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第一章 First love
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周防はカバンから案内状を取り出した。ニカっと嬉しそうに笑って父に見せる。
「これめっちゃ楽しみに取りに来たんです」
父はそれを見ると目を細めた。
「予約までしてくれてるんだな」
「もちろん、今まで欠かしたことはないですよ」
蜜と知り合う前から周防はここに来ていた。
縁があって初めて言葉を交わしたり関係を持ったりできるんだと蜜は不思議な気持ちで見ていた。
父や母と過去に知り合っていた周防がいま蜜の担任となり初恋まで奪っていく。
「せっかく来たんだ、お茶でも飲んでいくだろう?」
蜜の逡巡に気がつかない父が周防の背中を押した。
「そういえばしばらくお見掛けしないけれど佐々木先生はお元気か?」
「相変わらずみたいです。おれが先生をやってるって知ってからしょっちゅう連絡が来てああだこうだ言われてます」
「そうか。よろしく伝えていてくれ」
「はい、ゆめのやにも来たがっていたんですけど足が自由にならないって嘆いてました。あの人も歳ですよね」
「懐かしいな」
父と周防の会話は蜜には知らない過去の事ばかりだ。どんなにこちらに意識をむけたくてもスルリと奪っていく父にいら立ちを覚えた。
そして居場所がない気分になって少しだけ落ち込む。
「じゃあ、帰る」
「あら。蜜も一緒に行かないの?」
「ん……送ってもらっただけだから」
周防のことを知りたいと思った。
もっといろんなことを教えてほしい。
だけど蜜の知らない過去を話す周防と父の間には入っていけない。
踵を返す背中に母の声がかかった。
「じゃあ悪いけど、三和も一緒に連れて行ってもらえる? そろそろ寝そうなの」
「うん。おいで、三和」
手を出すと三和も腕を伸ばして蜜へとしがみついてきた。温かなぬくもりに泣きたい気持ちが再びやってくる。
三和も蜜と一緒だ。
過去を知らないで今だけを生きている。まだ若い命。
「お願いね」
「うん」
母は蜜を見送るとパタパタと走って裏口へと消えていった。
きっとお店の応接室に通された周防と両親は懐かしい話とやらに盛り上がるのだろう。
自宅へと戻ると一気に力が抜けた。
三和を布団に寝かせ、その隣に横になりながらとんとんと背中をさすった。まもなく規則正しい寝息が聞こえてくる。
蜜の指をギュっと握った小さな手。
まだこんな黒い気持ちを知らない無垢が無性に羨ましかった。
なんでみんな恋なんて苦しいものをするんだろう。
今まで何ともなかったことも嫉妬で狂いそうになる。周防を独り占めしたくて、彼に触れる誰もかもが腹立たしい。
こんなに苦しいなら恋だなんて気づきたくなかった。
三和の寝顔を眺めながらいつの間にかウトウトしていたのだろう。
ポケットに入れていたスマホがブルブルと震えだして、ふ、と意識が浮上する。あたりは薄闇に沈んでいた。
「誰……」
見ると周防からだった。
(帰るわ)とたった一言。
なんで一緒に店に来なかったのかとか、家に帰ったのかとか、何もなく。もしかしたら蜜の不在にも気がつかなかったのかもしれない。
玄関を出るとちょうど車が駐車場からでてくるところだった。
「先生」
呼びかけると蜜に気がついたのか車が止まり窓が開いた。
「こんな遅くまでお邪魔しちゃったよ」
「うん」
「やっぱり素敵な人たちだよな、お前の両親」
周防が満足そうな笑顔を浮かべている。本当はとても嬉しいことなのに今の蜜は素直に受け止めきれない。
「でも本当の父じゃないから」
なんでそんな意地の悪いことを言ってしまったのか。口にしてから後悔しても遅かった。
周防がとがめるように首を振った。
「でもいいお父さんだろ」
「……」
うつむく蜜に呆れたのか周防は窓から腕を伸ばすとポンと頭に手を置いた。ぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。
「反抗期か」
「違います」
反論すると軽い声で笑って手を離した。
「じゃあまた明日な」
「はい、おやすみなさい」
ん、と頷いて周防は車を出した。ウィンカーがチカチカと右を指し曲がっていく。
後を追いかけたけれど車はどんどん遠くなっていった。蜜はそのまましばらく動けないでいた。
「これめっちゃ楽しみに取りに来たんです」
父はそれを見ると目を細めた。
「予約までしてくれてるんだな」
「もちろん、今まで欠かしたことはないですよ」
蜜と知り合う前から周防はここに来ていた。
縁があって初めて言葉を交わしたり関係を持ったりできるんだと蜜は不思議な気持ちで見ていた。
父や母と過去に知り合っていた周防がいま蜜の担任となり初恋まで奪っていく。
「せっかく来たんだ、お茶でも飲んでいくだろう?」
蜜の逡巡に気がつかない父が周防の背中を押した。
「そういえばしばらくお見掛けしないけれど佐々木先生はお元気か?」
「相変わらずみたいです。おれが先生をやってるって知ってからしょっちゅう連絡が来てああだこうだ言われてます」
「そうか。よろしく伝えていてくれ」
「はい、ゆめのやにも来たがっていたんですけど足が自由にならないって嘆いてました。あの人も歳ですよね」
「懐かしいな」
父と周防の会話は蜜には知らない過去の事ばかりだ。どんなにこちらに意識をむけたくてもスルリと奪っていく父にいら立ちを覚えた。
そして居場所がない気分になって少しだけ落ち込む。
「じゃあ、帰る」
「あら。蜜も一緒に行かないの?」
「ん……送ってもらっただけだから」
周防のことを知りたいと思った。
もっといろんなことを教えてほしい。
だけど蜜の知らない過去を話す周防と父の間には入っていけない。
踵を返す背中に母の声がかかった。
「じゃあ悪いけど、三和も一緒に連れて行ってもらえる? そろそろ寝そうなの」
「うん。おいで、三和」
手を出すと三和も腕を伸ばして蜜へとしがみついてきた。温かなぬくもりに泣きたい気持ちが再びやってくる。
三和も蜜と一緒だ。
過去を知らないで今だけを生きている。まだ若い命。
「お願いね」
「うん」
母は蜜を見送るとパタパタと走って裏口へと消えていった。
きっとお店の応接室に通された周防と両親は懐かしい話とやらに盛り上がるのだろう。
自宅へと戻ると一気に力が抜けた。
三和を布団に寝かせ、その隣に横になりながらとんとんと背中をさすった。まもなく規則正しい寝息が聞こえてくる。
蜜の指をギュっと握った小さな手。
まだこんな黒い気持ちを知らない無垢が無性に羨ましかった。
なんでみんな恋なんて苦しいものをするんだろう。
今まで何ともなかったことも嫉妬で狂いそうになる。周防を独り占めしたくて、彼に触れる誰もかもが腹立たしい。
こんなに苦しいなら恋だなんて気づきたくなかった。
三和の寝顔を眺めながらいつの間にかウトウトしていたのだろう。
ポケットに入れていたスマホがブルブルと震えだして、ふ、と意識が浮上する。あたりは薄闇に沈んでいた。
「誰……」
見ると周防からだった。
(帰るわ)とたった一言。
なんで一緒に店に来なかったのかとか、家に帰ったのかとか、何もなく。もしかしたら蜜の不在にも気がつかなかったのかもしれない。
玄関を出るとちょうど車が駐車場からでてくるところだった。
「先生」
呼びかけると蜜に気がついたのか車が止まり窓が開いた。
「こんな遅くまでお邪魔しちゃったよ」
「うん」
「やっぱり素敵な人たちだよな、お前の両親」
周防が満足そうな笑顔を浮かべている。本当はとても嬉しいことなのに今の蜜は素直に受け止めきれない。
「でも本当の父じゃないから」
なんでそんな意地の悪いことを言ってしまったのか。口にしてから後悔しても遅かった。
周防がとがめるように首を振った。
「でもいいお父さんだろ」
「……」
うつむく蜜に呆れたのか周防は窓から腕を伸ばすとポンと頭に手を置いた。ぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。
「反抗期か」
「違います」
反論すると軽い声で笑って手を離した。
「じゃあまた明日な」
「はい、おやすみなさい」
ん、と頷いて周防は車を出した。ウィンカーがチカチカと右を指し曲がっていく。
後を追いかけたけれど車はどんどん遠くなっていった。蜜はそのまましばらく動けないでいた。
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