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第一章 First love

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 近づくと窓が開いて周防が顔を出した。
「お疲れさん」
 どこに乗ればいいのか迷っていると、助手席に身を乗り出してドアを開けてくれた。
「どうぞ」
 眩しいからかサングラスをかけた周防はいつもより大人っぽく見えて、蜜はモジモジっとしてしまった。別に照れる必要もないはずなのに。

「乗って」
「……お邪魔します」
 辺りに誰もいないか見渡してから蜜は車へと乗りこんだ。
 この前にはなかったミントっぽい匂いがした。

「なんかいい匂いがします」
「嫌いじゃない?」
「そうですね、けっこう好きかもしれません」
「そ、よかった」
 周防はニコっと笑ってから、ギアを入れて車を動かした。蜜も慌ててシートベルトをつける。

「ここ誰も来なくて穴場だな」
 川沿いの道をまっすぐに進みながら周防は呟いた。
「今度からここで待ち合わせよう」
 今度、と心の中で繰り返した。今日だけじゃなくて、また次もあるということだ。
「はい」
 答えながら蜜は頬が熱くなっていくのを感じていた。

「先生って他の生徒とも一緒に帰ったりするんですか?」
 ふと気になっていたことを聞いてみた。
 蜜だけが特別なわけじゃなく。方向が一緒だったり用事があったりしたら誰でも乗せてあげるんだろうか。
 ドアを開けてエスコートしたりかける音楽を選んだり。香りのチョイスも考えたりして。
 だけど周防は「まっさか~」とのんきな返事を返してきた。
「なんで誰彼構わず乗せなきゃならんの」

 それって蜜だけが特別ってことなんだろうか。
 レオのお気に入り、と言った小石川の声を思い出した。それって本当なんだろうか、蜜の事を気に入っているということなんだろうか。
 うぬぼれが強くなる。
 周防はそんな蜜に気がつかず先を続けた。

「まあ、怪我したり具合が悪かったりっていう奴は送っていくこともあるけどな。でも基本的にはダメなんだよな。事故とかあったら責任取れないじゃん。だからよっぽどの非常事態くらい、かな……まあ状況によりけりってところか」

 ああ、やっぱり。蜜は静かに凹んだ。
 自分だけが特別なんて勘違いも甚だしい。
 誰かもここに乗ったことがあるんだ。周防の隣で、こうやって話をしたり。近い距離で。

「そうですか」
 さっきまでの浮かれる気持ちは消沈して、蜜は俯いた。
 確かに前の時もお礼にって乗せてくれただけで、今回はゆめのやへいくついでだし。
 これも周防にとっては非常事態ということなのかもしれない。

 周防と話していると気分の浮き沈みが激しくて困惑する。
 元々そんなに感情のふり幅がある方じゃないし、フラットすぎると両親には言われていたくらいなのに。

「どしたー? もしあれだったら窓開けてな」
 無口になったのは酔ったせいだと思ったのだろう。自動で窓が開いて、夕暮れの空気が車内を吹き抜けていく。

「先生ってたらしって言われませんか?」
 思ったままを口にすると周防はびっくりしたように蜜を見た。
「え? なんで突然。おれなんかチャラかった?」
「そうじゃなくて。なんとなく」
「いや~ないと思うけどなあ。どっちかっていうと不器用だし」
「不器用? 先生が?」
「そう、なんつーか、ヘタクソなんだよな」
 ヘタクソとは。
 蜜こそびっくりして周防を見てしまった。
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