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食後のコーヒーをもらい、じんわりと料理の余韻に浸っていると奥の方が賑やかになった。
見ると厨房から出てきた日永が大きなホールケーキを持って、お客様のテーブルに乗せたところだった。
めいっぱいおしゃれをした小さな女の子が顔中を喜びにかえて「きゃー」と悲鳴を上げている。
それを見つめている日永の優しい視線に恭介は釘づけになった。
「ありがとう! そうくん」
その子は日永を名前で呼び、イスの上に上るとためらいもなく日永の頬にキスをした。わっと家族の笑顔が弾ける。
オロオロするかと思ったけれど日永はその子を抱きかかえ「おめでとう」と祝福を送っていた。
なんとも心温まる光景ではあるけれど、少しだけ胸がチクリと痛む。
日永といるということは、こういう未来を諦めると言う事だ。
不器用そうに見えるのに子供の扱いもうまく、幸せそうなご家族に混ざってお祝いの歌を歌っている。
それに合わせて他のテーブルの人たちもハッピーバースデイの祝福の声を上げている。
「誕生日かな」
笹屋も一緒に歌いながら顔を緩ませていた。
「だろうね。可愛いな、3歳くらいかな。うちの姪っ子と同じくらいだ」
「笹屋に姪っ子いたんだ」
「そう、姉の子でね。めちゃくちゃ可愛いの」
恭介は一人っ子だからそういうのとは無縁だった。日永は家族自体が崩壊しているのでそういう関係は全くないと言っていた。
ふたりでいるってことは、これ以上家族が広がらないって事だ。
日永はそれでいいんだろうか。
女の人を好きになればこういう未来も迎えることが出来るだろうに。
ろうそくを吹き消すとみんなにおめでとうの声をかけられ、女の子はこの上なく得意げな顔をしていた。
もう一度日永がおめでとうと言い、女の子の頭を撫でると「そうくん大好き」とその子は言った。
素直な愛情表現。
あんな小さな子相手に複雑な心境になるなんてどうかしている。
一通りのお祝いが終わると日永はこちらに視線を向けゆっくりと近づいてきた。テーブルの前に来てすっと頭を下げる。
「笹屋さんも平野さんも今日はありがとうございました。料理はお口に会いましたか?」
「もっちろんだよ。すごく美味しくて感動しちゃった」
素直なのは笹屋もだった。こいつはいつもまっすぐな言葉を発する。
視線を感じるとこちらを見る日永と目が合い慌てたように続く。
「全部日永さんが手がけたんでしょう? 特にお肉は食べ応えがあって満足です」
「それならよかったです」
恭介も感想を口にするとホッとしたように息を吐いた。
誰よりも恭介に喜んで欲しいと言っていた日永はもしかしたら緊張していたのかもしれない。
可愛い奴だ。
「予約取れてよかったな、平野」
「ああ、本当に。食べれてよかった」
こうやって働く日永を間近で見ることもできたし。
コック姿でキビキビと働く姿は今まで見た中で一番かっこよかった。とは、恥ずかしくて口に出していえないけど。
厨房から日永を呼ぶ声が聞こえてきて「では」と日永は頭を下げた。
「どうぞごゆっくりお過ごしください」
「あ、待って日永さん」
笹屋は戻ろうとする日永を引き止め、ひっそりと囁いた。
「平野のことこれからもよろしく頼むよ」
「はっ? なに、笹屋」
突然何を言い出す?!
慌てる恭介にウインクを送りながら笹屋は続けた。
「平野は恥ずかしがりやだし不器用なところもあるけど可愛い奴だからさ。大切にしてやって」
言われた日永は一瞬呆気にとられた顔をしながらも「はい」と答えた。
「もちろんです」
「だってさ、よかったね平野」
もう!
なんでこんなところで。笹屋は!
「もう……ごめんなさい引き止めて。仕事に戻ってください」
恥ずかしいにもほどがある。
急いで戻ってもらおうと腕を押すと、それを制して日永は言った。笹屋に向かって力強く。
「一生大切にします」
「ワオ。おれに言われてもときめくわ」
「笹屋! 日永さんももう戻って」
顔中から火を吹きそうだ。
ふたりきりになると笹屋は「よかったな」と顔を寄せてきた。
「あの人なら任せられる」
「なんなの。笹屋は俺の親なの?」
「っていうか変なのに平野を渡したくないからさ。お前にも幸せになって欲しいし。日永さんなら安心だろ」
思いのほか笹屋が真面目な顔をするから思わずうなずいてしまった。
コーヒーを飲み終えるとチェックを済ませて店の外に出た。
12月の空は透き通っていて星がよく見えた。街の中とは違う景色をしばし堪能する。
日永は毎日ここでこんな景色を見ながら働いているんだと思うとなおさらいい場所のように思えた。
どちらからともなく足を進めた。
坂道を下っていくといつもの賑やかさが戻ってくる。
「じゃあな」
「また明日」
地下鉄の駅の前で別れるとちょうど日永からメッセージが届いたところだった。
立ち止まって見ると、今日のお礼と今夜逢えるかとのお伺いだった。いいよ、と返す。
あまり遅くならないで行くから、との返事に、待ってる、と返した。
さっきまで同じ場所にいたのにもう逢いたい。
なにか簡単に出せるものを買って帰ろうと思う足取りは軽くて幸せそのものだった。
見ると厨房から出てきた日永が大きなホールケーキを持って、お客様のテーブルに乗せたところだった。
めいっぱいおしゃれをした小さな女の子が顔中を喜びにかえて「きゃー」と悲鳴を上げている。
それを見つめている日永の優しい視線に恭介は釘づけになった。
「ありがとう! そうくん」
その子は日永を名前で呼び、イスの上に上るとためらいもなく日永の頬にキスをした。わっと家族の笑顔が弾ける。
オロオロするかと思ったけれど日永はその子を抱きかかえ「おめでとう」と祝福を送っていた。
なんとも心温まる光景ではあるけれど、少しだけ胸がチクリと痛む。
日永といるということは、こういう未来を諦めると言う事だ。
不器用そうに見えるのに子供の扱いもうまく、幸せそうなご家族に混ざってお祝いの歌を歌っている。
それに合わせて他のテーブルの人たちもハッピーバースデイの祝福の声を上げている。
「誕生日かな」
笹屋も一緒に歌いながら顔を緩ませていた。
「だろうね。可愛いな、3歳くらいかな。うちの姪っ子と同じくらいだ」
「笹屋に姪っ子いたんだ」
「そう、姉の子でね。めちゃくちゃ可愛いの」
恭介は一人っ子だからそういうのとは無縁だった。日永は家族自体が崩壊しているのでそういう関係は全くないと言っていた。
ふたりでいるってことは、これ以上家族が広がらないって事だ。
日永はそれでいいんだろうか。
女の人を好きになればこういう未来も迎えることが出来るだろうに。
ろうそくを吹き消すとみんなにおめでとうの声をかけられ、女の子はこの上なく得意げな顔をしていた。
もう一度日永がおめでとうと言い、女の子の頭を撫でると「そうくん大好き」とその子は言った。
素直な愛情表現。
あんな小さな子相手に複雑な心境になるなんてどうかしている。
一通りのお祝いが終わると日永はこちらに視線を向けゆっくりと近づいてきた。テーブルの前に来てすっと頭を下げる。
「笹屋さんも平野さんも今日はありがとうございました。料理はお口に会いましたか?」
「もっちろんだよ。すごく美味しくて感動しちゃった」
素直なのは笹屋もだった。こいつはいつもまっすぐな言葉を発する。
視線を感じるとこちらを見る日永と目が合い慌てたように続く。
「全部日永さんが手がけたんでしょう? 特にお肉は食べ応えがあって満足です」
「それならよかったです」
恭介も感想を口にするとホッとしたように息を吐いた。
誰よりも恭介に喜んで欲しいと言っていた日永はもしかしたら緊張していたのかもしれない。
可愛い奴だ。
「予約取れてよかったな、平野」
「ああ、本当に。食べれてよかった」
こうやって働く日永を間近で見ることもできたし。
コック姿でキビキビと働く姿は今まで見た中で一番かっこよかった。とは、恥ずかしくて口に出していえないけど。
厨房から日永を呼ぶ声が聞こえてきて「では」と日永は頭を下げた。
「どうぞごゆっくりお過ごしください」
「あ、待って日永さん」
笹屋は戻ろうとする日永を引き止め、ひっそりと囁いた。
「平野のことこれからもよろしく頼むよ」
「はっ? なに、笹屋」
突然何を言い出す?!
慌てる恭介にウインクを送りながら笹屋は続けた。
「平野は恥ずかしがりやだし不器用なところもあるけど可愛い奴だからさ。大切にしてやって」
言われた日永は一瞬呆気にとられた顔をしながらも「はい」と答えた。
「もちろんです」
「だってさ、よかったね平野」
もう!
なんでこんなところで。笹屋は!
「もう……ごめんなさい引き止めて。仕事に戻ってください」
恥ずかしいにもほどがある。
急いで戻ってもらおうと腕を押すと、それを制して日永は言った。笹屋に向かって力強く。
「一生大切にします」
「ワオ。おれに言われてもときめくわ」
「笹屋! 日永さんももう戻って」
顔中から火を吹きそうだ。
ふたりきりになると笹屋は「よかったな」と顔を寄せてきた。
「あの人なら任せられる」
「なんなの。笹屋は俺の親なの?」
「っていうか変なのに平野を渡したくないからさ。お前にも幸せになって欲しいし。日永さんなら安心だろ」
思いのほか笹屋が真面目な顔をするから思わずうなずいてしまった。
コーヒーを飲み終えるとチェックを済ませて店の外に出た。
12月の空は透き通っていて星がよく見えた。街の中とは違う景色をしばし堪能する。
日永は毎日ここでこんな景色を見ながら働いているんだと思うとなおさらいい場所のように思えた。
どちらからともなく足を進めた。
坂道を下っていくといつもの賑やかさが戻ってくる。
「じゃあな」
「また明日」
地下鉄の駅の前で別れるとちょうど日永からメッセージが届いたところだった。
立ち止まって見ると、今日のお礼と今夜逢えるかとのお伺いだった。いいよ、と返す。
あまり遅くならないで行くから、との返事に、待ってる、と返した。
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