げ事件の真相、そして剣道部は存続の危機から抜け出せるのか?!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

女子大生の同居人

天樹 一翔
恋愛
七年間片思いを続けた望(のぞみ)に振られた優司(ゆうし)。 もう世の中どうでもいい。いっそのこと楽になりたい――。 生きる気力を失い帰路ついたところ、券売機の前でキャリーバッグを隣に置いて佇む女子大生がいた。 優司には見覚えがあった。彼女とはLINEもTwitterも交換していた間柄のゲームのフレンドの優菜だった。 優菜もまた失恋で行くアテが無い身――。そんな優菜を見捨てることができず優司は同居生活を提案すると――。 ひょんなことから始まる2人の同居生活――。 優菜が抱える闇を優志は受け止めることができるのか? 甘くて切ない純愛物語――!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜

湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」 「はっ?」 突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。 しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。 モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!? 素性がバレる訳にはいかない。絶対に…… 自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。 果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

処理中です...