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「いいですよ。日永さん信用できそうだし。悪いことに使わないでしょ?」
「使うはずがありません! 一生の宝にします」
「大げさだな」
クスクスと笑っていると、日永は眩しそうに目を細めながら恭介を見た。
「あなたの笑顔を見ていたら疲れも不安も吹き飛びます」
「そうですか?」
「ええ、あなたは本当に天使の様だ」
口下手かと思えばくさいセリフで恭介を持ち上げる。
からかってるのかと訝しんでもそうではなさそうだし、本気でそう思っているらしかった。日永からぶつけられる賞賛はまっすぐで照れる。
「あー。えっと、それじゃおれはこれで。着替えてからシェフには説明に伺います。もし何か言われたらすぐに呼んでください」
「はい。風邪をひかないようにしてくださいね」
じゃ、と別れてからも日永は恭介をずっと見送っていた。背中に当たる視線が痛いくらいだ。
ロッカーに寄って濡れた制服を脱ぐとため息が漏れた。
お客様とのおおきなトラブルを起こしたのは初めてだ。と言っても一方的に被害をこおむっただけで恭介に非があったわけじゃない。
でもどこかに油断があった。慣れが慢心を呼んだんだ。
一流のホテルマンになること。その夢を持って今までがんばってこれたんだ。これからももっと精進していく。
新しい制服に袖を通すと鏡にうつる自分を細かくチェックして乱れがないかを確かめた。濡れた髪も整える。
もう一度息をはくと「よし」と気合を入れなおした。
ロッカーをでるとすぐにレストラン部門へと向かった。
日永からも説明を受けていたらしく、総料理長は恭介の肩をバンバンと叩いた。
「災難だったな、平野。男前は余計な苦労があって大変だな」
「料理長にもご迷惑をおかけいたしました」
頭を下げるとどうってことないから、と豪快に笑った。
「シャンパンは届けた。何故平野が持ってこないのかと駄々をこねられたそうだが、そこはウチのスタッフたちがうまくやってくれた」
「ありがとうございます」
「あとは日永くんの機転だな。よく気がついてすぐに動けたもんだ」
料理長の視線を負うと、キッチンの一番奥で一人黙々と作業する姿が見えた。
「戻ってすぐ明日の仕込みに入った。集中力が切れるから声はかけるなよ」
「はい」
まるでそこだけが切り取られた空間のように静謐な空気が漂っている。まるで修行僧のような静かな空気を纏う日永に目が捕らわれた。
「うちのレストランに本気でほしくなるわな」
「ですね」
時計を見るとそろそろチェックインが始まるころだった。
急いで戻らなければとあいさつを済ませフロントに戻ると、すでに列ができ始めていた。
「ごめん。遅くなりました」
「平野さん、大丈夫でしたか?」
「なんとか。それより今は仕事」
お客様の前に出ると自分のことは二の次でにこやかな笑みを浮かべて対応するのがプロだ。日永の料理をする姿を見て、気持ちが引き締まっていた。
このホテルのスタッフとして恥ずかしくない姿勢で仕事をしたい。そう思わせる厳しさだった。
本日もほぼ満室。
行き交うお客様の笑顔がなによりのご褒美だ。
フロント業務が落ち着くと、夜の出勤の人と入れ替わってようやく仕事が終わる。
疲れたしこのまま帰って休みたい気持ちもあるけど、どこか興奮していたのかまっすぐ帰る気にはなれなかった。
普段なら笹屋を誘うけど今日は休みだし、なんとなく素のまま話せる場所が欲しくなった。
「いや~? でも一人であの店に行けるか?」
何度もどうしようか迷いながらも足はあのお店へと向かっている。
どういう気持ちが起きているのか自分でもわからないけど、デイジーと話がしたかった。
正直であけっぴろげで嘘がない。相手をするには疲れるのに、彼女といるときの恭介はかっこつけなくていい楽さもあった。
きれいごとで包みまくった本音を吐き出したい。
こんな大変な目に合ったんだよって話して、からかわれて、笑い事にしてしまいたい。
店の前に着くと前と同じように派手でキラキラしていた。入るのにためらいがある。
ここで引き返せばなかったことになるのに、手は店のドアノブを回していた。
「あら~いらっしゃい♡ 今日はおひとり様なの?」
今日もカウンターの中にいるジョセフィーヌは恭介を覚えていたらしく、嬉しいわあと身をくねらせた。
「どうする? カウンターにする? それともテーブルでお楽しみしたい?」
「カウンターで」
「おっけえ~。わたしのそばがいいって事よね♡ 可愛いったらありゃしないわ」
投げキッスをかわしながらイスを引いて一番隅っこに座った。
今日も店は大賑わいだ。
デイジーがいないかと店を見回してみたけど、彼女の姿は見つからない。他にもたいぶゴツいドラアグクイーンもいたけれど、別にゴツさを求めているわけじゃないのだ。
恭介の視線に気がついたのか「ごめんなさいねえ」とおしぼりを出しながらジョセフィーヌが言った。
「今日デイジーちゃんお休みなの。あっでも恭介さんがきてるわよって言ったら飛んでくるわ。呼ぶ?」
「いや、休みならそれで」
「ほんっとタイミング悪いわあ。といってもあの子、最近ちょっと本職が忙しいみたいでね。こっちは休みがちなのよ」
「へえ」
本職もあるんだ。
デイジーの姿から普通に仕事をしているあいつの姿が想像できない。どんな仕事をしてるのか、見てみたい気もする。
「興味ある?」
ニヤニヤとするジョセフィーヌに「別に」とだけ答えながら、出てきたビールを一気に煽る。せっかく話そうと思ってきたのに調子が狂う。
「使うはずがありません! 一生の宝にします」
「大げさだな」
クスクスと笑っていると、日永は眩しそうに目を細めながら恭介を見た。
「あなたの笑顔を見ていたら疲れも不安も吹き飛びます」
「そうですか?」
「ええ、あなたは本当に天使の様だ」
口下手かと思えばくさいセリフで恭介を持ち上げる。
からかってるのかと訝しんでもそうではなさそうだし、本気でそう思っているらしかった。日永からぶつけられる賞賛はまっすぐで照れる。
「あー。えっと、それじゃおれはこれで。着替えてからシェフには説明に伺います。もし何か言われたらすぐに呼んでください」
「はい。風邪をひかないようにしてくださいね」
じゃ、と別れてからも日永は恭介をずっと見送っていた。背中に当たる視線が痛いくらいだ。
ロッカーに寄って濡れた制服を脱ぐとため息が漏れた。
お客様とのおおきなトラブルを起こしたのは初めてだ。と言っても一方的に被害をこおむっただけで恭介に非があったわけじゃない。
でもどこかに油断があった。慣れが慢心を呼んだんだ。
一流のホテルマンになること。その夢を持って今までがんばってこれたんだ。これからももっと精進していく。
新しい制服に袖を通すと鏡にうつる自分を細かくチェックして乱れがないかを確かめた。濡れた髪も整える。
もう一度息をはくと「よし」と気合を入れなおした。
ロッカーをでるとすぐにレストラン部門へと向かった。
日永からも説明を受けていたらしく、総料理長は恭介の肩をバンバンと叩いた。
「災難だったな、平野。男前は余計な苦労があって大変だな」
「料理長にもご迷惑をおかけいたしました」
頭を下げるとどうってことないから、と豪快に笑った。
「シャンパンは届けた。何故平野が持ってこないのかと駄々をこねられたそうだが、そこはウチのスタッフたちがうまくやってくれた」
「ありがとうございます」
「あとは日永くんの機転だな。よく気がついてすぐに動けたもんだ」
料理長の視線を負うと、キッチンの一番奥で一人黙々と作業する姿が見えた。
「戻ってすぐ明日の仕込みに入った。集中力が切れるから声はかけるなよ」
「はい」
まるでそこだけが切り取られた空間のように静謐な空気が漂っている。まるで修行僧のような静かな空気を纏う日永に目が捕らわれた。
「うちのレストランに本気でほしくなるわな」
「ですね」
時計を見るとそろそろチェックインが始まるころだった。
急いで戻らなければとあいさつを済ませフロントに戻ると、すでに列ができ始めていた。
「ごめん。遅くなりました」
「平野さん、大丈夫でしたか?」
「なんとか。それより今は仕事」
お客様の前に出ると自分のことは二の次でにこやかな笑みを浮かべて対応するのがプロだ。日永の料理をする姿を見て、気持ちが引き締まっていた。
このホテルのスタッフとして恥ずかしくない姿勢で仕事をしたい。そう思わせる厳しさだった。
本日もほぼ満室。
行き交うお客様の笑顔がなによりのご褒美だ。
フロント業務が落ち着くと、夜の出勤の人と入れ替わってようやく仕事が終わる。
疲れたしこのまま帰って休みたい気持ちもあるけど、どこか興奮していたのかまっすぐ帰る気にはなれなかった。
普段なら笹屋を誘うけど今日は休みだし、なんとなく素のまま話せる場所が欲しくなった。
「いや~? でも一人であの店に行けるか?」
何度もどうしようか迷いながらも足はあのお店へと向かっている。
どういう気持ちが起きているのか自分でもわからないけど、デイジーと話がしたかった。
正直であけっぴろげで嘘がない。相手をするには疲れるのに、彼女といるときの恭介はかっこつけなくていい楽さもあった。
きれいごとで包みまくった本音を吐き出したい。
こんな大変な目に合ったんだよって話して、からかわれて、笑い事にしてしまいたい。
店の前に着くと前と同じように派手でキラキラしていた。入るのにためらいがある。
ここで引き返せばなかったことになるのに、手は店のドアノブを回していた。
「あら~いらっしゃい♡ 今日はおひとり様なの?」
今日もカウンターの中にいるジョセフィーヌは恭介を覚えていたらしく、嬉しいわあと身をくねらせた。
「どうする? カウンターにする? それともテーブルでお楽しみしたい?」
「カウンターで」
「おっけえ~。わたしのそばがいいって事よね♡ 可愛いったらありゃしないわ」
投げキッスをかわしながらイスを引いて一番隅っこに座った。
今日も店は大賑わいだ。
デイジーがいないかと店を見回してみたけど、彼女の姿は見つからない。他にもたいぶゴツいドラアグクイーンもいたけれど、別にゴツさを求めているわけじゃないのだ。
恭介の視線に気がついたのか「ごめんなさいねえ」とおしぼりを出しながらジョセフィーヌが言った。
「今日デイジーちゃんお休みなの。あっでも恭介さんがきてるわよって言ったら飛んでくるわ。呼ぶ?」
「いや、休みならそれで」
「ほんっとタイミング悪いわあ。といってもあの子、最近ちょっと本職が忙しいみたいでね。こっちは休みがちなのよ」
「へえ」
本職もあるんだ。
デイジーの姿から普通に仕事をしているあいつの姿が想像できない。どんな仕事をしてるのか、見てみたい気もする。
「興味ある?」
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