雪の王と雪の男

乃木のき

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 昔からバケモノが出ると忌み嫌われているこの山に足を踏み入れたのは大学生の時のことだ。
 ワンダーフォーゲル部だった晃成は卒業を前にみんなで楽しい思い出を作ろうと、スキー山岳を計画した。
 もちろんモノノケがでるらしいという噂を聞いていたけれど、それはどの山も同じで、昔はそういうのもあっただろうなと思った程度だった。

 登りはよかった。
 天気は良く、晴れ渡る青空の下で仲間たちとワイワイと進んだ。
 登頂という目標を達成し、下山途中の山小屋で暖炉の火を囲んで夜遅くまで語り合った。
 
 みんなそれぞれに将来の夢があって、就職しても集まろうと熱い結束を結んだ。楽しくて幸せで充実していた。

 ガラリと天候が変わったのは翌朝のことだった。
 前日の好天が嘘のように雲は重くどんよりと辺りを曇らせた。視界の悪い中もう一泊すればよかったものを、経験値の低さから出発したのが大きな間違いだった。

 徐々に吹雪が強くなる。
 真っ白な暴風は行く手を阻み視界を惑わせた。

 遭難したのか、と理解したのはまもなくだった。
 一寸先も見えない中、はぐれまいとかたまった晃成たちだったが寒さは体力を奪い、ひとりまたひとりと脱力していく。
「寝るな!」と励ますも、そういう晃成も残りわずかな気力を絞っているだけで、それがどこまで持つのかわからない。

 その時だった。
 おぼろな意識の仲、目の前を人がよぎったのは。

 助けが来たのかとなんとか目を開けるとそこにはこの世のものとは思えないほどの美貌をたたえた男がいた。
 長い銀髪を風に揺らし、何の感情もない瞳で晃成を見つめている。

 ふ、と口元に笑みが浮かんだと思った瞬間隣にいた友人が荒い呼吸を幾度か繰り返し、止めた。

「うそ……だろ」
 
 目の前の美しい魔物が友人の息の根を止めた。
 そのことが信じられず、ひたすら美貌を見つめ続けた。悪魔のような美しさが獲物をしとめるように視線を動かし、そのたびに友人たちは静かになった。

 ああ、死ぬのか。
 この美しいひとに見つめられながら生を終えるのか。

「お願い……します……」
 遠のく意識の中、乞うように口にした。

「どうか、俺の命だけで勘弁してください……どうか、仲間を……」
 
 これ以上奪わないで。
 
 だけど、真っ白に吹雪く世界の中で人として存在することを拒まれてしまえば、従うしかない。
 ああ本当に魔物のすむ山だったのだ、と理解したところでもう遅い。

 意識を手離す直前に晃成の耳に涼やかな声が聞こえた。
 脳に直接話しかけるようにはっきりと届いたその声は、こう問うていた。

「みんな死んだ。残りはお前だけだ。わたしと生きるか、ここで死ぬか、選べ」

 ああ、そうか、みんな死んだのか___そうか……

 目を閉じ、暗い闇の中に身を投じた。
 終わったのだ。
 それはとても静かで清廉なひとときだった。

 だが、次に目を覚ました時にまっさきに視界に入ってきたのは暖かな部屋とコタツに入っている雪華の姿だった。
 最後の無意識で晃成は生きることを選んでいた。

 たったひとり助かった事に罪の意識がないわけではない。
 いみじくも生を選んだ晃成は雪の王の眷属、雪男(仮)として生きることとなった。
 ほんの少しだけ人間の血が残っているからお前は(仮)な、とコタツの中であくびをしながら雪華は言ったのだ。

 (仮)だろうがなかろうが、人間ではなくなった晃成は二度と両親や友人たちに会うことはなかった。死んだものとして扱われ、両親を苦しめたまま長い年月が流れた。
 そのうちいろんなことを忘れていってしまう。

「まいったなあ」

 タブレットで動画チェックをしていた晃成はため息をついた。
 今まで全然気がつかなかったけれど、ずいぶん前から狙われていたようだった。
 いくつか『雪男を探せ!』とタイトルがついた動画がアップされている。

 人間だった頃から2メートル近い長身で肩幅も広い晃成は確かに雪男らしくもある。
 真っ黒な髪の毛はモサモサと伸び放題で、前髪の間から見えるアーモンド形の目は力強い。腕も足もがっしりとし、猫背気味な身体は全体的にでかい。
 両親から受け継がれた身体そのままで性能だけが雪男にバージョンアップしていた。

 雪にも強いし生命力は人間のそれとは全然違う。
 ちょっとそこまで、が数十キロにも及べるのでどこにだって行ける。その力を使っての買い物途中で盗撮されてしまったのだった。

「まさかこんな山奥まで人が来るとは思わなかったなあ……」

 結界を強くすると言っていたから細に任せておけば間違いないのだが、やはり申し訳なさが勝る。

 と。細い腕がスルリと腕が伸びて、晃成のお腹に回された。


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