女とじゃイケなかったので男としたらめくるめく経験をして恋に落ちました。

乃木のき

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 興奮で遊里の声がかすれている。その声で耳まで犯されるといつだって我慢できなくなる。

「またイキそう」
「うん、一緒に」

 荒い呼吸が重なって呻いた時にはふたりで体を震わせた。画面越しに目が合って気恥ずかしさに逸らすと名前を呼ばれた。

「ちゃんと顔見せて」
「……や、なんか、」
「そうやって恥ずかしがる顔も好き」

 そばにいたらキスをするタイミングなのに画面越じゃそれも叶わない。

「忙しいばかり言ってないで会いに来いよな」
「そうする。やっぱ物足りないよね」

 それぞれ処理をしながら落ち着いたら一気に酔いが回ってベッドに横になった。シャワーも浴びてないし明日の支度もしていないのに体が言うことを聞かない。

「眠くなっちゃった?」
「ん~……少し」
「そっか、それまでもう少しだけ顔を見てていい?」

 遊里も横になって一緒に寝ているかのように顔を向け合った。

「これからまだやんのか?」
「そうねえ、新曲にも参加してくれって言われて今度はそっちの練習とか。結構ハードなことやらせるんだわ」

 その場所にあの子もいるのかと思うと少し胸がざわついた。
 仕事と言いながら夜遅くまで一緒にいるということで。なんとなく腹立たしいような羨ましいような。
 彰仁の心を読んだように遊里が笑った。

「心配しなくていいよ。あの人もう帰ったし」
「そりゃそうだよな、未成年だろ」
「違う違う。あの人ああ見えて年上だった」

 は?! と大きな声が出た。
 どう見ても10代……それに若い子と絡むって言ってなかったか?

「それはマネージャーが勘違いしていたらしくて。年齢を知ってびっくりしてた。俺もまさか年上とは思わなくて、いや~芸能人ってすごいよね。もうすぐ30歳って言ってたから彰仁さんと同じ?」
「あ~……そう、すごいなそれは」

 小泉は知っているんだろうか。ファンなら当然承知なのか? 
 彰仁はあまりテレビを見ないし芸能人にあこがれを抱く方ではないのでよくわからない。
 そうだ小泉と言えば。

「なあ、お願いがあるんだけど」
「何、彰仁さんがお願いって珍しいな」
「サインってもらえるのか、あの、高田ちゃん?」

 機嫌が良さそうだった遊里の顔が一気に強ばる。眉間にシワを寄せてあからさまに嫌そうだ。

「サイン? 彰仁さんあの人のファンなの?」
「いや、おれじゃなくて小泉が。サインお願いしたら断られたって」

 いつも頼ってばかりの小泉に何かしてあげたくて。お願い、と手を合わせると遊里はむっとしながら彰仁を眺めている。

「彰仁さんのお願いは何でも聞いてあげたいけど色々面白くない」
「そこを何とか!」
「っていうかあの人にお願いすれば見返りを求められるんだよね」
「見返り?」
「そう」

 指で輪を作って動かしながら口を開けた。

「させてくれって」
「え? 嘘だろ?」
「マジです。ああ見えてヤッバイの」

 それは……。
 遊里の足の間に顔を埋める彼女を想像したら、絶対無理だと思った。そんな環境で仕事をしてる遊里が心配になる。
 もしかしてそういうことも含めての仕事とか言わないよな?

 訝し気に睨んだら面白そうに口元を歪めている。

「いいな焼きもちを焼いてる彰仁さんの顔。グっときた」
「ふざけてる場合かよ」
「ごめんごめん、最初にマジでそれはないわって断ったから安心して」

 やっぱり誘われてるんじゃないか。
 面白くない。
 
「それよりあれから彰仁さんを紹介してくれってうるさかったから絶対会いに来ないでね。恋人はいるのかって聞くから俺だよって答えておいたから」
「えっ?」
「嫌だった?」
「嫌っていうか……」

 まさかカミングアウトしたってことか?
 いきなりの展開に動揺してしまう。
 そりゃ遊里のことは好きだけど表立って恋人と言える勇気が彰仁にはない。後ろ指をさされたり偏見を持たれたり……男同士で付き合うデメリットしか考えられなくて言葉を返せない。

「あーごめん。そんな深刻な事じゃなくて……。酔った勢いで答えてるしあっちもネタだと思ってるから安心して」
「あ、そう、か」

 心臓が嫌な音を立てる。
 これからも恋人の存在を聞かれるたびにこんな思いをするのかと思うと、途端に不安になった。
 遊里はそれを感じたのか「ごめんなさい」と口にした。

「相談もなくいっていい事じゃなかったよね。ちゃんと嘘だって訂正しておくから」
「や、ごめん……」

 遊里が好きで大切だと思うのに口にはできない。
 恋人だと堂々と紹介できない。
 その意気地が彰仁にはない。

 体ばかり溺れるように繋がって、恋愛をしているつもりだったけど違った。
 誰にも言えない関係なのだ。彰仁にとっては。

「あのね、これだけは言っておくね。俺は彰仁さんと付き合っていることを恥ずかしいと思ってないから。誰にだって言える。でもそれを彰仁さんに強要するつもりはないから」
「遊里」
「疲れたでしょ。もう遅いしそろそろ寝て」

 遊里は眉を落として少しだけ困ったように笑って「好きだよ」と言う。

「ごめんね。困らせるつもりはなかったんだけど軽率だった」
「ううん」

 謝らなきゃいけないのは彰仁の方だ。
 遊里を好きだと言いながら意気地がない。腹がくくれない。いいところどりをしていただけ。

 タイミングが良かったのか悪かったのか遊里を呼ぶ声がして通話が切れた。
 大好きだよと言ってくれる遊里に、いつものように好きだと言い返してあげられなかった。

 彰仁だって同じ気持ちだ。
 好きだと思うし、大切な人だ。そばにいたい気持ちに変わりはない。

 だけど人に言えない関係なんだと思い知らされて動揺が隠せない。
 わかっていたはずなのに現実はそうじゃなかった。遊里を傷つけたかもしれない。
 だけど謝るのも変な感じがして結局モヤモヤとしたまま朝を迎えた。
 
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