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「なんだよ湿っぽくなっちゃって。せっかくのおめでたい席なんだからさ」

 その場の空気を換えようとさらに料理をお皿に取る。
 今日はとりあえず遊里とのことで悩むのは無しだ。兄の幸せを祝うために来たんだから。
 
 お酒が進むにつれ家族との間にあったぎこちなさは姿を無くした。母の料理は美味しくて普段なら絶対に食べない量が胃の中に納まる。
 兄はとにかく幸せそうでそれを見守る両親も満たされたように穏やかだ。
 彰仁が手に入れようと必死になった家庭の姿がここにある。

 ソファに移動してお酒をチビチビと飲んでいたら母が突然立ち上がった。

「そうだ! ねえ愛理ちゃん、アルバム見る?」
「アルバムですか?」
「そうこの子たちの小さいときの写真がたくさんあるのよ」
「えっ、見たいです」

 嬉しそうに愛理も立ち上がり手を握り合った。

「きっと可愛かったんでしょうね」
「そうなの。特に彰仁なんてリトルプリンスって呼ばれていてね。優仁は今とあまり変わらないおっとりとした子供だったけど可愛かったのよ」
「ぜひ見させてください!」

 きゃっきゃと沸き立つ女性たちに父が張り切ったように立ち上がる。

「彰仁。手伝ってくれ」

 突然の成り行きに兄と顔を見合わせて苦笑いをする。
 子供の時の写真なんて気恥ずかしいだけだ。だけど盛り上がる母たちに嫌だともいえず彰仁は父の後についていった。

 久しぶりに入る自分の部屋は懐かしい姿で彰仁を待っていた。あの頃のように私物はないけれどきれいに掃除がされいつでも帰れるようになっていた。

「そのまんまにしててくれたんだ」
「ああ、遊びに来た時にいつでも泊まれるようにって。お前はなかなか帰ってこなかったけどな」
「ごめん……」

 まさかひねくれていたともいえず素直に謝ると父が振り返った。

「いいんだ。仕事も忙しかったんだろう」
「そうだね」
 
 本当はそれだけじゃないけど言わなくてもいい事だ。
 父はクローゼットを開けると中から段ボールを取り出した。ずっしりと重たいそれには彰仁の過去が詰まっている。

「すまないな。勝手にここを使わせてもらっていた」
「それは全然。っていうか部屋がそのままでびっくりしたけど」

 置いていった懐かしいものたちが彰仁との再会を喜ぶように息を吹き返す。今度こそマメに顔を出そうと決める。
 
「今度泊りに来るよ」
「いつでも来なさい。母さんも喜ぶ」

 やっと安心したように笑いかけた父に彰仁も頬を緩ませた。
 彰仁が緊張していたように父もそうだったのかもしれない。家族とはいえ高校を卒業してからしばらく会っていなかったし、お互い連絡を取り合うでもなかったから。

「そういえば仁孝よしたか兄さんは元気?」

 一番上の兄が海外に渡ってだいぶ経つ。彰仁が最後に会ったのもかなり昔のことだ。

「ああ、元気そうだ。結婚式には戻ってくるって言ってたからな。その時には会えるだろう」
「そっか、子供たちも?」
「ああ、2人ともずいぶん大きくなったぞ」

 ポツリポツリと聞かされる兄たちの姿に彰仁は自分だけが情けないまま取り残されていたんだと知った。
 みんな自分の家族を持って前に進んでいたというのに。
 彰仁だけが置いていかれないようにと必死であがきバカみたいなトラブルに見舞われていた。 
 結婚相手にふさわしいかだけで付き合ってみたり、そのプレッシャーで勃たなくなったりイケなかったり。馬鹿みたいだ。

 他の家族は誰一人としてそんなことを望んでいなかった。
 みんな自分が大切と思う人と繋がって共に生きることを誓っている。

 思わずもれた笑いに父が振り返った。

「どうした?」
「いや、おれは子供のままだったなって」
「まあ彰仁は末っ子だしな。嫌なこともあっただろう、悪かった」

 父は立ち止まると改まったように彰仁に向き合った。

「昔、口さがない人たちがお前のことを変に噂しただろう。でもお前は間違いなくわたしたちの子供だし、お前が誰にも似ていないのは隔世遺伝だろう。お前のひい爺さん……わたしの祖父だがそっくりだ」

 段ボールの奥底から古いアルバムを取り出すとパラパラとめくった。
 モノクロの写真ばかりの中に歴史の教科書に出てくるような人たちが映っている。彰仁が生きている時代よりもっと昔の景色がそこにはあった。

「これだ。見ろ、お前にそっくりだろ」

 少し外人の血が混じったような精悍な顔つきの男の人がこちらをじっと見つめている。確かに彰仁にそっくりだ。もう少し年を取ったらこんな風になるだろうと思われる顔つきでこちらを見つめていた。

「祖父の母が外国の血が混ざっている人だったんだ。今はもう薄まったと思っていたが彰仁に現れてしまったんだろう。そのせいで嫌な思いをさせたな」
「……この人がひいじいちゃん」
「ああ。これで間違いないって安心したか?」

 父は彰仁の悩みを知っていたのかもしれない。
 じっとアルバムの中の人と見つめ合う。そうか、こんなにも遠い場所から血が続いていたのか。

「安心した」

 素直に口にすると父はふっと笑みを浮かべた。

「もっと早く教えてやるべきだったな」
「ううん、思春期だったから変わんないよ、きっと」

 アルバムを閉じて箱に戻すとちょうど兄が階段を上ってくるところだった。

「何やってんだんだよ、遅いから手伝いに来た」
「じゃあお前はこれを持ってくれ」

 父は自分が持っていた段ボールを兄に渡すとスタスタと先を進んだ。持った箱が想像より重たかったらしく兄は「うっ」とうめき声を漏らす。

「腰やばいな」
「気をつけてよ、若くないんだから」

 わだかまりが解けたように笑いかけると兄は何かを察したのかふわりと笑みを浮かべた。

「まだ若いつもりだ」
「そうだよね、これからお父さんになるんだからまだまだがんばって」

 このことを遊里に教えたらどんな顔をするだろう。
 やっぱ彰仁さんかっこいいもんねと褒めてくれるだろうか。外人の血とかすごいよね、なんて言って。

 遊里に会いたくなった。
 やっぱり好きなのだ。
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