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日永は22時過ぎ頃にやってきた。
「おかえり」と玄関に出迎えると疲れているそぶりは見せず、はにかんだように笑った。
「ただいま、です」
「疲れただろ。何か食べた?」
「まかないが出るので。恭介さんは? 大丈夫ですか?」
「お陰様で。すっかり、とは言えないけどもう普通かな」
朝の時点ではかなりやばかったけど人の回復力はすごい。もともと体力はある方だし、これなら明日は普通通り出勤できる。
「それならよかったです」
日永は後ろからそっと抱きしめ恭介のうなじの匂いを嗅いだ。
「いい匂いがする」
「あ、ごめん。先に風呂に入っちゃった。沸かしたままだからすぐに入れるよ」
「いえ。先に恭介さん補給をしてから」
鼻先を押し当ててふんふんと匂いを嗅がれると背筋が粟立った。痺れるように腰へと繋がっていく。
「……んっ」
無意識に鼻にかかった声が漏れる。日永はそのまま首筋に移動すると小さく甘噛みをした。弱く吸いついて舌先でくすぐってくる。
「あっ、ばか」
「感じますか?」
「そりゃ……でも今夜は絶対無理」
もし誘ったのがそういう意味だったと勘違いさせたなら申し訳ない。日永は小さく笑みをこぼすと「わかってます」と囁いた。
「さすがにそんな無体はできません」
良かった。今夜もアレの相手をしたら確実に壊れる。尻がもどらなくなるかもしれない。
顎先に手をかけられ誘われるままにキスを受ける。
外気で冷たくなった皮膚が触れた。
「……ん、ふ、」
日永のキスは気持ちがよかった。
焦らないのに逃さず追い詰めてくる。顎の上をくすぐられると腰が抜けそうな程気持ちがいい。
舌が絡んで唾液が混ざり合う。
強く抱きしめられると唇が離れて行って「恭介さんだ」と囁く。
「朝も一緒にいたのに会いたくて仕方がなかったです。だから恭介さんも同じ気持ちだってわかって……早く仕事が終わらないかなって思ってしまいました」
「俺も、そう。早く来ないかなって思ってた」
逢いたくて、キスをしたくて、抱き合いたくて、存在を感じたくて。
こんな初恋みたいな狂い方をするなんて思ってもいなかった。
「もしよければなんですけど」と前置きをしてから日永は恭介の手を握った。
「一緒に暮らしませんか? 自分も不規則な生活ですけど、恭介さんもそうですよね。なかなか時間が合わないけど……一緒に暮らしたら少しは逢えるかなって。ダメですか」
「ルームシェアってこと?」
「いえ、気持ちとしては同棲です」
日永もシフトがあって出勤が早かったり遅かったりするそうだ。それに夜の仕事もある。両方とも彼にとって大事なものだからその時間は確保してあげたい。
一方恭介もホテルだから泊りもあれば早番遅番、かなり不規則だ。日永に逢おうと思ってもなかなかタイミングがつかめずこの前みたいな問題が起きた。
だけど今までずっと一人で暮らしてきた。いきなり誰かと一緒に暮らすってどうなんだろう。ちょっと自信がない。
しっかりしているように見えても料理はそこまでできないし、掃除だってマメじゃない。どちらかといえば他人の目がなければ大雑把だし適当なところもある。
そんな姿を日永に見せてしまったら幻滅されないんだろうか。
恭介の迷いを日永はどう受け取ったのか「今すぐじゃなくてもいいです」とかぶせてきた。
「いつか恭介さんが自分と暮らしてもいいって思えたら」
「うん……考えておく」
「はい。あ、すみません。自分けっこう汚れてると思うんでお風呂に入ってきてもいいですか?」
「あ、そうだよな。入って。タオルとか置いておくから」
確か予備のタオルがあったはず。
あ、でも下着とか着替えはどうすればいいんだっけ。っていうかサイズも全然違うし、誰かが泊りに来ることもないので何の用意もしていなかった。
そう焦るのは恭介だけで、日永は自分のカバンの中から下着やら歯ブラシやらを取り出した。
「来る前にコンビニで揃えました。なんでもあって便利ですよね」
「あ、ああ」
手際が良すぎないか?
こんなの慣れっこだってこと?
「洗濯機を借りれますか?」
「いいよ使って」
「明日着て行くものがないので。すみませんお借りします」
なんだかモヤモヤする。
セックスの時だってそうだ。慣れない恭介をさりげなくリードしてあんなブツを挿入させる手筈さえ持ち合わせていた。
それは何度も経験してきたってことで……いや、考えるのはやめよう。なんか落ち込みそう。
バスルームに消えていく日永を見送りながら恭介はむうっと唇をとがらせた。
なんだか経験値の差を見せつけられているみたいだ。
面白くない気持ちを持て余していたはずが、お風呂から出てきた日永のペースに乗せられてベッドへと潜り込んだ。
深いキスと可愛い愛撫だけなのにあっという間に翻弄されて放出を迎えてしまう。
日永に愛されているとなんだかモヤモヤしていたのもどうでもよくなってしまうのが怖かった。このまま流されるままになりそうで。
だけど目を閉じる直前に見たものが恭介を愛おしくて仕方ないと見つめる日永の顔だったので、安心するように眠りに落ちた。
こんな風に誰かを想ったり想われたり……それもまた悪くない。
「おかえり」と玄関に出迎えると疲れているそぶりは見せず、はにかんだように笑った。
「ただいま、です」
「疲れただろ。何か食べた?」
「まかないが出るので。恭介さんは? 大丈夫ですか?」
「お陰様で。すっかり、とは言えないけどもう普通かな」
朝の時点ではかなりやばかったけど人の回復力はすごい。もともと体力はある方だし、これなら明日は普通通り出勤できる。
「それならよかったです」
日永は後ろからそっと抱きしめ恭介のうなじの匂いを嗅いだ。
「いい匂いがする」
「あ、ごめん。先に風呂に入っちゃった。沸かしたままだからすぐに入れるよ」
「いえ。先に恭介さん補給をしてから」
鼻先を押し当ててふんふんと匂いを嗅がれると背筋が粟立った。痺れるように腰へと繋がっていく。
「……んっ」
無意識に鼻にかかった声が漏れる。日永はそのまま首筋に移動すると小さく甘噛みをした。弱く吸いついて舌先でくすぐってくる。
「あっ、ばか」
「感じますか?」
「そりゃ……でも今夜は絶対無理」
もし誘ったのがそういう意味だったと勘違いさせたなら申し訳ない。日永は小さく笑みをこぼすと「わかってます」と囁いた。
「さすがにそんな無体はできません」
良かった。今夜もアレの相手をしたら確実に壊れる。尻がもどらなくなるかもしれない。
顎先に手をかけられ誘われるままにキスを受ける。
外気で冷たくなった皮膚が触れた。
「……ん、ふ、」
日永のキスは気持ちがよかった。
焦らないのに逃さず追い詰めてくる。顎の上をくすぐられると腰が抜けそうな程気持ちがいい。
舌が絡んで唾液が混ざり合う。
強く抱きしめられると唇が離れて行って「恭介さんだ」と囁く。
「朝も一緒にいたのに会いたくて仕方がなかったです。だから恭介さんも同じ気持ちだってわかって……早く仕事が終わらないかなって思ってしまいました」
「俺も、そう。早く来ないかなって思ってた」
逢いたくて、キスをしたくて、抱き合いたくて、存在を感じたくて。
こんな初恋みたいな狂い方をするなんて思ってもいなかった。
「もしよければなんですけど」と前置きをしてから日永は恭介の手を握った。
「一緒に暮らしませんか? 自分も不規則な生活ですけど、恭介さんもそうですよね。なかなか時間が合わないけど……一緒に暮らしたら少しは逢えるかなって。ダメですか」
「ルームシェアってこと?」
「いえ、気持ちとしては同棲です」
日永もシフトがあって出勤が早かったり遅かったりするそうだ。それに夜の仕事もある。両方とも彼にとって大事なものだからその時間は確保してあげたい。
一方恭介もホテルだから泊りもあれば早番遅番、かなり不規則だ。日永に逢おうと思ってもなかなかタイミングがつかめずこの前みたいな問題が起きた。
だけど今までずっと一人で暮らしてきた。いきなり誰かと一緒に暮らすってどうなんだろう。ちょっと自信がない。
しっかりしているように見えても料理はそこまでできないし、掃除だってマメじゃない。どちらかといえば他人の目がなければ大雑把だし適当なところもある。
そんな姿を日永に見せてしまったら幻滅されないんだろうか。
恭介の迷いを日永はどう受け取ったのか「今すぐじゃなくてもいいです」とかぶせてきた。
「いつか恭介さんが自分と暮らしてもいいって思えたら」
「うん……考えておく」
「はい。あ、すみません。自分けっこう汚れてると思うんでお風呂に入ってきてもいいですか?」
「あ、そうだよな。入って。タオルとか置いておくから」
確か予備のタオルがあったはず。
あ、でも下着とか着替えはどうすればいいんだっけ。っていうかサイズも全然違うし、誰かが泊りに来ることもないので何の用意もしていなかった。
そう焦るのは恭介だけで、日永は自分のカバンの中から下着やら歯ブラシやらを取り出した。
「来る前にコンビニで揃えました。なんでもあって便利ですよね」
「あ、ああ」
手際が良すぎないか?
こんなの慣れっこだってこと?
「洗濯機を借りれますか?」
「いいよ使って」
「明日着て行くものがないので。すみませんお借りします」
なんだかモヤモヤする。
セックスの時だってそうだ。慣れない恭介をさりげなくリードしてあんなブツを挿入させる手筈さえ持ち合わせていた。
それは何度も経験してきたってことで……いや、考えるのはやめよう。なんか落ち込みそう。
バスルームに消えていく日永を見送りながら恭介はむうっと唇をとがらせた。
なんだか経験値の差を見せつけられているみたいだ。
面白くない気持ちを持て余していたはずが、お風呂から出てきた日永のペースに乗せられてベッドへと潜り込んだ。
深いキスと可愛い愛撫だけなのにあっという間に翻弄されて放出を迎えてしまう。
日永に愛されているとなんだかモヤモヤしていたのもどうでもよくなってしまうのが怖かった。このまま流されるままになりそうで。
だけど目を閉じる直前に見たものが恭介を愛おしくて仕方ないと見つめる日永の顔だったので、安心するように眠りに落ちた。
こんな風に誰かを想ったり想われたり……それもまた悪くない。
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