真っ赤な口紅の純情 ~ドラアグクイーンに惚れられたホテルマンが恋に落ちるまで!~

乃木のき

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水族館を出ると外はもう真っ暗で時計を見るとそこまで遅い時間ではなかった。どんどん日が短くなっている。
これからどうしようか。
またどこかに食事に行ってもいいけど、さっきまでの静けさをもっと味わいたくて、少しだけ迷って家へと誘うことにした。

「よければうちに来ませんか。日永さんのように上手ではないけど、なにか簡単に作ります」

恭介の誘いに日永は喜んで頷いた。

「いいんですか。嬉しい」
「じゃあスーパーに寄ってもいいですか? あまり自分で作ることもないので、冷蔵庫が貧しくて」
「自分もそんなもんです」

前に日永の家に行ったときとは違う沿線に乗って恭介の家へと向かった。
家を出るときには誘うつもりがなかったから、部屋を片付けてこなかった。そこまでひどくはないはずだけど、ダメだったらちょっと待ってもらって軽く掃除をして……などと段取りを考えていると隣で日永が小さく笑った。

「別に片付いてなくても平気ですよ」

まるで恭介の考えを読んだかのようなセリフにギョッとする。

「えっ、声に出てました?」
「いいえ、でもなんとなく恭介さんなら考えていそうだなって。ちゃんともてなそうって気持ちがわかるから。自分のことは気にしないでください」
「よく俺の事わかるんだな」
「はい。ずっと見てたので……わかります」と、考えようには怖いセリフを吐く。
「じゃあ多少片付いてなくても目をつぶって」
「もちろんです」

こんなに無防備な状態で人を家に呼ぶのは初めてだった。
家の近くのスーパーで買い物をして自宅へと向かう。普段なら見栄えのする料理を、と考えるところだけどそんなのは日永相手には意味がない。どんなに気合を入れて作ったところで料理人に勝てるはずもないのだから。
だったらいつも恭介が作れる料理となると、簡単な普通のご飯だ。
かごに入れていく材料を見て日永は何を作るのかわかったらしい。

「生姜焼きですか?」
「そう。やっぱわかる?」

よく部活の後に定食屋で食べたような生姜焼きが恭介は好きだった。薄切り肉と玉ねぎがよく絡んで汁が多めのやつだ。ご飯の乗せるともりもり食べてしまう。
日永に作るのに庶民的すぎるかと思ったけれど、今日みたく素で過ごした日にはこういった素朴なものが食べたい。
ぽつりとそんなことを口にすると日永はとても嬉しそうだった。

マンションのロックを解除しエントランスに入るとコンシェルジュが「おかえりなさいませ」と声をかけてきた。あいさつをしてエレベーターホールへと向かう。
前のマンションでストーカー被害にあってから多少贅沢でも管理のしっかりしているところを選んでいる。見た感じがホテルにも似ているので余計安心するのかもしれない。
上昇するエレベーターから降りると落ち着いた雰囲気の中廊下を歩いた。一番奥の角部屋が恭介の自宅だ。

「どうぞ」

ドアを開け中へと誘った。
あまり人を呼ぶこともないので少し緊張する。

「お邪魔します」と言いながら日永が恭介のプライベートエリアへと足を進めた。短い廊下を進んだ先のリビングは窓が広くて日当たりがよい。この明るさと景色の良さがここに決めた理由の一つだった。
 
日永はベランダに近づくと外の景色を眺め、振り返った。

「すごくいい場所ですね」
「そうだろ。駅から少し歩くけど、セキュリティや清潔感、景色の良さが抜群でさ。気に入ってるんだ」
「はい。コンシェルジュがいるなら安心です。ここに来るまでどこにも危険がなかった」

ずいぶん黙ってるなと思ったらもしかしてセキュリティチェックをしていたのか?
聞けばそうだと頷いた。

「恭介さんに非がなくても何があるかわかりませんから。これなら安心です」
「はは。日永さんにそう言われたなら大丈夫だな。とりあえず何か飲もうか、ビールにする? それとも」

言いかけた恭介の後ろを日永が抱きしめた。
首筋に息がかかって思わずすくめてしまう。

「え、何」
「いえ、恋人になったって夢みたいだなって。さっきから触れたくてたまりませんでした……嫌ですか?」
「嫌、じゃ、ない、けど」

回された腕に力がこもる。
髪の匂いをかがれて変態くさいなと思ったけど、ゾワリと粟立つものがあった。嫌な時の鳥肌とは違う、もっと奥底から発されたもの。
軽く頬に唇を押しあてられて声がもれる。

「……んっ」
「そんな可愛い声を出されたら止められなくなります」

唇が降りてきて首筋を這う。
温かくて柔らかなのにすごく熱い。

「やっぱり恭介さんの首は滑らかだ」

そして肩に。ちゅっと吸い付いて離れていく。
恋人ってこういう距離なんだ。
デイジーとは戯れに触れ合ったことがあったけれど、日永が相手だと全然違う。内心の動揺を誤魔化すことも難しくて「や」と声を漏らした。

「嫌ですか?」
「そうじゃないけど、」
「自分焦りすぎですか」

余裕のない声色にぞくりときた。
普段飄々としている日永があからさまに欲望を示している。

「そうじゃない。けど、ちょっと待って」

心の準備が全くと言っていいほどできていなかった。
のんきに「一緒に食事を~」なんて誘ってしまった自分の浅はかさにめまいがしそうだ。自宅に恋人を連れ込むってこういうことだって忘れていた。
相手が同性だから、余計に。
 
日永は恭介に触れたがっている。
そういう意味で欲しがっている。
それは触れ合っている場所で存在を示しているものからも確かな事だった。

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