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リビングにダンボールを運ぶと、ウキウキしながら母がアルバムを取り出した。開いた瞬間懐かしい風が通り抜けていく。
切り取られた時間の中に小さかった彰仁がこちらを見て笑っている。まだ悩みも知らず無邪気に生きていた頃だ。
「きゃー可愛いいい」
愛理はページをめくるたび悶えた。
自分も子供だというのに兄の顔をした優仁の膝の上に小さな彰仁が座っている。眠たいのか指をくわえ半分目が落ちかけている姿は自分が見ても愛らしい。
「ほんとに仲のいい兄弟でね。いつも三人で遊んで喧嘩して転がっているの。可愛くて可愛くて、いくらでも眺めていられたわ」
母は一枚一枚を大事そうに見つめては優しく微笑んでいた。
仕事と家庭の両立や社会的活動に忙しかっただろうに、いつだって愛情をこめて育ててくれたのだ。それは今もしっかりと胸の中に残っている。
遊里が気づかせてくれたことだ。
ページをめくるたび彰仁たちは大きく育っていった。
丸いボディはいつの間にかバランスの取れた男の子に変わっていき、プリンスと呼ばれた頃には今の姿にだいぶ近い。
ふと一枚の写真に目が留まった。
いろんな年ごろの子供たちが写った集合写真だった。自宅の庭に違いないけど、その誰もに見覚えがない。
「これ……」
指をさすと母が覗き込んで「ああ」と呟いた。
「懐かしいわね。覚えていない? うちの近所に児童養護施設があって年に数回その子たちを招待してたじゃない。一緒に遊んだり食事を振る舞ったりして」
「ああ、そんなこともあったね」
母は親のいない子どもたちにも楽しい経験をして欲しいといろんなイベントを考えては招待していたのだ。偽善だと後ろ指をさされたりもしたけれど、楽しそうに遊ぶ子供たちをみて間違ったことをしていないと思ったそうだ。
「これは最後の時に撮った写真ね。彰仁が中学の頃に遠くに移転して途切れてしまったけれど、今でも時々遊びに来てくれる子もいるのよ。子供が生まれましたってハガキをくれたりね」
大勢の子供の中に彰仁も写っている。
真面目な顔で前を向いて隣にいる男の子と手を繋いでいる。棒のように細い手足はすらりと長く、しなやかな体つきをしている。
ふとその顔に見覚えがある気がして目を凝らした。
どこか不服そうな顔つきで心に何かを抱えたような瞳。
きつねのように細い目が写真の向こうから彰仁を見つめている。にゅうっと笑ったらまるで遊里のようで「えっ」と声が出た。
「お母さん、この子って」
「ああ。彰仁のことが大好きだってくっついていた子よね。一度しか会っていないんだけど、何故か彰仁が気に入ったみたいで。最後にお別れするのも嫌だって駄々をこねたの覚えているわ」
「まさか、だよな……」
記憶の底に眠る思い出はモノクロではっきりしなかった。
だけど確かにいた。
初めまして、と差し伸べた手を掴んだまま離さなかった男の子。年下だったけれどずいぶんと大人びていてそれが少しだけ哀しいと思った事。
甘えることを知らずにずっと俯いていて、彰仁が名前を呼ぶと嬉しそうに顔を上げたんだった。
「遊里……」
名前を呟くと、母はぱっと思い出したように頷いた。
「そう。遊里くん、そんな名前だったわ。大きくなったわよね。元気にしているのかしら」
(思い出してね)
遊里はそういったのだ。
昔に一度会ったことがあると。
それはこの時のことだったのか。遊里はずっと覚えていた?
(それからずっと彰仁さんが好きだったよ)
馬鹿じゃないのか。
こんな小さなときにたった一度会っただけの彰仁を。
多分この時の彰仁は両親に頼まれてイヤイヤ参加したんだった。めんどくさいと思う年頃だったし、外野のヤジもわかっていた頃だったから両親のやることが嫌で仕方なかった。
そんな彰仁を好きなったのか、遊里は。
アルバムに残る数枚の写真の中にも彰仁の隣に遊里はいた。他の誰もが必要ないとばかりにまっすぐに彰仁を見つめている。
すっかり忘れていた。
あんなに懸命に好意を示してくれていたのに。
「おれ……帰らなきゃ」
今すぐ遊里に会いたかった。
馬鹿だなって。お前はどれだけおれが好きなんだよって詰め寄ってやらなきゃ。
多分遊里はヘラっと笑って言うのだ。
やっと思い出してくれたの? って。
遊里の過去を何も知らなかった。
自分ばかりが辛かったと言い張る彰仁をどう思っていたんだろう。あの頃の遊里の状況がよくなかったことだけはわかる。
あの施設にいた子は誰も両親と哀しい別れを経験しているはずだから。
それなのに自分は何ともないですって顔をして彰仁を慰めてくれた。
何もかも持っていたくせに勝手に僻んで被害者ぶって。
きっと遊里の方がもっと辛かったはずだ。それなのに平気な顔をして見せる。
いきなり立ち上がった彰仁を母は驚いたように見つめた。
「ごめん、急用を思い出して……すぐ行かなきゃ」
「せっかく来てくれたのに」
「また会いに来るよ」
悲しげな顔の母の肩を抱き寄せ「ごめんね」と謝った。
「ずっと悲しませてごめん、もう大人になるから。だから安心して」
「彰仁……」
母はグっと涙を飲みこむとすぐにキッチンへと向かった。
「料理たくさん作ったから持って帰って。すぐに用意するから」
大きな紙袋いっぱいに母の料理が詰め込まれ手渡された。ずっしりと重い。
「次は何が食べたいのかリクエストはいつでも受け付けているからね」
「うん、そうだな、次はグラタンが食べたい。お母さんの美味しいんだよな」
母は彰仁の言葉に目を細めるとふわりと笑みを浮かべた。
「子供のころからそうだったわね。いいわ、次はグラタンを作って待ってるからいつでも来て」
玄関まで送りに来た兄にもごめんと謝る。
「もっとゆっくり話を聞きたかったんだけどさ」
「いいよ。大事な用事なんだろ、急げよ」
「ありがとう」
無言でうなずく父にも目で合図を送る。
こんなに大切な家族をなぜ誤解してきたのか。これから巻き返せるなら何でもする。
「じゃ、また」
家族に背中を向けて走り出した。
カバンからスマホを取り出して遊里へとコールする。だけど忙しいのかすぐに留守番電話へと繋がった。
「遊里……会いたい」
切り取られた時間の中に小さかった彰仁がこちらを見て笑っている。まだ悩みも知らず無邪気に生きていた頃だ。
「きゃー可愛いいい」
愛理はページをめくるたび悶えた。
自分も子供だというのに兄の顔をした優仁の膝の上に小さな彰仁が座っている。眠たいのか指をくわえ半分目が落ちかけている姿は自分が見ても愛らしい。
「ほんとに仲のいい兄弟でね。いつも三人で遊んで喧嘩して転がっているの。可愛くて可愛くて、いくらでも眺めていられたわ」
母は一枚一枚を大事そうに見つめては優しく微笑んでいた。
仕事と家庭の両立や社会的活動に忙しかっただろうに、いつだって愛情をこめて育ててくれたのだ。それは今もしっかりと胸の中に残っている。
遊里が気づかせてくれたことだ。
ページをめくるたび彰仁たちは大きく育っていった。
丸いボディはいつの間にかバランスの取れた男の子に変わっていき、プリンスと呼ばれた頃には今の姿にだいぶ近い。
ふと一枚の写真に目が留まった。
いろんな年ごろの子供たちが写った集合写真だった。自宅の庭に違いないけど、その誰もに見覚えがない。
「これ……」
指をさすと母が覗き込んで「ああ」と呟いた。
「懐かしいわね。覚えていない? うちの近所に児童養護施設があって年に数回その子たちを招待してたじゃない。一緒に遊んだり食事を振る舞ったりして」
「ああ、そんなこともあったね」
母は親のいない子どもたちにも楽しい経験をして欲しいといろんなイベントを考えては招待していたのだ。偽善だと後ろ指をさされたりもしたけれど、楽しそうに遊ぶ子供たちをみて間違ったことをしていないと思ったそうだ。
「これは最後の時に撮った写真ね。彰仁が中学の頃に遠くに移転して途切れてしまったけれど、今でも時々遊びに来てくれる子もいるのよ。子供が生まれましたってハガキをくれたりね」
大勢の子供の中に彰仁も写っている。
真面目な顔で前を向いて隣にいる男の子と手を繋いでいる。棒のように細い手足はすらりと長く、しなやかな体つきをしている。
ふとその顔に見覚えがある気がして目を凝らした。
どこか不服そうな顔つきで心に何かを抱えたような瞳。
きつねのように細い目が写真の向こうから彰仁を見つめている。にゅうっと笑ったらまるで遊里のようで「えっ」と声が出た。
「お母さん、この子って」
「ああ。彰仁のことが大好きだってくっついていた子よね。一度しか会っていないんだけど、何故か彰仁が気に入ったみたいで。最後にお別れするのも嫌だって駄々をこねたの覚えているわ」
「まさか、だよな……」
記憶の底に眠る思い出はモノクロではっきりしなかった。
だけど確かにいた。
初めまして、と差し伸べた手を掴んだまま離さなかった男の子。年下だったけれどずいぶんと大人びていてそれが少しだけ哀しいと思った事。
甘えることを知らずにずっと俯いていて、彰仁が名前を呼ぶと嬉しそうに顔を上げたんだった。
「遊里……」
名前を呟くと、母はぱっと思い出したように頷いた。
「そう。遊里くん、そんな名前だったわ。大きくなったわよね。元気にしているのかしら」
(思い出してね)
遊里はそういったのだ。
昔に一度会ったことがあると。
それはこの時のことだったのか。遊里はずっと覚えていた?
(それからずっと彰仁さんが好きだったよ)
馬鹿じゃないのか。
こんな小さなときにたった一度会っただけの彰仁を。
多分この時の彰仁は両親に頼まれてイヤイヤ参加したんだった。めんどくさいと思う年頃だったし、外野のヤジもわかっていた頃だったから両親のやることが嫌で仕方なかった。
そんな彰仁を好きなったのか、遊里は。
アルバムに残る数枚の写真の中にも彰仁の隣に遊里はいた。他の誰もが必要ないとばかりにまっすぐに彰仁を見つめている。
すっかり忘れていた。
あんなに懸命に好意を示してくれていたのに。
「おれ……帰らなきゃ」
今すぐ遊里に会いたかった。
馬鹿だなって。お前はどれだけおれが好きなんだよって詰め寄ってやらなきゃ。
多分遊里はヘラっと笑って言うのだ。
やっと思い出してくれたの? って。
遊里の過去を何も知らなかった。
自分ばかりが辛かったと言い張る彰仁をどう思っていたんだろう。あの頃の遊里の状況がよくなかったことだけはわかる。
あの施設にいた子は誰も両親と哀しい別れを経験しているはずだから。
それなのに自分は何ともないですって顔をして彰仁を慰めてくれた。
何もかも持っていたくせに勝手に僻んで被害者ぶって。
きっと遊里の方がもっと辛かったはずだ。それなのに平気な顔をして見せる。
いきなり立ち上がった彰仁を母は驚いたように見つめた。
「ごめん、急用を思い出して……すぐ行かなきゃ」
「せっかく来てくれたのに」
「また会いに来るよ」
悲しげな顔の母の肩を抱き寄せ「ごめんね」と謝った。
「ずっと悲しませてごめん、もう大人になるから。だから安心して」
「彰仁……」
母はグっと涙を飲みこむとすぐにキッチンへと向かった。
「料理たくさん作ったから持って帰って。すぐに用意するから」
大きな紙袋いっぱいに母の料理が詰め込まれ手渡された。ずっしりと重い。
「次は何が食べたいのかリクエストはいつでも受け付けているからね」
「うん、そうだな、次はグラタンが食べたい。お母さんの美味しいんだよな」
母は彰仁の言葉に目を細めるとふわりと笑みを浮かべた。
「子供のころからそうだったわね。いいわ、次はグラタンを作って待ってるからいつでも来て」
玄関まで送りに来た兄にもごめんと謝る。
「もっとゆっくり話を聞きたかったんだけどさ」
「いいよ。大事な用事なんだろ、急げよ」
「ありがとう」
無言でうなずく父にも目で合図を送る。
こんなに大切な家族をなぜ誤解してきたのか。これから巻き返せるなら何でもする。
「じゃ、また」
家族に背中を向けて走り出した。
カバンからスマホを取り出して遊里へとコールする。だけど忙しいのかすぐに留守番電話へと繋がった。
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