sugar sugar honey！ 甘くとろける恋をしよう

第一章 First love

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　委員会や部活もない、いつもより早い下校時間にみんながぞろぞろと同じ方向へと足を向けていた。バス停にひとごみができている。
　蜜はいつものバスには乗らず、反対側のバスへと乗った。
　見慣れない景色が流れていくのに身を任せていると、反抗しているみたいで少しだけ気分がよかった。

　隣町へとバスは進み、徐々に同じ学校の生徒たちの姿が減っていく。
　最後まで残された蜜は終点の一つ前で降りると、慣れた足取りで繁華街を歩いた。
　
　両サイドに古ぼけた小さなお店が軒を並べているなかを進んでいく。
　狭い路地をいくつか曲がるとふわりと香ばしいスパイスの香りが漂ってきて、蜜は黄色いお店のドアを開けた。
　カランとエキゾチックなベルの音が鳴る。

　まだ開店前の店はひとけがなく厨房にいた男が顔をのぞかせた。頭に白いタオルを巻きながら仕込みをしていたのだろう。
　蜜の姿を確認すると「お」と驚いた声をあげた。
「蜜じゃん、どーした」
「久しぶり」

　小さな冷蔵庫を勝手に開けて瓶のコーラを取り出すと、カウンターの椅子に腰を掛けた。年季が入っている椅子はけっこう座り心地がいい。ギ、ときしんだ音を立てた。
　育ちの悪い子供みたいに瓶のまま煽るとシュワシュワと強い刺激が喉を打った。ゲフと息が漏れる。
　普段なら絶対にやらないことだ。

「はいジュース代」
　カウンターの上にコインを渡すと男は笑って「いらねーよ」と答えた。

「なんだ、蜜。パパのカレーが食べたくなったのか？」
「うん、そう、めっちゃ辛いやつ。レベル10くらいの」

　蜜がやってきたのは、離婚した父の経営するカレー屋だった。
　甘いものが好きな母と逆のベクトルの辛いカレーを父は作っている。もちろん普通の辛さからレベルを上げていけるので子供でも安心して通えるお店だ。
　けっこう人気があって家族連れやシングルが常連でやってくるらしい。
　この前雑誌にも載っているのを見た。

　離婚したことで別々に暮らしているけれど今でも父とは仲がいい。
　実はゆめのやの甘いお菓子より、父のカレーの辛さの方が口に合う。蜜は辛党なのだ。

「まだ仕込み中だからなー。残り物ならあるけど」
「それでいい、汗かくくらい辛いのにして」
「了解」

　父は仕込みの手を休めると、冷蔵庫から大きな銅鍋を取り出して、それを小鍋へと開けた。スパイスを次々いれて温め始めると、食欲をそそる匂いが店中に立ち込めた。
「トッピングは？」
「いらない。カレーだけでいい」
「はいよ」

　鼻歌交じりでカレーを温めている父は機嫌が良さそうだった。
　カウンターに肘をついてながめていると、昔小さなころに父がキッチンでカレーを作っていた姿を思い出した。
　辛いのが苦手な母に合わせて甘めのカレーだったけど、父は自分用にとたくさんのスパイスを集めては振りかけていた。

「辛すぎて味なんかわからないでしょ」という母に父はいつも困ったように笑っていた。
「バカだな、カレーはスパイスが効いていてなんぼだろ」
　それが離婚原因ではなかったと思うけれど、その後あまり時間を置かずに両親は別れを選んだ。