真っ赤な口紅の純情 ~ドラアグクイーンに惚れられたホテルマンが恋に落ちるまで!~

乃木のき

文字の大きさ
上 下
37 / 66

6

しおりを挟む
水族館を出ると外はもう真っ暗で時計を見るとそこまで遅い時間ではなかった。どんどん日が短くなっている。
これからどうしようか。
またどこかに食事に行ってもいいけど、さっきまでの静けさをもっと味わいたくて、少しだけ迷って家へと誘うことにした。

「よければうちに来ませんか。日永さんのように上手ではないけど、なにか簡単に作ります」

恭介の誘いに日永は喜んで頷いた。

「いいんですか。嬉しい」
「じゃあスーパーに寄ってもいいですか? あまり自分で作ることもないので、冷蔵庫が貧しくて」
「自分もそんなもんです」

前に日永の家に行ったときとは違う沿線に乗って恭介の家へと向かった。
家を出るときには誘うつもりがなかったから、部屋を片付けてこなかった。そこまでひどくはないはずだけど、ダメだったらちょっと待ってもらって軽く掃除をして……などと段取りを考えていると隣で日永が小さく笑った。

「別に片付いてなくても平気ですよ」

まるで恭介の考えを読んだかのようなセリフにギョッとする。

「えっ、声に出てました?」
「いいえ、でもなんとなく恭介さんなら考えていそうだなって。ちゃんともてなそうって気持ちがわかるから。自分のことは気にしないでください」
「よく俺の事わかるんだな」
「はい。ずっと見てたので……わかります」と、考えようには怖いセリフを吐く。
「じゃあ多少片付いてなくても目をつぶって」
「もちろんです」

こんなに無防備な状態で人を家に呼ぶのは初めてだった。
家の近くのスーパーで買い物をして自宅へと向かう。普段なら見栄えのする料理を、と考えるところだけどそんなのは日永相手には意味がない。どんなに気合を入れて作ったところで料理人に勝てるはずもないのだから。
だったらいつも恭介が作れる料理となると、簡単な普通のご飯だ。
かごに入れていく材料を見て日永は何を作るのかわかったらしい。

「生姜焼きですか?」
「そう。やっぱわかる?」

よく部活の後に定食屋で食べたような生姜焼きが恭介は好きだった。薄切り肉と玉ねぎがよく絡んで汁が多めのやつだ。ご飯の乗せるともりもり食べてしまう。
日永に作るのに庶民的すぎるかと思ったけれど、今日みたく素で過ごした日にはこういった素朴なものが食べたい。
ぽつりとそんなことを口にすると日永はとても嬉しそうだった。

マンションのロックを解除しエントランスに入るとコンシェルジュが「おかえりなさいませ」と声をかけてきた。あいさつをしてエレベーターホールへと向かう。
前のマンションでストーカー被害にあってから多少贅沢でも管理のしっかりしているところを選んでいる。見た感じがホテルにも似ているので余計安心するのかもしれない。
上昇するエレベーターから降りると落ち着いた雰囲気の中廊下を歩いた。一番奥の角部屋が恭介の自宅だ。

「どうぞ」

ドアを開け中へと誘った。
あまり人を呼ぶこともないので少し緊張する。

「お邪魔します」と言いながら日永が恭介のプライベートエリアへと足を進めた。短い廊下を進んだ先のリビングは窓が広くて日当たりがよい。この明るさと景色の良さがここに決めた理由の一つだった。
 
日永はベランダに近づくと外の景色を眺め、振り返った。

「すごくいい場所ですね」
「そうだろ。駅から少し歩くけど、セキュリティや清潔感、景色の良さが抜群でさ。気に入ってるんだ」
「はい。コンシェルジュがいるなら安心です。ここに来るまでどこにも危険がなかった」

ずいぶん黙ってるなと思ったらもしかしてセキュリティチェックをしていたのか?
聞けばそうだと頷いた。

「恭介さんに非がなくても何があるかわかりませんから。これなら安心です」
「はは。日永さんにそう言われたなら大丈夫だな。とりあえず何か飲もうか、ビールにする? それとも」

言いかけた恭介の後ろを日永が抱きしめた。
首筋に息がかかって思わずすくめてしまう。

「え、何」
「いえ、恋人になったって夢みたいだなって。さっきから触れたくてたまりませんでした……嫌ですか?」
「嫌、じゃ、ない、けど」

回された腕に力がこもる。
髪の匂いをかがれて変態くさいなと思ったけど、ゾワリと粟立つものがあった。嫌な時の鳥肌とは違う、もっと奥底から発されたもの。
軽く頬に唇を押しあてられて声がもれる。

「……んっ」
「そんな可愛い声を出されたら止められなくなります」

唇が降りてきて首筋を這う。
温かくて柔らかなのにすごく熱い。

「やっぱり恭介さんの首は滑らかだ」

そして肩に。ちゅっと吸い付いて離れていく。
恋人ってこういう距離なんだ。
デイジーとは戯れに触れ合ったことがあったけれど、日永が相手だと全然違う。内心の動揺を誤魔化すことも難しくて「や」と声を漏らした。

「嫌ですか?」
「そうじゃないけど、」
「自分焦りすぎですか」

余裕のない声色にぞくりときた。
普段飄々としている日永があからさまに欲望を示している。

「そうじゃない。けど、ちょっと待って」

心の準備が全くと言っていいほどできていなかった。
のんきに「一緒に食事を~」なんて誘ってしまった自分の浅はかさにめまいがしそうだ。自宅に恋人を連れ込むってこういうことだって忘れていた。
相手が同性だから、余計に。
 
日永は恭介に触れたがっている。
そういう意味で欲しがっている。
それは触れ合っている場所で存在を示しているものからも確かな事だった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

孤高の羊王とはぐれ犬

藤間留彦
BL
クール美形α×元気で小柄なΩ。 母の言いつけを守り、森の中で独り暮らしてきた犬族のロポ。 突然羊族の国に連れて来られてしまう。 辿り着いたのは、羊族唯一のαの王、アルダシール十九世の住まう塔だった。 番候補として連れて来られたロポと孤高の王アルダシールに恋心は芽生えるのか? ※αΩに対して優性劣性という独自設定あり。ご注意下さい。 素敵な表紙イラストをこまざき様(@comazaki)に描いて頂きました!ありがとうございます✨

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

処理中です...